共有

第2話

作者: NJマスター
玲奈は周囲を見回し、人目がないことを確認すると、声を潜めて一歩近づいてきた。

「ここは会社よ。話があるなら場所を変えましょう。みっともないわ。

あなたの誤解よ。誠也の名誉に関わることだから、あなただって彼が後ろ指を指されるのは望まないでしょう?

どこかお店にでも入って、落ち着いて話し合いましょう」

話し合う?

この目で確固たる証拠を見たというのに、今さら何を話すことがあるというの?

死んだはずの女が生きていて、産んでいた子供まで抱いている。これ以上、何を語る必要がある?

私は彼女を冷ややかに一瞥すると、乱暴に突き飛ばし、そのままエレベーターへと突き進んだ。

胸の奥で燃え盛る怒りの炎が、私自身を焼き尽くしそうだった。

今はただ、誠也を引きずり出して直接問い詰め、彼がこれ以上どんな見え透いた言い訳を並べ立てるのか見てやりたかった。

私の足取りは早く、社長室のドアを力任せに蹴り開けた時、玲奈がようやく背後に追いついてきた。

だが、室内には誰の姿もなかった。

玲奈はドアを閉め、外からの野次馬の視線を遮った。

「だから言ったでしょう、誠也はまだ忙しいの。用があるなら日を改めるか、家に帰ってから話しましょう」

さも当然のように言い放つ彼女の態度に、私は怒りで眩暈がしそうだった。「家に帰る?どこの家のこと?

私と彼のマイホーム?それとも、あなたたちが愛の巣にしてるあの3LDKのマンションのこと?」

あのマンションは、連日残業続きで疲労困憊の彼を不憫に思って、私が買い与えたものだった。それなのに、彼が別の女とそこで新しい家庭を築いていたなんて。

吐き気がするほどおぞましい。

ちょうどその時、奥の休憩室から双子の男の子が飛び出してきた。

透き通るような白い肌をした二人の顔立ちは瓜二つで、誰の目にも愛くるしく映るだろう。

もし彼らが、誠也と別の女との間にできた子供でさえなければ、もっと素直に可愛いと思えたかもしれない。

「ママ、どうして戻ってきたの?」

「ママ、またパパに会いたくなっちゃったの?」

二人の子供が無邪気に口を開いた。

彼らを見て、私はようやくすべてを悟った。

深夜までの残業も、車で家に帰りたがらない理由も、果ては会社への泊まり込みでさえ――彼の言っていたことはすべて、この「もう一つの家庭」のためだったのだ。

私との結婚生活よりも、よっぽど「家族」らしい場所のために。

執務デスクの上には、四人の家族写真が堂々と飾られていた。誠也と玲奈が仲睦まじく寄り添い、それぞれが子供を一人ずつ腕に抱いている。

その光景はどこからどう見ても幸せ絶頂の夫婦そのものだった。

私はもうこれ以上怒りを抑えきれず、その場で電話をかけた。「一刻も早く、誠也の不倫の全証拠とあの子供たちとのDNA鑑定書を揃えてちょうだい。

彼を身一つで追い出すの。どう動けばいいか、分かってるわね」

通話を切った。

玲奈は顔を曇らせ、低い声で言った。「誠也を破滅させる気?

彼がこの会社の経営にどれだけの心血を注いできたか、知ってるの?それをあなたの一言でめちゃくちゃにするつもり?」

必死に誠也を庇う彼女の姿に、私は一瞬、錯覚に陥りそうになった。

まるで、私の方が家庭を壊す極悪非道な罪人であるかのように。

「玲奈、あなた何様のつもり?泥棒猫の分際で、私を問い詰める資格があるとでも思っているの?」

私は冷ややかに彼女を睨みつけた。

彼女は悔しげに顔を歪めると、子供を抱いたまま数歩距離を詰め、私にだけ聞こえるよう声を潜めた。「寧々、あなたと私、顔が似すぎてると思わない?

本当のことを教えてあげる。あなたはただの、私の身代わりに過ぎないのよ。誠也はね、私がもう二度と戻らないと思ったから、仕方なくあなたと結婚したの。じゃなきゃ、あなたが彼の妻になれるわけないじゃない」

反吐が出るほど破廉恥な暴言だったが、それは残酷な真実でもあった。

私と彼女の容姿が似ていなければ、後ろ姿だけで見分けがつかないはずもなく、親友だって見間違うことはなかっただろう。

そして、私がこの胸糞悪い事実を知ることもなかった。

その挑発に私の理性の糸は完全にプツリと切れ、反射的に手を振り上げて彼女の頬を張ろうとした。

しかし、私の手が彼女に触れるよりも早く、彼女はわざとらしく悲鳴を上げ、子供を抱いたまま床へへたり込んだ。その顔には、これみよがしの恐怖が貼り付いていた。

「寧々!どうしてそんなに酷いことができるの?私をぶつだけならまだしも、子供まで傷つける気!?」

彼女はあろうことか、自ら腕の中の子供を床に放り出した。ドン、と鈍い音が響いた。

すぐさま彼女は四つん這いになってすがりつき、泣き叫びながら子供を抱き起こした。「大丈夫?

