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第8話

مؤلف: 遠野ねこ
あのときは本当に慌ただしく出てきたから、俺がもう海外へ行ったことを、かなり後になってから知った人も多かった。

俺は、かつて自分がよく知っていたあの街へ戻った。

思い出の詰まった、あの場所へ。

景色は昔のままだったが、それを見つめる俺の気持ちは、もうあの頃とはまるで違っていた。

俺は郊外の寺へ向かった。

そこはすっかり改修され、周囲には木々が生い茂り、静かで落ち着いた空気が漂っていた。

母さんの納骨堂は、寺の境内でもひときわ静かな場所に建てられていた。

緑に囲まれ、ひっそりと佇んでいた。

だが、その納骨堂を目にした瞬間、俺は思わず立ち止まった。

その納骨堂は驚くほど立派で、造りも精巧だった。ひと目で、相当な手間と金がかけられているとわかった。

入口には木の額が掛けられており、そこには母さんの名が丁寧な筆文字で記されていた。

誰が、母さんのためにこんな納骨堂を建てたのか。

俺にはわからなかった。いや、本当に見当がつかなかった。

まさか母さんのために、こんな豪奢な納骨堂を建てる人がいるなんて、考えたこともなかった。

けれど戸惑いのあとで、ふと一人の顔が浮かんだ。あ
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  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第8話

    あのときは本当に慌ただしく出てきたから、俺がもう海外へ行ったことを、かなり後になってから知った人も多かった。俺は、かつて自分がよく知っていたあの街へ戻った。思い出の詰まった、あの場所へ。景色は昔のままだったが、それを見つめる俺の気持ちは、もうあの頃とはまるで違っていた。俺は郊外の寺へ向かった。そこはすっかり改修され、周囲には木々が生い茂り、静かで落ち着いた空気が漂っていた。母さんの納骨堂は、寺の境内でもひときわ静かな場所に建てられていた。緑に囲まれ、ひっそりと佇んでいた。だが、その納骨堂を目にした瞬間、俺は思わず立ち止まった。その納骨堂は驚くほど立派で、造りも精巧だった。ひと目で、相当な手間と金がかけられているとわかった。入口には木の額が掛けられており、そこには母さんの名が丁寧な筆文字で記されていた。誰が、母さんのためにこんな納骨堂を建てたのか。俺にはわからなかった。いや、本当に見当がつかなかった。まさか母さんのために、こんな豪奢な納骨堂を建てる人がいるなんて、考えたこともなかった。けれど戸惑いのあとで、ふと一人の顔が浮かんだ。あの人以外に、こんなことをする者はいないだろうと思った。疑問を抱えたまま、俺は納骨堂の中へ足を踏み入れた。中には母さんの位牌が祀られていて、その傍らには写真も飾られていた。写真の中の母さんは、穏やかな笑みを浮かべていた。まるで、生前に味わった苦労など一つもなかったかのように。位牌の前には新しい果物や花が供えられ、線香の香りがかすかに残っていた。誰かが今も折に触れて、ここへ手を合わせに来ているのだとわかった。誰が来て、何をしていたのかなんて、今の俺にはどうでもよかった。俺は構わず、旅のあいだに撮りためた写真を取り出し、一枚ずつ火にくべながら、母さんに語りかけた。どんな場所へ行ったのか。どんな人と出会ったのか。そこでどんなことがあったのか。そういうことを、一つひとつ母さんに話して聞かせた。俺は元気にやっているから、心配しなくていいと伝えた。旅先で見聞きしたことも、できるだけたくさん話した。天国の母さんにも、俺の喜びを少しでも分けてやりたかった。そうして写真を燃やしていると、背後から、聞き覚えのある声がした。「貴文」振り向くと、そこにいた

