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生きたまま葬られた私の、最後ののぞみ

生きたまま葬られた私の、最後ののぞみ

작가:  澄河완결
언어: Japanese
goodnovel4goodnovel
22챕터
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보고서
개요
장르
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夫の坂梨久弥(さかなし ひさや)が空港から長年想い続けてきた女性を連れて帰ってきた夜のことだった。彼は帰宅するなり、荷物を置くこともなく、妻である私、坂梨希美(さかなし のぞみ)を死んだことにして葬儀を執り行うと言い出した。 小湊未那(こみなと みな)は、久弥が少年時代から憧れ続けてきたものの、手の届かなかった高嶺の花であり、私の両親が20年もかわいがってきた養女でもある。 5年前、彼女は「恋愛に縛られたくない」と久弥を振り、ひとりで、海外へと渡った。 それから半年も経たないうちに、私のことを妹のようにしか見ていなかったはずの久弥が、突然、私に猛烈なアプローチをしてきたのだ。 初めは戸惑った。けれど彼はそれから丸2年、私に想いを伝え続け、未那への未練はとっくに断ち切ったと断言した。だから私は、彼との結婚を決めたのだ。 そして今、帰国した未那は、両親と兄の小湊崇樹(こみなと たかき)、それに久弥を名指しで空港まで迎えに来させた。 「希美だけは来ないように」と。 皆が帰宅してから、私はようやく事情を知らされた。未那は私と久弥の結婚を知ってから精神的に不安定になり、双極性障害と診断され、薬を大量に飲んだことさえあったのだという。 私がこの世にいる限り、自分の心の病は一生治らない。そう言って、皆に泣きついたらしい。 だから久弥は、あらかじめ用意していた訃報の文面を私の目の前に突きつけてきた。 「葬儀が終わったら、ここを出ていけ。周囲との連絡もすべて断て。未那の病気が治るまで、二度と俺たちの前に現れるな」 私が反論する間もなく、母が目を真っ赤にして私を責め立てた。 「未那ったら、いつもいい話しかしてこなかったから……こんなに具合が悪かったなんて知らなかったのよ!あなたが久弥くんとの結婚を強引に押し通したりしなければ、未那がここまで追い詰められることもなかったのに!」 父と崇樹も、家族のことを考えて、どうか言うことを聞いてほしいと私を説得にかかった。 けれど、当時、久弥はもう過去を吹っ切れているのだからと、彼を受け入れるように私の背中を押したのは、ほかならぬ家族自身だったというのに。 皆、すっかり忘れているようだった。私も重度のうつ病を患っているということを。 ここ数年、私は薬を欠かさず飲み、通院を続け、やっとの思いで今日まで生きてきた。それなのに今、いちばん身近な人間たちが、私自身の存在を消し去れと強要してくる。 もう、いい。 私が死ななければ未那は生きられないと皆が言うのなら、望みどおりにしてあげる――

