Share

第519話

Author: 藤原 白乃介
彼女はそう言い終えると、すぐに美桜を抱きしめた。

その頬には、すでに大粒の涙が伝い落ちていた。

「美桜……なんでこんな姿に……全部ママが悪いのよ、ママが巻き込んじゃった……」

だが、美桜はいまだに玲子を母親と認めようとしない。

彼女は玲子を突き飛ばし、かすれた声で叫んだ。

「触んな!あんたなんか母親じゃない!」

「美桜……たとえあなたが認めなくても、私はあなたの母親よ。安心して。これからは私が面倒を見る。絶対に……絶対にあなたを見捨てない」

数日後。

智哉のもとに刑務所から連絡が入った。玲子が、話があると言っている。

彼は目を細め、低く呟いた。

「……やっぱりな。効いたか」

美桜――それが玲子の最大の弱点。

その一点を突いたことで、ずっと口を閉ざしていた玲子が、ようやく真実を語る気になったのだ。

智哉は雅浩とともに刑務所へ向かった。

面会室に現れた玲子は、智哉の顔を見るなり、堰を切ったように泣き出した。

「智哉……聞きたいこと、なんでも話す……だからお願い、美桜と一緒の部屋にして。あの子、自分じゃ何もできないの。トイレもできなくて、粗相するたびに他の囚人に殴られて……もう、見てられないの。お願い、助けて……あの子はあなたの妹なのよ……」

その言葉に、智哉の顔が一瞬で険しくなった。

「妹だと知ってて、俺に結婚させようとしたのか?……何を考えてた」

玲子は首を振り、涙を拭った。

「私の意思じゃない……あの人が言ったのよ。『美桜と結婚させろ』って。そうすれば私を高橋家に残せて、遠山家と橘家にも圧をかけられるって……あの人は悪魔なの……自分の目的のためなら、兄妹なんて気にしない」

「そいつは誰だ?」

玲子はまた首を振る。

「毎回、車椅子に乗って現れて、黒いマントに顔を隠す帽子……半分も見えない。でも、確信してる。あの人の狙いは高橋家全体……そして、あなたの命よ」

智哉は拳をぎゅっと握り、低く問うた。

「お前と奈津子、どっちが本物の玲子なんだ」

玲子は黙っていたが、しばらくして目を伏せ、震える声で語り始めた。

「征爾と付き合ってたのは奈津子。私はただの金州のクラブで酒を売ってた女よ。ある日、変な客に気に入られて……それが地
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第723話

    知里は彼のことをまったく無視して、光輝の電動バイクに乗ってそのまま走り去ってしまった。誠健は悔しさに奥歯を噛みしめた。後ろを振り返って、女性ゲストのハイヒールを一瞥し、眉をひそめて尋ねた。「その靴で、どこまで歩ける自信があるんだ?」女性ゲストはすでに足が痛くなっていて、泣きそうな顔で誠健を見上げた。「石井さん、タクシーに乗りましょうよ……このままじゃ、知里さんに追いつけません……」誠健は彼女を冷たく一瞥し、低い声で言い放った。「ここにタクシーなんてない」そのとき、ふと目に入ったのは、横に整然と並んだ自転車だった。そのまま自転車に飛び乗り、知里の方向へ猛スピードで追いかけ始めた。女性ゲスト:……これ、もしかして邪魔扱いされている?誠健の自転車は今にも飛びそうな勢いで、着ていた高級シルクのシャツは汗でびっしょり。整えていた髪も風で乱れ、数本の前髪が汗で額に張りついていた。配信のコメント欄はもはや大騒ぎ。【あははは!走れ走れー!急がないと嫁に逃げられるぞ!】【このシーン最高すぎる、石井さんの恋愛劇がカオスすぎて、自転車が電動バイクの引き立て役になってる】【頑張れ石井さん!全力でペダル漕いで!】【みんなひどいな、完全に石井さんの恋愛劇を楽しみに来てるじゃん】せっかくの恋愛リアリティ番組が、まさかのドロドロ追妻ドラマに変貌。それでも、普段から鍛えている誠健は、観光スポットに近づく頃にはついに知里に追いついた。さっきまでのボロボロな姿が嘘のように、颯爽と前に出て道を塞ぐ。顔には得意げな笑み。「知里、俺から逃げ切れると思った?」知里は汗だくの誠健をじっと見た。シャツは濡れて体に張りつき、いつもなら余裕たっぷりでキザな彼が、今は黄色いシェア自転車にまたがっている。その滑稽な絵面に、思わず口元が緩む。そして後ろを指差しながら言った。「石井さん、女の子置いてきちゃっていいの?ミッション達成できなかったら罰ゲームあるよ」誠健はようやく、自分が知里を追いかけることに夢中で、女性ゲストをどこかに置き去りにしてきたことに気づいた。だが表情一つ変えず、ニヤリと不敵に笑う。「心配してくれてるの?知里、やっぱり俺のこと、気になってるんだろ?」知里は冷たく鼻で笑い、向かいの薬局を指