  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第7話

    この数年で、俺はまるで別人になったようだった。慣れ親しんだものすべてを手放し、傷ばかりが残るあの土地を離れ、まったく新しい環境へと身を置いた。そして俺は、長い旅に出た。母さんがかつて行きたがっていた場所へ。写真の中でしか見たことのなかった土地へ。バリ島の浜辺では、頬をなでる潮風の心地よさを感じた。パリの街角では、街に漂う空気ごとコーヒーの香りを味わった。アフリカの草原では、野生動物たちの大移動をこの目で見届けた。そうして、行く先々の景色を一つひとつ胸に刻んでいった。旅の途中で、俺は本当にいろいろな人と出会い、いろいろな物語を耳にした。そのたびに少しずつわかっていった。この世界は思っていたよりずっと広くて、人生には、想像もしなかったほどたくさんの生き方があるのだと。だから俺は、もう過去の傷にばかり縛られなくなった。少しずつ、新しい暮らしを受け入れようと思えるようになっていった。それからしばらくして、俺は南フランスの風景の美しい小さな町に腰を落ち着け、小さな店を開いた。旅の途中で見つけた品々や、異国情緒のある小さな工芸品を並べて売る店だった。店の名は「時のしずく」俺の暮らしは、穏やかで満ち足りたものへと変わっていった。毎朝、目覚ましの音で起きて、そこから一日の仕事を始める。ときにはオーストラリアで海に潜り、またあるときには北極まで足を延ばし、北極圏でオーロラが現れるのをじっと待った。俺はさらに多くの場所へ行き、さらに多くの絶景を見た。旅を重ねるたびに、俺の心は少しずつ強くなっていった。暮らしも、日を追うごとに幸せなものになっていった。それなのに、ようやく過去を完全に振り切ったと思ったとき、ようやく全部を忘れられたと思ったそのときに、運命の歯車はまた動き出した。ある偶然から、俺はテレビで杏奈の公開謝罪を見ることになった。カメラの前に立つ彼女はやつれ切っていて、その目には深い疲労と後悔がにじんでいた。上品なドレスに身を包んではいたが、かつての華やかさはもう影もなく、そこにあったのは長い年月に疲れ果てたような痛々しさだけだった。やがて彼女は記者たちの前で、あらかじめ用意していたのだろう長い謝罪の言葉を口にした。「貴文、私が間違ってたことはわかってる。私はあなたを傷つけて

  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第6話

    「君はさ、本当にあいつのことわかってんの?じゃなきゃ、なんであいつは君から離れていったんだよ?」拓海の声は鋭く、その一言一言が刃のように杏奈の胸へ深く突き刺さった。「でたらめを言わないで!」杏奈は怒りに震えながら言い返した。「じゃあ、どうなんだよ?杏奈、もう自分をごまかすのはやめろ!九条は金にしか興味のない男だ。君に近づいたのだって金が目当てだったんだよ。今さら目的を果たしたんだから、逃げるに決まってるだろ」拓海は一歩ずつ詰め寄り、目にはあからさまな得意げな色と挑発が浮かんでいた。「はっきり言ってやるよ、杏奈。もうあいつに騙されるな。あいつは君を愛してなんかいない。最初から一度も愛してなかったんだ」拓海の声はますます大きくなり、聞くに堪えないものになっていった。そしてついに、杏奈の怒りを爆発させた。「黙って!」杏奈は怒鳴り声を上げると、勢いよく拓海の頬を張った。「き、君……俺を殴ったのか?」拓海は頬を押さえ、信じられないという顔で杏奈を見た。目には驚愕と怒りが入り混じっていた。「出て行って!今すぐここから消えて!」杏奈の声は冷えきっていて、その瞳には嫌悪と怒りが満ちていた。燃え立つようなその目を見て、拓海の胸には恐怖が広がった。自分はもう、完全に杏奈を失ったのだと、そう思い知らされたのだろう。彼は泣きながらオフィスを飛び出していった。あとには、苦しみと後悔を一人で背負う杏奈だけが残された。だが拓海が去ってから間もなく、杏奈もまた会社を後にした。そしてたった一人で、郊外の寺へ向かい、貴文の母の位牌の前までやって来た。彼女はその場にひざまずき、冷たい位牌にそっと両手を添えた。涙は次から次へとこぼれ落ち、足元を濡らしていった。「おばさま、ごめんなさい、ごめんなさい……」杏奈は苦しげに懺悔した。「悪いのは私です。全部、私のせい……貴文を裏切ったのは私です。彼に顔向けできない……」彼女は位牌の前に膝をついたまま、何度も深く頭を下げた。そうすることで、自分の罪が少しでも軽くなるとでも思っているかのようだった。そうすれば自分の犯した過ちを、少しでも償えるとでも信じているかのように。それが、俺が最後に母さんを弔いに行った日だった。俺は遠く離れた場所に立ち、杏奈が苦しみに沈

