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第452話

Author: 藤原 白乃介
智哉は拳をぎゅっと握りしめたまま、忠義を睨みつけて言った。

「玲子が収監されて、美桜が佳奈を誘拐して、刺客まで送った……誰に命令された?」

忠義は首を振った。

「俺にもわかりません。会うたびに、そいつは黒いマントを羽織って、車椅子に座ってました。顔は見えなかった。全部そいつの指示です。もし逆らったら、家族ごと殺すって……若様、俺は全部話しました。どうか……どうか家族だけは勘弁してください」

彼は地面にひれ伏して必死に懇願した。

智哉は無言で忠義を蹴り飛ばし、冷たい声で言い放つ。

「警察に突き出せ。玲子を再審させろ。それと奈津子おばさんの正体、そしてその背後にいる人物の秘密を吐かせるんだ。

だが心配するな。俺は玲子を助けない。彼女は自業自得だ」

そう言い残し、背を向けてその場を立ち去った。

その背中を見つめながら、結翔は胸が締めつけられるような思いに駆られた。

「こんな母親に生まれてきたんじゃ……彼も相当辛いよな。俺たちまで責めるのは酷だよ」

それに対して、晴臣は神妙な面持ちで首を振る。

「いや、まだ何かあるはずだ。この話、表に出てる以上に裏がある。俺はそう思ってる」

「玲子が犯人じゃない可能性があるってこと?」

結翔が戸惑いながら尋ねた。

「はっきりとは言えない。でもな、征爾がうちの母に手を出して子どもができたって話が本当なら、高橋家の力で堕胎させて、国外に追放すれば済む話だ。なのに、わざわざ顔を焼いたり、火事で殺そうとしたり、何年も追いかけて命を狙い続けるなんて……おかしいと思わないか?」

「ってことは、奈津子おばさんが玲子の企みを知ってて、だから口封じしようとした……?」

「そうかもしれない。もしかすると、高橋家と遠山家に関わる何か……でも、玲子が自白するとは思えない。本当の真実を知るには、母さんの記憶を取り戻すしかないんだ」

晴臣は胸の奥に鈍い痛みを感じながら目を伏せた。

以前、カウンセラーがこう言った。

――記憶を呼び戻す方法のひとつは、当時の状況を再現すること。

火事のあの瞬間を再び体験させれば、思い出す可能性があると。

だが、それは彼女に再び地獄を味わわせることと同義だった。

あの暗黒の過去には、恐らく誰にも言えない巨大な秘密が眠っている。

それが彼女をこんなふうにしてしまったのだ。

二人は供述をまとめ、
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