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第5話

Author: 子豚狐
結局のところ、陸葉グループは私が一から育てた会社だ。

私は岳雄が昔の恋を忘れられないことを恨んではいない。

しかし、その陸葉グループを私の手から手放すなんて、あり得ない。

岳雄が早苗の願いを叶えさせたいなら勝手にすればいい。

ただし、私が彼に与えたものはすべて取り戻す。

「神原社長、私にもひとつ条件があります」

私は机の上に資料を置いた。そこには早苗の簡単な経歴が記されている。

「この女を調べてください。彼女がこの数年間、何をしていたのか、すべて知りたい」

私は偶然を信じなかった。

陸川家が倒れたとき、彼女はちょうど治療のために海外へ行った。

そして、岳雄が再び事業を立て直した今、彼女はたまたま帰国した。

私は早苗に興味はない。

しかし、彼女が私にしたことを、このまま無かったことにはできなかった。

目的が一致した私たちは、息ぴったりに手を組んだ。

お互いの目の中に、似たような冷たい笑みを見た。

その日から、私は真言ただ一人の女秘書になった。

私の転職のニュースは、業界でちょっとした波紋を呼んだ。

陸葉グループを支える二本の柱があると、誰もが知っている。

一人は私。もう一人は門番だ。

会社の門番はセキュリティと家賃を掌握している。一方、私の手元にある顧客と注文が、会社全体の生活を支えている。

陸葉グループが短期間で業界に定着できたのは、私が命を削って酒を酌み交わし、取引を取りつけてきたおかげだった。

数日のうちに、岳雄から何通もメッセージが届いた。

彼は私に戻ってきてほしいと思っている。

私の名前のイニシャルを刻んだ特注の指輪の写真まで送ってきた。

だが、私はもういらなかった。

一通も返信しなかった。

その後のメッセージは、読むことすらしなかった。

新しい会社での仕事は山のようにあった。

同じ業界でも、突然入った外様の秘書が認められるには、相応の実力を見せる必要があった。

再び岳雄と顔を合わせたのは、あるビジネス晩餐会の席だった。

私は星月グループの代表として出席していた。

スピーチを終えた私を、岳雄が会場の片隅で呼び止めた。

別れてからの彼は、どうやら順調に過ごしているようだ。

オーダーメイドのスーツが彼の品格を際立たせ、青年の鋭さと中年の落ち着きを併せ持つ今の彼は、ちょうど最も輝く時期にいた。

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