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第722話

    知里は満面の笑みを浮かべながら、光輝と並んで歩いていた。 二人は歩きながら、まるで旧知の仲のように楽しげなおしゃべりをしている。どうして他の男とはあんなに楽しそうにできるのに、俺といる時はいつも仏頂面なんだよ。誠健は少し早足になって二人に追いつくと、皮肉っぽく笑って言った。「知里、後で歩けなくなったら、俺が背負ってやってもいいぞ」知里は光輝の腕にしっかりとしがみついたまま、振り返って冷たく笑いながら答えた。「でも、私はあんたに背負ってもらうのが嫌なの」その一言に誠健は言葉を失い、完全に面目丸つぶれ。配信を見ていた視聴者たちもその瞬間に大盛り上がり。【うちの知里はやっぱりサバサバしてて最高!気に入らなきゃズバッとね!】 【あははは、石井さん、奥さんに冷たくされてるの笑う】 【こういう展開好きだわ、監督ナイス演出!】 誠健は軽く笑って言った。「強がんなよ、そのうち俺に頼りたくなる時が来るから」その時、誠健とペアを組んでいる女性ゲストが、しょんぼりした顔で誠健を見つめて言った。「石井さん、今日のペアは私ですよ。私のこと、気にかけてくれないんですか?」誠健は冷たい目を向けたまま答えた。「自分で言ってただろ?5キロくらい余裕だって。俺が気にする必要ある?」その一言で、女性ゲストの顔は真っ赤に染まり、言い返せずに誠健の後ろを小走りでついて行くしかなかった。リゾートの入口に着く頃には、知里の足が少し痛み始めていた。骨を痛めたら、回復まで百日はかかるとよく言われる。彼女の足の怪我はすでに2ヶ月以上経っていたが、まだ完全には回復していない。光輝は彼女の額にうっすらと汗が浮かんでいるのを見て、すぐに気づいて声をかけた。「知里姉、足が痛いのか?」知里が答える前に、誠健が鼻で笑って口を挟んだ。「見りゃわかるだろ?このまま歩かせたら、マジで足ダメになるぞ。俺は親切だから、背負ってやってもいいけど?」光輝はにこやかに返した。「石井さん、もしあなたに奥さんがいたら、他の男に背負わせますか?」「絶対ムリだな。俺の嫁は俺が守る」「でしょ?今は番組のCPとはいえ、知里姉さんは俺のペアです。そんな大事な人を、他の男に触らせるわけないじゃないですか」誠健は鼻で笑った。「ふーん、

