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第9話

作者: ぽっちゃりちゃん行くよ
「無名の画家が描いたものなんて、所詮は絵の具を塗りたくったゴミに過ぎないわ!」

あんずは、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「少なくとも観鈴さんの絵には、評価する人も、買ってくれる人もいる。あんたのような、用済みになったら捨てられる女よりずっと価値があるわよ!」

朝香は言われて一瞬固まったが、すぐにボディーガードを連れてあんずを壁際に追い詰め、振り上げた手のひらを勢いよく叩きつけた。

「クソ女!観鈴と同じで、あなたも所詮クズなのよ!信じないかもしれないけど、あなたなんて蟻を踏み潰すくらい簡単に消してやれるんだから!」

あんずは悔しさをこらえ、顔を上げて強気に吐き捨てた。

「ふん!権力にすがるだけの愛人ごときが、自分を大物だとでも思ってるの?」

朝香はあんずの顎をぎゅっと掴み、尖った爪があんずの皮膚を突き破って、赤い血がにじんだ。

「観鈴をこの街で立ち行かなくさせられる私が、あなたをここに居られなくすることなど造作もないのよ!

ずいぶん澄ました態度を取っていたのに、結局は愛人だって罵られたじゃない。あの時だって、わざとゴシップ記者を数人焚きつけて、適当に記事を書かせただけ。それで彼女は何も反撃できなかった!

愛されないほうが愛人なのよ!私は彼女を踏み潰したって、浩史は一言も私を責めなかった……

今だって、たとえこのギャラリーをぶち壊したとしても、浩史は私を責めたりはしない!」

その瞬間、浩史は入口に立ち尽くし、呆然としている。

彼の心にあった「清純で可憐、弱くて無垢な朝香」というイメージは、音を立てて崩れ落ちた。

ボディーガードたちが暴れ出し、あんずは必死に止めようとしたが叶わず、ついに怒鳴り声をあげた。

「浩史さん!あなたの耳は腐ってるの!?黙って見てないで、何か言ってよ!」

浩史は真っ黒な表情を浮かべて、歩み出した。

「やめろ!全員、出て行け!」

ボディーガードたちは一斉に手を引き、持っていたものを元の位置に戻し、足音を忍ばせながら去って行った。

彼らは元々、浩史が私の嫉妬心から朝香に危害を加えないよう、彼女の元につけた者たちだった。

まさか彼女に利用され、誰に雇われているのかさえ見失うとは、思いもしなかった。

朝香の傲慢な態度は一瞬で消え、浩史の冷たい眼差しに射抜かれると、たちまち弱々しく無垢な顔に変わった。

「ひっ……浩史
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