Masuk「栗原さん、今回のプロジェクトのテスターになるということでよろしいでしょうか? 念のため申し上げておきますが、このプロジェクトへの参加がもたらす結果はただ一つです。 つまり、あなたはいずれかの時空へ転送され、この世界から姿を消すことになります。 会社の上層部としましては、やはり慎重にご判断いただきたいと……」 担当者の言葉が終わる前に、私は静かに口を挟んだ。 「考える必要はありません。消えることこそ、私が一番望んでいる結果です」 こうするしか、横山雅紀(よこやま まさのり)親子に見つからずに済む方法はないのだ。
Lihat lebih banyak「会社の技術革新でシステムを再インストールした際の副作用みたいなものよ」そう説明すると、雅紀はようやく疑念を手放し、七生とともに手際よく防護服に身を包んだ。準備は整った。タイムマシンのスイッチを押すと、高電圧が空間を震わせ、機体は激しく唸りを上げながら目も眩むほどの光を放つ。続いて、ハッチがゆっくりと開いた。起動から終了まで、残された時間はたった二分。私は急いで言った。「時間がないわ。先に中に入って。私はここで制御をするから、あとですぐ追いかける」雅紀は、私が土壇場で心変わりすることを恐れているのか、慎重に反論した。「だめだ。僕が残る」「私だって数日は穂乃花として過ごしたのよ。操作方法は分かってる。あなたが残ってミスでもしたら、全員死ぬことになるわ」それを聞いた七生が怯えた声で父を促した。「パパ、早く入って。ママなら一人でも大丈夫だよ」恐怖に顔面蒼白になった息子を見て、雅紀は一瞬だけ躊躇ったが、念を押すように言った。「稔ちゃん、スイッチを切ったらすぐに来るんだ。君はこの時空の人間じゃない、残れば死んでしまう」「分かった」私は静かに頷いた。マシンに向かって歩き出す雅紀の背中を見ながら思う。この場面では、七生に感謝すべきだ。彼が急かさなければ、雅紀がこんなに素直に中へ入ったかどうか分からない。雅紀が中に足を踏み入れた瞬間、耳を劈く警報音が鳴り響いた。ビーッ、ビーッ、ビーッ。タイムマシンが閉鎖される予兆だ。雅紀と七生が同時に叫んだ。「稔ちゃん、早く入れ!」「ママ、急いで!」ハッチが閉まり始め、雅紀は慌てて私の方へ戻ろうとする。私は迷わずロックボタンを押した。轟音と共に、ハッチが稲妻のような速さで落下する。分厚いガラスの向こうで、二人が必死にドアを叩いている。「稔ちゃん!稔ちゃん!」「ママ!ママ!」涙を流す二人は、絶望そのものの表情を浮かべていた。私は彼らを見つめ、声に出さずに告げた。「あなたたちを、許すわ」過去と和解してこそ、人は重荷を下ろして未来へ進めるのだ。そう心の中で呟いたとき、すでに機内の二人の姿は消え去っていた。時計を見る。結婚式はもうすぐ始まる。私は白衣を脱ぎ捨て、急いでウェディングドレスに着替え、タクシーを拾って式場へ向かった。式場は招待客で満席だった
雅紀と七生はまたも一晩眠れず、夜が明けるのを今か今かと待ちわびていた。「パパ、ママが一緒に帰るって約束してくれたってことは、僕たちのこと許してくれたってことだよね?」「そうかもしれんな」と雅紀は答えた。「許してくれなくても構わない。帰ったら、ちゃんとご機嫌を取ろうじゃないか」たとえ一生かかったとしても。「うん、ママのご機嫌を取れば、きっといつか機嫌を直してくれるよね」ふたりは、穂乃花が一緒に帰ってくれさえすれば、時間をかければ、彼女はまた稔に戻ってくれるはずだという、最後の望みを抱いていた。優しく貞淑で、美しく魅力的な妻であり、時には厳しく、時には甘やかす母親に。ふたりはもともと、十二時に穂乃花の会社で彼女と落ち合い、プロジェクトのテストという名目でタイムマシンを起動させる約束をしていた。しかし、「家族三人での再会」という期待を一日も早く実現させるため、ふたりは一刻も待てず、オフィスビルがオープンすると同時に、四時間も早く中に入って待っていた。広々としたオフィスエリアで二時間近く待っていると、会社の社員たちが続々と出勤してきた。社員たちは出社するなり、ネット上のゴシップで盛り上がり始めた。「栄達資本の副社長ってマジでキモくない!?あいつのエピソード聞いたら、もう結婚したい気持ちゼロだよ!」「ほんとそれ。口では奥さんを深く愛してるとか言って、今日はバッグ買ってあげて、明日はダイヤの指輪買ってあげて、結局は外で浮気するんでしょ」雅紀の顔がサッと青ざめた。「それだけじゃないんだよ!愛人の家族の面倒まで見てて、知らない人が見たら愛人の両親があの男の家族かと思うくらいだって」「男ってどうして自分の欲望を抑えられないのかね?いっそ遊び人キャラで通せばいいのに、結婚して妻を不幸にするなんて!やたら愛情深いキャラ作っておいて、実際は人間のクズじゃん」「一番ムカつくのは、あんなに汚いこと散々しておいて、また元妻とヨリを戻そうとしてるってこと。どの面下げて?って感じ」雅紀の手は震え、顔はますます青白くなった。自分のことを言われているわけではないのに、一つ一つがすべて自分に当てはまる。彼はもう聞いていられず、飛び出していった。噂話はまだ続いていた。「あの息子もロクなもんじゃないわよ。愛人が家庭に溶け込むのを手伝っ
