LOGIN凛side
律は香澄さんに連絡を取り、車に瑠理香さんの忘れ物があって届けたいから連絡を取って欲しいと伝えるとすぐに返信をくれた。
この日、瑠理香は仕事でオフィスにいるとのことだったので三十分後に着くからエントランスで待っていて欲しいと伝言を頼み、タクシーに乗り込んで、律と会社があるビルへと向かった。
車内の空気は、先ほどのレストランでの熱量のこもった告白とは打って変わり、張り詰めた緊張感に包まれている。
「凛、誤解を解くってことは、俺のこと許してくれたのか?」
後部座席に隣同士で座っていると、律の手がシートに置いていた私の手の隣に置かれ、少しずつ少しずつ距離を縮めようとしている。触れないようにそっと手をカバンに添えた。
「勘違いしないで。これは、律のためでもあるけど瑠理香さんのためでもあるの。彼女の律へのまっすぐな気持ちが歪むことがないように、しっかりと話す必要があると思ったから一緒に来たのよ」
「そうか、分かった……」
その言葉に律は少し悲しそうな顔をして、伸ばした手を戻して自分の指と絡めて下を向いて俯いている。その横顔には、以前のような支配的な傲慢さはなく、純粋な後悔と寂しさが滲んでいたが、その様子に気づかないふりをして、私は窓から外の景色を見て、自分自身にも言い聞かせるように心の中で呟いた。
![]()
香澄side「香澄ちゃん、俺はずっと香澄ちゃんのことだけを見てきた。結婚するなら香澄ちゃんがいい」木々が強風に煽られて枝葉を揺らしている。友人の結婚式の帰り道、突然腕を掴まれて振り返ると、少し切なそうに真剣な顔で告白する隼人に私の心も大きく揺れ動いた。これは、律が凛ちゃんと結婚して蓮見家の後継者争いが最も激化し、全員が警戒心を剥き出しにしていた、私たちにとって最も不純な時期の私と隼人の秘密の話だ。私にとって隼人は、守ってあげたい可愛い弟みたいな存在だった―――私が小学一年生の頃に生まれた隼人。生まれたばかりに初めて隼人を見た時、小さな小さな手で私の指をキュッと握る姿が可愛くて、ずっと隣で隼人の様子を観察していた。あくびをする姿もすやすやと眠る姿も足をバタバタさせる姿も、何をしても可愛くて仕方がなかった。幼稚園で赤ちゃんのお人形のお世話をして遊んでいたけれど、本物の赤ちゃんはもっと柔らかくて温かい。ぷっくらしたほっぺたも綿毛のようにふわふわな髪の毛も、私が知っていた赤ちゃんとは全く違っている。そんな隼人に、私は一気に夢中になっていた。大きくなって寝返りやハイハイをすると、手を叩いて喜び、歩き始めると一緒に手を繋いで歩いた。可愛いと思う気持ちは隼人が小学生になってからも変わらなかった。「隼人、今日は誰とお風呂入るー?」
会社の車で家まで送ってもらい、ドレスとスーツを脱ぐために寝室に入ってから、律にふと気になっていたことを尋ねた。「そういえば、合コンの時に私が覚えていなくても話をすれば思い出すかもしれないのになんで言わなかったの?」律は一瞬動きを止め、不貞腐れたようにこちらを見てからジャケットを脱ぎ始めた。「そんなの……あの時、凜が興味があったのは俺じゃなくて大手企業に勤めて若くして肩書きを持つ『蓮見律』だと思ったからだ。名刺を受け取って目の色を変えた凜を見て、お金があって何でも出来る男を求めていると思った。だから、かっこよくないところを見せたら幻滅されると思ったんだ。」そう、あの時、私は高収入で清潔感があり、背も高く顔もいい、見た目とお金の両方を持ち合わせたスーパーダーリンを求めていた。そんな私が、男子にからかわれて小さくなっていた中学の同級生と出くわしても恋愛には発展しなかっただろう。「ふふふ、そうだったんだ。でも、これからはかっこ悪いところも全部見せていいよ。私が好きで一緒にいたいのは、ありのままの律なんだから」律はネクタイを外してシャツのボタンに手を掛けていたが、私の言葉を聞くと甘えるようにすぐさま抱き着いてベッドに押し倒してきた。「ありがとう、凛。好きだ、愛している―――――」「私も。律のことが大好き――――」