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1화

第1話

私がうなずいた途端、リビングにいた全員がほっとしたようにため息をついた。

涙を拭った母が、真っ先に口にしたのはこんな言葉だった。

「訃報は今夜中に知らせてちょうだいね。あれを見ないと不安で眠れないって、未那が言うのよ」

兄がノートパソコンを開き、訃報を書いていたが、死因について触れるところで手を止めた。

「死因は何て書く?事故死にするか?」

「うつ病と書けばいいわ」

母は即答した。最初からそう決めていたかのように。

「実際に病気なんだから。通院していた記録も残っているし、誰も疑わないわ」

崇樹はうなずき、私の8年分の通院記録をパソコン内のフォルダに移した。

忘れていたわけではなかった。

私の病気を、自分たちに都合よく利用できると思っていただけなのだ。

訃報を知らせてから10分も経たないうちに、私のスマホが鳴った。

月岡千尋(つきおか ちひろ)だった。私のたったひとりの親友。

私が手を伸ばすより早く、母が電話に出た。

口元を押さえてすすり泣くその姿は、まるで本当に悲しみに暮れる遺族のようだった。

「千尋ちゃん……希美がね、逝ってしまったの……とても静かな最期だったわ」

電話越しに、千尋が泣き崩れる声が漏れ聞こえてきた。

私は母からわずか1メートルほど離れた場所に座ったまま、自分の死を悼んで号泣する親友の声を聞いていた。

2本目は、職場の上司からの電話だった。

崇樹が代わりに出て、平然と答えた。

「ええ、亡くなりました。職場に残っている私物は、そちらで処分していただいてかまいません」

ふと、職場のデスクのパーティションに貼ってある付箋のことを思い出した。

うつ病の診断を受けた年、私は毎朝ベッドから起き上がることさえつらかった。それでも毎朝9時前に家を出られたのは、この仕事があったからだ。

付箋には、私のひどく歪んだ字でこう書いてあった。

【まずは終業時間まで耐える】

そうやって私は、4年間必死に耐え抜いてきた。

そんな私の努力を、崇樹は電話1本であっさりと踏みにじった。

ゲストルームのドアが開いた。

久弥の上着を羽織った未那が出てきて、私を見るなり、まるで幽霊でも見たかのように壁際へぴたりと張り付いた。

彼女は私を大きく避けるように回り込み、足早に母の後ろへ隠れた。きつく握りしめたスマホの画面には、私の訃報が表示されている。

それをしばらくじっと見つめたあと、未那は小さな声でつぶやいた。

「お母さん、ちょっとお腹すいちゃった」

母は目を潤ませ、急いでキッチンへ向かい、料理を温め直した。

「1週間ぶりよ。未那がやっとご飯を食べる気になってくれたわ」

食卓には、4人分の茶碗と箸が並べられた。

私の分はどこにもなかった。

久弥が大股で近づいてきて、私の手からスマホをもぎ取った。

SIMカードを抜き取ると、私の目の前で真っ二つに折った。

「今夜から、この番号の持ち主はもういないことになる。

未那はここに泊まる。お前を見たらパニックを起こすからな。今夜中に、郊外にある亡くなった祖母の家へ移れ。葬儀が終わるまでは絶対に顔を出すな」

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리뷰

松坂 美枝
松坂 美枝
読んでてしんどい話だった 彼女の顔を見ればすぐに病気だと気づきそうなものだが、誰も見なかったんだな 偽装葬式やるとかどんな神経してるのやら もう取り返しがつかない
2026-11-07 11:17:26
3
0
ぴよぴよ
ぴよぴよ
幽霊目線タグはほんとに救われないのでそれが好きな人向け…切々と書くの上手でよかっただけにしんどかった。。。救われないんだよな〜!!もういいよって言わせる最後はほんまよかった、だいぶんもういいよだよこれは。
2026-11-07 13:19:13
