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第418話

Author: 藤原 白乃介
智哉は眉をひそめて結翔を見やりながら言った。

「それはお前の態度次第だな。あいつは俺の嫁だ。俺の言うこと、よく聞くんだ」

その言葉の意味は、言わずもがなだった。

佳奈に兄として認められたいなら、まず自分を納得させろ、ということ。

結翔は内心で多少引っかかりながらも、表情には出さず、あくまでにこやかに笑った。

そして智哉の耳元に顔を寄せ、声を潜めて言った。

「わかったよ。お前の条件、なんでも飲む。俺のかわいい義弟くん?」

義弟の二文字を妙に強調し、口元には得意げな笑みを浮かべて。

その調子に、智哉は一瞬呆気に取られた表情を浮かべるが、数秒睨んだのち、ふっと鼻で笑った。

「俺に兄貴って呼ばせたいのか?夢でもみてろ!」

結翔は動じることなく肩をすくめた。

「今はそう言っててもな、そのうちお前の方から兄さんって頭下げてくる日が来るって」

調子に乗ったその態度に、智哉は思わず歯ぎしりしながら舌打ちした。

その時――

結翔のスマートフォンが鳴り響いた。

画面を見るなり表情が変わり、急いで応答する。

「もしもし……綾乃?どうした?」

電話の向こうでは、綾乃の切羽詰まった声が響いていた。

「お兄ちゃん……お婆ちゃん、また熱が上がってるの。意識もうろうとしてて、ずっと佳奈の名前を呼んでるの。お願い、佳奈を連れてきてあげて……」

橘お婆さんは佳奈が行方不明になって以来、倒れたまま意識が回復していなかった。

高熱が続き、半ば昏睡状態の中でも唯一覚えていたのが――佳奈が自分の孫娘だということ。

医師は「これは心の病だ。本人の心を癒さなければ快方は望めない」と言っていた。

その癒しの鍵は、佳奈しか持っていない。

だが、今の佳奈は真実を受け止めきれず、心身共に弱っている。

その上、妊娠中ということもあって、結翔は悩ましい思いで智哉に視線を向けた。

「どうする……?このままだと、お婆ちゃんが……」

智哉は病室の中を一瞬見つめたあと、少しだけ考え込み「先に戻って。俺は父さんと話してみる」と静かに返した。

結翔は重く頷いてから智哉の肩を叩き、足早に病院へ向かった。

病室に入ると、医師たちが橘お婆さんに氷枕や冷却パッドを当てて物理的に熱を下げていた。

お婆さんの顔は真っ赤に火照り、心拍数も血圧も乱れている。

結翔は彼女の傍らに座り、その手をそ
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