INICIAR SESIÓNスーナの街から山を目指す6人の人影があった。 先頭はオークの女だ。恐ろしい切れ味の剣で襲い来る巨大コウモリやクモを真っ二つに切り裂いている。 その後ろには魔術師が居た、剣が届かない高さのモンスターを火や雷で撃ち落としている。倒しそこねた敵は少女が木の杭を投げて撃ち落としていた。「モモちゃんは裏の武器を使っているけど、それを抜きにしても二人共成長はやいねー」 ルーはパチパチとモモとユモトに拍手を送る。「あ、はい、ありがとうございます」「ルー殿のご指導のおかげです」 ユモトは照れながら頭を下げ、モモは剣を鞘に収めて言った。 ムツヤは最後尾で探知盤とにらめっこをしている。 万が一にもキエーウが裏の道具を奪いに来ないか警戒のためと、コイツを先頭にすると歩いているだけでモンスターを蹴り飛ばし、手で払っただけで粉々にしてしまうからだ。 モモとユモトを早く1人前の冒険者にしようと考えているアシノの提案で、翼竜討伐に遅れない範囲で二人に前衛を任せている。「そろそろ日も暮れてくるな、野営の準備をしよう」 アシノがそう言うと全員が返事をしてムツヤのカバンからテントを取り出す。 開けば家が出てくる魔導書もあるが、誰かに見られたらまずいのでテントで寝ることにした。 モモとユモトは料理当番で、残りはテントの設営だ。料理を作ってムツヤのカバンに入れてくれば楽だったのだが、急だったのでそんな準備をする時間は無かった。「私もー限界!」 テントの設営が終わるとルーは倒れ込んで寝てしまった。前日寝ずの番をして今に至るのだから無理もない。 ヨーリィは迷い木の怪物から教わった結界を張っている。 マヨイギのように空間を結界で閉じ込めることは出来ないが、侵入者が来た場合すぐ察知できるようになるらしい。「みなさーん、ご飯できましたよー」 しばらくすると、ユモトが大きい声で言った、それにつられて皆ぞろぞろと焚き火の前に集まる。 相変わらず美味い料理達を平らげると、疲れからか、みんな眠気に襲われた。 テントは2つあり、男女別だったが、ヨーリィは魔力の補給があるのでムツヤとユモトと一緒のテントで寝ることになる。 テントに入った後、ムツヤがやたら上機嫌だったのでユモトは質問をしてみた。「ムツヤさん、何か良いことがあったんですか?」 するとムツヤは笑顔で答える。「い
ここは冒険者ギルドの闘技場、モモが試験でルーの召喚した精霊と戦った場所だ。人払いは済んでいるので今はムツヤ達しかいない。 訓練用の木刀を持ち、ムツヤは体を伸ばして戦いに備える。ギルドマスターのトウヨウは目を閉じて精神を集中していた。 モモとユモトは固唾を飲んで見守り、ヨーリィは興味があるのか無いのかオレンジジュースを飲みながらぼんやりと眺めていた。 武器は木刀のみ、魔法の使用は無しの一般的な剣士の試合だ。両方が相当な実力者ということを除いては、だが。「それでは準備は良いですね? 試合開始ー!」 ルーが威勢よく言うと同時にムツヤはトウヨウ目掛けて一直線に突っ走る。 縦に振り下ろされたムツヤの木刀はトウヨウの頭を捉えていた。 トウヨウはそれを木刀で受け止めると斜めに切り下ろすように反撃をする。ムツヤもそれを受け止め、身をよじって足元を狙う。 そんなやり取りが数回続いた時、突然バキィッという音がした。二人の持っていた木刀が同時に折れてしまったのだ。それを見てトウヨウは笑った。「どうやら木刀では手合わせにもならんらしい」 笑いをやめるとトウヨウは真面目な顔をして言う。「お前さえ良ければ、真剣でどうだ?」 ユモトとモモに緊張が走る、ムツヤは強いし、どんな傷でも治る薬はあったが、万が一という事もある。「お互い鎧を着て、剣と魔法の使用も自由にしよう。恥ずかしい話、年甲斐もなく滾ってしまった」「わがりまじた」 お互い準備をするために試合は中断になった。そして少しの時が経ち、両者は本気で戦うための格好になった。 トウヨウは青いフルプレートアーマーに身を包み、両手剣を持っている。ムツヤは軽装の鎧と、片手剣を持つ。「それでは仕切り直してー…… 試合開始!」 トウヨウは鎧の重さを少しも感じさせない機敏な動きで迫る。軽々と両手剣を振り下ろすがムツヤは横っ飛びでそれをかわす。 そのままムツヤは胴を剣で横切りにしようとするが、両手剣で弾かれてさっと後ろに引く、その最中にも炎の玉を数十発も発射した。 トウヨウは左手に魔法無効化の術式を作り上げるとそれをかざして全ての火の玉を消し飛ばす。 モモは夢中でその戦いを見ている。不謹慎ながらムツヤが怪我をしたらどうしようという考えはどこかへ飛んでしまった。 実力者同士の戦いはこんなにも圧巻され、美しい
