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来世では、もう二度とあなたに会わない

来世では、もう二度とあなたに会わない

Por:  甘くないこぐまCompleto
Idioma: Japanese
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私は宮坂祐介(みやさか ゆうすけ)に一目惚れした。 彼の心に、どうしても忘れられない女がいると知りながら、それでも迷わず彼と結婚した。 そうして、彼の妻になるという夢をかなえた。 結婚後は二人の家庭を大切に守り、献身的に祐介を支え続けた。 けれど、彼の初恋の女が帰国したことで、私のすべては壊された。 私は彼女に、故障しているエレベーターの中へ突き落とされた。それなのに祐介は彼女の嘘を信じ、私が腹を立てて姿を消しただけだと思い込んだ。 私が必死にもがき、わずかな生きる望みにすがっていた頃、彼は眠れない彼女のために、枕元で物語を聞かせていた。 汚水に鼻まで浸かり、死を迎えようとしていた頃には、彼女がその指輪を気に入らないと言っただけで、二人の愛の証だった結婚指輪を外していた。 警察から遺体の確認を求められても、祐介はまだ、私の悪ふざけだと決めつけていた。 遺体が高梨星奈(たかなし せな)本人だと確認されて、ようやく彼は崩れ落ちた。 そして狂ったように、私への愛を口にした。 けれど、何もかも遅すぎた。 そんな愛、汚らわしい。

