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第943話

Author: 藤原 白乃介
知里の父は目を細めて笑いながら言った。

「ちょっと散歩がてら待ってたんだ。今夜は楽しかったか?」

誠健は知里の手を握りしめ、大きくうなずいた。

「楽しかったです。俺たち、もう付き合うことになりました」

その言葉を聞いた瞬間、知里の父と知里の母は同時に顔を輝かせて笑い出した。

「いいぞ、付き合うってのはいいことだ。近いうちにお前たちのじいさんとも話し合って、この話を決めようじゃないか。あの二人とも待ちきれないだろうからな」

知里は慌てて制した。

「お父さん、そんなに嫁に出したいんですか。私たちやっと付き合い始めたばっかりですよ。もっと時間をかけて見極めないと、そんな急ぐことないでしょ?」

「何を見極めるっていうんだ。俺は二十年以上も君のために見てきたんだぞ。それに、君たち二人はとっくに一緒になるべきだった。邪魔さえなければ、今ごろ俺はもうおじいちゃんになってたんだ」

誠健もそれに合わせて言った。

「お義父さん、焦らないでください。来年にはきっと願いをかなえてみせますから」

その「お義父さん」という呼び方に、知里の父の心は一気に満たされ、豪快に笑い声を上げた。

「ははは、いいぞ!じゃあ俺はじいさんに話をしてくる。お前たちはそのまま抱き合ってろ」

そう言うと、知里の母の手を取って急ぎ足で家に戻っていった。

去っていく背中を見送りながら、知里は誠健を睨んだ。

「何を勝手に言ってるのよ。誰があんたと結婚するって?仮に結婚したとしても、そんなすぐに子どもなんて無理だからね」

誠健は笑いながら彼女を抱き寄せた。

「わかってるよ。ただお義父さんたちを喜ばせてあげたかっただけだろ?」

二人はそのまましばらく抱き合い、やがて知里は家に戻った。

玄関を入ると、父がすでに祖父と一緒に婚約の日取りについて話し合っているのが見えた。

彼女は肩を落として首を振り、階段を上がっていった。

少し歩いたところで、執事が声をかけてきた。

「お嬢様、お荷物が届いております」

知里は何も考えずにそれを受け取った。化粧品を注文していたことを思い出し、それだと思ったのだ。

部屋に戻り、すぐに梱包を解いた。

だが、箱を開けた瞬間、彼女は悲鳴を上げた。

手にしていた物を放り出し、転げるように階段を駆け降りた。

物音を聞きつけた
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