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第7話

Author: 青葉凛
「失礼いたします。不破様でいらっしゃいますか?西園寺様がお呼びです」

糊の効いた制服を纏ったウェイターが、音もなく軽やかな足取りで近づいてきた。

彼は折り目正しく一礼し、顔に完璧なビジネススマイルを貼り付けたまま、薄暗いバルコニーの方角を恭しく手で指し示した。

その視線の先には、西園寺家の男たちが陣取っていた。彼らはただ座っているだけだというのに、その背中からは言葉を発さずとも周囲を圧倒するような、重々しく獰猛な威圧感が立ち上っている。

ふと視線を上げた芙花は、彼らの鷲のごとき鋭い眼光と目が合ってしまった。人を食い殺さんばかりのその視線に、彼女の瞳は恐怖で見開かれる。背筋を這い上がる悪寒が、瞬く間に全身へと広がっていった。

「っ……!」

芙花は反射的に身を縮めると、怯えた小鹿のように慌てて清也の背後へと隠れた。彼のジャケットの裾を両手で強く握りしめ、涙声で震えながら訴える。「お兄ちゃん、怖い……」

清也は眉間に深い皺を刻んだ。

その瞳に一瞬だけ面倒そうな色を滲ませたが、次の瞬間、彼は背後に隠れる芙花ではなく、立ち尽くす紫音の手首を乱暴に掴み取った。骨が砕けそうなほどの力で締め上げると、有無を言わさず彼女を引きずり、男たちの待つバルコニーへと歩き出した。

「清也、何するの!離して!」

突然の暴力に足をもつれさせながら、紫音は叫んだ。彼女は鉄の万力のように手首に食い込む清也の指を、必死に引き剥がそうとする。下唇を強く噛み締め、その瞳には怒りと不満の炎が燃え上がっていた。

しかし、清也には彼女の抗議など聞こえていないかのようだった。彼は構わず紫音を引きずり続け、うわごとのようにこう繰り返す。「紫音、今日ここでお前が西園寺家に謝罪すれば、すぐにでも入籍してやるからな」

その口調には、一切の疑いを持たぬ確信が満ちていた。まるでそれが、紫音に対する最大限の慈悲であり、恩寵であるとでも言うかのように。

この期に及んで、まだ清也はそんな絵空事を並べ立てているのだ。芙花の身代わりとして、ありもしない罪を紫音に被せるための交換条件として。

「頭、どうかしちゃったんじゃないの!?」

紫音は血が滲むほど唇を噛み締め、かつて死ぬほど愛した男を睨みつけた。

胸の内で、凄まじい怒りと絶望が渦を巻く。

なんと滑稽な話だろう。

かつて彼は誓ってくれたはずだ。一生君を守る、どんな雨風からも君を庇う盾になる、君の永遠の拠り所になると。

それが今ではどうだ。他の女を守るために、躊躇いもなく私を危険の矢面に立たせ、底知れぬ恐怖の中に一人突き落とそうとしている。

清也の瞳は氷のように冷たく、そこに慈悲の欠片も見当たらなかった。彼は乱暴に紫音の腕を振り払う。強烈な力に抗えず、紫音の身体はまるで糸の切れた凧のように宙を舞い、西園寺家の男たちの足元へと無様に投げ出された。

「っ……!」硬く冷たい床に肘を強打し、鋭い痛みが走る。思わず漏れたうめき声と共に視線を落とせば、擦りむいた肘から赤い血が滲み出し、白磁のような肌の上で痛々しく主張していた。

「雅人さん、猛さん、こいつです。麗華さんをプールに突き落とした元凶は」

清也は能面のように無表情で、真冬の北風のごとく冷酷な声で言い放った。

さらに彼は、倒れ込んだ紫音の髪を鷲掴みにし、乱暴に引き上げた。頭皮が引きちぎられそうな激痛に、紫音の瞳に生理的な涙が浮かぶ。だが、彼女は歯を食いしばり、決してそれを流すまいと堪えた。

清也は容赦なく彼女の上半身を押さえつけ、近くにあったローテーブルへと顔を押し付けた。

硬いテーブルの縁が肋骨に食い込み、激痛が走る。紫音は必死に身をよじって逃れようとしたが、男の腕力の前ではなす術もなかった。

「さっさと麗華さんに謝れ」

清也は冷ややかな目で見下ろし、有無を言わせぬ口調で命じた。

だが、その視線が紫音の瞳と交錯した瞬間、彼は微かに息を呑んだ。彼女の瞳の奥に、かつてないほどの激しい憎悪と、氷のような絶縁の意志を見て取ったからだ。

清也の胸に、ちくりとした痛みが走る。彼は心の中で、誰に聞かせるわけでもなく必死に言い訳を並べ立てた。

紫音、すまない。だが今はこうするしかないんだ。この騒動さえ収まれば、必ず償いはする。お前の望むものは何だって与えてやるから……だから今は、耐えてくれ。

だが、その言葉が声になって出ることはない。

「清也……あんたのその目は節穴なの?それとも心が腐っているの?白を黒と言いくるめるような真似をして、恥ずかしくないわけ!?」紫音は奥歯を噛み締め、憎しみを込めて一語一語を叩きつけた。

