LOGIN地元の企業で働き、家事育児を1人で背負う真由美。一方、夫の和也は「俺は外で戦ってる」と豪語しながら、嘘をついて女の影をちらつかせるクズ男だった。3歳の娘にビールケースを支えさせる惨めな帰り道、真由美の心から愛が消えて、冷たい復讐心が宿る。 「私をただのパシリだと思ってる?……上等よ」 やりたい放題の義両親と小姑、モラハラ夫を社会的に抹殺するカウントダウンが始まる!スカッと爽快、どん底から這い上がる妻の逆転劇!
View Moreピピーッ、ピピーッ、ピピーッ!
目覚まし時計のけたたましい音で、私は目を覚ました。時刻は午前6時ジャスト。火曜日の朝である。
あと5分、いや3分だけ眠らせてほしい。切実な願いを込めて布団にすがりついたけれど、隣でモゾモゾと動く小さな生き物がそれを許してくれなかった。
「ママぁ……あさ?」
「そうよ、朝よ。ひなちゃん、おはよう」
3歳の娘、陽菜(ひな)が目をこすりながら起き上がってくる。
ぽやぽやの髪の毛は芸術的な寝癖を描いていて、まるで小さなヒナ鳥のようだ。
かわいい。世界で一番かわいい。 この愛らしい生き物のためならば、私の睡眠時間など喜んで差し出そうではないか。「よしっ!」
私は気合を入れて布団を跳ね除けた。
また冷たい朝の空気が肌を刺す。ここから、分刻みで進行する私の戦場が幕を開けるのだ。
私は斉藤真由美(さいとう・まゆみ)。32歳の会社員である。
夫の和也(かずや)と娘の陽菜と3人で暮らす、何の変哲もない主婦だ。起き上がった私はキッチンへ向かい、フライパンを火にかける。
冷蔵庫から卵とソーセージを取り出して、手早く調理を開始した。ジュージューと油が跳ねる音。焦がし醤油の香ばしい匂いが漂い始める。
和也用の目玉焼きは、半熟じゃないと文句を言うので火加減が面倒くさい。 少しでも黄身が固くなると、「パサパサしてて美味しくない」と子供のような文句を垂れるのだ。 35歳の立派な大人が、朝から卵の焼き加減で不機嫌になる姿は控えめに言って滑稽だが、朝の貴重な時間を不毛な言い争いに費やしたくはない。蓋をして蒸し焼きにしている、わずか数十秒の待ち時間。
この隙間時間が勝負の分かれ目だ。「ひなちゃん、お着替えしようね。今日はどのお洋服がいい?」
「ピンクの! うさぎさんのやつ!」
パジャマを半分脱いだ状態で、陽菜がリビングを走り回り始めた。
テレビからは子供番組の元気な歌声が流れている。 陽菜はその歌に合わせて、謎のダンスを踊るのが大好きなのだ。 幼児の『今を生きる』無軌道なエネルギーは、時に大人の体力をゴリゴリと削っていく。「早く着替えて!」
と叫びたくなる気持ちをぐっと飲み込んだ。
ここで機嫌を損ねたら、着替えだけで15分はロスしてしまう。 いかにご機嫌なまま服を着せるか。私の脳内で高速シミュレーションが展開される。「うさぎさん、ひなちゃんとお出かけしたいって待ってるよー。ほら、ぴょんぴょん」
うさぎのアップリケがついたシャツを揺らして見せると、陽菜はキャッキャと笑って近寄ってきた。
よし、第一関門突破。
服を着せながら、濡れタオルで頑固な寝癖を必死に押さえつける。 空いた片手で、保育園の連絡帳を引き寄せた。本日の体温、36度7分。問題なし。
機嫌、良好。 朝食、これから。 殴り書きをして、連絡帳をパタンと閉じる。汚い字になってしまったけど、許してほしい。キッチンに戻ると、ちょうどいい具合に目玉焼きが仕上がっていた。これなら和也も文句は言うまい。
お皿に盛り付けて、トーストと一緒に食卓に並べる。時計の針は6時30分を指していた。
容赦のない時間のプレッシャーが私の肩にのしかかる。 自分の身支度はまだ何もできていない。「ふんふんふ~ん♪」
洗面所へ向かおうとした私の耳に、何とも優雅な鼻歌が聞こえてきた。