寧々、あなたが誠也に執着しているのは知ってるわ!でも、彼と私にはもう子供がいるのよ。私たち、何年も一緒にいるのに……どうしてまだ諦めてくれないの?」

その言葉を聞きつけた野次馬の社員たちが、もう黙っていられないとばかりにドヤドヤと社長室に雪崩れ込んできた。

彼らのほとんどは私の顔すら知らない。仮に顔を見たことがあったとしても、私がこの会社の真のオーナーだという正体を知る者など一人もいないのだ。

彼らの目に映っているのは、凄まじい剣幕で怒り狂う私と、被害者ぶって子供を抱きしめ泣き崩れる玲奈の姿だけだ。

社員たちは玲奈を助け起こし、一斉に私へ非難の矛先を向けてきた。

「やりすぎだろ!いくら社長のことが好きだからって、暴力を振るうなんて信じられない!」

「生まれたばかりの子供にまで手を出すなんて、正気の沙汰じゃない!」

「一体何様のつもりでここで暴れてるんだ?ここを誰の場所だと思っているんだ!」

そこへあの双子の男の子たちまで火がついたように泣き出し、甲高い泣き声が社長室の混乱に拍車をかけた。

「ママをいじめた!弟もいじめた!」

「やっつけてやる!この悪者!」

二人の男の子が私の足元にまとわりつき、ポカポカと拳で殴り、蹴りを入れてきた。

「一体何の騒ぎだ?仕事もせずにこんな所に群がって何をしている!」

誠也の威圧的な声が響き渡り、社員たちは慌てて道をあけた。

部屋に入ってきた誠也の目に飛び込んだのは、目を真っ赤に腫らしてソファにへたり込む玲奈の姿だった。

「誠也!」玲奈はすぐさま彼にすがりつき、涙をぼろぼろとこぼした。「あと少し遅かったら、私と子供たち、殺されていたかもしれないわ!」

誠也は狼狽しながら彼女の涙を拭い、ひたすら優しくなだめすかした。「もう怖がらなくていい。俺がいる。誰にもお前たちを傷つけさせやしない。

一体ここで何があったんだ?」

その時になってようやく、彼の視線が、二人の子供に殴られ蹴られている私の方へと向けられた。

彼の顔に一瞬、隠しきれない動揺が走った。だが、すぐに無理やり平静を装う。

「誠也、私たちの子を助けて!彼女、あなたの熱狂的なストーカーのくせに、私をぶっただけでなく、私たちの息子を床に叩きつけて殺そうとしたのよ!」

その言葉を聞いた瞬間、誠也は完全に理性を失った。血相を変えて私の前まで突進してくると、躊躇なく私の頬を思い切り張り飛ばした。

「寧々!一体誰の許しを得て俺の子供を傷つけようとしたんだ!

