Mag-log in交際三年目、島村真尋(しまむら まひろ)からプロポーズを受けた。 人生で一番の幸福を感じていた遠山絢音(とおやま あやね)だったが、やがて残酷な真実に気づく。すべては真尋が仕組んだ、彼女への復讐のための罠だった。 彼が周到に罠を張り巡らせるのを眺め、見え透いた嘘で何度も丸め込もうとするのを聞き流しながらも、絢音は決してその仮面を剥がさなかった。ただ冷ややかに、彼の滑稽な一人芝居を見物していた。 二人の間にあった痕跡を一つ残らず消し去り、もはや彼に弱みを握られていないと確信したその時―― 絢音はようやく未練を断ち切り、鮮やかに彼の前から姿を消した。 だが、花嫁の姿がない婚約パーティーの席で、すべてを悟った真尋はパニックになり、両目を真っ赤に腫らして叫ぶ。 「絢音、罠なんてとっくの昔に取り下げていたんだ。君を本気で傷つけるつもりなんてなかった。俺が愛しているのは、最初から最後まで君一人だけなんだ」 * 絢音にとって長瀬義明(ながせ よしあき)という男は、業界の頂点に君臨する大物であり、誰もがひれ伏す財界の権力者だった。気高く冷ややかで、決して手の届かない存在。 しかし、ひどく酔い潰れたある夜、男がその冷たい仮面をかなぐり捨てて激しく迫ってきた時、彼女は初めて知った。自分がこの絶対的な権力者にとって、長年想い続けてきた「初恋の人」であったということを。 華やかな宴の席で再会した折、男はむき出しの独占欲を燃やし、嫉妬に狂った声で言い放った。 「絢音、俺こそが君の夫だ」
view more「準備が整ったら教える」真尋がそう言い放つ瞳には、明らかな苛立ちの色が浮かんでいた。もし海外で苦楽を共にした長年の情がなく、知子が彼の母の世話を献身的に焼き、気に入られていなければ、真尋は今ここで、こんなその場しのぎの言い訳すら口にすることはなかっただろう。彼が本気で不機嫌になっているのを察し、知子はこれ以上深追いするのは危険だと判断した。小さく頷いて引き下がる。「分かったわ。じゃあ、早く準備を進めてね。決まったら、すぐに私にも教えてちょうだい」「分かっている」真尋はそう答えると、そばに控えていた秘書へちらりと視線を向けた。秘書はすぐさまその意図を汲み取り、前に進み出る。「宇佐美様、社長はこの後すぐにオンライン会議を控えており、社内の決済事項も処理しなければなりません。そのため、これ以上はお相手することが難しく……」そう言いながら、恭しく出口を指し示した。秘書の言葉を聞き、真尋が再び本を手に取り、これ以上言葉を交わす気がない態度を示しているのを見て、知子は胸の奥で苛立ちを噛み殺しながらも、大人しく病室を出て行くしかなかった。しかし、ドアを閉めた後も、彼女の心臓は不吉な予感で激しく高鳴っている。出会ったのは八年前、真尋がまだ十八歳の時だった。見た瞬間、知子はその整った顔立ちに魂を奪われた。顔だけではない。彼から漂う少し危険な香り、そのすべてが知子の理想そのものだった。あの瞬間、この人こそが運命の相手だと心に決めた。当時、身一つで異国へやって来た真尋は、右も左も分からずどん底の生活を送っていた。一方の知子は、すでに何年もその国で暮らしており、現地の事情には精通していた。一番苦しかったあの時期に真尋を支え、誰よりも早く新しい環境に馴染めるよう手助けしたのは間違いなく知子だった。その間に彼の過去を調べ上げ、母親の君江の元へ通い詰め、思いを堂々と打ち明けた。君江が精神を病んでいると知っても少しも嫌な顔をせず、真尋が安心して仕事に打ち込めるよう、献身的に世話を焼き続けた。正直なところ、彼が今日ここまでの成功を収められたのは、少なからず知子の支えがあったからこそだ。しかし、深く知れば知るほど、真尋の心の奥底には常に「絢音」という女が住み着いていることに気づかされていった。彼が絢音へ
知子が病院へ到着した時、真尋はすでに目を覚ましていた。背中の傷は深くはないものの範囲が広いため、大きく動くことはできず、横向きになって本を読んでいる。病室内のものは、すでに秘書の手によってすっかり整えられていた。ドアが開く音がした瞬間、真尋の心臓が微かに跳ね上がり、無意識に視線を向ける。とうとう絢音が様子を見に来てくれたのだと思った。しかし、入ってきたのが知子だと分かった瞬間、彼の瞳に明らかな落胆の色が広がる。真尋はすぐにその感情を隠し、口を開いた。「こんな朝早くから、どうしたんだ?」知子は道中で買ってきた朝食をナイトテーブルの上に置くと、焦燥に駆られた目で真尋を見つめた。一刻の猶予もないとばかりに、写真の件をすべてまくし立てる。「真尋さん、婚約パーティーまであと三日しかないのよ。このタイミングで絢音が写真を先回りして持っていったなんて、絶対におかしいと思わない?絶対に私たちの計画に気づいてるわよ。写真がなかったら、当日、あの両親や親戚連中の前でスクリーンに何を映せばいいの?真尋さん、早く別の手を考えなきゃ。このまま黙って引き下がるわけにはいかないわ。あなたのスマホに、絢音のプライベートな写真とか残ってない?ちょっと露出の多いやつでもいいわ。私が全部まとめてあげるから、それを流せば同じことよ。あんなに苦労して準備してきた計画を、最後の最後でパーにするわけにはいかないわ。そうでしょ?」知子は必死にまくし立てたが、どういうわけか真尋は、写真がすでに持ち去られたと聞いた瞬間、密かに安堵の息を漏らしていた。実のところ、彼はここ数日、激しい葛藤に苛まれていた。片や何年もの歳月を費やして練り上げた計画であり、決して忘れてはならない一族の復讐。片や、三年間ともに過ごし、自分を心の底から愛してくれている絢音。もし婚約パーティーで計画通りにすべてを暴き立てた時、彼女がどうなってしまうのか、想像するのも恐ろしい。絢音は遠山夫婦に蝶よ花よと育てられてきた。どれほど温かい家庭で、どれほど愛されて育ってきたかを、真尋は誰よりも近くで見てきた。順風満帆で、挫折など知らずに生きてきた彼女が、夢にまで見た婚約パーティーであんな地獄を味わわされたら、果たして正気を保っていられるだろうか。だからこそ、婚約パーティー