稔として旅立つ前、彼女はまだ穂乃花だった。俺の穂乃花だった。景司はカレンダーを見つめ、穂乃花がこの世界を去るまで、あと五日しかないことに気づいた。景司はひどい別れの苦痛に直面しながらも、とんでもない決断を下した。残りわずかな時間を、できる限り穂乃花と一緒に過ごすことだった。……翌朝、まだ空が白む前に、景司は神崎家のインターホンを鳴らした。もうすぐ家族になるとはいえ、来る者は客。神崎家の面々は、景司の来訪で眠りから目を覚ました。清貴は何か急用だと思い、あくびをしながら尋ねると、景司はただ休暇を取ったから穂乃花を遊びに連れて行きたい、と言うだけだった。神崎家の誰もが、信じられないという顔をしていた。私も景司が冗談を言っているのだと思った。「あと五日で結婚するのに、こんな時に遊びに行くって?」「ああ、まさに今だよ」景司はきっぱりと言った。私はしばらく彼をじっと見つめた。すると景司が尋常ではないほど真剣で、どこか執着しているように見え、私に荷造りを急かす。まるで私が一秒たりとも無駄にするのが許せないと言わんばかりだった。いつもきっちりしている彼が、こんな突拍子もないことをするなんて。珍しくわがままを言うなら、当然私も付き合ってあげる。そして次の瞬間、会社中の同僚が知ることになった。チーフエンジニアの穂乃花が、数日しか出勤していないのにまた休暇を取ったと。理由は、未来の夫ともう一度婚前生活を楽しむためだそうだ。社内で噂話にされたのは、私が旅行から戻ってきてから知ったこと。今の私は、ただ幸せに浸っていた。川浜を離れた時、私はまだ知らなかった。これからの数日間が、私の人生後半で、思い出すたびに何度も繰り返し味わう日々になることを。26日、私たちはF国に降り立ち、コンサートに行った。熱狂的な観客の中で愛の言葉を誓い合った。27日、P島へ飛び、スキューバダイビングを楽しんだ。互いにすべての信頼を預け合い、微塵も揺らぐことはなかった。28日、山に登り、電波の届かない場所で虫の音や鳥のさえずりを聴きながら抱き合って眠った。まるで世界に二人しかいないかのように。この日、私は知らなかった。景司が一晩中眠らず、切ない眼差しで私を見つめ続けていたことを。29日、本当なら荷物をまとめて下山するはずだったのに、景司は広い野原に腰を下ろしたま
「おじいちゃん、最近お体の具合はいかがですか」と私はソファに腰掛けながら尋ねた。「ただの風邪だよ、もうほとんど良くなった。まったく景司くんは大げさなんだから。穂乃花ちゃんにわざわざ来させてしまって」ただの風邪だと言うものの、あまり元気はなく、私たちが来てから二言三言を交わした程度だった。「おじいちゃんのお見舞いが、無駄足なんてことがあるわけないじゃないですか」私はありったけの愛嬌を振りまき、景司の祖父・風間達郎(かざま たつろう)を喜ばせようとした。景司と二人で立て続けに賑やかに話しかけると、家の中はたちまち笑い声に包まれた。達郎は笑いながら、ふと何かを思い出した。「穂乃花ちゃん、あの翡翠の腕輪はどうしたんだ?どうして着けていないんだ?そういえば、あれはお前の十八歳の成人祝いに景司くんがお前に合わせて作ったものだったな」景司は笑いながら首を振り、何かを言おうとしたが、それを遮るように私が答えた。「あの腕輪のことですか?壊したら大変なので、家に置いてきたんです」すると、真由美がいつの間にか玄関に立っていて、靴を履き替えながら呆れたように言った。「お義父さん、また勘違いなさってるわ。景司が穂乃花ちゃんへの成人祝いに贈ったのは会社の株で、翡翠の腕輪は去年、私にくださったものですよ!」私は一瞬動きを止め、振り返って景司を見ると、ちょうど彼の探るような視線と真正面からぶつかった。達郎が部屋に連れられて休むと、真由美は部屋のドアが閉まるのを確認してから、からかうように言った。「お義父さんはご高齢ですから物忘れも激しいけれど、穂乃花ちゃんまでどうして間違えちゃったの?」私が返事をしようとしたその瞬間、景司が代わりに答えた。声は淡々として軽く、感情の色をほとんど含まない。「穂乃花の記憶力はとてもいいんだ。何年か前に春川ワイナリーに一緒にワインを預けたんだが、去年、彼女が忘れないようにと教えてくれたから」私は笑顔で頷き、相槌を打った。この話題はこれで終わりだと思った。しかし夜、風間家での食事を済ませ、景司と二人で車に乗っていると、彼は長い間黙り込んでいた。道半ばで、私の方に向き直った。「実は、俺たちは春川ワイナリーにワインを預けたことなんて一度もない」私ははっとした。景司が先ほど私を試していたこと、そして今、真相
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