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第7話

Author: ぽっちゃりちゃん行くよ
一つ一つに贈られた日付が記されている。

結婚一年目は、数々の積み重ねられたプレゼント。

七年目は、キャンバスの上に貼られた離婚届受理証明書。

浩史はそれらを一つずつ開け、同じカルティエのブレスレットが三つも出てきたことに、思わず驚きを覚えた。

「いつからだろう、この結婚生活に、ここまで心を向けなくなってしまったのは。

観鈴が許してくれなかったのも、当然だ」と彼は思った。

浩史は一つの空き箱を手に取り、足元に散らばった箱の中で密かに喜びを噛みしめている。

そこには、かつて彼が私に贈った「今生の最愛」がなかったからだ。

浩史の顔にゆっくりと笑みが浮かび、その声には確信が滲んでいる。

「やっぱり俺のことを忘れられないんだろう?……まあ、今回の騒ぎは大きすぎたし、少しは宥めてやるか」

自分への独り言が、着信音によって遮られた。

スマホ画面に浮かんだ朝香の名前を見た瞬間、浩史の笑みは跡形もなく消え失せた。

着信音が何度も鳴り響き、彼はついに苛立ちを感じながら応答した。

「いったい何の用だ?」

朝香はその荒々しい声に驚いたのか、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに泣き声を帯びて訴えかけた。

「浩史……私、熱があるの。病院まで連れて行ってくれない?」

浩史は眉間を揉みながら、不機嫌さを隠そうともしない。

「自分でタクシー呼べよ。俺はそんな暇じゃない」

朝香の声はさらに弱々しく、頼りなげに震えている。

「……うん、ごめん……迷惑かけて……」

次の瞬間、受話器越しにドサッと重い物が落ちる音が響いた。

浩史は慌てて何度も朝香の名前を呼んだが、返事はなかった。

長い沈黙の後、彼は通話を切り、急いで朝香の家へ向かった。

――別れたばかりで、何かあれば自分の評判に傷がつく。

それに、私が戻る前に、朝香とはきっぱり縁を切っておきたかった。

だが、ドアを開けた瞬間、浩史は自分が罠にかけられたことを悟った。

白いスリット入りのドレスを身にまとった朝香が、ベッドに横たわっている。

体に結ばれた赤い縄の結び目は、自分では到底結べないほど精巧で艶やかだ。

「病気」などは、ただの口実。呼び寄せるための手段にすぎない。

「清純」などと言いながら、その実態は安っぽい遊女にも劣らない手管。

――自分は終始、ただの騙された哀れな道化だ。

「朝香!お前……!」
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