2
0
haya
haya
幽霊目線は苦しい…亡くなるまでの過程が残酷過ぎて…。 ここまで人に対して残酷で尊厳を傷つけておいて、亡くなった後に後悔しても遅い。
2026-11-07 15:10:46
0
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22 챕터
第1話
私がうなずいた途端、リビングにいた全員がほっとしたようにため息をついた。涙を拭った母が、真っ先に口にしたのはこんな言葉だった。「訃報は今夜中に知らせてちょうだいね。あれを見ないと不安で眠れないって、未那が言うのよ」兄がノートパソコンを開き、訃報を書いていたが、死因について触れるところで手を止めた。「死因は何て書く?事故死にするか?」「うつ病と書けばいいわ」母は即答した。最初からそう決めていたかのように。「実際に病気なんだから。通院していた記録も残っているし、誰も疑わないわ」崇樹はうなずき、私の8年分の通院記録をパソコン内のフォルダに移した。忘れていたわけではなかった。私の病気を、自分たちに都合よく利用できると思っていただけなのだ。訃報を知らせてから10分も経たないうちに、私のスマホが鳴った。月岡千尋(つきおか ちひろ)だった。私のたったひとりの親友。私が手を伸ばすより早く、母が電話に出た。口元を押さえてすすり泣くその姿は、まるで本当に悲しみに暮れる遺族のようだった。「千尋ちゃん……希美がね、逝ってしまったの……とても静かな最期だったわ」電話越しに、千尋が泣き崩れる声が漏れ聞こえてきた。私は母からわずか1メートルほど離れた場所に座ったまま、自分の死を悼んで号泣する親友の声を聞いていた。2本目は、職場の上司からの電話だった。崇樹が代わりに出て、平然と答えた。「ええ、亡くなりました。職場に残っている私物は、そちらで処分していただいてかまいません」ふと、職場のデスクのパーティションに貼ってある付箋のことを思い出した。うつ病の診断を受けた年、私は毎朝ベッドから起き上がることさえつらかった。それでも毎朝9時前に家を出られたのは、この仕事があったからだ。付箋には、私のひどく歪んだ字でこう書いてあった。【まずは終業時間まで耐える】そうやって私は、4年間必死に耐え抜いてきた。そんな私の努力を、崇樹は電話1本であっさりと踏みにじった。ゲストルームのドアが開いた。久弥の上着を羽織った未那が出てきて、私を見るなり、まるで幽霊でも見たかのように壁際へぴたりと張り付いた。彼女は私を大きく避けるように回り込み、足早に母の後ろへ隠れた。きつく握りしめたスマホの画面には、私の訃報が表示
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第2話
私は無理に残ろうとはしなかった。正直、あの家にいたら心がもたなかった。祖母の家は長いこと空き家になっていて、明かりをつけると、光の中に埃が舞っているのが見えた。私は祖母の古いベッドに腰掛け、薬の瓶を逆さにして錠剤を取り出し、残りの数を確かめた。残りは4錠。2日分しかない。予備の薬の箱は新居の引き出しの中だ。でも、もうあそこへは戻れない。翌朝、私はバスに2時間揺られて病院へ向かった。8年間ずっと私を診てくれている森下先生は、私を見るなり眉をひそめた。「どうしてこんなに痩せたんですか?」複雑な家庭の事情は伏せ、最近よく眠れないとだけ答えて、お茶を濁した。家族は一緒ではないのかと聞かれ、みんな忙しいからとごまかした。先生はいつもより半月分多く薬を処方し、処方箋と診断書を私に手渡した。「この1週間は絶対に薬を切らさないでくださいね。いいですか?」私はうなずき、処方箋をぎゅっと握りしめた。ここ数日、私にちゃんと生きていくよう気遣ってくれたのは、先生だけだった。診察室を出たところで、私は廊下の突き当たりに見覚えのある姿を見つけ、足を止めた。母と崇樹と久弥が未那を囲み、呼ばれるのを待っていた。