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第6話

Autor: 安野いち
真尋は頷き、優しく身をかがめて絢音の顔を覗き込んだ。

「なら、先に車で待っていてくれ。あいつらに声をかけたら、すぐに行くから」

「分かったわ」

絢音は小さく応じ、踵を返して部屋の外へ歩き出す。

個室から少し離れたところで、不意にスマートフォンが鳴った。

画面の見知らぬ番号を見て、誰からかおおよその見当はついていたが、そのまま通話ボタンを押す。

繋がった途端、個室の喧騒が直接耳へ飛び込んできた。

続いて聞こえてきたのは、涼太郎たちの声だ。

「真尋さん、さすがにやりすぎじゃないすか。たしかに、紀夫がこんなところで余計な口を叩いて計画をぶち壊そうとしたのは悪かったですけど、あんな女のために仲間の頭をカチ割るなんて、ちょっと度が過ぎてません?」

「そうですよ、真尋さん。今日のアレ見たら、この三年で本当にあの女に惚れちまったんじゃないかって、俺らもちょっと口出ししづらくなっちゃいましたよ」

「まあでも、絢音ってマジで美人っすよね。スタイルも抜群だし、あの顔なんて絶世の美女じゃないすか。真尋さんがガチで惚れたって言われても、全然不思議じゃないっすよ」

「あんな上玉を三年も手元に置いて、しかもあんなに抱き心地が良さそうなら、男なら誰だってクラッときちまうでしょ」

電話越しに耳を疑うような下劣な言葉が飛び交うのを聞き、絢音は思わずスマートフォンを握りしめ、一瞬呼吸すら忘れてしまった。

電話の向こうの物音に神経を研ぎ澄まし、真尋がどんな言葉を返すのか、一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。

しかし、すぐに耳慣れた彼の冷ややかな声が響き渡り、絢音の心の底にあった微かな未練すらも粉々に打ち砕いた。

「あり得ない。俺が誰に惚れることがあっても、遠山孝介の娘にだけは絶対にない。

だが、お前らも少しは気をつけろよ。婚約パーティーの前にあいつに勘付かれて、俺の計画が台無しにでもなったら、ただじゃ済まさないからな。紀夫みたいな真似は、二度とするなよ」

その言葉に、周りの連中もすぐさま調子を合わせる。

「分かってますよ、真尋さん。安心してください。あと十日くらい、俺らだって待ちますから」

「真尋さんがここまで手間暇かけて仕込んできたのも、あの遠山孝介がどんなツラするか見るためだって、俺らもちゃんと分かってますよ。絶対に邪魔なんてしませんから」

「でもマジな話、あの写真、もうすぐ仕上がるんじゃないすか?手に入れたら、先に俺らにも拝ませてくれませんかね?」

その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、絢音は思わず息を呑み、言葉にできないほどの緊張に包まれた。

だが間の悪いことに、ここでぷつりと通話が切れてしまう。

あいつらがこの後何を面白おかしく話すのか、そして、真尋が本当にあの写真を連中に見せてしまうのではないかと、次々に最悪の想像が膨らんでいく。

もし真尋が、先にあの写真を受け取ってしまったら……

考えれば考えるほど胃液がこみ上げ、たまらず外へ駆け出して壁に手をつき、激しくえずいた。

極度の恐怖と吐き気が一気に押し寄せ、胃の奥で渦巻く不快感は激しさを増すばかりだ。

一方、個室の中では、連中の下劣な会話を聞いていた真尋が冷たく言い放っていた。

「今はまだ俺の女だ。そのふざけた口を慎め」

「ちぇっ、そりゃそうすね。犬や猫をいじめるにしても、飼い主の顔色くらいは見なきゃな。俺らが悪かったっすよ。安心してくださいよ真尋さん。真尋さんが遊び飽きるまで、俺ら大人しく待ってますから」

連中のそんな軽口を聞き、どういうわけか、真尋の胸の奥には得体の知れない不快感が広がっていた。

三年前に戻ってきて再び絢音に近づいた時、自分の心にはとうに頑丈な鍵をかけていたはずだった。

だが、この三年間彼女が注いでくれた細やかな愛情や、毎夜のように肌を重ねて理性を失ってきた日々の中に、果たしてどれだけの本心と嘘が入り混じっていたのか、もはや真尋自身にも分からなくなっていた。

