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第57話

Author: 山田吉次
ショッピングモールのアイスクリームショップの前を通り過ぎると、結菜が翔太に甘えてコーンアイスを買ってほしいと言い、柚希も喉が渇いたから食べたいと言った。翔太は軽く頷き、好きなものを選ぶよう促した。

脆いコーンのアイスクリームを見つけた翔太は、美羽が好きだったことをぼんやりと思い出し、それを手に取った。しかし、振り返った彼の目に映ったのは、保温カップを開けて温かいお茶を飲んでいた美羽の姿だった。

「……」

美羽がアイスクリームを嫌いなわけではなかった。ただ、先月ひどい生理痛に悩まされたことがあり、その原因が流産で子宮を痛めたことだと彼女は推測していた。そのため、冷たいものを避け、普段から温かいお茶を飲むようにしていた。

翔太は無表情のまま手に持ったコーンアイスを冷凍庫に戻した。

結菜が突然「きゃっ!」と声を上げた。アイスクリームが溶けて手に垂れ、その指を汚してしまったのだ。彼女はティッシュで拭こうとしたが、まだべたついて気持ち悪そうにしていた。

「ここにトイレありますか?」結菜が聞くと、商業施設の責任者が道を指し示し、「あちらを曲がったところです」と答えた。

結菜はアイスクリームを捨てると翔太に言った。「翔太お兄ちゃん、ちょっと手を洗ってくるね。待っててね!」

翔太はちょうどブランド担当者と話していて、彼女の言葉をはっきり聞いていなかったが、とりあえず頷いた。

結菜が一人でトイレに向かう間、美羽は他のエリアを歩いていた。そして偶然、美容カウンターの前で二人のスタッフが話していたのを耳にした。

「ねえ、知ってる?この近くで露出狂が出たんだって!昨夜仕事終わりに遠くから見たんだけど、本当に怖かった!」

「知ってるよ。警察が通報を受けたけど、捕まえられなかったみたいで……まだどこかに潜んでるんじゃないかって話よ。まさかこのモールの中とか……」

美羽はその言葉を聞いて嫌な予感がした。周囲を見渡すと、翔太はまだブランド担当者と話していて、柚希はアイスクリームを食べていた。しかし、結菜はまだ戻っていなかった。

彼女は時計を見た。結菜が出て行ってからもう10分が経過していた。

胸騒ぎを覚えた美羽は、すぐにトイレに向かった。

その途端、結菜の悲鳴が響き渡った。「きゃああああ!!」

美羽は走り出した。目の前には、顔が蒼白になった結菜と、彼女を追いかけた下
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千恵
退職まであと数日 こんな社長がいる会社 さっさと去ろう。 想いを寄せる価値のない男だ つぎ行こう 前進あるんpみ
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