凛side「香澄さん!隼人さん!」会合が終わり、二人の元へ行くと私を見て優しく微笑んでくれた。隼人さんは香澄さんの腰に手を添えている。「凜ちゃん、無事終わったわね。律もおめでとう!良かったわね」「はい、ありがとうございます!それにしても二人が結婚するなんて本当にビックリしました。お二人は一体いつから?」「ふふ。このことは誰にも言わずにしてきたの。隼人とは、私があのマンションに引っ越すちょっと前から付き合っていたのよ。」「え?そんな前から……!?」「ええ。隼人は律のことを一番ライバル視していて、律の動向を一番近くで探るためにあそこに私が引っ越したの。隠していてごめんね。でも結婚も決まったから、隼人と別の新しいところに引っ越すわ」思い返せば、香澄さんの隣にはいつも当たり前のように隼人さんがいた。引越しパーティーの時も早く来ていた隼人さんが準備の手伝いをしていて、私が手伝うと言うと香澄さんは遠慮したが、それは私を受け入れていないわけではなく、それ以上に隼人が近い存在だったからなのだと今になって理解した。「凜ちゃん、これからも律のことをよろしくね。律、頭はいいけど本当に不器用で女心分かっていないところあるから、凜ちゃんを苛つかせることもあるかもしれないけど……」
凛side「あの、香澄さんは……香澄さんもノルマに対して300%と律以上の実績を上げています。なぜ香澄さんではないのでしょうか?」円華さんが、言葉に気をつけつつも会長に尋ねた。ここまでくると個人戦ではなく、反律グループの最後の抵抗になっていた。会長はその空気を理解した上で説明を述べた。「香澄も実績で言えば申し分ない。ただ、本人から話があってな。今日まで黙っていた方がいいと思って内密にしていたが、香澄と隼人が結婚して夫婦になるんだ。隼人の会社と関係性が強く、香澄が元々やっていた事業とも近い三番目の企業に就任した方が、グループ全体のメリットが最大化されると判断した。」隼人さんと香澄さんの結婚は、後継者の人事発表に負けないくらいのサプライズでその場にいた皆の顔が、嫉妬と諦念の色に染まっていた。「そんな……三社でグループ全体の七割を占めるというのに、その代表が隼人さんと香澄さんと律?隼人さんと香澄さんの二人でグループの四割強の規模を持つぞ。それに対抗できる唯一の規模を持つ会社の代表が律になるなんて……」圭吾さんは床に崩れ落ちそうなほど落胆していた。私は、隣で堂々としている律に小さく微笑んだ。律は、僅かに私の方を振り向くと「ありがとう」とアイコンタクトで伝えてきたように見えた。
凛side一年後―――――前回、懇親会が行われた会場と同じ場所で孫世代全員が集まり、各会社の人事が発表された。「蓮見の次期代表取締役だが、隼人。お前がやってくれ」「はい、ありがとうございます。精一杯精進します」予想通り、一番大きな会社の代表には隼人さんが選ばれた。みな自分の名前が呼ばれることを期待はしていたものの、隼人さんが一番になるのは、周知の事実で誰も咎めるものはいなかった。「次に二番目の会社の代表だが……」律の祖父にあたる会長が口を開くと、全員が息を飲んで会長へと緊張の混じった視線を送っていた。圭吾さんや円華さんは、いつ名前が呼ばれてもいいように胸を張り、微かに口角を上げてその時が来るのを待っている。事前の予想では、最有力候補は香澄さんで、次に圭吾さん、円華さん、そして律にも可能性があるらしい。テーブルクロスの下で律が私の手に触れていたので、ギュッと握り返し、私たちは一番下座の席でその時を待っていた。「律、お前に任せたい―――」律の名前が呼ばれた瞬間、予期せぬ雷鳴のように部屋中に響き渡り、孫た
凛side「ねえ、私のために何かしてくれるのは嬉しいけれど、今までのままこっそりだと、律がしてくれたことが分からないまま過ぎちゃう。感謝も出来ないし誤解するかもしれない。だから、これからは直接言って、直接渡して」律は私の手に自分の手を重ねてた。中学の細くて背が低くてまだ声変わりのしていない気弱な律ではなく、身長が伸びて大きな手と骨ばった指の大人の律が私を優しく包みこむ。「分かった。これからはそうする。それにもう凜から目を離したくないんだ」「メールも小森さんじゃなくて、律が返事してよ?」「小森?何の事だ?そんなことを一度もしていないぞ」「え?だって結婚したばかりの頃、全然メールくれないって怒ったら、小森さんに返信させているって」「……そんなことも言ったな。なんて打てばいいか迷ってなかなか送れなかったんだ。指摘されてあの時は、そう言ったんだ」「何それ。律のこと、簡単に嫌いになったりしないから、そんなこともう言わないでね?」私の言葉に、律はゆっくりと身体の向きを変えると私のおでこにチュッと音を立ててキスをした。手首を掴み私を優しくソファに寝かせると、覆い