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Capítulo 1

第1話

汚水に浸かったまま3日が過ぎ、私の魂はようやく肉体を離れた。

自分の亡骸を確かめる間もなく、まばゆい白い光に包まれた。

光が消えたとき、私は自宅に戻っていた。

呆然としていると、夫の祐介の声が聞こえた。

「いい子だから、言うことを聞いて」

私は反射的に声をたどり、寝室へ向かった。

祐介が忘れられずにいた相手、相沢芽衣(あいざわ めい)が、私たちのベッドに横たわっていた。

祐介は、芽衣の頬を伝う涙を優しく拭っていた。

芽衣は傷ついたように唇をかみ、震える声で言った。

「ココが祐介にもらった子だからって、あんなひどいことをするなんて……」

話すうちに、芽衣の顔はますます悲しげに歪んでいった。

そして甘えるように、祐介の胸へ飛び込んだ。

「祐介と別れたのは、私たちの縁がそこまでだったから。ずっとこの気持ちを押し殺してきたのに、どうしてあの人は私を許してくれないの?ココは私の命なのに」

祐介が芽衣の背中を優しく叩いてなだめる姿に、思わず苦笑が漏れた。

床でおとなしく伏せている犬へ目を向けた。

3日前、私がうっかりココに触れたときのことだった。

ココは何の反応も見せていないのに、芽衣は私の前へ飛び出してきた。

そして、死んでしまえとまで罵った。

私が言い返すと、芽衣は突然その場に倒れ込んだ。

そこへ、ちょうど祐介が戻ってきた。

祐介は事情を確かめようともせず、芽衣を助け起こすなり、私の頬を力任せに打った。

芽衣は彼の胸にすがりつき、悲しそうに泣いていた。

今は星奈さんの顔を見たくない――芽衣がそう言っただけで、祐介は私に出ていけと吐き捨てた。頭を冷やして反省しろ、とも。

祐介が電話に出た隙に、芽衣は私をすぐそばのエレベーターへ突き飛ばした。

彼は知らなかった。

そのエレベーターが、故障で運転を停止していたことを。

芽衣は祐介に、私が彼の通話中に腹を立てて帰ったと告げた。立ち去る前に、自分の頬まで打ったのだと嘘をついた。

祐介は芽衣が自分で打った頬を、痛ましそうに撫でた。

その頃、私の体はものすごい速さで落下していた。

そして、汚水が溜まった昇降路の底へ叩きつけられた。

助かることも、すぐに死ぬこともできないまま、必死に助けを呼んでいたとき、祐介はもう芽衣を抱いてその場を去っていた。

汚水が鼻に入り込んだ瞬間、自分の命が尽きようとしているのだと悟った。

芽衣の声で、私は過去の記憶から引き戻された。

芽衣は祐介の袖をつかみ、すがるような目で見上げた。

「もし……星奈さんが帰ってきて私を見たら、追い出されるかな?祐介も知ってるでしょう。この街には、祐介以外に頼れる人が誰もいないの」

祐介の顔には、芽衣を案じる気持ちがありありと浮かんでいた。

彼は芽衣の頬をそっと撫でた。

「俺がいる。誰にも芽衣を傷つけさせない」

芽衣は笑みを浮かべ、彼の胸に身を寄せた。

その光景に、胸を刃物で切り裂かれたような痛みが走った。

そのとき、初めて知った。

汚水の中でもがき、生き延びようとしていた頃、祐介は芽衣のために寝物語を聞かせていた。

私が息を引き取る直前には、芽衣がその指輪を嫌がったというだけで、5年間つけていた結婚指輪まで外していた。

「祐介、今度こそ……ココに謝ってもらうからね」

祐介は「ああ」とうなずいた。

そして、きっぱりと言い切った。

「安心しろ。ココに謝るまで、あいつを二度と家には入れない」

その言葉に、私は呆れて首を振った。

死んでしまった人間に、どうやってペットに謝れというのだろう。

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松坂 美枝
松坂 美枝
妻を冷遇し浮気相手ばかり表に出して離婚するつもりだったクセに、妻が死んで会社の資金出して貰ったとか判明してから愛が溢れましてもねえ 間女のウソのせいで苦しんだのもわかるけど、自分を棚に上げて妻の浮気を疑って激怒とか本当にしょうもない
2026-09-10 10:51:31
