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第3話

Author: 月の枕
翌朝、私は修平の会社を訪ね、机に離婚協議書を置いた。

修平は驚いた顔で私を見た。私が本気で離婚に応じるとは、思っていなかったらしい。

「こんなにあっさり応じるのか?お前、7年も専業主婦をしてたんだぞ。俺と別れて後悔しないのか?」

修平は、私が泣いてすがり、考え直してほしいと頼むものだと思っていたのだろう。私はただ、修平の前にペンを置いた。

「サインして。悠斗の親権は求めない。欲しいのは2億円と、都心の家だけ」

修平は一瞬黙り、それから鼻で笑った。

「お前にそんな大金を受け取る権利があると思ってるのか?家事と子育てしかしてないだろ。俺は外で働いて家族を養って、お前のがんの治療費まで出した。

俺とお前の親の面倒も見て、不倫だってしてない。裁判になったら、どっちが有利だと思う?」

私は一度、深呼吸をした。

修平は外では後ろ指をさされるようなことをしなかった。裕福になっても家族を大切にする、いい夫だと誰もが褒めた。

美咲と付き合うのさえ、離婚してからにするつもりだった。

私はバッグから書類を取り出した。

「応じないなら、全部公表してもいいよ。そうなったら、あなたの大事な美咲も不倫相手だと言われるでしょうね」

修平が私をにらんだ。

「あの子はまだ20歳なんだぞ。あの子に何かしてみろ。死んだほうがましだと思うくらい、追い詰めてやる」

以前、私は修平の会社のために、何度も取引先との会食に出ていた。その席で、取引先の男に体を触られたことがあった。

あのとき修平は、男の胸ぐらをつかんで殴り、「二度と触るな!」と怒鳴った。やっと取りつけた仕事を失ってまで、私を守ってくれたのに。

私は静かに笑って、書類を読んでほしいと言った。

弁護士に頼んで集めた、修平が夫婦の財産をひそかに移していた証拠だった。

修平は驚いた顔で私を見たあと、冷ややかな笑みを浮かべた。

「ずっと家にいるから、頭まで鈍ったかと思ってたよ。こういうときだけは、よく頭が回るんだな」

修平は椅子の背にもたれ、余裕ありげに笑いながら、指で机をたたいた。

「でも、俺は何も悪いことをしてない。俺はずっとお前を養ってきたんだ。家と4000万円。それ以上は出さない」

私はやりきれない思いをこらえ、鼻で笑った。

「その条件じゃダメ。3日待つから、考え直して」

会社を出ると、美咲が迎えに来てくれた。

カフェに入ると、美咲に修平から電話がかかってきた。美咲がその電話に出ると、修平の優しい声が私にも聞こえた。

「美咲、美緒が離婚に応じたよ。子どもは引き取らないのに、金と家はよこせってさ。

自分に都合のいい条件ばかり並べた協議書まで持ってきたんだ。美咲とは全然違うよ。

あいつは自分が得することしか考えてない」

私は手を握りしめた。ばかばかしい。自分をよく見せるためなら、私のことは金に汚い、ずるい女に仕立て上げるのだ。

私が合図すると、美咲が尋ねた。

「それで、どうするの?離婚するんだよね?」

「もちろん。離婚したら、改めて付き合ってほしいって伝えるつもりだよ。美咲、愛してる」

美咲は、それ以上聞いていられないとでもいうように、すぐに電話を切った。

落ち着くと、美咲は私を見た。

「修平と別れたら、本当に悠斗は連れていかないの?」

連れていくことはできない。私はつらい気持ちで首を横に振った。

今の私には、悠斗の学費や習い事に、これまでと同じだけのお金をかけてあげられない。修平と暮らすなら、悠斗は今までの生活を変えずに済む。

それに、あの子は一度も、修平の前で私をかばってくれなかった。

愛している。それでも、私はもう疲れていた。

美咲は腕を組んでしばらく考え、修平へメッセージを送った。

【付き合ってもいいよ。ただし、すぐに離婚して。私、不倫相手だなんて言われたくないから】

それからわずか1分で、修平から私に連絡が来た。

【明日9時、役所で待ってる】

私が病気になったときは、あんなに慌てて財産を隠したくせに。美咲と付き合うためなら、私にいくら払ってでも離婚したいらしい。

美咲は私のスマホを見て、ふんと鼻を鳴らした。

「見てて。ふたりで、たっぷりお返ししてやろう」

翌朝9時、修平と役所で離婚届を提出した。

外へ出ると、急に涙があふれた。やっと自由になれたのだ。

修平は私を見つめ、何を思ったのか、こう言った。

「まだ俺を好きで、別れたくないのは分かってる。でも、俺はもう飽きたんだ。妊娠線も、帝王切開の傷もあって、大きな病気までした。しかも、毎日何もせずに暮らしてる。そんな女と、一生一緒にはいられない」

言い終えると、修平はスマホを見た。その途端、優しい顔になった。

そして私へ目を戻し、告げた。

「1週間後、美咲にプロポーズする」

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