ロジータは、醜い嫉妬により、婚約者のエルミニオに殺される運命だった。 だが、ロジータは自分が『奴隷になった私が、王太子の最愛になるまで』という、〇〇禁小説の悪役令嬢に転生したことを思い出した。 悲劇的な運命から逃れるため、ロジータは当て馬のルイスに契約結婚を申し込むが…? 果たして、二人は互いの悲劇的な運命を変えられるだろうか! ※死ぬ運命の悪役令嬢×ツンデレだけどスパダリな第二王子
View More冷たい。心臓の奥が凍えるように痛くてたまらない。
私は、ロジータ・スカルラッティ。高貴なスカルラッティ公爵令嬢だ。
その私が今、ヴィスコンティ王宮の小広間で追い詰められている。 月明かりに照らされたシャンデリアが重みで軋み、私の頭上で淡い光を放つ。 ゴシックの様式を取り入れた吹き抜け。運河の水流の音が微かに聞こえる。 私は真紅のドレスに身を包み、震える足で立っていた。「エルミニオ様。なぜ……ですか、ゴホッ!」
私の左胸の『星の刻印』、ヴィスコンティの運命の証が、焼きつくように痛む。
私の前に立ち塞がっていたのは、エルミニオ・ヴィスコンティ。王太子。 美しい漆黒の髪に、銀灰色の瞳。 端正な顔立ちに引き締まった体。鮮やかな濃緑のダブレットが、絵に描いたようにぴったりと沿っている。 独特で、ミステリアスな雰囲気を持った彼。 その手には、血まみれの剣が握られていた。エルミニオ様。どうして、そんなに冷たい瞳で私を見つめるの?
かつては婚約者として私に微笑んでくれたことだってあったのに。「ロジータ・スカルラッティ!お前は罪人だ!」
エルミニオ様の声が、容赦なく私の心を切り裂いていく。
「リーアに毒を盛ろうとした罪は、俺への……
いや、ヴィスコンティ王家への反逆に等しい! よって、婚約は破棄し、ここでお前を処刑する!」……毒?私が?
混乱しながら視線を下げると、着ていた真紅のドレスに血が広がっていくのが見えた。 エルミニオ様の剣が、すでに私の胸に深く突き刺さっていたのだ。 刻印が焼きつくように痛んで、体が軋む。 まさか……私が刺されたの?彼に?周囲の関係者たちは、止めるどころかこれを正義だと主張し、傍観している。
「自業自得だ」「嫉妬に狂った醜い女」「悪女にふさわしい結末」だと嘲笑う者さえいる。その時、リーア・ジェルミがエルミニオ様の背後から姿を現した。
まるで銀糸のような銀髪が月光に揺れ、サファイアブルーの瞳が涙で潤んでいる。 彼女はエルミニオ様の隣で小動物のように震え、囁いた。「エルミニオ様……私、本当に怖かった。
まさかロジータ様が、あんなことをするなんて。」その声は、私には到底真似できないほど可憐だった。
彼女は奥ゆかしい眼差しで私を捉え、怯えているように見えた。 確かに私はこれまで散々、彼女を苦しめてきた。 だから自業自得と言われれば、そうなのだろう。 でも……悔しい。 だってエルミニオ様は私の婚約者だったのよ? なのに私だけが悪いの? 剣は私の胸に深く突き刺さったままだった。 エルミニオ様が布で血を拭い、私の心臓を貫いたその手で優しく彼女を慰めた。「大丈夫だ、リーア。君を苦しめてきたこの女はもうすぐ息絶えるだろう。」
エルミニオ様に愛されているのが、どうしてリーアなの?