未那の首には、小粒のダイヤがあしらわれたネックレスが輝いていた。先月の私の誕生日に、久弥が私に贈ると約束していたものだった。あとになって、店に在庫がなかったと言い訳していたくせに。先に私に気づいたのは未那だった。さっと顔から血の気が引き、私を指さして悲鳴にも似た声を上げた。「死んだはずじゃなかったの!?訃報まで出したのに、どうしてまだつきまとってくるのよ!久弥ならもうお姉ちゃんに譲ったじゃない。これ以上何がほしいの?私が死ぬのを見なきゃ気が済まないの!?」彼女は自分の頭を壁に何度も何度も打ちつけた。廊下にいた人たちが一斉に集まってきた。小湊家の人たちだと気づいた周囲のひとりが、母に小声で尋ねた。「あの方は?」母は未那を庇うように抱き寄せ、私には一瞥もくれなかった。「知らない人です。うちの娘は、昨夜亡くなりましたから」崇樹も、口裏を合わせるように顔を背けた。人だかりの外に立ったまま、私はふと7歳のときの遊園地のことを思い出した。あの日、未那が泣いて帰りたいと言い出し、母は
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第3話
言い終えると、彼はそのまま帰っていった。ドアがきちんと閉まっておらず、一晩中冷たい隙間風が入り込んだ。その夜、私は眠れなかった。それから数日間も、ずっと眠れなかった。薬が切れて4日目。手が震えてコップも持てず、心臓はますます激しく脈打ち、頭の中では、誰かが絶えず何かを叩きつけているような音が響いていた。そこで私は、改めて新居に残した予備の薬を取りに戻ろうと思った。力の入らない足を引きずるようにして車に乗り、私は新居へ戻った。ドアを開けたのは未那だった。私のパジャマを着て、髪には私のヘアピンをつけていた。私は寝室に駆け込み、引き出しを開けた。中は空っぽだった。未那はドアの陰に縮こまり、頭を抱えて震えていた。「私が捨てたの……あの薬を見ると、薬を大量に飲んだあの日のことを思い出しちゃって……お願い、私のところに来ないで……来ないでぇ……!」書斎から飛び出してきた久弥が彼女を抱き寄せ、空の引き出しをちらりと見た。「捨てたものは仕方ないだろ。こんなときに未那を刺激するな」私は彼を見た。「もう4日も薬を飲んでないのよ」彼は意に介さない様子で眉をひそめた。「前は平気だったじゃないか」私は口を開きかけたが、言葉は何も出てこなかった。リビングには段ボール箱がいくつも積まれ、赤いペンで【処分するもの】と書かれていた。母は家政婦と一緒に、「遺品」をひとつずつ箱に詰めながら整理していた。「棺に納めてあげるものも、ちゃんと選んでおかないとね」箱の中には、私の服や本、それに家を出るときに慌てて持ち出しそびれたマフラーが入っていた。私が箱へ一歩近づいた途端、未那が飛びついてマフラーを奪い取り、ソファの隅へ逃げ込んだ。彼女はそれを首にぐるぐると巻きつけ、私をじっと睨みながら、歯をガチガチと鳴らした。「寒い……すごく寒いの……触らないで……」それは、祖母が亡くなる前に私に残してくれた、たったひとつの形見だった。思わず伸ばしかけた私の手を、母が先にさえぎった。「未那は寒がりなんだから、譲ってあげなさい」宙に浮いたままの手が、ひどく震えた。母は箱の底から古いノートを3冊引っ張り出すと、無造作に開いて読み上げた。【今日は外に出て、食材を買った】【今日は髪を洗った】【今日
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第4話