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9 Capítulos
第1話
汚水に浸かったまま3日が過ぎ、私の魂はようやく肉体を離れた。自分の亡骸を確かめる間もなく、まばゆい白い光に包まれた。光が消えたとき、私は自宅に戻っていた。呆然としていると、夫の祐介の声が聞こえた。「いい子だから、言うことを聞いて」私は反射的に声をたどり、寝室へ向かった。祐介が忘れられずにいた相手、相沢芽衣(あいざわ めい)が、私たちのベッドに横たわっていた。祐介は、芽衣の頬を伝う涙を優しく拭っていた。芽衣は傷ついたように唇をかみ、震える声で言った。「ココが祐介にもらった子だからって、あんなひどいことをするなんて……」話すうちに、芽衣の顔はますます悲しげに歪んでいった。そして甘えるように、祐介の胸へ飛び込んだ。「祐介と別れたのは、私たちの縁がそこまでだったから。ずっとこの気持ちを押し殺してきたのに、どうしてあの人は私を許してくれないの?ココは私の命なのに」祐介が芽衣の背中を優しく叩いてなだめる姿に、思わず苦笑が漏れた。床でおとなしく伏せている犬へ目を向けた。3日前、私がうっかりココに触れたときのことだった。ココは何の反応も見せていないのに、芽衣は私の前へ飛び出してきた。そして、死んでしまえとまで罵った。私が言い返すと、芽衣は突然その場に倒れ込んだ。そこへ、ちょうど祐介が戻ってきた。祐介は事情を確かめようともせず、芽衣を助け起こすなり、私の頬を力任せに打った。芽衣は彼の胸にすがりつき、悲しそうに泣いていた。今は星奈さんの顔を見たくない――芽衣がそう言っただけで、祐介は私に出ていけと吐き捨てた。頭を冷やして反省しろ、とも。祐介が電話に出た隙に、芽衣は私をすぐそばのエレベーターへ突き飛ばした。彼は知らなかった。そのエレベーターが、故障で運転を停止していたことを。芽衣は祐介に、私が彼の通話中に腹を立てて帰ったと告げた。立ち去る前に、自分の頬まで打ったのだと嘘をついた。祐介は芽衣が自分で打った頬を、痛ましそうに撫でた。その頃、私の体はものすごい速さで落下していた。そして、汚水が溜まった昇降路の底へ叩きつけられた。助かることも、すぐに死ぬこともできないまま、必死に助けを呼んでいたとき、祐介はもう芽衣を抱いてその場を去っていた。汚水が鼻に入り込んだ瞬間、自分の
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第2話
芽衣の気配に満ちた家から逃げ出したかった。けれど、何度試しても、祐介から少し離れただけで息ができなくなった。仕方なく、私は彼のそばを漂い続けた。祐介がようやく私を思い出したのは、5日目になってからだった。彼は私にLINEを送った。【星奈、これが最後の機会だ。今すぐ戻ってきて、ココに謝れ】命令そのものの文面に、笑いさえ込み上げた。これが、私たちの日常だった。祐介を愛していた私は、彼を自分のすべてだと思っていた。胃の弱い彼を支えるため、年収1000万円の仕事まで辞めた。祐介の胃はすっかり良くなった一方で、私は夫から生活費をもらわなければ何もできない専業主婦になった。初めのうち、祐介は家庭のために尽くす私へ感謝していた。一生愛すると、何度も約束してくれた。自分が外で稼ぐから、私は何も心配せず家にいればいい――そう言った。その言葉を信じ、喜んで彼を陰から支える道を選んだ。けれど、穏やかな日々は芽衣の帰国によって崩れ去った。祐介は朝早く家を出て、夜遅く帰るようになった。やがて彼の体から、私のものではない香水の匂いがするようになった。白いシャツに、見覚えのない薄い口紅の跡を見つけたことさえある。それでも私は、あれほど深く愛を誓ってくれた人が簡単に浮気するはずはないと、何度も自分に言い聞かせた。芽衣が私の前に現れたのは、祐介の誕生日を祝う席だった。二人がかつて深く愛し合っていたことを、私は芽衣の口から初めて聞かされた。祐介は芽衣と一緒になるため、両親の反対を押し切ろうとした。それでも止めるなら縁を切ると、皆の前で言い放ったことさえあったという。その後、芽衣が夢を追って海外へ行くことを選び、二人は離れざるを得なくなった。私が祐介と出会ったのは、ちょうどその頃だった。彼が私と結婚したのは、私の目元に芽衣と似たようなぼくろがあったからだ。愛し合うたび、祐介がそこへ口づけていた理由も、ようやく分かった。彼が見ていたのは私ではなく、私の向こうにいる別の女だった。そう思うと、胸が刺されるように痛んだ。いつまで待っても私から返事がないためか、祐介は再びLINEを送ってきた。【星奈、芽衣はひどく傷ついている。これ以上謝りに来ないなら、離婚も考える】【いい加減にしろ。芽衣はも