わがままにも程があるぞ!俺がお前の父の医療費を肩代わりしてやってるからって、随分といい気になりやがって!俺が治療費を打ち切れないとでも高を括ってるのか!」

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第9話

    離婚の手続きを済ませ、子会社にも新しい社長を据えたことで、私の生活も少しずつ本来の軌道を取り戻していった。兄と約束していた、実家へ一緒に帰る日もやって来た。実家に着くと、母が愛想よく二人の見知らぬ男性をもてなしているところだった。その光景を見た瞬間、一目で察した。母の「お見合い大作戦」が始まったのだと。呆れつつも、私たちはなんとかその気まずい食事を終え、二人のお見合い相手を見送った。「浩二ね、転院してからは随分と具合が良くなったのよ。まさか誠也が病状まで隠していたなんてね。『転院はリスクがある』なんて言っていたけれど、最初から浩二を人質にしてあなたを縛り付けようとしていたのね」母の言葉を聞いて、自分が誠也を信じきっていたせいで、どれほど大きな過ちを犯していたのかを思い知らされた。「本当ね。私の不注意のせいで、お父さんの適切な治療をこんなに遅らせてしまうなんて……」私が深く自責の念に駆られていると、母は怒るどころか、嬉しそうにこう言った。「もういいのよ。浩二は今とても調子がいいし、目も覚まして、自分でご飯も食べられるようになったんだから。元通りになるのも、そう遠くはないはずよ」その言葉に、私はようやく胸を撫で下ろした。「でもね、あなたたち二人とも、早くいい相手を見つけてちょうだいよ!このままだと私、孫の顔も見られないじゃない」母の結婚の催促がまた始まったのを見て、私と兄は慌てて「用事があるから!」と誤魔化し、実家から逃げ出した。兄の車に乗って実家を後にしたのだが、まさかそこで、しばらく姿を見ていなかった誠也に出くわすとは思ってもみなかった。彼はひどく落ちぶれた様子だった。服はボロボロ、髪もボサボサに乱れていた。酷く痩せこけ、顔からは昔のような自信に満ちた覇気が完全に消え失せていた。「寧々、俺が悪かった!お願いだ、もう一度だけチャンスをくれないか?また一からやり直させてくれよ!」彼は車のドアにすがりつき、哀願するような目で私を見つめてきた。私は静かに首を横に振った。「あなたと話すことはもう何もないわ。やり直すチャンスなんて、永遠に来ない」「本当に俺が間違ってたんだ!頼む、もう一度だけチャンスをくれ!」そう叫ぶと、彼はその場に崩れ落ちるように土下座をした。彼がまだ何か言い募ろうとした瞬

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第8話

    玲奈は警備員たちの拘束から身をよじって立ち上がると、目の前の誠也を小馬鹿にしたように見つめた。「あなただって、偉そうなこと言える身分?妻がいるくせに私に手を出してきたのはどこの誰よ。贅沢させてくれる金目当てじゃなきゃ、あなたなんかと付き合うわけないでしょ!おかげで助かったわ。お金を貢いでくれるだけじゃなくて、よその男との子供までせっせと養ってくれたんだから。あなたが騙されてくれなきゃ、この子たちをどう育てていけばいいか分からなかったもの!」そのあまりにも厚顔無恥な言い草に、誠也の顔色はますます土気色に変わった。自分が本気で愛した女が、最初から自分を騙し、ただ利用していただけだなんて信じられなかったのだ。「ぶっ殺してやる!」理性を失った誠也は玲奈に飛びかかり、その首を力任せに絞めあげた。だが玲奈も日頃から体を鍛えていたのか、贅沢三昧でだらけきった男が敵う相手ではなかった。ほんの数分揉み合っただけで誠也は床に組み伏せられた。「あなたなんて、ただの女好きの浮気男じゃない!今さら私の前で純愛ぶってんじゃないわよ!昔、お金がなかった頃は、私のことあっさり捨てたくせに!どうして私があなたなんかのために貞操を守らなきゃいけない!あなたみたいなクズに、人の真心を求める資格なんてないのよ!」玲奈は言葉を一つ吐き捨てるたびに、誠也の顔面を容赦なく張り飛ばした。パーン、パーンと甲高い乾いた音が、オフィス中に響き渡った。私はその無様な光景を冷ややかな目で見た。誠也は必死にもがきながら、私に向かってすがるような視線を向けてきた。「寧々、助けてくれ――」「いい加減にして」私はついに口を開いた。これ以上、この醜悪な茶番を見せられては吐き気がするだけだ。「あなたたちがどう殺し合おうが勝手だけど。今はまず、離婚協議書にサインしなさい」私と彼の結婚生活は、とうに完全に終わっている。この泥沼の茶番劇も、すでに社内の誰もが知るところとなってしまった。だが、そんなことはもうどうでもいい。私はただ、この地獄のような現状から一日も早く抜け出したかった。そのための第一歩が、誠也との関係を完全に断ち切ることだ。「嫌だ!お前は俺を心から愛してるって言ってくれたじゃないか!忘れたのか?俺にプロポーズしてくれた時、一生俺の

