Masuk「いやだ!お前は俺の妻だ!俺と一緒に帰るんだ!」湊が私に掴みかかろうとした瞬間、舜に蹴り飛ばされて、無様に地面に倒れ込んだ。私は彼を一瞥もせず、予定通り舜とのドライブに出かけた。しかし、湊のずうずうしさを甘く見ていた。それ以降、舜と行く先々で、必ず湊の姿を目にするようになった。私たちのスケジュールを調べ上げて、飽きもせずについてくる。最初は舜も怒鳴りつけていたが、やがて相手にするのも馬鹿らしくなって、勝手にさせるようになった。そして、私と舜との関係は日を追うごとに深まっていく。赤いバラが好きだという私の好みを覚えていた舜は、大量のバラで埋め尽くされた部屋で、私に告白してくれた。「栞、ずっとずっと昔から君が好きだった。ただ、昔の俺は告白する勇気がなくて、君を手放してしまった。今、ようやく君は独身になった。もう一度、俺にチャンスをくれないか?」私が口を開く前に、背後から湊の声が響いた。「栞は俺のモノだ!そいつの告白なんか受け入れるな!栞、愛してる、頼むからそいつの告白を断ってくれ!」数人のボディーガードに取り押さえられながら、湊は震える声で私にすがりつくように叫ぶ。私が振り向くと、彼の顔に喜びの笑みが広がって、希望に満ちた目を向けた。「栞、まだ俺を愛してくれてるんだろう?そいつの告白なんて断るよな?」私は彼を見据え、はっきりと告げた。「あんたが莉乃をお盆の集まりに連れてきたあのときから、私の愛はとっくに冷めていたのよ」湊の表情が強張る。彼が後悔の涙を流して崩れ落ちる中、私は舜の告白を受け入れた。今度こそ、本当の愛を大切にする。それから、湊が私の前に姿を現すことはなくなって、平穏な日々が訪れた。両親が海外へ移住する際、私にかなりの資金を残してくれていた。私はそのお金を使って、小さな本屋を開いた。暇な時は本を読んで、社会のドロドロとした人間関係に悩まされることもない。やがて、私は舜と結婚式を挙げた。どこから情報を聞きつけたのか、湊が式に現れた。彼は私に財産譲渡の契約書を差し出した。「昔のことは本当にすまなかった。これは本来、栞が受け取るべきだったものだ」少し皺の増えた彼の顔を見て、胸に複雑な思いが込み上げた。最終的に私は何も言わず、彼からの財産を受け取った。1年後、私と舜の間に可愛らしい女の
舜の家の前に立つ湊はすっかりやつれて、顔色もひどく憔悴していた。二人の赤ん坊の世話は、やはり骨が折れるのだろう。相手にする気もなくて、そのまま車を出そうとしたが、湊はこちらに気づくや否や、車の前に立ちはだかった。「栞、やっと見つけた。車から降りて、話を聞いてくれないか」すがるような目で私を見つめながら、震える声で懇願してくる。「降りてくれるまで、ここを動かない」彼と話すことなど何もないが、終わったことにはきっちりけりをつけなければならない。「離婚届の受理証明書、届いたわよね?言いたいことがあるなら早く言って。急いでるから」車を降りて冷たく言い放つ。私の冷淡な態度に、彼は苦痛に顔を歪ませた。「離婚なんてしない。あの書類は俺の同意なしに勝手に出されたものだ。無効だ」「あんたの同意なんてどうでもいいの。サインしたって事実が重要なんだから。それに、手に入れた離婚届受理証明書は紛れもない本物よ」湊の顔色が一瞬にして絶望に染まる。私を掴もうと伸ばしてきた彼の手を、私は冷たく振り払った。「この間、本気で反省した。俺が悪かった。お前に申し訳ないことをしたし、子供まで……全部、莉乃のやつが仕組んだことだったんだ。薬を盛ったのもあいつだ。もう精神科病院に送ったし、あの双子も他人の養子に出した。栞、一緒に帰ってくれ。もう二度とあいつらに俺たちの生活を邪魔させない。再婚して、また昔みたいに仲良く暮らそう」私は嘲笑を浮かべる。「昔みたいって?本気で言ってるの?あんたのやり方はひどすぎるのよ。あんたが恨みを買う人間だからこそ、私と陽太は拉致されたの。普段出かける時すら、いつもビクビクしなければならなかった。莉乃がいなくても、あんな生活はちっとも楽しくなかった。だから3年も心を病んだのよ。莉乃を愛しているかどうか、もう私には何の関係もない。お願いだから二度とかかわらないで」これ以上無駄話をする気はなかったが、湊は執拗に私の手を握って、決して離そうとしなかった。「俺が悪かったって謝ってるじゃないか!どうして許してくれないんだ?俺よりお前を愛してる男なんて、いるわけないだろ!」「いるさ」車から降りてきた舜が、湊の顔面に強烈なパンチを食らわせた。「栞を大切にすると言っておきながら、お前のせいで彼女は子供