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第3話
休暇が終わり、祐介は会社へ出勤した。家を出る前に朝食を用意し、温かい飲み物まで作っていた。その日は、芽衣の生理が始まったばかりだったからだ。仕事の合間にも、祐介は何度も芽衣にLINEを送り、朝食はテーブルにあるから忘れずに食べろと念を押していた。昼になると、芽衣が会社へやってきた。親しげに祐介の腕を取り、社員たちに挨拶して回った。皆が芽衣を祐介の奥さんだと思って声をかけても、彼はあえて否定しなかった。祐介が芽衣の手を引いて執務室へ入っていく姿に、私は眉をひそめた。結婚して1か月ほど経った頃、祐介に昼食を届けた日のことを思い出した。私は彼が同僚たちに妻として紹介してくれるのを、胸を弾ませながら待っていた。けれど、期待したことは何一つ起こらなかった。祐介は、会社は私的な話をする場所ではないと一言告げ、私を帰らせた。それが会社の決まりなのだと思っていた。だが今になってみれば、そんな決まりが適用されたのは私だけだったのだ。芽衣は祐介の袖を軽く引き、遠慮がちに切り出した。「祐介、今朝部屋を片づけていたら、うっかり結婚指輪をゴミ箱に落としちゃって……そのまま捨ててしまったみたい」反射的に自分の指を見た。指輪の跡はまだ残っている。けれど、長い間汚水に浸かっていたせいか、指輪そのものはいつの間にかなくなっていた。祐介は気にも留めずに言った。「あんな不格好な指輪、捨てたならそれでいい」不格好?すでに傷だらけだった心が、その言葉でもう一度深くえぐられた。あれは私が自分でデザインした結婚指輪だった。内側には二人の名前と、愛を誓った日を刻んである。文字を彫るとき、道具で何度も手を傷つけたことを今も覚えている。私が心を込めたものなど、彼にとっては何の価値もなかったのだ。同僚たちの前でも、祐介は芽衣への気遣いを隠そうとしなかった。芽衣が手にしていたお冷を、わざわざぬるま湯に取り替えた。そのうえ皆が見ている前で、彼女の口元についた雫を優しく拭った。仲がいいと同僚に冷やかされたとき、芽衣を見る祐介の目は、どこまでも優しく愛情に満ちていた。最後に私の母が祐介に電話をかけてくるまで、彼は私が5日間も姿を消していることに気づきもしなかった。祐介は私の母を嫌っていた。母からは
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第4話
祐介と芽衣は家へ戻った。私も仕方なく、二人について帰った。祐介が電話に出た拍子に、ベッド脇の棚に置かれていた袋が床へ落ちた。中身が辺りに散らばった。芽衣がそれを拾い上げた。そこには、私の名前が記された妊婦健診の結果があった。「祐介には子どもができないのに、星奈さんは妊娠してる。浮気してたってことじゃない」祐介の顔から血の気が引いた。両目は怒りで血走っていた。彼は拳を机へ叩きつけた。私も何が何だか分からなかった。結婚前に受けたブライダルチェックでは、祐介に問題はないという結果が出ていた。それなのに、どうして子どもができないことになっているのだろう。もし本当にそうなら、私のお腹にいる子は誰の子だというのか。「祐介、つらいよね。でも、星奈さんに裏切られても、私がいる。私はずっと祐介のそばにいるから」祐介は突然取り乱し、私たちの結婚写真を床へ叩きつけた。彼が私の裏切りを信じ込んだのだと分かった。その瞬間、私の心は完全に冷え切った。5年間も愛してきた人から、人生で最も残酷な宣告を突きつけられた。祐介。できることなら、あなたとは出会わない人生を送りたかった。2日後、祐介のもとへ私の署名が入った離婚協議書が届いた。祐介の顔が怒りでこわばった。