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第509話

Author: 藤原 白乃介
その一言で、晴臣は動きを止めた。

もし母親が玲子の『代り』じゃなかったとしたら……その裏にある意味は――

「つまり……あの頃、お前の父さんと付き合ってたのは、俺の母さんだって言いたいのか?」

智哉の鋭い視線がわずかに揺れた。そして、静かに頷く。

「今のところ、それが一番筋が通る説明だ。父さんと本当に交際していたのは奈津子おばさん……つまり本物の玲子だった。結婚して子どもまで産んだのは、整形して玲子になりすました偽物だ」

「啓之は高橋家を乗っ取るために、玲子に似た女を見つけ、整形させ、仕草や口調まですべて叩き込んで、玲子として父さんの前に送り込んだ。そうして、高橋グループにじわじわと食い込んでいった」

「だから、父さんは今でも奈津子おばさんのことを思い出せない。なぜなら、彼の記憶の中にあるのは、常に玲子の顔だけだったから。ふたりが入れ替わってるなんて、見分けようがない」

「玲子の両親、つまり俺の外祖父母はすでに他界しているけど、本物と偽物を見分ける方法が一つだけある。彼らの遺品を見つけて、DNA鑑定をすればいい」

その話を聞いた晴臣は、すぐに要点をつかんだ。

「つまり……昔、浩之と征爾が取り合ってた女は、俺の母さん。だからお前は、浩之が母の正体に気づいてると疑ってるわけだな?」

智哉は煙をゆっくり吐き出しながら答える。

「それはあくまで推測だ。証拠はないし、仮に浩之に問い詰めたとしても、絶対に認めないだろう。

だから俺が思うに、あの頃ずっとお前たち母子を追い詰めてた理由は二つある。

一つは、玲子が自分の偽りの身分を隠したかったから。

もう一つは、浩之がお前たちが瀬名家に戻って、遺産を巡って自分と争うのを恐れてたからだ

けど、途中で急に態度を変えて、お前たちを迎えに来た。何か別の計画に切り替えたとしか思えない。ただ、その新しい目的が何か、まだ俺にもわからない」

その言葉に、晴臣は背筋がゾクッとした。

もしそれが事実なら、母親だけじゃない。外祖父も、瀬名家全体も、浩之の掌の上ということになる。

拳をぎゅっと握りしめ、彼は低く言った。

「だから、俺を副社長にしたのは……浩之の目的を探るため。つまり啓之かどうかを確かめるためってことか」

智哉ははっきりと頷く。

「それもある。もう一つは、父さんと祖母が、お前に償いをしたかったからだ。ど
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