「今後、お義母さんがうちに来るなら、食費と光熱費として毎月5万円を生活費に上乗せして払って」 和也はやっと顔を上げて、不機嫌に眉を寄せた。「は? 家族が来てるのに金を取るのかよ。ケチくさいこと言うな」「家族という言葉を盾にして、私の生活スペースを勝手に侵しているのはあなたよ。だいたい、お義母さんとお義姉さんはあなたの家族であって、私の家族ではない。ここはペアローンで私にも権利がある。管理責任を果たせない人をタダで入れるリスクは負えないわ。嫌なら、お義母さんから鍵を返してもらって」「……チッ」 和也はそれ以上言い返せず、舌打ちをして黙り込んだ。 というか、ここまで言われても鍵を返してもらうと言わないのが驚きだった。◇ 夕方、仕事を終えて保育園に陽菜を迎えに行き、帰宅する。 和也の車はなく、家の中は静まり返っていた。義母も今はいない。 玄関の宅配ボックスには、昨日注文しておいた監視カメラがもう届いていた。「ママ、それなあに?」 陽菜が不思議そうにカメラの箱を覗き込んでいる。「おうちを留守にしている時に、悪い人が入ってこないように、見張る道具よ」「へぇー!? どろぼうさんを、おいはらうんだね!」 陽菜は感心したように、監視カメラをぺたぺたと触った。「さあ、陽菜ちゃん。ママは着替えてくるから、遊んで待っていてね」「うん! 今日のごはん、なに?」「ロールキャベツよ。春のキャベツは美味しいからね」「わあ、やった! ひな、ロールキャベツ好き!」 陽菜はウキウキとスキップを始めた。うーん、可愛い。 部屋を一周した陽菜がブロック遊びを始めたので、着替えをするため自室に行った。(やれやれ、今日も疲れたわ。特に合鍵の件。和也には本気で愛想が尽きた) そんなことを考えながら、クローゼットを開ける。「……え?」
自室のドアを閉めて、内側から鍵をかけた。 ベッドで陽菜を寝かしつける。「ママ。ばあばとあきこおばちゃん、けんかしたの?」「大丈夫よ。喧嘩したわけじゃないからね」 陽菜は不安そうにしていたけれど、背中をトントンと叩いてやったらだんだん眠くなったようだ。 やがてスウスウと寝息が聞こえてきた。 リビングからは、まだ義母と和也の話し声が聞こえてくる。 何がそんなに楽しいのか知らないが、やけに盛り上がっている。 私は暗い部屋の中でスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開いた。 香奈さんに和也が私の許可なく合鍵を渡したこと、そして義母が我が物顔で居座っている事実を淡々と入力して送信する。 深夜になってから、香奈さんから返信があった。『お義姉さん、本当にごめんなさい。私の詰めが甘かったせいで……。兄が勝手に合鍵を渡したなんて、情けなくて涙が出ます。お義姉さんにまた辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません』(香奈さんは悪くないのに。悪くない人が誠意をもって謝ってくれて、悪い人たちは無視している。間違っているわ) 画面越しにも伝わってくる謝罪の後に、具体的な提案が続いていた。『兄はもう、お義姉さんの敵です。勝手に合鍵を渡した事実は、管理責任の放棄として強力な離婚理由になります。これからは母が来た日の記録をつけてください。それと生活費として光熱費や食費を多めに請求して、経済的な負担を負わせるべきです』 メッセージは続く。『家庭用でいいので、監視カメラも買いましょう。勝手なことをしないように、目を光らせておかないと』「アドバイスありがとう。生活費を請求するのはいい案ですね。最近、和也さんは家計に入れる生活費を減らしがちなので、よく伝えてみます。監視カメラもさっそく、買っておきます」『生活費を減らしている? そんなことまで……』 香奈さんがショックを受けている。 そういえば和也の仕打ちに慣れきってしまっていたが、生活費