本性を知った今、湊は莉乃を一瞥するだけで吐き気がした。汚いものでも見るかのように彼女を見下ろして、睨みつける。「栞を刺激して発作を起こさせて、電気けいれん療法を受けさせたな。彼女が味わった苦痛を、お前もたっぷりと味わえ」傍らに立つ医師に視線を送る。医師は震え上がりながら、湊が部屋を出た直後に装置のスイッチを入れた。莉乃の張り裂けるような悲鳴が、突如として響き渡った。……次に目を覚ました時、私は見知らぬ部屋のベッドにいた。気を失う前の恐ろしい記憶が、一気に脳内に押し寄せてくる。最後の瞬間、陽太の骨壺の破片を抱きしめたまま雨の中に倒れ込んだことを思い出して、胸がぎゅっと締め付けられる。ベッドから降りて骨壷を探そうとした瞬間、ドアが開いた。入ってきた人物の顔を見て、驚きの声を上げる。「舜……どうしてここに?」黒沢舜(くろさわ しゅん)は片眉を上げて、低く心地よい声で答えた。「離婚の手続きを頼まれた弁護士が、たまたま通りかかって、雨の中で倒れ込んでいた君を助けただけさ」舜は父の教え子の中で最も優秀で、東都市で一番の腕を持つ弁護士だ。昔は毎年、お正月やお盆になるとうちに遊びに来ていた。しかし私が結婚してからは、湊が彼にひどく嫉妬するため、舜とはほとんど連絡を絶っていたのだ。湊と離婚するつもりがなければ、彼を頼ることもなかっただろう。よりによって一番惨めな姿を見られてしまったことに、ひどく気まずさを覚える。「陽太……息子の……」「ああ、遺灰は俺がちゃんと集めておいた。また新しいお墓を探してやろう」頷くと、頭上から彼の声が降ってきた。「しかし、数年会わないうちにどうしてこんなにボロボロになってるんだ?まるで別人のように、性格まで変わってるじゃないか」力なく苦笑するしかなかった。以前の私は明るくて、希望に満ちた毎日を生きていた。けれど陽太の無残な死を目の当たりにして、3年間も心を病んだ。正気を取り戻してまだ2年も経たないうちに、今度は夫が隠し子を作ったのだ。誰だって性格が変わって当然だ。舜にこれまでの経緯を打ち明けた。てっきり、一人で静かにさせてくれるだろうと思っていた。しかし彼は、私のそんな消極的な気持ちなどお構いなしだった。「人を見る目がなかったのも、あんな悲惨な目に遭ったのも、君のせいじゃない
電話を切ると、湊は胸を押さえたままその場にへたり込んだ。考えれば考えるほど恐ろしくなって、愛する人を永遠に失うかもしれないという予感に息が詰まる。栞が妊娠していると知っていれば、莉乃に子供を連れて現れさせるような真似は絶対にさせなかった。秘書の仕事は早くて、すぐに莉乃に関する情報が送られてきた。資料に目を通した瞬間、湊の表情は氷のように冷酷なものへと変わる。あの日彼に薬を盛ったのは、ライバル企業の人間ではなくて、他でもない莉乃だったのだ。彼女は栞から援助を受けていたという立場を利用して、栞の口から彼のスケジュールを聞き出していた。そしてホテルの従業員として潜り込んで、彼に薬を盛って部屋に忍び込んだのだ。さらに、莉乃が以前から共犯者と計画を練って、栞を追い出した後に子供をダシにして後妻の座に収まろうとしていたことも判明した。赤ん坊が連れ去られた事件も、莉乃の自作自演だった。そのせいで湊は栞を誤解して、彼女から再び子供を奪ってしまったのだ。すべての悲劇の原因が莉乃にあると知って、湊の心は凄まじい憎悪で満たされた。「桜井莉乃を拘束しろ。自分のしたことの代償を、骨の髄まで味わわせてやる」その頃、莉乃はまだ病室で共犯者と次の計画を練っていた。結城家の奥様になるという甘い夢を見ていた彼女は、ボディーガードに連行される際、信じられないという顔をした。「湊が私に罰を与えるわけないじゃない!?」ボディーガードは冷ややかに答えた。「罰を与えるかどうか、ついて来れば分かる」今度は彼女が太いロープで縛り上げられて、頭には袋を被せられた。散々手荒な扱いを受けて、湊の顔を見るなり不満をぶちまける。だが、湊の冷え切った視線に気づいて、自分が電気治療の椅子に縛り付けられていることを悟った。恐怖と不安に支配されて、声が震える。「み、湊のために子供を二人も産んだのよ!?どうしてこんなことするの!」湊は冷笑した。「あんなに計算高いお前が、理由が分からないとでも?」莉乃の首を掴んで、憎悪に満ちた声で吐き捨てる。「お前が俺に薬を盛って嘘をつかなければ、俺は栞の子を失わずに済んだ!今こうして栞を見失うこともなかった!栞がお前に学費を援助してやったのに、これが恩返しのつもりか!」首を絞められて、息ができなくなった莉乃はパニックに