葬儀は、市の東部にある斎場の小ホールでひっそりと営まれた。私はマスクをして、一番後ろの席に座った。祭壇には私の遺影が飾られていた。結婚式の写真から切り抜かれたもので、写真の中の私は笑っていた。遺影の前には、小さな桐箱がひとつ置かれていた。中には、私の形見として選ばれた品がいくつか納められている。私はそれを見つめながら思った。やがて、これが私の代わりに墓へ納められるのだ。壇上では崇樹が弔辞を読んでいた。「妹は長いあいだ病気を患っていました。家族も、この数年、できる限りのことをしてきました」参列者の中には涙を拭う人もいて、親戚たちは母を囲み、代わる代わる慰めていた。「親御さんとして、本当によくやってこられましたよ」「あの子はかわいそうだったけど、こんなご家族がいたんだもの、幸せだったと思うわ」母は父の肩にもたれ、その場に泣き崩れていた。その姿を見ながら、私は病院の廊下で言われた「いっそ本当に死んでくれたら」という言葉を思い出していた。私が死んだことになって、母はようやく悲劇の母親を演じきれているのだ。入り口からふたりが入ってきた。千尋と、職場で隣の席の同僚だった。千尋はひどく目を腫らしていた。祭壇の前まで来ると、遺影の下に1枚の付箋を置いた。その付箋には見覚えがあった。【まずは終業時間まで耐える】「希美、もう耐えなくていいんだよ」千尋は泣きながらそう言った。私はまだここにいると、伝えたかった。けれど十数メートル離れた席で、手のひらに爪を食い込ませたまま、とうとう歩み寄ることはできなかった。私が近づけば、未那は取り乱し、母は知らない人だと言い放ち、警備員がまた私を引きずり出すだろう。もう、わずかな力さえ残っていない気がした。久弥が壇上に上がった。黒いスーツ姿で、手にした紙をゆっくりと読み上げる。かすれた声は、本当に悲しんでいるかのようだった。「彼女の生前いちばんの願いは、未那が元気になることでした」そんなこと、私は一度も言っていない。その言葉遣いも、彼が手にしている紙の裏から透けて見える丸みを帯びた文字も、未那のものだった。未那は彼の隣に立ち、首に祖母のマフラーを巻いていた。式の最後、出棺を前に、家族で棺の中にも思い出の品を納めることになった。葬
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第5話
人は死ねば、意識はすべて途絶えるものだと思っていた。けれど私はまだあの部屋を漂いながら、空が白んでいくのを見つめていた。森下先生は出勤するとすぐ、私から託された封筒を開けた。中のカードは昨日の葬儀で配られた会葬御礼の挨拶状で、裏には私のひどく歪んだ字が並んでいた。書いたのは、ふたつのことだけだった。ひとつは、私が亡くなっていたら、火葬の手続きをお願いしたいということ。家族には知らせなくていい、と。もうひとつは、【あの人たちはお墓をもう買ってあります。あの骨壺を、空っぽのままにしないでください】封筒から鍵が滑り落ち、森下先生の足元に転がった。森下先生は白衣を着たまま、タクシーで駆けつけた。その鍵でドアを開けるあいだ、先生の手はずっと震えていた。布団はきちんと畳まれ、枕元には新幹線のチケットが1枚置いてあった。森下先生はベッドのそばに長いこと立ち尽くし、それからようやく手を伸ばして、私の呼吸と脈を確かめた。そして、ゆっくりとその場にへたり込み、両手で口元を覆った。警察が駆けつけ、現場の確認を終えて引き揚げていった。先生は私のカルテに登録されていた家族の緊急連絡先に電話をかけた。電話に出たのは久弥だった。「坂梨希美さんの主治医です。希美さんに大変なことがありました。すぐに来てください」電話の向こうが、一瞬静まり返った。「あいつの葬儀なら昨日終わりました。社会的にはもう死んだ人間なんです。あなたまで芝居に付き合う必要はないですよ。未那がやっと少し落ち着いてきたところなんだ。こんなことで刺激しないでください」「聞いてください、彼女はもう5日も薬を飲んでいなくて――」無機質な電子音とともに、通話は一方的に切られた。何度かかけ直しても、つながらなかった。先生は、今度は母に電話をかけた。母は最初のひと言だけ聞くと、冷ややかに遮った。「娘はもう火葬を済ませました。いたずら電話はやめてください」先生の背後に漂いながらその言葉を聞いて、私はなんだか少し笑いたくなった。母の言うとおりだった。今日の午後、その言葉は本当になるのだから。その後、警察による確認を経て、役所や斎場との調整が進められ、私の火葬の手続きが整えられた。斎場は、昨日と同じところだった。昨日、あ