「どう? 興味湧いちゃったでしょ?」 ルーは両手を後ろに回して、前のめりになる形で顔を突き出した。いつも軽口を叩いているギルスは呆然としている。「他にもモモちゃんが今持っているのは無力化の盾でしょ、それに私の新しい杖も名前はわからないけど魔力の伝導率は90%越えのすぐれものよー」「ちょっと待ってくれ、状況に頭が追いついていない」 ギルスが頭を抱えるのも無理はなかった、今日も適当に武器を売り買いする平凡な日常が始まると思っていたら、とんでもない人物がとんでもない物を持ってきたのだ。「とりあえず、話は聞く」 ギルスはカウンターを出て店のドアの営業中という看板をくるりと回して閉店にし、ガチャリと鍵も掛けた。「えーっと、それで俺はどこから…… 何から話を聞けば良いんだ?」 もう何度目だろうかと思いながらムツヤは自分の生い立ちを話し始めた。「なるほど、事情は分かった」 長話になるだろうと、途中ギルスは紅茶を入れてくれた。 話を聞き終わるとすっかり冷めてしまったミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶を一口飲んで言う。 ムツヤ達は裏ダンジョンの事、キエーウがそこで手に入る裏の道具を狙っていること全てを話した。「到底信じられない話だが、論より証拠ってか。本物の魔剣や見たこともない魔道具を見せられたら信じるしかないわな」「そこでだ、お前にはこの裏の道具の研究を頼みたい」 アシノの言葉にギルスは首を横に振る。「お断りだ、俺はただの武器屋の店主。研究なんてバカバカしくて出来っこないね」「もー! なんでよー!」 ルーはむくれて地団駄を踏む。次に話し始めたのは意外にもモモだった。「ギルス、頼む。キエーウは裏の道具を使って亜人を殺そうとしている」 真面目にそう言われるとギルスも腕を組んで少し唸ってしまう。そして唐突に口を開く。「それじゃあ…… 俺の昔話もちょっとして良いか?」「俺が昔、王都で研究員をしていた事は知っているかな?」「はい、アシノさんから聞きました」 ムツヤは相づちを打つ、片目を開けてギルスはムツヤを見るとそのまま上を向いて話を続ける。「死ぬほど勉強してやっと入った研究員だったが、現実は俺の理想とは全く違うものだった」「俺はただ、純粋に道具の研究がしたいだけだったが、現実は馬鹿な派閥争いに、足の引っ張り合いだらけだった」 濃いめの
「あ、あの、ムツヤ殿…… 口を開けて頂けますか?」 モモは照れて俯きながら言う、ムツヤは言われた通りに口をあーんと開けた。そこへモモはクッキーを近づけた。「んむんむ、美味しいですね」 裏の道具の探知盤を操作している為に両手が使えないムツヤへ茶菓子を食べさせている。ただそれだけなのに、モモは物凄い気恥ずかしさを感じている。 ムツヤがクッキーを食べ終わると、砂糖を多めに入れた紅茶を口元へ近づけた。「はぁー、紅茶とクッキーって良いですね。モモさんありがとうございます」 ムツヤは満足そうに言った、その笑顔を見てモモはニヤけた笑顔になってしまう。「そ、そうですね」 顔を隠すようにモモも自分の紅茶を飲んだ、フワッとした茶葉の香りが気分を良くさせる。「ヨーリィちゃん、クッキー美味しい?」 真顔でクッキーをサクサク食べているヨーリィを見て思わずユモトは声をかけた。「うん、おいしい。ユモトお姉ちゃん」 首だけをぐるりと横に向けてヨーリィは返事をした。それを見てユモトはアハハと苦笑いする。「そ、そっかー、それと僕は男だからお姉ちゃんはやめてね?」 ルーはいつの間にかシートの上で大の字で寝ていた。アシノはあぐらをかいて紅茶を飲んでいる。 そんな時間がしばらく過ぎた後、そろそろかとアシノは立ち上がり手をパンパンと叩く。「さて、そろそろ気を引き締めていくぞー」「あ、はい! それじゃお片付けしますね」 ユモトはティーセットを集め、カバンの中に洗ってないまま入れても大丈夫なのか心配になったが、中で汚れることはないとムツヤが言うのでそのまま入れてしまう事にした。 またムツヤはルーを背負い直し、ユモトは探知盤を持って冒険者ギルドのあるスーナの街を目指す。 キエーウに襲われるといった心配は杞憂に終わり、あっという間に街へと着いてしまった。活気ある喧騒がムツヤ達を出迎えてくれる。「おら、ルー。いい加減に起きろ」 アシノに頭をペチンと叩かれてルーは目を覚ます。「何よーまだ冒険者ギルドに着いていないじゃない」 アシノははぁーっとため息をついた。「お前は仮にも冒険者ギルドの幹部だろ? もっと威厳を持て!!」「えぇー、ついこの間まで勇者だったのに酒飲みだったアシノがそれ言うー!?」 痛い所を突かれてアシノはうっと言葉に詰まった。「とにかくだ、歩け!!」