一方、芽衣の目には隠しきれない喜びが浮かんでいた。「祐介、やっぱりあの男と一緒になるつもりなんだよ。あんな最低な女のために傷つくことない。もう……祐介も署名したら?」芽衣は離婚協議書を祐介の前へ押し出した。彼が署名すると思った、そのときだった。離婚協議書を真っ二つに破り、床へ投げ捨てた。芽衣の顔に、はっきりと落胆が浮かんだ。この離婚協議書が偽物だと知っているのは、私だけだった。死んだ人間が署名できるはずなどない。芽衣は突然上着を脱ぎ、白い肌をあらわにした。「祐介、私たち……」祐介はわずかに眉を寄せた。けれど、私が想像したようなことは起こらなかった。彼はそばにあった服を取り、芽衣の肩へかけた。「星奈とのことをきちんと終わらせるまでは、芽衣には触れない」芽衣の目に涙が浮かんだ。「私のことが嫌になったの?迷惑なら、ここを出ていく」祐介は立ち去ろうとした芽衣の腕をつかんだ。「馬鹿だな。誰にも隠すこ
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第5話
「あなた!」健吾の妻の叫び声に、祐介は振り上げた手を止めた。健吾の胸へ飛び込み、けがはないかと必死に確かめる彼女を、祐介は呆然と見つめた。「お前……結婚していたのか?」健吾は笑って妻の肩を抱いた。「俺の妻だ。もうすぐ子どもも生まれる。星奈とは仲がいいから、今度二人で遊びに来てくれ」祐介の表情が次々に変わった。自分が、私と彼の関係を誤解していたと気づいたのだ。今さら気づいたところで、何になるのだろう。私はもう死んでいる。祐介は適当な口実をつけ、田舎をあとにした。そして、車を飛ばして自宅へ戻った。長い間待っていた芽衣は、彼を見るなり嬉しそうに手を引き、椅子へ座らせた。「祐介の好きなものを作ったの。たくさん食べてね」祐介はどこか上の空だった。芽衣は不満そうに唇を尖らせた。「祐介、機嫌が悪いの?私の料理、おいしくなかった?」祐介は「いや」と首を振った。「おいしいよ」祐介は自分が甲殻類アレルギーだということも忘れ、芽衣のためにエビ料理を食べやすいよう取り分けてやった。しばらくすると、祐介の手に赤い発疹がいくつも浮かんだ。彼は薬を飲んでくると言い、食卓を離れた。寝室へ戻ると、すぐにアレルギーの薬を飲み、一番下の引き出しを開けた。そこから書類袋を取り出した。中に二人分のブライダルチェックの結果が入っていることを、私は誰よりもよく知っていた。期待せずにはいられなかった。祐介が、自分には子どもをつくれると知ったとき、どんな顔をするのか見たかった。祐介は袋から、自分の検査結果を取り出した。結果を見るなり、床にへたり込んだ。物音を聞いた芽衣が、すぐに駆け込んできた。「祐介、どうしたの?」祐介は顔を上げた。その目はわずかに潤んでいた。「俺には……子どもができる。あの子は、俺の子だ」芽衣の表情がこわばった。「その結果、星奈さんが偽造したのかもしれない」祐介の表情に、初めて冷たさが混じった。「星奈はそんなことをしない。たしか、あのとき検査結果を出したのは芽衣の叔父さんだったな。個人のクリニックなら誤診もあり得る。すぐ専門医の診察を予約して、もう一度検査を受ける」芽衣は途端に慌てた様子を見せた。祐介のスマホを奪おうとしたが、突き放された。「祐
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第6話
警察へ向かう道中、祐介は猛スピードで車を走らせた。芽衣は恐怖で青ざめた。震える声で訴えた。「祐介、もう少し……ゆっくり走って。怖い……」遺体を確認しに行くのだから、祐介は取り合わないと思っていた。けれど次の瞬間、車の速度が落ちた。祐介は片手を伸ばし、芽衣を優しくなだめた。「悪かった。怖がらせたな」芽衣は笑みを浮かべた。祐介が運転中だというのに、その頬へ口づけた。「そんなに急がなくても大丈夫だよ。きっと、私とココに謝りたくないから、また祐介の気を引こうとしてるだけだよ」祐介はうなずいた。本来なら20分で着く距離だった。だが芽衣が怖がったため、祐介は1時間もかけて走った。二人は遺体安置室へ案内された。芽衣が怯えていたため、祐介は近づかず、遠くから遺体を見ていた。一人でそばへ漂っていき、自分の亡骸を見下ろした。