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第6話
誰も動かなかった。風に吹かれ、墓前の白菊が1輪、傾いた。最初に笑ったのは母だった。「希美もずいぶん知恵がついたものね。お医者様を巻き込んでまで、こんな悪趣味な芝居を打つなんて」母は職員のほうを向いた。「警備員を呼んでください。この人、納骨を妨害しに来たんです」森下先生は何も言い返さなかった。鞄から3点の書類を取り出し、ひとつずつ墓石の上に並べた。死亡診断書の写し、火葬済みであることを示す書類、そしてあの会葬御礼の挨拶状。遠縁の叔母が近寄って礼状を手に取り、裏の字を読み上げた。【空っぽのままにしないでください】のところまで来て、声を詰まらせ、それ以上読めなくなった。親戚たちが、小声でささやき合いはじめた。「葬儀の前に亡くなったんじゃなかったの?」「じゃあ、あの葬儀は誰の……?」母はまだ意地を張っていた。「嘘よ、証明書なんていくらでも偽造できるわ……」言えば言うほど声は小さくなり、とうとう母自身も言葉を続けられなくなった。久弥が死亡診断書の写しをひったくるように奪い取った。彼の目は、死亡日時の欄で止まり、そのまま釘付けになった。葬儀の翌日、午前4時。その日の夕方、彼は路地の入り口に車を停め、明かりのついていない窓を一目見ただけで引き返した。今になって彼は理解した。あのとき私はすでに亡くなってから十数時間が経ち、彼の車から20メートルも離れていない場所で、ベッドに横たわっていたのだと。あの日、彼は祖母の家まで来ていながら、車のドアさえ開けなかった。先生は振り返り、兄を見た。「希美さんの薬は?」兄の手が、反射的に上着のポケットを押さえた。その仕草を、全員が見ていた。先生は兄に向かって手を差し出した。兄は長いこと固まっていたが、やがてポケットから薬袋を取り出した。薬袋は膨らんだままで、薬局で受け取ったときから封も切られていなかった。「いつもより半月分多く薬を処方しました」と、森下先生は言った。「それなのに、彼女はその薬を1錠も飲めなかったんです」兄は口を開いたが、喉の奥でひゅっと空気が鳴っただけだった。幼い頃から弁が立ち、あの立派な弔辞をすらすらと読み上げた兄が、今はひと言も出てこなかった。父は後ずさり、隣の墓石に手をついた。突然、未那が
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第7話
祖母の家のドアには、鍵がかかっていなかった。久弥はドアを押し開け、明かりをつけた。部屋は、彼が思っていたよりずっときれいだった。床はきれいに拭かれ、机も磨かれ、布団はきちんと畳まれてベッドの上に置かれていた。まるで住人が、ちょっとそこまで出かけているだけかのように。枕元には、あのチケットがあった。7時40分発。使われた形跡はなかった。机の上には、兄が渡したあの封筒が置かれていた。現金は手つかずのままで、その下に1枚のメモが挟まっていた。【チケット代は、必ず返します】そのメモを見た兄の顔から、さっと血の気が引いた。兄が私に金を渡したのは、私を遠くへ追い払うためだった。けれど私が考えていたのは、もうこれ以上、あの人たちに借りを作りたくない。ただそれだけだった。最後に入ってきたのは母だった。その視線がベッドの向かいの壁に釘付けになり、動かなくなった。壁には、私がボールペンで書いた表が貼ってあった。最初の欄には【残り4錠】1マスずつ線で消されており、最後の欄には【残り0錠】と書かれていた。薬が切れてからは、どのマスの横にも小さな字で1行ずつ書き添えてあった。【手が震える。でも、ご飯は食べた】【眠れなかった。まだ、生きてる】【動悸がひどい。100まで数えたら治まった】【明日は斎場に行かなきゃ。がんばれ】その先は、永遠に空白のままだった。母は【まだ、生きてる】の1行に手を伸ばしかけたが、指先が紙に触れた途端、引っ込めた。