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第721話

    誠健は悔しそうに奥歯をギリッと噛みしめた。知里が自分を選ばないことは分かっていた。だから、わざと差出人を「KK」とだけ書いたのだ。それを光輝だと知里に誤解させて、彼女が自分を選ぶように仕向けた。なのに――まさか、ここまで読みを外すとは思ってもみなかった。光輝は知里の前に歩み寄り、にこやかに言った。「選んでくれてありがとう、知里姉。今日から俺はもう弟じゃないよ。カップルとして組むパートナーだからね」光輝は二十代前半で、背が高くスタイルも良く、歌もダンスも上手い。誠健が一番嫉妬しているのは、彼の人懐っこい性格だった。誰とでもすぐに打ち解けるし、撮影現場のみんなに好かれている。――あのとき知里が言ってた「甘えん坊ワンコ」って、こいつのことじゃないか?知里は笑いながら光輝の肩をポンと叩いた。「姉弟CP、私の一番好きな組み合わせよ。うまくやっていこうね」まだ始まったばかりなのに、すでに息がぴったりな二人を見て、誠健の額には青筋が浮かび上がった。配信のコメント欄は大盛り上がりだった。【うわー、石井さん読み外した!知里を逃したね。でも追いかける姿、絶対見たいんだけど】【あれ、完全に嫉妬してるよね?手を握りしめて顔真っ赤、首まで怒ってる。まったく、監督ってば、ほんと犬っぽいよね。欲しいと思えば思うほど、余計に手に入らなくなるんだから】【恋愛バラエティ見に来たはずが、石井さんの修羅場ドラマになってるの何で!?でも最高!】配信の視聴数は再びトップに跳ね上がり、監督は内心でガッツポーズを決めていた。この二人は、まさに金のなる木だった。目を細めて笑いながら、監督はみんなに向かって言った。「カップルチーム、無事に成立した。これからは、番組から1組につき2000円を支給する。このお金で、ミッションカードに書かれた観光地を巡って、女の子にプレゼントを買って、さらに写真も撮ってきてください。最もいい写真を撮って、いいね数を稼いだチームには豪華ディナーをプレゼント!」その言葉を聞いた誠健は、思わず鼻で笑った。「監督、それって本当に2000円?2万円の間違いじゃなくて?観光して、プレゼント買って、写真まで撮るなんて、そんなのできるわけないでだろ」彼が疑いの声を上げたそのとき、光輝が手を挙げた。「監督、この場所か

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第720話

    佑くんはこの知らせを聞いて、小さな手をパチパチ叩きながら興奮気味に言った。「ママ、パパって生き返ったの?」佳奈は微笑みながら彼のほっぺにキスをした。「そうよ、パパはまだ生きてるの。一緒に帰りを待とうね」葬儀が喜びの知らせに変わり、昼間は深い悲しみに包まれていた高橋家本邸も、夜にはすっかり穏やかな雰囲気に変わっていた。智哉の葬儀が中止になったというニュースは、たちまち上流階級の間で大きな話題となった。誰もが「佳奈は正気じゃない」と囁いた。根拠のない情報を信じて、現実を否定するなんて――と。それでも佳奈はすぐに仕事へ復帰した。高橋家の人々も一丸となって、智哉が突然戻ってくる日を心のどこかで願っていた。誰の胸の中にも、ふとした瞬間に「もしかしたら」という期待がよぎるのだった。知里も、佳奈の元気な様子を見て、仕事に戻る決意をした。再び撮影現場に戻ると、ファンたちは歓喜の声を上げた。【あああ、知里が帰ってきた!一目惚れCPの再会も近い!?】【知里の性格が本当に好き。友達のためなら命がけで助けるなんて、今どきなかなかいないよ】監督の目も細くなり、笑顔が止まらない。先週は知里も誠健もいなかったせいで、配信の視聴数はトップ10から落ちてしまっていた。この二人はまさに、彼の稼ぎ頭と言っても過言ではない。監督はみんなに声をかけた。「現在、4組のゲストのうち、すでに1組はカップル成立して、お互いに今後も付き合いたいという意志を示してくれた。残りの6人で新たに組み直す。今夜は女性ゲスト3人それぞれの部屋の前にポストがある。男性ゲストは気になる相手に匿名で招待状を入れてくれ。女性ゲストは感覚で一人を選んで、明日のデート相手を決める。これが今回のカップル決定となる」それぞれが任務を受け取り、自室へ戻った。誠健は真っ先に知里のポストにカードを入れたが、署名にちょっとした工夫を忍ばせていた。翌朝、知里はポストから2枚のカードを取り出した。1枚には「I」と署名されており、もう1枚には「KK」とだけ書かれていた。知里は迷わず「I」を選んだ。そのとき、スタッフが部屋をノックして入ってきた。「知里さん、どの男性ゲストを選びましたか?」知里はカードを差し出し、にっこり笑って答えた。「これで