ため息が漏れた。たしかに、ひどい姿だった。全身の皮膚は、無事なところがほとんど残っていなかった。触れれば崩れてしまいそうだった。青白く変色した亡骸は、目を背けたくなるほど凄惨だった。長い間水に浸かっていた体には、すでに死斑が浮かんでいた。祐介は深く眉を寄せた。「祐介、本物かどうか確かめなくていいの?撮影に使う作り物かもしれないよ」その言葉に、私は呆れて笑いそうになった。どう考えれば、そんな馬鹿げたことを口にできるのだろう。検案を担当した医師も聞き流せなかったのか、冷たい声で告げた。「亡くなったのは高梨星奈さん、25歳です。エレベーターの昇降路へ転落し、6日近く汚水に浸かっていたことが確認されています」祐介は両手を強く握り合わせた。その指先が、かすかに震えていた。「どこの……どこのエレベーターで見つかったんですか」警察官が現場の住所を伝えた。青ざめたのは祐介だけではなかった。芽衣も祐介の袖を強くつかんだ。「私……怖い」祐介は芽衣をさらに強く抱き寄せた。「もう帰っていい。あとは俺がやる」芽衣は潤んだ大きな目で祐介を見つめ、袖を引いた。「早く帰ってきてね?」祐介は微笑んだ。「分かった」芽衣はもう一度私の亡骸を見てから、足早に立ち去った。芽衣を見送ると、祐介はようやく遺体へ近づいた。震える手を、私の顔
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第7話
しばらくして、祐介は気まずそうに答えた。「妻がどうしても謝ろうとせず、今は口も利いていません。俺も離婚を決めていて……芽衣は、ただの友人です」そこにいた誰もが理解していた。「ただの友人」という言葉は、浮気をごまかすための言い訳にすぎない。警察官でさえ、彼を見る目に軽蔑と嘲りをにじませていた。「亡くなった方は妊娠12週でした」検案を担当した医師の言葉に、祐介は固まった。「お腹の子の父親が誰なのか、調べられますか?」警察官は眉をひそめた。「自分の子じゃないと疑っているんですか?」祐介は固く口を閉ざし、何も答えなかった。私はそばで、怒りに歯を食いしばった。ここまで来ても、まだ私を疑うのか。あんな冷酷な男を愛した私は、本当に見る目がなかった。祐介が強く希望したため、鑑定担当者が彼からDNA鑑定用の試料を採取した。私の死が事故なのか、誰かに突き落とされたのか、まだ確定していなかった。そのため祐介は、すぐに遺体の引き渡しを受けることができなかった。彼は車で自宅へ戻った。芽衣はずっとリビングで待っていた。祐介を見るなり、慌ててその胸へ飛び込んだ。「警察は……何て言ってた?」祐介は苛立ったように芽衣を押しのけた。そして、ソファへ力なく沈み込んだ。「芽衣。星奈は、俺が電話している間に帰ったと言ったよな。それなら、どうしてすぐそばのエレベーターに落ちていたんだ?」芽衣の顔に動揺が走った。「帰っていくところを、この目で見たの。たぶん……私たちが帰ったあとで、また戻ってきたんだと思う。どうしてエレベーターに落ちたのかは、私にも分からない」祐介の顔から、すべての表情が消えた。しばらくすると、彼は一人で寝室へ入り、扉を閉めた。芽衣が外から何度呼びかけても、何の反応もなかった。室内は静まり返っていた。夜中、祐介は何かを思い出したように身を起こした。ベッドの下からスーツケースを引き出した。私のものだったスーツケースには、大切にしていた小物がいくつかしまってあった。祐介から初めてもらったプレゼントも入っていた。クリスタルの白鳥の置物だった。私は宝物のように大切にしていたが、初めて家へ来た芽衣が、わざと床へ落として割った。指を傷つけながらも欠片を残らず拾い集め
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第8話