絢音が三年間も弄ばれていたと思い知らされることも、愛されていなかったと突きつけられることも、所詮は間接的なダメージに過ぎない。直接的な打撃を与えられるのは、あの写真だけだ。そう確信すると、知子はもうじっとしてはいられなくなった。写真の件が頭から離れず、一睡もできないまま朝を迎え、夜が明けるなり勝男へ電話をかけた。最初は口を割ろうとしなかった勝男だが、知子が「真尋さんの代理で聞いている」と何度も念を押すと、ついに困り果てたような声を出す。「宇佐美さん、お渡ししたくないわけではないんです。ただ、すでに遠山さんへお渡ししてしまったもので……島村さんへのサプライズにしたいから絶対に内緒にしておいてくれと仰っていたので、私としても……どうしようもなくて。宇佐美さんも、この件はどうか秘密にしておいていただけませんか?結局のところ、お二人の問題ですし、あの写真をどうするかは、遠山さんに決める権利があると思いますから」言葉こそ丁寧だったが、言わんとしていることは明白だった。それを聞いて、知子の胸の奥は苛立ちで爆発しそうになる。最悪の予想が的中し、激しい怒りを抑えきれない。あの写真がなければ、どうやってあの女や両親を人前で笑い者にすればいいというのか。ただ人前で捨てられるだけでは、どう考えても生ぬるすぎる。やり場のない怒りを抱え込みながら、知子はどうにか声を押し殺して尋ねた。「じゃあ、そっちにバックアップは残ってないの?代わりに私が受け取ってもいいわよ」しかし、バックアップがないどころか、目の前で元のデータまで完全に消去させられたと聞いた瞬間、彼女はとうとう電話口で怒鳴り散らした。「あんた、頭おかしいんじゃないの!?写真を頼んだのは真尋さんよ。お金を払ったのも真尋さん。どうして許可もなしに、あの女に渡したのよ!一体何を考えてるの!?あんた、仕事する上で頭使ってないわけ!?何のために撮らせたのか確認もせずに、あの女の言う通りにデータを全部消すなんて、本当におめでたい頭してるわね!自分のスタジオを潰したいの!?」最後の二言は、文字通り狂ったように叫んでいた。真尋が本気になっていると知っただけでも十分に腹立たしいのに。その上、絢音を絶望の淵へ突き落とすための最強の「武器」まで失ってしまった。知子にとってこれ
邸宅にて。電話を切った後、絢音は残りの荷物をすべて庭へ運び出した。愛の軌跡を刻んだ品々をすべて灰にした後、糸が切れたように庭の籐椅子へへたり込む。ドラム缶の炎は次第に弱まっていったが、そこから立ち上る煙はいつまでも消えることなく彼女の身体を包み込み、息苦しさに窒息しそうになる。それでも絢音は逃れようとはせず、ただ放心したように身を預け、真っ暗な夜空を見上げていた。煙に燻されて両目がひどく痛み、涙が勝手にあふれ出して止まらない。柔らかい椅子に寝そべりながら、指を折って日数を数える。今日が終われば、婚約パーティーまであと三日。その日が過ぎれば、彼とは永遠に交わることのない道を歩むことになるのだろう。そう考えながら、彼女は執拗に空を見上げ続けた。今夜の空は重く沈み込み、星一つ見えない。ただ静かに、最後にもう一度だけ星空を眺めたかったのに、今夜は空さえも味方してくれないらしい。ほんの些細なことなのに、どうしようもなく惨めな気持ちになり、絢音は籐椅子の上で小さく丸まって声を上げて泣きじゃくった。泣き疲れると動く気力もなくなり、そのまま丸まって眠りに落ちる。一方、病室のドアを開ける前、知子はすでに完璧に感情をコントロールしていた。彼女は用意してきたタオルを手にして、ベッドサイドへと歩み寄る。どこまでも優しい声を作って口を開いた。「真尋さん、先に服を脱がせてあげる。身体を拭いてあげるわ。今日は絶対にお風呂に入れないでしょう?このままだと気持ち悪いわよ」そう言いながら、知子は真尋のシャツのボタンに手を伸ばした。しかし動いた瞬間、真尋に手首を強く掴まれる。「いい、自分でやる」「でも、背中に傷があるのに。無理して傷口が開いちゃったら……」「自分の身体くらい自分で分かる」真尋はそう言って手首を放した。「未婚の女性がここにいるのはふさわしくない。もう帰りなさい」その言葉に込められた明らかな拒絶を感じ取り、知子はたまらず口答えする。「どうして?海外で一番苦しかった時期は、ずっと一緒に住んでいたじゃない。どうして今は駄目なの?」「知子」知子が言い終わるか終わらないかのうちに、真尋は不機嫌さを隠そうともせず、冷たく名を呼んだ。彼が本気で怒っているのを感じ取り、知子はそれ以上何も言え