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第2話

Author: 金よ来い
目が覚めたとき、私は病院のベッドに横たわっていた。

隼人が私の手を強く握りしめ、じっとこちらを見つめている。

まるで、この世でいちばん大切なものを見つめるように。

その顔を見た瞬間、かつて幸せだった日々が次々と脳裏によみがえり、締めつけられるような痛みに、涙が今にもこぼれそうになった。

隼人は一つ年下の後輩だった。

新入生歓迎会で私に一目惚れして以来、猛アプローチをかけてきた。

けれど私は、年齢のことや家柄の差が気になって、ずっと彼を拒んでいた。

それでも、彼は諦めなかった。

大学3年の夏、天海市でインターンをしていたとき、体調を崩して入院したことがある。

その知らせをどこで聞きつけたのか、隼人は海外旅行の予定まで直前でキャンセルして、天海市まで飛んできた。

病室で目を覚ましたあの日、私の前にいたのも、今と同じように私の手を強く握りしめ、目を真っ赤にした隼人だった。

まるで捨てられた子犬みたいに心細そうに眉を下げ、私が目を開けた途端、泣きそうな声で私の名を呼んだ。

「琴音、もう僕をこんなに心配させないで。心臓が止まるかと思ったよ」

当時の私は、大げさだと思った。

まだ付き合ってもいないのに、どうしてそこまで必死になれるのかと。

けれど、彼は私の手の甲に額を押しつけた。

その直後、温かい雫が一粒、ぽたりと落ちた。

熱いはずもないのに、火傷しそうなほど熱く感じた。

あんなふうに無防備な涙を見せられて、心が動かないはずがなかった。

退院後、私は彼と付き合うことにした。

彼は大喜びで、街頭の大型ビジョンまで使って、私への愛を大々的にアピールした。

そこに映し出されたのは、私たちの写真と、愛を誓う言葉。まるで、この恋におまじないでもかけるみたいだった。

卒業後、彼は待ちきれないとでもいうように私と結婚した。

「君みたいな人を放っておけるわけないだろ。早く結婚して安心したかったんだ」

そう言って笑う彼を、私は少し呆れながら、それでも愛おしいと思っていた。

結婚して7年経っても、私たちはまだ恋人同士みたいだった。

私は育ってきた家庭の影響もあって、ずっと子どもを産むことが怖かった。

それでも彼は一度も私を急かさず、両親から子どもはまだかとせっつかれても、いつも私をかばうように前に立ってくれていた。

だからこそ私は、ようやくこの人の子どもがほしいと思えるようになった。

もし授かったら、サプライズで伝えようとさえ思っていた。

なのに、まさか。

あのとき「君みたいな人を放っておけるわけないだろ」と笑っていた男が、結婚して7年も経った今になって、あっさり他の女に溺れるなんて。

私たちは言葉を失い、向かい合ったまま黙り込んでいた。

しばらくして、先に目を逸らした隼人が低い声で言った。

「医者を呼んでくるよ。ついでに検査結果も受け取ってくる」

妊娠がばれるのが怖くて、私はとっさに彼を呼び止めた。

「急がなくていいわ。それより先に、離婚の話をしましょう」

ぴたりと彼の動きが止まった。次の瞬間、隼人の頬を大粒の涙がぽろぽろと伝い落ちた。彼は私の手を握ったまま、必死に首を振る。

「琴音、怒りに任せてそんなことを言わないでくれ。僕は……耐えられない」

目を真っ赤に腫らしたその姿が、今はひどく哀れに見えた。

昔なら、彼が泣けば私の胸も痛んだだろう。

でも今は、ただうんざりするだけだった。

私は無表情のまま、彼を見つめ返した。

「じゃあ、私が一番つらかったとき、他の女と関係を持ちながら、あなたは私のことを少しでも考えたことがあったの?

その女があなたの子どもを産むと知って、私がどんな気持ちでいたか、考えたことはあったの?」

隼人は息を呑んだまま、言葉をなくした。

長い沈黙のあと、彼は追いつめられたような顔で、苦しげに言い訳した。

「でも琴音、僕だって完璧じゃない。たった一度くらい、許してくれないか?」

思わず、乾いた笑いがこぼれた。私は冷ややかに言い返す。

「じゃあ、私も同じことをしていいってこと?ほかの男と寝て、その男との子どもを妊娠しても、あなたは許せるの?その子を自分の子として受け入れられるの?」

「そんなの、絶対に許せるわけがない!」

隼人は顔色を変え、怒鳴るように言い返した。

私はただ、冷ややかな目で彼を見つめ返した。

自分でも無理のあることを言っていると分かっているのか、彼は一瞬黙り込み、それからベッドの前にしゃがみこんだ。

「琴音……最近になって、父さんたちが急に強硬になったんだ。子どもができないなら離婚しろって。

君に無理はさせたくない。でも、君を失うのも嫌だった。もうどうしたらいいのか分からなくなってたんだ」

震える声のまま、彼は続けた。

「この子ができたのは、あの一度きりの過ちの結果なんだ。でも父さんたちにとって大事なのは、誰が産むかじゃない。僕の血を引く子どもがいるかどうかなんだ。

この子がいれば、もう何も言われずに済むって、そう思ったんだ……君を失うのが怖かった。君がいないと、僕は生きていけないんだ……」

語尾はかすれ、今にも途切れそうだった。

私の手を握る力だけが、じわじわと強くなっていく。まるで、本気で私を失うのが怖いかのように。

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