膝から力が抜け、母はドア枠にすがった。久弥はベッドのそばに膝をつき、祖母の古い救急箱を開けた。蓋の裏に、黄ばんだ紙が1枚貼られていた。うつ病の診断を受けた年に、私が書いた緊急連絡先のリストだ。紙には5人の名前が書かれていた。母、父、兄、久弥、森下先生。最初の4人の名前にはボールペンで横線が引かれ、その横にはそれぞれ日付が書き込まれていた。父の線は、偽の訃報が出された夜。母と兄の線は、病院の廊下で見捨てられたあの日。最後に消されたのは、久弥だった。日付は、私が新居へ薬を取りに戻り、空っぽになった引き出しを見たあの日。リストのいちばん下には、【森下先生】の名前だけが残っていた。久弥はその紙を握りしめてベッドの縁に突っ伏し、肩を小
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第8話
母の手が、ぴたりと宙で止まった。「あなたに何の権利があるっていうの……私はあの子の母親よ!」森下先生は手を離さなかった。代わりに鞄から分厚い診療記録の束を取り出し、母のそばに置いた。「8年間で、213回もの通院。ご家族の署名欄には、一度も署名がありません」母はうつむき、震える指でページをめくった。最初のページの署名欄は、空白だった。もう1枚めくっても、同じだった。先生は静かに語った。ある冬、私は39度の熱を出していた日も、ひとりでバスに乗って通院してきて、待合室の椅子で眠ってしまった。見かねた看護師が上着を掛けてくれたのだと。「目を覚ました彼女が最初に言ったのは、家族には言わないでほしいということでした。心配をかけたくないから、と」ページをめくる母の手が止まった。母は紙の束を胸に抱え込み、ベッドの縁に額を押しつけた。喉からは、ひゅうひゅうと苦しげな息が漏れるばかりだった。今度は、誰の肩にもたれることはなく、慰めに寄ってくる人もいなかった。ドアの外から、ヒールの足音が慌ただしく響いた。未那が追いかけてきたのだ。首にはまだ祖母のマフラーを巻いている。部屋に入るなり、彼女は甲高い声で叫んだ。「お姉ちゃんは死んでも私につきまとうのね!私を殺す気なんだわ!」彼女は久弥の腕にすがりつこうとした。久弥は無言で立ち上がり、身をかわした。そして彼女の正面に立つと、マフラーに手をかけてほどきはじめた。未那は呆然とし、後ずさった。「久弥、寒いの……」彼は手を止めなかった。1周、2周、3周。彼はマフラーを丁寧に畳み、骨壺の隣にそっと置いた。古い毛糸が骨壺に寄り添い、防虫剤の匂いがほのかに広がった。私はベッドの枕元に漂いながら、そのマフラーを見つめていた。やっと、私のところに帰ってきた。久弥が未那の前で私の味方をしたのは、これが初めてだった。けれど私には、もうそれを喜ぶこともできなかった。未那の顔色が一瞬で変わった。かと思うと、また頭を抱え、取り乱したように壁へ頭を打ちつけようとした。久弥はとっさに伸ばしかけた手を、空中で止めた。「止めなくていいですよ。自分で加減していますから」森下先生が冷ややかに言った。未那の動きが、ぴたりと止まった。「病院の廊下でお
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第9話
部屋の真ん中に立つ未那に、全員の視線が集まっていた。彼女は1歩後ずさり、またすがるような声を振り絞った。「言ったでしょ、海外で診断されたって。診断書は向こうにあって、持ってきてないだけなの」兄は未那を見つめた。「病院名は?主治医の名前は?」「そんなこと聞いてどうするの……」「向こうで毎週通院してたって言ってたよな。医者の連絡先くらいわかるだろ」「お兄ちゃんまで、私を信じてくれないの?」兄は少し黙った。「信じてたよ。この1か月、ずっとお前を信じてた。希美の処方箋を奪って、薬まで自分で受け取ってくるほどにな」兄は手を差し出した。「スマホを出せ」未那はスマホを胸に固く抱き込み、助けを求めるように久弥のほうを振り向いた。