芽衣は呆然としていた。祐介に怒鳴られたのは、これが初めてだった。やがて我に返ると、怒りに任せて祐介の腕をつかんだ。「どうして私に怒鳴るの?私の言ってること、間違ってる?祐介はもう私のものなの。死んだ女に、祐介を取り返すことなんてできない!」乾いた音が響いた。祐介の平手が、芽衣の頬を激しく打った。頬はたちまち赤く腫れ上がった。芽衣は信じられないという目で祐介を見た。「私を……叩いたの?」祐介は目を血走らせていた。「星奈は俺の妻だ。もう一度侮辱したら、ただでは済まさない」すると芽衣は声を上げて笑った。「今になって妻だって思い出したの?生きていたときは、どうして人前で関係を認めなかったの?二人の結婚式だって、星奈さんの身内が数人来ただけだった。祐介はあの人を妻として扱ったことがある?星奈さんがあれだけ尽くしていたとき、祐介は何をしてたの?」芽衣の笑い声は、ますます挑発的になった。「私と付き合いながら、星奈さんの目元のほくろに口づけるたび、祐介が思い浮かべていたのは私でしょう?あの人の愛を踏みにじったのは祐介よ。最低なのは祐介のほうじゃない!」芽衣が言葉を重ねるたび、祐介の顔から血の気が失われていった。両脚が震え始めた。やがて床へ崩れ落ち、両手で頭を抱えた。「やめろ……もう言わないでくれ。頼むから、やめてくれ……」その姿が、私には滑稽に見えた。祐介が良心に目覚めたわけではないことを、私はよく分かっていた。会社を始めるための資金を、私が出していたと知ったからだ。男としてのプライドが傷つき、私に後ろめたさを覚えただけだった。けれど今さら、そんな上辺だけの罪悪感を向けられても、何の意味もなかった。私は冷めた目で、二人を見つめていた。警察から再び電話がかかってきて、祐介はようやく我に返った。もう一度警察へ向かい、お腹の子のDNA鑑定結果を受け取った。父親は祐介だった。それを知った祐介は、その場で崩れ落ちた。そして、声を上げて泣いた。私はその姿を冷ややかに見下ろした。後悔するくらいなら、なぜ初めから信じなかったのだろう。夫である祐介が私の遺体を引き取り、火葬の手続きをした。私の死を知らされた母は、取り乱して倒れた。それでも祐介は、以前のように母を疎んじること
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第9話
祐介は芽衣の首を力任せに締め上げていた。手の甲には血管が浮き上がっている。血走った目に、隠しきれない凶暴さがにじんでいた。「お前が渡した検査結果のせいで、俺はずっと子どもをつくれないと思っていた。星奈のお腹の子は、俺の子じゃないと決めつけていたんだ」芽衣は息ができず、必死にもがき、祐介を蹴った。私は腕を組み、冷ややかにその光景を眺めていた。汚水に沈んだときの無力感と、息ができなくなる苦しさが蘇った。「はな……して……」祐介は突然手を離した。芽衣は床に座り込み、荒い息を繰り返した。祐介は手にした果物ナイフを弄んでいた。「星奈を突き落としたのは、お前だな」その声は、不気味なほど静かだった。芽衣の顔が恐怖で引きつった。「ち、違う……私じゃない。私は何も――」言い終える前に、祐介はもう一度その頬を打った。目には、もはや隠そうともしない殺意が浮かんでいた。芽衣は完全に怯えきっていた。祐介の前にひざまずき、床に額をこすりつけるように頭を下げて命乞いをした。「祐介、私が悪かった。お願い……許して。もう何もしないから……」祐介は果物ナイフをテーブルへ放り、芽衣を殴って気絶させた。そのまま家の外へ引きずり出し、車へ押し込んだ。祐介が何をするつもりなのか分からないまま、私は彼のそばを漂い続けた。30分後、祐介は建設途中で放置されたマンションの前で車を止めた。眠ったままの芽衣を引きずり、8階まで連れていった。私が転落したのと、同じ階だった。昇降路を覗き込むと、底が見えないほど真っ暗だった。死んだはずの私まで背筋が冷えた。祐介が何を考えているのか、分かった気がした。祐介に蹴られ、芽衣はゆっくり目を開けた。祐介は芽衣をエレベーターの前まで引きずった。底知れない闇を目にして、芽衣は全身を震わせた。「祐介、お願いだから許して。私……自首する。星奈さんを突き落としたのは私だって、警察に全部話す。今すぐ行くから……自首するから……」祐介の顔に歪んだ笑みが浮かんだ。彼は低く言った。「もう遅い」次の瞬間、祐介は力任せに芽衣を底の見えない昇降路へ投げ落とした。耳をつんざくような芽衣の悲鳴が響いた。祐介はエレベーターのそばへ腰を下ろした。ポケットから、私の日
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