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第719話

    数人がすぐに駆け寄った。結翔は泣き崩れた佳奈をしっかりと抱きしめ、優しく慰めた。「佳奈、もう泣かないで。お兄ちゃんがいるから。お兄ちゃんが、佑くんと佳奈のこと、ちゃんと守るからな」佳奈は結翔の胸に顔を埋めたまま、しばらく泣き続けた。やがて、ゆっくりと顔を上げ、しゃくり上げながら言った。「お兄ちゃん……智哉は死んでないの……」その言葉を聞いた瞬間、結翔は他の人たちの方を振り返った。不安げな表情を浮かべながら、ぽつりと呟く。「佳奈……まさか、精神的にショックでおかしくなったんじゃ……?」誠健がすぐに前に出て、佳奈の手首を掴み、指先で脈を測った。十数秒後、真剣な顔で言った。「脈がかなり速いな。たぶん強いストレスによるものだ。まずはちゃんと休ませた方がいい」結翔は佳奈の背中を優しく撫でながら、気遣うように語りかけた。「佳奈、頼むからお兄ちゃんの言うことを聞いて、部屋に入って少し休もう。俺たちはずっと智哉のそばにいる。絶対に一人になんかさせないから」佳奈は涙を流しながら首を横に振った。「お兄ちゃん、ほんとなんだよ……智哉は本当に死んでないの。さっき、メッセージが来たの」そう言って、スマホを結翔に差し出した。その画面を見た瞬間、結翔も思わず声を上げた。「これ……智哉の秘密のLINEアカウントだ!」その言葉に、他の人たちも一斉にスマホの画面を覗き込んだ。佳奈が受け取ったLINEメッセージの送信者は「ZY」これは智哉がごく限られた人にしか教えていなかった、極秘のアカウントだった。誠治は目を見開き、思わず声に出して読んだ。【佳奈、ごめん。心配かけたね。まだ片付けなきゃいけないことがあるんだ。全部終わったら、すぐに戻って、君と息子に会いに行くよ。愛してる、君の夫より】その一文を聞いた全員が、信じられないというように目を見開いた。誠治はすぐに誠健の方を向いて叫んだ。「誠健!今すぐこのメッセージの発信元を追跡してくれ!本物かどうか、確認しないと!」結翔も興奮気味に佳奈の背中をトントンと叩いた。「落ち着いて、佳奈。お兄ちゃんがちゃんと調べてあげるからな」佳奈は目に涙を浮かべながら、結翔を見つめた。「私は信じてるの。智哉にはきっとどうしても電話できない理由があって、それでこの秘密のア

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第718話

    佳奈は笑いながら彼の頭を撫でた。「だって、一つはママの、もう一つはパパのだから」その言葉を聞いた佑くんは、智哉の結婚証書を手に取り、ポケットにしまい込んだ。「パパの結婚証書は、僕が持っておく。会いたくなったら、見れるから」彼はそれをまるで当たり前のように言った。悲しみや寂しさを見せることもなく。その無邪気でしっかりした様子が、かえって周囲の胸を締めつけた。佳奈の笑顔はだんだんと苦くなり、そっと佑くんの頬に手を添えた。「佑くん、これからはね、パパはいないの。覚悟はできた?」佑くんは力強くうなずいた。「パパがいないのはすごく悲しいけど、僕、もっと強くなる。早く大きくなって、ママを守るんだ」その言葉に、佳奈の目には涙が浮かんだ。うつむいて、息子の頬にキスを落とし、かすれた声で言った。「じゃあ、パパを見送ろう。安心して向こうに行けるようにね」全員が高橋家の本邸に戻り、葬儀の準備を始めた。智哉の正体が俊介であることは、最後まで明かされなかった。だから、この葬儀も「事故死」として公にされた。弔問客はひっきりなしに訪れた。佳奈は一貫して「高橋夫人」として、皆に対応していた。夜が更け、親戚や友人たちは皆引き上げ、残ったのは智哉の兄弟たちだけだった。知里は疲れ果てた佳奈を見て、胸を痛めながら言った。「佳奈、少し休んで。明日もやること山ほどあるし、あなたが倒れたら大変よ」佳奈は智哉に紙を焚べながら、静かに答えた。「もう少しだけ一緒にいたいの。人は死んだ後、魂が戻ってくるって言うでしょう?智哉もきっと、今ここにいると思うの。一人にしたくないの」その言葉に、知里の目が一瞬で赤くなった。彼女も一枚の紙銭を手に取り、火鉢に入れながら言った。「智哉、あなたの魂が本当にここにいるなら、よーく聞きなさい。佳奈はあなたのために、どれだけのことをしてきたか。だから、天国に行っても、しっかり彼女と佑くんを守りなさいよ。それがあなたの恩返しってもんでしょうが。もしこの二人に何かあったら、私があんたの墓掘り起こして、文句言いに行くからね」そう言いながら、彼女は涙を拭った。その様子を少し離れたところで見ていた誠健は、胸が締めつけられるようだった。知里は佳奈のために、恋愛リアリティ番組も、大物監督の

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status