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第876話

Author: 藤原 白乃介
知里は彼が医者だと思っていて、本当に熱を早く下げる方法があるのかと少し興味を持った。

「どんな方法なの?」

誠健は彼女の耳元に顔を寄せ、かすれた声で囁いた。

「君とやすれば、絶対に汗だくだくになる。そうすれば熱なんて自然に下がるさ」

その言葉を聞いた瞬間、知里は思い切り彼を突き飛ばした。

冷たい目で誠健をにらみつける。

「ふざけたこと言ったら、次からは一切チャンスあげないからね」

その一言に怯えた誠健は、すぐにおとなしく横になった。

「もう言わない。薬、持ってきて……」

薬を飲んだ誠健は、ほどなくして眠りについた。

きっと疲れが溜まっていたのだろう、彼はぐっすりと、長い時間眠っていた。

外から子どもの声が聞こえてきた頃、ようやくゆっくりと目を開けた。

口を開いて知里を呼ぼうとしたが、そこでようやく、自分の声がかすれて出ないことに気づいた。

彼はすぐに起き上がり、ベッドを降りてリビングへ向かった。

そこには、ソファでお菓子を食べている佑くんの姿があった。

誠健は笑顔で手招きしながら言った。

「こっちおいで、叔父さんに抱っこさせて。ちょっと太ったんじゃないか?」

彼が屈んで抱き上げようとしたその瞬間、智哉が前に立ちはだかった。

「熱があるのにうちの息子に触るなよ。うつされたらどうすんだ、そっから嫁にうつったら最悪だぞ?うちの嫁は双子を妊娠してんだから、絶対に感染なんてさせられねぇんだ」

誠健はイライラして智哉を蹴っ飛ばした。

「わざわざ人の傷口に塩を塗るようなことすんなよ!誰でも知ってるだろ、お前の嫁が双子妊娠してるってことくらい。そんなに強調する必要あるか?

それに俺の熱はもう下がったっつーの、ウイルス感染じゃなくて、ただの疲労とちょっとした熱っぽさだよ。伝染なんてしねぇよ」

智哉は眉をひょいと上げて彼を見た。

「まあいいさ、可哀想だしな。溺愛してた妹が実は他人だったって話だし、嫁も子どももいないし。ちょっとだけうちの子で癒されとけよ」

「お前って、イジらないと死ぬ病気でも患ってんのかよ」

「じゃあお前はイジる相手いるのか?俺なんか今や嫁も子どももいて、家はぬくぬくの楽園よ。最高の人生謳歌してるぜ」

佳奈がくすっと笑いながら智哉の腕を引いた。

「もうそのへんにしときなよ。彼、病み上がりなんだから、また倒れたら責任取
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