朝になりユモトは目が覚めた。若干、寝不足気味だが、時間になるとちゃんと起きてしまう。 居間ではルーが真剣な表情で探知盤を見ていた。あれからずっとそうしていたのかと思うと、ユモトは尊敬と感謝の念を覚える。「おはようございます、ルーさん」「あぁ、おはよーユモトちゃん」 元気そうにウィンクをしたが、その顔には少し疲れが見えた。「あの、ルーさんも少し休まれては?」「私が休んじゃったら探知盤見る人が居なくなっちゃうからねー、ヘーキヘーキ」「そうですね…… すみません」 ユモトは気遣って言った言葉だが、当たり前の事を返されて言葉が出なくなる。「それよりお腹空いちゃった!!! ユモトちゃんごはん頂戴ごはん!!!」 メイド服を着たルーはソファの上でニーソックスを履いた足をバタバタとさせた。「はい、今作りますね」 笑顔でユモトは言った後に朝食の準備に取り掛かる。 やがて、簡単な朝食が出来上がるとユモトは皆を起こして回った。「ンまあーーーい!!! さすがユモトちゃん、絶対私のお嫁さんにするから!!!」 皆が揃う前にルーはガツガツと朝食を食べている。「ですから、僕は男ですって」 半分諦めたような苦笑いでユモトは言った。「ルー殿、一晩中寝ずの番お疲れさまです」「いいのいいの、私は夜の方が元気だから」 モモがねぎらいの言葉を掛けると握ったフォークと一緒に手を振る。「でも私、流石に朝になったら眠くなってきちゃったからギルドまでは誰かおんぶしていってよねー」「お前は子供か」 アシノは呆れたように言った。他愛もない会話をしながら朝食をとる、昨日キエーウというテロリストによる襲撃があったとは思えないほど穏やかな朝だ。 そして朝食を食べ終えると全員が準備を終え、スーナの街のギルドを目指す。「よーししゅっぱーつ!!! それいけムツヤ号!!」「はい!」 ムツヤの背中には本当にルーが乗っかっていた。 裏の道具である『魔法の固定具』でしっかりと密着している上に、ルーはギューッと抱きついているので背中には小柄な体の割には大きな2つの柔らかい感触が感じられる。 デレデレとした表情になるムツヤを見てモモは一言進言した。「あ、あのー? ムツヤ殿? やはりルー殿は従者である私が背負うべきでは?」 しかし、ルーはムツヤにしがみついたままだ。「モモちゃん、
モモはベッドの上に膝を抱えて座り、窓から月明かりを浴びていた。自分が魔法で感情を暴走させた時の事をなんとなく覚えている。 自分はやはりムツヤ殿の事が好きなのだろうか。 いや、命の恩人、村を救ってくれた恩人。強い戦士。そしてオークを偏見の目で見ない人間として考えれば確実に好きなのだろう。 では異性として見た場合はどうなのだろうか。優しく純粋で、強いムツヤ殿。人間の顔は同じに見えるので美醜についてはよくわからないが。 栗色で艶のある髪を指先でクルクルといじる。そして月明かりに照らされた自分の緑色の肌を見た。 自分はオークとして産まれ育ったことを誇りに思っている。力強く、自然を愛し、自然と共に生きるオークという種族も自分の誇りだ。 だが「もしも」と考えてしまう。自分の肌が薄橙色で…… それでムツヤと出会っていたらと。 自分が情けない。戦士として戦わなくてはいけない、もっと強くならなくてはならないというのにこんなくだらない事ばかり考えてしまうことが。 モモはどうしたら良いのかわからない感情を胸に秘めたまま、三角座りの膝に顔を押し付けた。 ユモトはベッドの上でジッとしていた。なんだか寝付けない。 横になるのは何となく好きじゃない、病気で動けなかったあの時を思い出してしまうから。 お父さんには心配をかけまいと一緒にいる時は大丈夫そうに振る舞っていた。 しかし、ユモトはムツヤに薬を飲ませてもらう3日前から父ゴラテが家にいない時には、トイレまで這って行って血を吐く程に症状が重くなっていた。 今でも鮮明に覚えている、目の奥が痛くて頭痛がして、関節は全部痛くて。這いつくばってトイレに血を吐いた時の恐怖と弱い自分への情けなさ。 全ての希望が消えていって、世界が灰色になって……。 そんな世界から僕を突然引っ張り上げてくれたのがムツヤさんだった。 僕にとってムツヤさんは勇者だ。助けてくれたことはもちろんだけど、僕が使えない魔法も触媒無しに軽々と使ってしまい、優しくて仲間思いで、本当に遠い遠い憧れの存在だ。 そんなムツヤさんの仲間でいられることは誇らしく思う。その反面、僕なんかがムツヤさんの仲間としてやっていけるのだろうかという不安がある。 ユモトはシーツを頭の上まで引っ張り上げた。「お兄ちゃん」 ヨーリィとムツヤは向かい合って寝ていた。ムツヤはヨー