久弥はベッドのそばに立ったまま、彼女を見ようともしなかった。今度は母のほうを見る。母はまだ通院記録の束を抱え、泣き腫らした虚ろな目で、身じろぎひとつしなかった。兄が1歩踏み出し、彼女の手から強引にスマホを抜き取った。画面はロックされている。兄が口を開くより先に、母が虚ろな声で暗証番号を告げた。未那の誕生日だった。あっさりとロックが解除された。私は母のそばを漂いながら、その横顔を見ていた。未那のスマホのパスコードなら、すらすら出てくるのだ。けれど私の誕生日を、母はもう3年続けて思い出しすらしなかった。去年は夕食のあと、父がついでのように口にしただけだった。そのとき母は未那に国際電話をかけていて、顔も上げなかった。兄は写真フォルダや保存されているファイルを隅々まで調べたが、診断書も診療記録も、薬の箱の写真すら見つからなかった。メッセージアプリを開くと、トップに固定されていたのは「真壁沙耶(まかべ さや)」という人物だった。兄が何度か画面をさかのぼって、指を止めた。彼は無言で画面を皆のほうへ向け、そのやりとりを見せた。1か月前のメッセージのやりとりだった。【みんな本当に信じたの?】【信じた。お母さんなんか、その夜のうちに帰りの航空券取ってくれたし】【あんた、度胸ありすぎでしょ】【病気のふりしたほうが、お願いするより効くのよ。泣いて帰りたいって言っても渋ってたくせに、もう生きていたくないって言ったら、何でも言うこと聞いてくれた】さらに下
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第10話
呼び出し音が長く続いてから、ようやく電話がつながった。向こうはまだ夜明け前で、ルームメイトの今村杏奈(いまむら あんな)の声にはまだ寝ぼけた響きが混じっていた。久弥が名乗った。杏奈は数秒黙った。「あなた……未那のお姉さんのご主人?」その呼び方に、久弥は一瞬言葉に詰まった。「ひとつ聞きたいことがある。1か月前に未那が薬を大量に飲んだとき、君はその場にいたか?」向こうは長いこと静かだった。「……未那、今度は何て言ってるんですか?」「1瓶まるごと飲んで、危うく助からないところだったと」杏奈が大きなため息をついた。「はぁ……飲んだのはビタミン剤です。全部で5錠。救急車も未那が自分で呼んだんです。病院に着いたら、お医者さんは瓶を見て、胃洗浄の必要はないと言いました。ブドウ糖の点滴を受けたんです。ベッドに寝たまま、写真を撮ってくれって言われました。手の甲に刺さった点滴の針がちゃんと写るようにって。お母さんに送るんだって」「次の日には、もうショッピングモールに出かけてましたよ」久弥がスマホを握りしめる手の甲に、青筋がくっきりと浮き上がった。「じゃあ、双極性障害は?」「双極性障害だなんて、そんなの嘘ですよ」杏奈の声がすっと冷たくなった。「3か月前、SNSであなたたちの結婚写真を見て、部屋にこもって一晩中喚き散らしていました。次の日には本屋で双極性障害の本を買ってきて、毎日読み漁ってましたよ。この本のとおりに演じればいいだけだって。こっちだって止めたんです。でもあの子、こちらでの勉強も続けられず、お金も使い果たしてしまったから、帰国するためのもっともらしい口実が必要だったんです。そのうえ、みんなに自分への負い目を感じさせたいんだって」杏奈は少しためらってから、さらにこう付け加えた。「出ていく前に、こうも言ってました。あなたの奥さんは薬がないと生きていけないんだって。薬さえ飲めなくすれば、自分が手を下す手間すら省けるって」電話を切ったあと、久弥は祖母の家の前に長いこと立ち尽くしていた。1か月。彼はこの1か月間、ずっと騙され続けていたのだ。彼は私とのトーク画面を開き、過去のやりとりを延々とさかのぼった。この1か月、私から送ったメッセージ自体、数えるほどしかなかった。【今
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