湊が眉をひそめるのを見て、莉乃は慌てて付け加えた。「安心して、その間は大人しくするから。決して迷惑はかけないわ」湊は額に手を当てて、しばらく沈黙した後、口を開いた。「駄目だ」栞の悲しい目が再び脳裏をよぎる。得体の知れない不安を感じながら告げた。「あと3ヶ月だけ子供たちのそばにいたら、出て行ってくれ」莉乃は途端に焦り出す。「どうして!?1年という約束だったじゃない!」湊は彼女の態度の豹変に驚いて、不快感を覚えた。「そもそもあの子たちは生まれてくるべきじゃなかった。ただ、結城家に跡取りが必要で、母さんがずっと栞にプレッシャーをかけていたから、お前に産ませることになったんだ。だから、栞に受け入れてもらうために、お盆の日にあえて認知を迫った。だが、あの子たちのせいで栞は深く傷ついた。だから、お前をこれ以上この家にいさせることはできない」この数日、栞が味わった理不尽な苦痛を思い出すと、湊も胸が痛んだ。言い終えると、顔色を悪くした莉乃を一瞥もせず、秘書に電話をかけた。「栞を病院へ連れていって、専門医の治療を受けさせろ」「承知いたしました」湊は電話を切ると、莉乃にしっかり休むよう言い残して背を向けた。当然、莉乃の憎悪に満ちた目を見ることはなかった。湊が家に帰ると、ベビーシッターが双子をあやしていた。男の子が激しく泣いていたため、彼が代わりに抱き上げて少しあやした。赤ん坊の顔立ちを見ていると、思わず陽太のことを思い出す。あの子はこの子よりもずっと愛らしい顔をしていた。残念なことに……深く考えるのが怖くなって、すっかり様変わりしたベビールームを見渡すと、突然息苦しさを覚えた。赤ん坊をシッターに返して、指示を出す。「この部屋を元の状態に戻せ」部屋を模様替えしたことが引き金となって、栞は情緒不安定になったのだ。シッターも使用人たちも唖然として湊を見つめて、心の中では呆れ返っていたが、表面上はプロらしく頷いた。彼が去った後、一人の使用人が呟く。「また戻すの?数日前のあの騒ぎは一体何だったのよ」もちろん、その愚痴は湊の耳には届かない。再び家を出た直後、秘書からの着信が鳴った。出た瞬間、切羽詰まった声が飛び込んでくる。「社長、大変です。奥様がいなくなりました!」湊は眉間に皺を寄せて、低い声で問う。「いな
破片が莉乃の首に突き刺さった次の瞬間、飛び出してきた湊が、私の握る破片を素手で掴み取った。彼の手のひらから血が滴り落ちる。私の血と混ざり合って、莉乃の服を汚していく様は、ひどく痛ましかった。湊は恐怖と驚きに満ちた目で私を見つめながら、怒号を響かせた。「正気か!人殺しだぞ!」彼の顔を睨みつけて、フフッと笑いが漏れる。「記者会見を開いたのは、私が狂うのを見たかったからよね?言葉で弁明するより、実際に狂ってみせるほうが、よっぽどいい証明になるじゃない」常軌を逸した私の姿に、湊の目に一瞬の不安がよぎる。「栞……」「ああっ、痛いよぉ」莉乃が首を押さえて、彼の胸にすがりつく。彼女の目は赤くて、私を見る視線には怯えが満ちていた。湊は痛ましそうに彼女を一瞥すると、私を力強く振り払った。怯える莉乃を抱き上げて、その場を立ち去ろうとする。しかし二歩歩いたところで立ち止まって、氷のように冷酷な声で私に言い放つ。「自分で帰れ」彼が莉乃を抱いて去っていくのを見て、記者たちも興味を失い、次々と散っていった。「まさか結城社長の奥さんが、あんな頭のおかしい女だとはね」「病気になっても見捨てない社長の気持ちを踏みにじるなんてな」彼らの無責任な評価を聞き流す。心の中には波一つ立たないほど、恐ろしいほどの静寂が広がっていた。もう湊はいらない。彼の愛が誰に向けられようと、もはやどうでもいい。手にしていた破片を投げ捨てて、上着を脱ぐ。自分の手の怪我の止血も気にせず、私は血にまみれた床から陽太の遺灰を少しずつ、両手で集める。いつの間にか外は激しい雨になっていた。遺灰を大事に庇いながらビルのエントランスを出た瞬間、私は糸が切れたように地面に崩れ落ちた。意識を失う直前、誰かが焦ったようにこちらへ走ってくるのが見えた。……湊は莉乃を病院に送って、腕利きの医者を手配して精密検査を受けさせた。検査が終わっても、莉乃は怯えるように彼の腕に縮こまっている。「栞さんの発作、本当に怖かった。湊がいてくれなかったら、私殺されてた」だが湊はどこか心ここにあらずで、相槌も打たない。そんな彼に、莉乃は少し不満げな声を出す。「湊が一番愛してるのは栞さんだって分かってる。でも、あんなに情緒不安定だし、また発作を起こして子供たちを傷つけないか、本当に