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第7話

    私にそう突きつけられ、誠也の顔色は目に見えて引きつっていった。彼は頬の痛みすら忘れ、信じられないという顔で私を見た。「お前……どういう意味だ?」「言葉通りの意味よ。子供が作れないのは私じゃなくて、あなたの方だってこと。その診断書は自分が不妊だと知ったらあなたがショックを受けると思って、私がわざと偽造したものよ。まさかあなたが、事実を確かめようともせずに、こんなふうにあっさり不倫に走るほど愚かだとは思わなかったけれどね」私は冷笑を浮かべて彼を見つめていた。私が一言発するごとに、誠也の顔色はますます土気色に変わっていく。ついに平静を保てなくなり、彼は叫んだ。「なんだと?そんなこと、ありえない!」「どうしてあり得ないの?私の財力やコネを使えば、あなたを騙すための診断書をでっち上げることくらい造作もないことよ。それに、あなた自身、本物の不妊の診断書がどんなものかなんて、見たこともなかったでしょう?」私は鼻で笑い、蔑みの眼差しで彼を見据えた。正直なところ、私もあきれ果てていた。すべての悲劇の発端が、私が彼を気遣ってついた優しい嘘だったなんて。彼が不妊という現実に絶望し、世間から後ろ指を指されるのを防ぐために、私はあえてすべてを自分のせいにした。それなのに、彼は私が子供を産めないことを口実にして私を陥れようとし、あろうことかその嘘を刃に変えて、私の胸元へ容赦なく突き刺してきた。やはり、兄の見る目は確かだった。だからこそ昔から「あの男はお前には合わない。腹に一物ある、性根の腐った男だ」とあれほど反対していた。かつての私は兄の忠告を信じようとしなかったが、今こうして残酷な現実を突きつけられては、信じないわけにはいかなかった。「嘘だ!そんなはずはない!」彼は発狂したように首を振り、耳を塞いで、必死に現実から目を背けようとした。そして、すがるように玲奈の方を振り返る。一方、こっそり逃げ出そうとしていた玲奈だったが、すでに兄の部下たちに行く手を塞がれていた。彼女は即座に涙ぐみ、かわいそうな被害者を装った。「誠也、どうしてあの女のでたらめを信じるの?私たちの子ども、あんなに私たち二人にそっくりじゃない!あの女の何の証拠もない言葉に騙されて、私を疑うなんて酷いわ!私がどれだけあなたを愛してるか、分かっ

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第6話

    誠也は私を凝視したまま激しく首を横に振り、その顔にははっきりと驚愕が張り付いていた。「嘘だ、そんなはずがない!お前がこの会社のオーナーだなんて、あり得ない!お前はなんの取り柄もないただの専業主婦じゃないか!毎日、何が食べたいか、何が飲みたいか、何時に帰ってくるか、そればかり気にしてるだけの女が、こんなでかい会社を牛耳れるわけがない!」彼は必死に現実から目を背けようとしていたが、事実は火を見るより明らかだ。病院の監視カメラの映像は嘘をつかないし、秘書のあの絶望しきった反応も決して演技ではない。彼の社長という地位は、本当に私が与えたものに過ぎなかったのだ。それなのに、彼は私の背後でこれほどまでの裏切りを重ねていた。「私は最初からすべてを持っていたわ。あなたが救いようのない馬鹿だっただけよ」私は決して自分の身分を隠していたわけではない。ただ、彼の頭の中は自分自身と玲奈のことでいっぱいで、私に少しの関心すら向けていなかった。だから当然、私が書斎で頻繁にオンライン会議を開いていたことも、仕事の商談で外出を繰り返していたことも、一切気づかなかった。「今すぐ離婚よ。当然、あなたには一文無しで出て行ってもらうわ」そう言い放ち、私はあらかじめ用意していた婚姻届受理証明書を彼の顔面に叩きつけた。その場にいた社員たちは、一斉にざわめき立った。「嘘でしょ、本当に不倫だったの?私、てっきりあの二人がご夫婦なんだとばかり……!」「じゃあ、玲奈の方が泥棒猫だったってこと?人の家庭を壊す最低の女じゃない!」「あんなに立派な奥様がいるのに浮気して、その上隠し子まで作ってたなんて……本当に恥知らずにも程があるわ!」四方から非難のヒソヒソ声が巻き起こる。誠也は図星を突かれたように顔を土気色に変え、猛然と私の前に詰め寄ってきた。「俺がこんなことをしたのは、一体誰のためだと思ってるんだ!お前が子供を産めない体だからだろうが!だから俺は仕方なく、自分の精子で他の女に子供を産ませたんだ!お前に惨めな思いをさせないためだ!会社を継ぐ跡取りを残してやるために、俺がどれだけ心を砕いたか分かっているのか!お前は俺に感謝すべきなんだ!俺はお前の女としての尊厳を守ってやったんだぞ!」彼はまるで自分が正義であるかのように堂々と言ったが、実際にやってい

