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第8話

Autor: 匿名
翌日、麻奈美は飾り気のない身軽な服装に着替え、タクシーで川辺家の屋敷へと向かった。

今日のパーティーには各界の名家から若き俊英たちが集う。

父の公彦は、この場で千春の婿選びとなる縁談を取りまとめるつもりだった。

ここ数年、川辺家は村瀬家の後ろ盾を得て、上流階級へと上り詰めている。

開宴前、きらびやかな正装に身を包んだ令息令嬢たちの中で、麻奈美の姿は完全に浮いていた。

しかし気にする様子もなく、静かな片隅を見つけて腰を下ろした。

しばらくすると、ダイヤのティアラを戴き、華やかなドレスを纏った千春が、取り巻きに囲まれながらゆっくりと階段を降りてきた。

白く透き通る肌に、完璧なメイク。

まるで女神を思わせる美しさだ。

その傍らに立ち、誰よりも視線を集めていたのが恭弥だった。

名門財閥の跡取りである。

黒のスーツをすらりと着こなし、眼差しは涼やかで端正だ。

千春のドレスの裾を優しく持ち上げてエスコートしており、誰もが見惚れる美男美女の並びだった。

周囲からは感嘆と羨望の声がひっきりなしに上がる。

「まあ、あそこにあしらわれているのは最高級の南洋真珠かしら。あのティアラ、億は下らないそうよ」

「見て、あのドレス。世界に1着しかないデザイナーの特注品じゃない」

「聞いた話じゃ、全部村瀬社長が用意したらしいわよ。3年も海外に行っていたのに、ずっと一途に愛し続けていたなんて素敵」

「本当に羨ましい。絵に描いたようにお似合いの2人ね」

麻奈美は静かにざわめきを聞き流していた。

胸の奥に波風ひとつ立たない。

周囲からの賛辞を満足げに浴びていた千春は、ふと視線を巡らせ、人混みの中にいる麻奈美を捉えた。

赤ワインのグラスを手に取り、笑みを浮かべて近づいてくる。

「あら、来てたんだ。おもてなしもできなくて悪かったわね」

みすぼらしい身なりを見咎め、周囲から嘲笑が漏れ、恭弥も険しく眉を寄せた。

千春は親しげに腕を取り、言葉を続ける。

「乾杯しましょう」

仕方なくグラスを受け取ろうとしたが、指先が触れる寸前、千春が手を離した。

ワインは容赦なく服へこぼれ落ち、砕け散ったグラスの破片が跳ねて千春の足首をかすめる。

「きゃっ……足が!」

痛ましげな悲鳴に、恭弥は咄嗟に身をかがめて足元を確かめた。

千春は目に涙を浮かべ、訴えかける。

「私のことが気に入らないからって、グラスを落とすなんて酷いじゃない……」

周囲の招待客たちも、千春を庇うように次々と野次を飛ばした。

「見たところ田舎娘だな。礼儀も作法もなっていない」

公彦は麻奈美の顔を認めるなり、不快感を露わにして眉根を寄せる。

「うちの大事な娘に怪我をさせておいて、謝罪の1つもないのか。どんな躾を受けてきたんだ」

どれほど長い年月会っていなかったとはいえ、胸に鋭い痛みが走った。

自分も同じ娘だというのに、躾がなっていないと罵られる。

先に手を離したのは千春なのに、ここにいる全員が自分を責め立てていた。

立ち尽くしたまま口を開かないでいると、恭弥も冷たい声を浴びせてくる。

「怪我をさせたんだから、早く謝れ」

胸を抉られるような痛みを覚えながら、千春へと言葉を絞り出した。

「……ごめんなさい」

俯く姿に恭弥の胸が一瞬痛んだが、何も言わず千春を抱き上げ、手当てのために去っていった。

周囲の嘲笑を浴びながら、濡れた服のまま客室へ向かった麻奈美は、用意されていた使用人の服に着替えた。

身なりを整えて階段を降りると、手当てを終えた千春が待ち受けていた。

薄ら笑いを浮かべて見つめてくる。

「お母さんが亡くなった本当の理由、知りたくない?」

麻奈美は目を見開き、信じられない思いで見つめ返した。

母の死に、まだ何か裏があったというのか。

「……何を知っているの?教えて」

焦りを露わにする姿を見て、千春は堪えきれずに嘲笑を漏らした。

「ついてきてくれたら、教えてあげる」

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