「あいつは関係ねえだろ。香奈がうるさく言うから、わざわざあいつがいない時間を狙って呼んだんだよ。それに、母さんたちには合鍵も渡しといたから。いちいち俺が開けなくても、いつでも遊びに来れるようにな」 和也の口から出たその言葉に、私は自分の耳を疑った。「合鍵!? 私の許可もなく勝手に渡したの? ここはペアローンで私の資金も入っている家よ」「ここは俺の家でもあるんだよ。親を自分の家から締め出すなんて、薄情なことできるわけないだろ。誰に鍵を渡そうが俺の自由だ」 和也は自分の行動を完全に正当化し、それどころか私を非難した。 彼の中には夫婦の共有財産という概念も、妻のプライバシーを尊重するという考えも最初から存在しないのだ。 するとソファに座っていた義母が、勝ち誇った顔で口を挟んできた。「そうよ真由美さん。家族なんだから水臭いこと言わないでちょうだい。それに先日壁の修理代、30万円も私が立て替えてあげたじゃない。私がお金を出してあげたんだから、いつ遊びに来ても文句はないはずよね。この家の一部は、私が買い取ったようなものよ」 30万円の肩代わりが、彼女の中ではこの家を自由に使える「権利」に完全に変換されていた。 自分の孫が他人の家を壊し、その修理代を払うのは親族としての責任であるはずなのに。 その時、晶子さんが私の手に持っているデパートの紙袋に目を留めた。「あら、それケーキじゃない? デパ地下の箱でしょ」 晶子さんはソファから立ち上がると、私の手から強引に紙袋を奪い取った。「ちょっと、晶子さん! 返してください」「いいじゃない、ケチケチしないでよ。ちょうどお茶にしようと思ってたのよ」 晶子さんは私の抗議を無視して、勝手に箱を開けた。 中に入っていた3つのイチゴのタルトを無造作に取り出し、テーブルの上に乗せていく。「わあ、美味しそう。お母さん、和也、ケーキあるわよ」 陽菜が私の足元に隠れるようにして、「ひなのケーキ……」と小さな声で呟いた。その声は明らかに怯えていた。
ある金曜日の夕方。私は仕事を終えた後、駅前のデパートの地下に立ち寄った。 ショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。(どれも美味しそう。どれにしようかな。んー、やっぱり陽菜が好きなイチゴにしよう) 私は期間限定のイチゴのタルトを3つ注文した。 私と陽菜、それに一応、和也の分だ。 過酷な日々を乗り越えた自分へのささやかなご褒美であり、怖い思いをした陽菜を喜ばせるためのプレゼントだった。 保育園のお迎えに行くと、陽菜は私を見つけて駆け寄ってきた。「ママ、きょうはおみやげある?」「ええ、美味しいイチゴのケーキよ。お家に帰って、ご飯を食べたら一緒に食べようね」「やった! イチゴ!」 陽菜は嬉しそうに私の手を引く。 私たちは帰り道を歩いていく。 夕焼けの長い影が伸びる道路は、もうすっかり春になっている。 散りかけの桜の花びらが、少しだけ残って風に舞っていた。 この数日間、陽菜も落ち着いて眠れていた。 離婚に向けた準備は着々と進んでいる。 だからこそ、今はこの平穏な日常を少しだけ味わいたかったのだ。 自宅の前に到着し、私はバッグから鍵を取り出した。 ドアノブの鍵穴に差し込もうとしたその時、妙な違和感に気がついた。 ガチャリ。 鍵を回す前に、ドアノブが重たい音を立てて開いたのだ。 私は眉をひそめた。和也が帰っているのなら、鍵をかけ忘れるはずがない。 共働きで留守にする時間が長い我が家において、施錠は絶対のルールだ。 警戒しながらゆっくりとドアを開けると、玄関のタイルには見覚えのある2足の靴が脱ぎ捨てられていた。 ラメの入った派手な赤いパンプスと、かかとのすり減った茶色いローファー。 晶子さんと義母のものだ。廊下の奥にあるリビングの方から、テレビのバラエティ番組の大きな音と、聞き慣れた下品な笑い声が聞こえてくる。 香奈さんが実家で厳しく釘を刺してくれたばかりなのに、どうしてここにいるのだろうか。