「エルミニオ様……私……私は、あなたを……!ゴホッ!」
吐血した私の言葉はそこで途絶え、血に染まったドレスが大理石の床に広がる。
緩やかな金髪が揺れ、碧い瞳に涙が滲んだ。 苦しい……。もう、息が…… 惨めだわ。私が、まさかこんな風に死ぬなんて。 ああ、リーアが憎い! 彼女がエルミニオ様の胸に顔を埋め、こちらを伺って密かに笑う。 その嘲笑が、私の心を完全に砕いた。 視界が暗くなる。エルミニオ様の銀灰色の瞳が、私をゴミのように見下ろしている。 私……死ぬの? ただあなたに愛されたかった……だけだったのに。---
私たちはその晩、禁書庫で得た情報を照らし合わせていた。闇が深まり、ステンドグラスから差し込む月明かりと、ランタンの暖かな灯りが幻想的に寝室を照らしていた。今夜もアメリアが張り切って準備してくれたガウン姿で、私は中央のソファに座っていた。対面に座るルイスも、色気のあるガウン姿だった。「ヴィスコンティ語と古代語で書かれた、似たような図版を見比べてみたの。私の予想では、『禁忌の治癒力』は王国の建国時から存在していると思うわ。これを見て、ルイス。」私はあらかじめ図版を模写したものをルイスに差し出した。「第1に、『星の誕生』。おそらくこれがヴィスコンティ王国の始まり。そして第2が、『一致する運命の刻印』。第3が『冠をかぶった男女』。第4が、『眩い光を放つ冠の女性』。ケガを負った小動物や鹿、人間が回復している様子が描かれているわ。そして最後に、『女性を失い悲しみに暮れる冠をかぶった男』。」「なるほど。これは建国神話で、この男女は初代王と王妃だな。俺が見た禁書にも似たようなのがあった。」ルイスは頷きながら模写を見つめた。「その通りよ。おそらく、初代王妃は『治癒力』を持っていた。ルイスと同じように。」ヴィスコンティ国語で書かれた禁書には、初代王と王妃から始まる王家の家系図が描かれていた。それによると、初代王妃は早くに死別となっていた。王は後に別の妃を迎え、現在に至っている。途方もない年月を経て。「初代王妃は、なんらかの形で亡くなり、王が亡骸を抱えて悲しんでいるように見えるでしょう?」文字は分からなくても図板は、十分に当時の国王の悲しむ様子を伝えてくれている。ルイスは模写を手に持ち、しばらく見つめた。「そう見える。救えなかったのを嘆いているようだ。俺が見た図板では、彼女は多くの人に崇められていたようだった。」そう、まるで『聖女』のように。では、崇
私たちの異様な様子に、ユリが躊躇いがちにエルミニオに報告をした。リーアが?何でもいいからいいタイミングだわ。さっさとこの男を、私の前から連れて行って。「何、リーアが?ここへは来るなと言っておいたのに。」これで、ようやく解放されると思ったのに。「仕方ない。入り口付近で待たせておくように。」訝しげに吐き捨てると、再びエルミニオは私に冷たい視線を向けた。ユリは不満げに私を見たが、小さく頭を下げて、その場を去ってしまった。「逃げられると思ったのか?ロジータ。」「ふふ。本当に呆れますね。ですから逃げるも何も、殿下こそご自分が何をやっているのか自覚はあるのですか?」言われっぱなしは癪に触る。私もエルミニオに刺々しく言い返すが、全く通じてないようだ。愛しいリーアを放っておいて、憎い私に構っている場合ではないでしょう?どうしたら納得するのよ、この男は!そんなあからさまな殺意を向けないで欲しいものだわ。憎らしいのはこっちだって同じよ!「エルミニオ様……!」その時、エルミニオの背後に勢いよく何かが飛び込んできた。使用人とは思えない、美しいローズピンク色のドレスを着たリーアだった。もうすっかり王太子妃気取りね。彼女は甘えた様子でエルミニオの背後に隠れ、私に怯えたような視線を向けた。「あ……!ロジータ様もご一緒だったのですね。」「一体どうしたのだ?リーア。図書室には来るなと言っておいただろう?」やっとエルミニオが私から離れ、代わりに宥めるようにリーアの肩を叩いた。「だって、エルミニオ様がいないとつまらなくて。」「困ったな。君が退屈しないよう、使用人をつけたじゃないか。」「ええ、でもやはり、エルミニオ様のそばにいたいんです。」純真な雰囲気を匂わせて彼女はエルミニオに抱きつき、目は私を憐れんだ