ただ、あの日、憎しみに任せて吐き捨てた言葉を今さら引っ込めるわけにはいかない。

真尋は内心でそう割り切り、今は何事もなかったかのように振る舞うと、踵を返して部屋を出た。

部屋を出ていくや否や、涼太郎たちはニヤニヤと笑いながら知子へ視線を向ける。

「お前、ちっとも焦ってねえな?俺ら、お前が真尋さんの本当の嫁さんになる日をずっと待ってんだぜ」

「実際のところ、真尋さんが海外でお前と一緒に死線をくぐり抜けてきたあの日々を思えば、本気で一生添い遂げようって相手は、お前しかいねえだろうよ」

そのおだてるような言葉を聞き、知子は口元に余裕の笑みを浮かべる。

「焦る必要なんてないわ。あの女と一緒にいるのは、ただの茶番よ。海外でのあの地獄のような五年間を、私たちは一緒に乗り越えてきたんだから。

真尋さんが今、復讐を遂げようとしているのに、私が邪魔なんてするはずないじゃない」

その言葉に、部屋の中は再び男たちの称賛に包まれた。

「さすがは本命だな。器がでかいぜ」

「真尋さんが羨ましいよ。こんなに物分かりのいい女がいるんだからな」

知子は薄く笑いながら彼らの言葉を聞き流し、優雅に腰を下ろすと、グラスを手に取って酒をあおった。

だが伏せられた瞳の奥には、どす黒い殺意がちらりとよぎっている。

さっきのほんのわずかなやり取りだけでも、真尋が絢音に対して無関心ではないことを、知子は肌で感じ取っていた。

真尋の言葉に芝居が混じっていたのは確かだろうが、すべてが演技だとは到底思えない。

傍目から見れば一目瞭然だ。

彼が絢音を気にかけているのは明白だった。

しかもあの絢音という女、思っていたよりもずっと手強い。

さっきこちらが先に手を出したというのに、痛みをぐっとこらえて騒ぎ立てもしなかった。どう見ても、ただの大人しいお嬢様ではない。

真尋の復讐計画さえ完遂してしまえば、あの女との関係は完全に断ち切られる。

それだけではない。

絢音が大勢の前で嘲笑され、泥の底へ無惨に踏みにじられる姿を想像するだけで、知子の胸には言葉にできないほどの痛快さが込み上げてくる。

両親や親戚の目の前で、あの破廉恥な写真が巨大なスクリーンに映し出され、大勢の連中に指を差されて舐め回すように見られる光景を思い描くだけで、胸のすくような高揚感に満たされた。

知子はそう思い巡らせながら、楽しげにグラスを傾け、一気に酒を飲み干す。

一方、部屋を出た真尋は、足早に駐車場へと向かっていた。

建物の外へ出た途端、片隅で壁に手をつき、何度もえずいている絢音の姿が目に飛び込んでくる。

それを見た瞬間、わけもなく心臓が大きく跳ねた。

ここ数回、わざと避妊具をつけなかったことを思い出し、真尋は激しい動悸に襲われる。

いつだったか、涼太郎たちが冗談半分で、絢音を孕ませてしまえば父親の孝介もさぞかし苦しむだろうと口にしていた。

最初はただの悪ふざけだったはずなのに、真尋はその言葉を真に受けていた。

そしてあの瞬間、絢音にさらなる恥辱を与えたいからだったのか、それとも本当に子供を作って彼女を引き留めたかったからなのか、真尋自身にもまるで分からなくなっていた。

この三年間彼女と過ごす中で、自分の感情を抑えきれなくなることは一度や二度ではなかった。

だが今この瞬間、彼女が本当に自分の子を宿しているかもしれないと思うと、狂ったように跳ね回る鼓動をどうしても抑えきれない。

たまらず歩みを速め、絢音のそばに駆け寄ってその背を支えると、どこまでも優しい声で問いかけた。

「どうしたんだ、絢音。そんなに吐いて……もしかして、本当に妊娠したのか?」

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