清也は不快そうに眉を寄せると、紫音の耳元に唇を寄せ、誰にも聞こえない低い声で囁いた。そこには、彼女の愛情に胡座をかいた男の傲慢さが滲み出ていた。「これは俺が芙花に返さなきゃならない『借り』なんだ。お前がまだ俺を愛しているなら……俺を助けると思って、黙って罪を被ってくれ」

「……愛してなんかないわ」

紫音は間髪入れずに言い返した。その声は消え入りそうなほど微かだったが、鋼のような強さを秘めており、もはや彼への未練など塵ほども残っていないことを告げていた。

その時、パン、パン、と乾いた拍手の音が響いた。

「ハッ、傑作だ」ソファに座っていた西園寺雅人(さいおんじ まさと)が、口元に皮肉な笑みを浮かべて手を叩いていた。「さすがは不破社長だ。『大義』のためなら身内の犠牲も厭わない。自分の恋人を差し出すその勇気と冷酷さには、ほとほと感服するよ」

雅人の隣で、弟の西園寺猛(さいおんじ たける)が獰猛な光を目に宿して立ち上がった。「兄貴、犯人が見つかったんなら話は早い。こいつも今すぐプールに放り込んでやろうぜ。麗華と同じ苦しみを味わわせてやるんだ」

烈が顎で合図を送ると、控えていた黒服のボディーガードたちが即座に動き出した。彼らは粗暴な手つきで紫音の二の腕を掴み上げる。骨が軋むほどの強い力に、紫音の顔が苦痛に歪んだ。

今の紫音は、髪は乱れて頬に張り付き、ドレスは皺だらけになり、先ほど強打した肘からは血が滲んでいる。誰が見ても満身創痍で、惨めな姿だった。

だが、彼女は深く息を吸い込むと、震える体を押さえつけ、凛と顔を上げた。そして、目の前に座る雅人の目を真っ直ぐに見据え、会場に響き渡る声で言った。「西園寺様!……私が麗華さんを突き落としたのではないと、証明できます」

その瞳には揺るぎない確信と誇りが宿っていた。身に覚えのない罪を認めるつもりなど毛頭ない――彼女の毅然とした態度は、その場にいる全員にそう訴えかけていた。

「ほう?面白い。どうやって証明するつもりだ?」

雅人の言葉を聞いた瞬間、芙花の心臓がドクリと跳ねた。彼女は慌てて清也の腕にしがみつく。その指先は血の気が引くほど強く食い込み、表情には隠しきれない焦燥が浮かんでいた。

彼女は甘ったるい声を作って言った。「紫音さん、お兄ちゃんに腹を立ててるのはわかるけど、やっちゃったことは勇気を出して認めなきゃ!そんなふうに嘘ばっかりついてたら、お兄ちゃんに愛想尽かされちゃうよ?」

言い終えると、芙花はおどおどとした様子で雅人と猛を振り返った。その瞳は潤み、庇護欲をそそるような儚げな声を出す。

「西園寺様、わたしが証言いたします。紫音さんがわざと麗華様をプールに突き落としましたの。その上、わたしに罪をなすりつけようとなさって……清也お兄ちゃんが賢明で、見抜いてくれたから良かったものの……」

彼女は言葉を切り、下唇を軽く噛んで見せた。その瞳の奥に一瞬、狡猾な光が走る。「……まさか、ここまで追い詰められてもまだ嘘をつき通すなんて。紫音さんの往生際の悪さには、もう呆れて言葉も出ませんわ」

口では殊勝なことを言いながら、芙花の腹の中はどす黒い期待で満ちていた。

さっさとこいつを突き落としてよ。紫音さえ消えれば、わたしの脅威はいなくなるんだから……!

彼女はすがるように清也の腕をさらに強く抱きしめ、自分のついた嘘がこのまま通り、紫音が破滅することを祈り続けた。

雅人と猛は、鋭い眼光を紫音と芙花の間で往復させた。二人の女のどちらが真実を語っているのか、あるいはどちらを始末すべきか。値踏みするような数秒間の沈黙が流れた。

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