第646話

彼女の一番の願いは、盛大な結婚式なんかじゃなかった。

ただ、家族みんなが無事で元気でいてくれること――それだけだった。

あの二年前の悪夢のような出来事を、もう二度と繰り返したくなかった。

やっとの思いで、子供を失った痛みから立ち直り、父もようやく目を覚ましてくれた。

だからこそ、もう誰にも、何の傷も負ってほしくなかった。

もしまた誰かが傷つくようなことがあれば――きっと、彼女は壊れてしまう。

そんな彼女の様子を見て、智哉はそっと彼女を抱きしめた。

そして、優しく唇にキスを落とす。

「佳奈、約束する。絶対に無事で戻る。ちゃんと、どこも壊れてない男を君に返すから。いい？」

そう言いながら、彼は佳奈の頬にキスを重ねていく。

目元から頬へ、そして唇へと、ゆっくりと唇を滑らせて――

智哉の呼吸は次第に荒くなり、声もかすれて熱を帯びていく。

「佳奈……会いたかった。キスしたい。してもいい？」

まるで彼女の許可を求めるような口ぶりだったが、彼の唇はすでに佳奈の唇に重なり、まるで長く飢えていた獣のように、じわじわと彼女を攻めはじめていた。

熱く湿った舌先が佳奈の肌をなぞるたびに、ピリピリとした痺れるような感覚が全身を走る。

佳奈は、彼の熱にすっかりペースを乱されていた。

「智哉……子供がいるのよ……」

息を乱しながらそう言うと、智哉は唇を甘く噛みながら、かすれた声で囁いた。

「出てこないって」

「佳奈……キスしてもいい？」

もうとっくにキスしてるくせに――佳奈は心の中でそう突っ込みたくなった。

これがキスじゃないって言うなら、じゃあ一体どこまでがキスなのよ？

だが――その考えすら、彼女の甘さだったと気づくのに、そう時間はかからなかった。

智哉が欲していたのは、ただのキスなんかじゃなかった。

彼が求めていたのは、それ以上。もっと深いものだった。

彼は唇を重ねながら、佳奈の手を引いて寝室へと誘う。

そしてドアを閉めた瞬間、彼の中の獣が、ようやく姿を現した。

先ほどまでの軽いキスは徐々に熱を帯び、唇に絡みついていた舌が、突然佳奈の口内へと侵入する。

舌と舌が絡まり合い、ふたりの息遣いが部屋に響く。

智哉の熱が、まるで