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第12話

Author: 春うらら
「結衣、その言い訳も大概にしろ。自分を騙すのもいい加減にしろよ」

いわゆる一ヶ月の猶予とは、結衣が自分に言い聞かせるための口実に過ぎない。涼介が本気で信じるはずがない。

涼介が最後まで信じようとしないのを見て、結衣もこれ以上説明するつもりはなかった。

どうせ涼介は篠原玲奈と別れるはずがない。結衣はただ、残りの期間を耐え抜いて、芳子への命の恩を返せば、それで去ることができる。

すぐに、玲奈も結衣と涼介の「一ヶ月」の件を知った。

皮肉にも、このことは涼介が玲奈を腕に抱きながら、まるで笑い話のように玲奈に聞かせたのだが。

玲奈は涼介の膝の上に座りながら、唇をとがらせて言った。

「社長、汐見さんの言うこと、本当なのかしら?」

その口調には期待の色が混じっていた。もし結衣が本当に自ら去ってくれるなら、玲奈は涼介の正真正銘の恋人になれるのではないか、と。

玲奈は涼介に対して、名分がなくても彼と一緒にいられればそれでいいと言ってはいたが、愛する男の一生の愛人でいたいと願う女などいるだろうか?

「ありえない。俺はあいつをよく知ってる。俺と君が付き合っていると知ってからこの三年間、ずっと別れようとしなかったんだぞ。

おまけに俺の母親まで利用して結婚を迫ってくるような女だ。そんな女が、俺から去るわけがないだろう?」

涼介の自信に満ちた様子を見て、玲奈は、涼介はやはり女というものを分かっていないと思った。

玲奈は結衣と何度か接触して、自分なりに結衣のことを理解していた。

結衣は表面的には穏やかで物腰も柔らかいが、その芯はプライドの高い人間だ。

この三年間別れなかったのは、ひとえに涼介を愛しすぎていたからに他ならない。

今や結婚まであと一歩というところまで来て、結衣がこのタイミングで別れを切り出すということは、おそらく本当に涼介に対して失望しきっているのだろう。

涼介はそのことに気づいていない。しかし玲奈は内心、これが自分にとって絶好の機会だと確信していた。

これは、結衣を完全に涼介のそばから追い払って、自分がその地位におさまるためのチャンスなのだ!

結衣が涼介に完全に愛想を尽かすよう、何か策を講じなければ!

……

それから一週間、涼介は相変わらず毎日部屋に帰ってきたが、玲奈との電話などは、以前のように隠すことなく、結衣の前であからさまにするようになった。

明らかに、結婚前に結衣に対してプレッシャーをかけ、玲奈とは絶対に別れないという意思表示をするつもりなのだろう。

結衣は気にも留めず、聞こえないふりをした。

しかし、心の中ではやはり少し痛みを覚えていた。

結衣は涼介を諦める決意はできたが、自分の感情をすぐに整理することはできなかった。

おそらく、彼のことで胸のときめきが消えるまでには、まだ長い時間が必要なのかもしれない。

平穏無事な一週間あまりが過ぎた頃、結衣が以前ドレスショップでオーダーメイドしたウェディングドレスが届けられた。

配達員がウェディングドレスを届け、結衣が受領書にサインを済ませると、足早に帰っていった。

箱から取り出されたドレスはリビングの中央に掛けられた。結衣が前回店で試着した時と同じように、息をのむほど美しかったが、今の結衣にはもう、あの時の喜びや期待の気持ちはなかった。

結衣はドレスの前にしばらく立ち尽くした。

このドレスに、袖を通す日はおそらくもう来ないだろう。

ドレスを取り外し、畳んで袋に入れようとした時、結衣は突然、異変に気づいた。

ドレスの後ろのトレーンに、白地に少し黄色みがかったシミが数カ所付いていた。それは非常に薄いため、よほど注意深く見なければ気づかないほどだった。

結衣は眉をひそめ、ドレスショップに電話しようとした時、スマホにSMSが届いた。

【汐見さん、篠原です。配達状況を確認したら、もう受け取り済みになっているようですね。ウェディングドレス、お手元に届きましたか?】

結衣の瞳孔がきゅっと縮まって、ドレスを持つ手がゆっくりと固く握られた。

結衣のウェディングドレスを、玲奈が送ってきたのか?

結衣はドレスショップに電話をかけた。しかし、店からの答えは、三日前にすでに涼介がドレスを受け取っていた、という衝撃的なものだった。

三日前に受け取っていたのに、結衣が今日受け取ったということは……

結衣の心が、ゆっくりと沈んでいった。

スマホが鳴った。まさに先ほどメッセージを送ってきた番号からだった。

結衣はスライドして応答して、その声には何の感情もこもっていなかった。

「篠原さん、私のウェディングドレスに何をしたの?」

玲奈はくすくすと笑って、ゆっくりと話し始めた。

「汐見さんが聞くべきなのは、『私が何をしたか』ではなくて、『あたしと社長が何をしたか、そしてどこでそれをしたか』でしょう?