最悪だわ。あの時、お怒り気味に馬車を追いかけてきた時以来かしら?いくら広大な敷地面積を誇る王宮だとはいえ、やはり会う時は会ってしまうものなのね。背後には何冊か書物を持ったユリ、入り口近くに待機したルドルフォの姿が見える。エルミニオは目の前に立ち、黒に金糸の入ったダブレット姿で、まるで獲物を追いつめるような鋭い瞳で私を見下ろしてくる。殺したくても殺せないのがもどかしい、といった表情かしら?だからって、そう睨みつけないでほしいわ。「王国の若き太陽、エルミニオ王太子殿下に拝謁いたします。」私はエルミニオの顔もろくに見ず、無難にカーテシーを披露した。今、禁書庫に戻るのは避けたほうがいいだろう。エルミニオに、ルイスが禁忌の治癒力を使ったことを気づかれてはいけない。弱みを握らせることになってしまうから。それはそうと、今日はリーアを連れていないのかしら?いつもどこに行くにも必ずと言っていいほどリーアを連れていたのに、今日は珍しいわね。背後からユリが何か言いたそうにしかめっ面をしているけれど、思いっきり無視しよう。「それでは、殿下、私はこれにて失礼いたします。」サッと頭を下げ、私はエルミニオの脇を通り抜けて禁書庫とは反対側へ去ろうとした。「——— ルイスとの“新婚ごっこ”は楽しいか?」通りすがりそう皮肉を吐き捨てられる。何?新婚ごっこですって?腹は立つけれど、ここは我慢よ。丁寧に振り返って、私は微笑み返した。「お言葉ですが、殿下。私とルイスは真剣に愛し合っているので、“ごっこ”呼ばわりはどうかと。まあ、幸福と聞かれましたら、そうですね。お陰様で、彼との新婚生活は満喫しております。」実際にルイスとの契約結婚生活は楽しくて、嘘ではない。「は!白々しい。ロジータ、一体いつからルイスと手を組んでいたのだ?」刺々しい声、苛
翌日、私とルイスは王室の図書室———その最奥にある『禁書庫』の前に立っていた。「ここが、ヴィスコンティ王家の禁書庫ね。」「ああ、俺も中に入るのは初めてだ。開けるぞ。」ヴィスコンティ王家の紋章が刻まれた重厚なドアの鍵穴に、ルイスが国王マルツィオから受け取った古い鍵を差し込む。ゆっくりルイスが扉を押すと、中からひんやりとした空気が流れ込んできた。王室の図書室だけでも荘厳な作りで、膨大な書物の数に圧倒されそうだった。禁書庫には一体どんな書物があるのだろう?「あ、あれ?意外と狭い……。」一つの宮殿にも匹敵するほどの広さを誇る図書室とは違い、禁書庫はこぢんまりとした作りになっていた。不思議な六角形をした、窓のない部屋。換気口はある。各所に星形のランタンが灯り、どこか温かみのある室内。天井は高く、神や天使といったヴィスコンティ特有の絵画が描かれていた。壁一面に木製の本棚が並び、羊皮紙の古い本の匂いが漂ってくるようだった。完全にファンタジーの世界。本棚には禁書とされる書物がびっしり詰まっていた。多くは皮や布で装丁された厚い本だが、中には金属の留め具で封印されたものや、ガラスケースに収められた巻物や石板まである。ほとんどが読めそうもない古代語で、この中から『禁忌の治癒力』について書かれた書物を探すのは骨が折れそうだ。「この中から探すのは、大変そうだな。」ルイスも同意見だったようで、私も頷いた。「これ、きっと古代語よね。読めそうなものから探すしかないかしら。」「そうだな。俺も古代語は読めないから、文字じゃなく、絵や図版が描かれた書物を探した方がいいかもしれない。」「さすがルイス!頭いい。」「……っ、そんなことはない。」「!!」謙遜しながら顔を赤くする彼を見て、こっちまで赤面が移ってしまう。最近、ルイスとは何かとハプニングだらけで……キスしたり、キスされたり、おまけに彼が人のことを『俺の妻』だなんて連呼するから。急に気まずくなって、私たちは背を向け合う。「と、とにかく探しましょう!」「そ、そうだな。」しばらく私たちは夢中で書物を探した。最初は手頃そうな物から手をつける。中にはヴィスコンティ国語で書かれたものもあったが、『禁忌の治癒力』について書かれた物は見つけられない。かと言って、ガラスケースに入った本を開けるに
