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第451話

Author: 藤原 白乃介
その瞬間、智哉は立ち尽くした。

頭では玲子を疑っていたとはいえ、それが確定した今、心臓を鋭く貫くような痛みに襲われた。

呼吸すら忘れるほどの衝撃だった。

彼は何度も呟いた。

「ありえない……玲子が美智子さんを殺すはずがない……美桜の実の母親なんて、そんなはずが……

だってそうなら、なんで俺と美桜を結婚させようとした?……近親相姦になるって、分かってたはずだろ……」

そんな智哉の姿を見て、結翔は深くため息をついた。

「俺も一時は疑ったよ。もしかしたらお前は玲子の子じゃないんじゃないかって」

その言葉を聞いた智哉は、結翔の胸ぐらを掴んだ。

「それもあり得る。俺はDNA鑑定をする。もし美桜が玲子の娘なら、俺は絶対に玲子の子じゃないはずだ」

そう言って踵を返そうとした瞬間、結翔が彼の手首を掴んだ。

そしてポケットから一枚の封筒を取り出し、渡した。

「俺は既にお前と玲子のDNA鑑定を三機関で取ってる。全部母子関係ありと出てる」

智哉は震える手で書類を見つめた。

「そんな……嘘だろ……玲子は正気じゃないのか? 俺と美桜が兄妹だって分かってて、くっつけようとしてたのか……」

「どうせ美桜は子どもを産めないんだから、問題ないって、本人はそう言ってた」

その一言で、智哉は腰を机にぶつけるほど力が抜けた。

身体の痛みよりも、心の痛みの方が遥かに強烈だった。

彼は震える手でポケットをまさぐり、タバコを探した。

けれど、何も出てこなかった。

そのまま結翔に向き直り、低く絞り出すような声で言った。

「タバコ……持ってるか」

結翔は一本差し出し、火もつけてやった。

智哉はまるで中毒者のように、タバコを口に咥え、激しく吸い込んだ。

一本吸い終わるとすぐに次を、さらに三本目まで吸い続けた。

そんな彼の耳に、結翔の冷静な声が届いた。

「いくらタバコを吸っても、事実は変わらない。玲子は俺の母を殺し、佳奈を外で何年も苦しめた。

彼女が橘家に戻れないように、何度も妨害し、傷つけてきた。

智哉、もし佳奈がこの事実を知ったら、どうすると思う?」

智哉の目は真っ赤に染まり、声が怒鳴り声に変わった。

「言うな……絶対に彼女には言うな……!

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