あなたのウェディングドレスを着て、彼と、あなたたちの『新居』の大きなベッドで何度もしたわ。

彼はいつもすごく興奮していたし、あたしも興奮したよ。だって、本当にゾクゾクしたもの。

ここ数日、あなたが仕事に行っている間、あたしはずっと、あなたたちの『新居』で彼と会ってたのよ。

あの『新居』のダイニング、キッチン、バスルーム、リビング……どこもかしこも、あたしたちの痕跡が残っているわ。

でも、やっぱり一番なのは寝室の大きなベッドの上かしら……」

玲奈の声には得意げな響きがあり、その言葉が悪意に満ちていた。

結衣は、これらの言葉を聞いたら、自分は怒り、狂乱し、ヒステリックになるだろうと思っていた。

しかし、そうはならなかった。

今の結衣は、異常なほど平静だった。

まるで、巨大な津波が感情を根こそぎ洗い流した後、崩れ落ちた静寂の廃墟だけが残されたかのようだった。

そして結衣はその廃墟の中にただ立ち尽くし、もはや何も感じていなかった。

「篠原さんが電話してきたのは、あんたたちのそんな気色の悪い話をするためだけ?」

結衣の声は冷淡で、まるで自分とは全く関係のないことについて話しているかのようだった。

「もちろん違うわ。ただ、あなたに分からせたかっただけ。

社長はとっくに汐見さんに飽き飽きしているのよ。

一ヶ月どころか、一年、十年経ったって、彼はあなたを振り返りもしないわ。無駄な努力はやめなさい。

汐見さん、時々、あなたが本当に哀れに思えるわ。あなたを愛していない男にしがみついて、恥も外聞もなく嫁ごうとするなんて。

まるでしつこい野良犬みたい。振り払っても振り払ってもくっついてきて、本当に気持ち悪い!

そうだ、社長から聞いたんだけど、あなた、家族からも厄介者扱いされてるらしいわね。だからそんなに必死にしがみつくのかしら?

実家にも、社長の隣にも、あなたの居場所なんてどこにもないのに。本当に『余計な存在』ね」

「余計な存在」——親である汐見満(しおみ みちる)から結衣に向けられたその言葉は、涼介以外には、誰にも話したことがなかったはずだ。

あの時、涼介は痛ましそうな顔で結衣を腕に抱きしめながら、「君には俺がいる、これからは誰にも君をいじめさせない」と、そう言ってくれた。

しかし今、彼は、他の人間と一緒になって結衣を傷つけている。

もっとも、もうそれも重要ではなかった。

「終わった?」

結衣の反応があまりにも平静だったため、玲奈は拍子抜けし、心の中に怒りともどかしさがこみ上げてきて、どうにも収まらない気分だった。

玲奈の顔は歪んで、声色も変わった。

「どうあっても、あんたと社長を結婚させたりしないわ!社長と結婚できるのは、このあたしだけよ!」

「ええ。では、あなたの願いが一日も早く叶うことを祈ってるわ」

結衣は落ち着き払って電話を切って、玲奈の番号をブロックした。

リビングの中央に掛けられたウェディングドレスに目を向けて、脳裏に、あの年、涼介が顔を赤らめながら、おずおずと指輪を結衣の前に差し出した時の様子が浮かんだ。

あの時の溢れんばかりの愛情は本物だった。そして、今の心変わりもまた、本物なのだ。

彼の浮気に気づいてからのこの三年間、結衣は打ちのめされ、泣き叫び、絶望し、妥協し、ヒステリックになった。

涼介と最も激しく口論した時には、彼に「お前は狂っている」とまで言われた。

しかしあの時は、結衣が彼を最も愛していた時だったのだ。

だが今や、その愛は燃え尽きた。

おそらく、涼介を許し、そして自分自身をも許すべき時なのだろう。

結衣は俯いてスマホをしばらく見つめながら、それから、一つ、また一つと、あの、慣れすぎた番号を押していく。

一回目、出ない。

二回目、出ない。

三回目、やはり出ない。

結衣はただ辛抱強く、かけ続けた。

……

何度かけたか分からない頃、ようやく相手が出た。涼介の不機嫌極まりない声が聞こえて来た。

「結衣、今、商談中なんだ。急に何の用だ?」

結衣には、電話の向こうの涼介がどれほど苛立っているか手に取るように想像できた。

でも、これが最後。

「長谷川涼介、私たち、これで別れよう」

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hanako 23
現実離れしずぎている、はなしとしては、おもしろぃ
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