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第5話

    土下座しようとした私をしっかりと支え留めてくれたのは、兄の秘書だった。その横で、兄は私に視線を落とす。少し厳しく、そして「こんなクズのために膝を折ろうとするなんて」とでも言いたげな、ひどく歯がゆそうな目をしていた。彼の背後には大勢の人間が続いており、その先頭に立っているのは本社のCEOだった。誠也の秘書は一瞬にして顔面を蒼白にし、無意識に後ずさった。私の兄は、都内最大手の法律事務所のトップである。一族が経営する全企業の法務は、すべて彼が一任されている。当然、誠也がいるこの会社も例外ではない。ここは所詮、篠原グループが抱える数ある子会社の一つに過ぎないのだから。誠也の秘書は兄と直接会ったことはなくても、ニュースでその顔を見たことがあったのだろう。つい最近も、兄は全国を揺るがせた大規模な経済訴訟で奇跡の逆転勝訴を勝ち取ったばかりだ。誰もが敗訴確実だと見ていた絶望的な案件を、たった一人で覆した凄腕である。もし兄が帳簿の監査を要求すれば、誠也に拒否する権限など一切ない。そして誠也の秘書は痛いほど分かっていた。――この会社の帳簿など、まともに調べられれば一発で終わるということを。兄は昔から多忙を極め、一年中あちこちを飛び回っていたため、私と誠也の結婚式でさえスケジュールが合わず欠席していた。だからこそ、誠也は兄の顔を知らない。彼は即座に声を荒らげて怒鳴りつけた。「お前たち、誰だ?部外者が俺の会社に口出しするな!寧々というこのいかれた女が俺の息子に手を出したんだ。俺が彼女の父に容赦しなくても文句を言われる筋合いはない!俺の会社の金でお前の父の医療費を払ってほしいだと?自分が誰のおかげで飯が食えて、誰に生かされているのか、まず自分の立場をわきまえろ!」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、本社のCEOが猛然と前に飛び出し、誠也の頬を渾身の力で張り飛ばした。息つく間もなく、彼は素早く電話をかけ、二、三言やり取りをして通話を切ると、そのスマホを高く掲げて見せた。画面の向こうでは、父の体から外されていた医療機器が次々と繋ぎ直され、酸素マスクもしっかりと着け直されていた。医療スタッフが慎重に状態を確認している。そして、先ほど父のマスクを外したスタッフは、青ざめた顔で壁際に立たされ、上司らしき人物から激しく叱

  • 裏切りの夫には地獄の制裁を   第4話

    「お前のもの、だと?」誠也は鼻で笑い、あざけるような視線を向けた。「寧々、俺の金でぬくぬくと生きてきた分際で、ついに頭までおかしくなったか?この会社がお前のものだと言うなら、証拠を出してみろ!それとも、お前が『自分のものだ』と言い張りさえすれば、何でも自分のものになるとでも思っているのか?だったら、この世界は全部お前のものだとでも言ってみろよ!」そう言い放つや否や、彼はすぐさまデスクに向かい、内線ボタンを叩いた。「警備員!今すぐ来て、ここで暴れてるいかれた女をつまみ出せ!そのまま精神病院へ連れて行け。これ以上ここで、俺たちの前に胸糞悪い面を見せるな!解決金代わりだ。彼女が精神病院に入院する費用くらい、俺が全額出してやる」ほどなくして、数名の警備員が雪崩れ込んできて私をぐるりと取り囲んだ。私は彼らを冷ややかに見回して言った。「よく考えてから動くことね。私に指一本でも触れれば、あなたたちのクビが飛ぶわよ」私の放つ圧倒的な気迫に、警備員たちは顔を見合わせるばかりで、誰一人として前に出ようとしなかった。「どこの馬の骨とも知れず女に、俺の会社で我が物顔で振る舞わせるな!やれ!」誠也が声を荒らげて命令を下す。警備員たちが一斉に飛びかかってきて私を取り押さえようと掴みかかり、その隙に誠也はスマホを奪い返した。ちょうどその時、私のスマホの着信音が鳴り響いた。通話ボタンを押すと、切羽詰まった声が聞こえてきた。「お嬢様、病院側が大旦那様の治療を停止しました!今すぐそちらに向かっていますが、到着まで二時間かかります。ですが、二時間も経てば、大旦那様は恐らく……」私の顔色が一気に青ざめる。誠也は明らかにその通話内容を聞き取っていた。傲慢な視線を私に向け、鼻で笑う。「寧々、これで俺に逆らうとどうなるか、よく分かっただろ?俺がいなければ、お前の父は治療を受けることすらできないんだよ!他のことなら大目に見てやってもいい。だが、お前が俺の妻を殴り、俺の息子まで傷つけようとしたことだけは、絶対に許さない!今すぐ大人しく土下座して謝れ!俺の機嫌が直れば、病院に治療を再開させてやってもいい!」彼はスマホを高く掲げた。画面には病院の監視カメラの映像が映し出されていた。父の体から生命維持装置が外され、まさに集中治療室から運び出さ

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status