思えばダンテも、リーアを密かに想う不憫な当て馬の一人である。原作でダンテは、好奇心から王宮を探索していてこの庭園にたどり着いた。その時に、泣いているリーアに出会った。ダンテはリーアが自分の親友の想い人だとは知らずに彼女を慰め、そこから二人の密会が始まった……という内容だった。ダンテの気持ちを知らないまま、リーアは彼にエルミニオとの恋の相談をすることになった。そう考えると、ルイスの結末よりはマシだとしても相当つらい恋のはずよね。「あなたもルイス殿下も、どうしてそう変わったのでしょう。」ダンテは、まるで自分が変わらないことが不満だとでも言いたげだった。「ダンテ様も、新しい恋でもしてみたらどうですか?」私はダンテを見おろしながら、つい無意識にそんなことを口走った。瞳が驚いたように大きく見開く。「面白いですね、ロジータ嬢。まるで私が、誰かに恋をして苦しんでいるかのような言い草だ。」「あら、そうではないのですか?」誰にも気づかれないと思っていたリーアへの想いを、私に知られていて驚いたかしら。確かにダンテに私は無意識に同情していた。宝剣で私を殺すことを、エルミニオに提案したひどい男なのに。「簡単に忘れられるなら、恋などしませんよ。ですがロジータ嬢、あなたは見事に忘れ去ることができたのですね。」「ええ。お陰さまで。真に愛するルイス様にも巡り合えましたし。」笑顔で私が答えると、ダンテは溜息混じりに苦笑した。そうやって笑えば美形なのだから、もっとリーア以外にも幅広く目を向ければいいのに。「ロジータ嬢、報酬は確かに受け取りました。」「ええ、嫌いな私に協力してくれてありがとうございました。」皮肉を混ぜて言うと、ダンテは袋を懐に仕舞いながらまた笑った。用事が済み、軽く頭を下げて私はその場を立ち去ろうとした。だが背後からダンテに腕を掴まれた。「!??」その瞬間、少し離れた建物に隠れていたマルコが飛び出してこようとする。しかし私は「大丈夫、心配いらないわ。」と目配せをして、マルコの動きを止めた。すでにダンテが、マルコの存在に気づいていたからだ。やはり油断ならない男ね!「一人きりで来るようにと言ったのに、少し残念です。ですが、許します。ルイス殿下があなたを相当大事になさってるようなので。それよりもロジータ嬢。私ともう一
ルイスが服を着替え、謁見の準備を終える頃だった。「ロジータ様、こちらを。見張りをしていた騎士が言うには、この手紙を渡すようにと頼まれたそうです。」業務に戻っていたアメリアが血相を変えて、私の元へと小走りに駆け寄ってきた。渡されたのは差出人名のない1通の手紙。「一体誰から?」「ロジータ、誰からの手紙だ?」封を開けて私が中身を確認するのを、ルイスも腕のボタンを留めながら尋ねてきた。《ロジータ・スカルラッティ嬢。この間の結婚式は、いかがでしたでしょうか?私が知る限りでは、ご満足頂ける結果になったのではないでしょうか。さて、約束の報酬について、そろそろ我々は語るべき頃ではないかと思います。よければこの後、例の場所でお会いしましょう。ただしこの場には必ず一人きりで来てください。あなたの秘密のパートナー・Dより》それを見て、私は一瞬で手紙の送り人が誰なのかが分かった。「アメリア、私の金庫の鍵を準備してちょうだい。」「はい…!分かりました、ロジータ様。」「ロジータ、一体誰からだ?」「ダンテ様よ、ルイス。どうやら、これから彼に会わなければならないみたい。」正直に答えると、とたんにルイスの表情が翳った。「ダンテ・フォレンティーノと二人きりで会うのか?」なぜかルイスが唇を噛み締めているようにも見えるけど、気のせいよね?「ええ。この前約束した報酬を受け取りたいみたいよ。けれどルイス、心配しないで。お金は私が実家から持ってきた宝石やアクセサリーを売って作っておいたから……」「違う、そうじゃない。俺が心配してるのは、そうではなくて……っ」ルイスは困ったように声を詰まらせた。もしかしてダンテがエルミニオ側の人間だから、心配しているのかしら?しかしこれは、ダンテと取引をした私が対応すべき問題。「ルイスはこれから、陛下に会わなければならないでしょう?」早く禁書庫への入室許可が欲しいから、ルイスには絶対に謁見に行ってもらわなければならない。「ダンテは俺が知る限りでも、かなり狡猾な男だぞ。一人では危ないのではないのか?」「ダンテ様は、私に一人で来るようにと言っているわ。大丈夫よ、この前も大丈夫だったのだから。向こうも下手なことはできないはずよ。」「しかし……!」着替えを中断してまで、ルイスが怖い顔で私に近づいてくる。「
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