  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第5話

    「三日前です。九条くんが突然、退職願を出されて……郷里へ戻るとおっしゃっていました。てっきり、社長のご指示かと」会社の人間はみな、貴文と杏奈が恋人同士だと思っていた。そのうえ、貴文のことをいずれ秋月社長の夫になる相手と見ていたから、彼が何をしようとしても、誰ひとり止めようとはしなかった。杏奈が何か言うより早く、横から別の声が割って入った。「田舎に帰った?ふん、逃げ足だけは早いんだな」拓海の声だった。そこには、得意げな色とあからさまな軽蔑がにじんでいた。「どうしてあなたがここにいるの?」杏奈は眉をひそめた。どうやら、拓海に余計なことまで知られたくないらしかった。「何?俺が来たら困るわけ?君の恋人と昔話でもしたかったのか?」拓海の声は刺々しく、隠しようもない嫉妬を帯びていた。「くだらないこと言わないで。何か用があるの?用がないなら早く帰って。仕事の邪魔をしないで」その言葉を聞いて、拓海は今にも怒り出しそうになった。だがその瞬間、秘書から電話が入り、さらに衝撃的な知らせがもたらされた。「社長、見つかりました……九条さんのお母さまの件です」「本当?どこにいるの?」杏奈は切羽詰まった声で問い返した。胸の奥には、理由のわからない不安が急速に広がっていた。「そ、それが……少し前に、すでにお亡くなりになっております」秘書はやっとのことでそう告げた。「……どうか、お気を落とされませんよう」「え?」杏奈は目の前がぐらりと揺れるのを感じた。まるで頭を真正面から殴られたかのように、意識が真っ白になった。自分の耳を信じられず、彼女は震える声で聞き返した。「今、何て言ったの?もう一度言って」「確認いたしました。九条さんのお母さまは、たしかに亡くなられています。ご遺骨は、郊外のお寺に納められていました」「そんなはずない!そんなわけないでしょう!」杏奈は叫んだ。その声には、隠しきれない衝撃と悲痛があふれていた。あの優しく穏やかだった年長者が、こんなふうにこの世を去ってしまったなど、彼女には到底受け入れられなかった。「いったい、どうして?」杏奈は震えながら問いかけた。瞳には、今にもあふれそうな涙がにじんでいた。「自死……です」秘書の声は低く、どこか痛ましさを含んでいた。「九条さ

  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第4話

    電話の着信音が何度も何度も鳴り響いていた。画面には「秋月杏奈」の四文字が繰り返し点滅していたが、俺はとうとう応答のボタンを押さなかった。表示されるのは、彼女が何度も何度も、ひっきりなしに送りつけてきたメッセージだった。母さんの居場所を取り乱したように問いかけ、どこへ行ったのか、俺はどこにいるのか、どうしてずっと電話に出ないのかと尋ね続けていた。俺はその文面を見つめながら、指先をかすかに震わせた。胸の内では、何とも言えない感情が入り混じっていた。彼女はようやく、俺と母さんを気にかけることを思い出したのだ。けれど俺にとっては、もう何の意味もないことだった。画面の上で明滅するその名前を見つめた末、俺はついにスマホの電源を落とした。俺が退職してから、もうしばらく経っていた。この数日、俺は外の世界との一切のつながりも、あらゆる音も断ち切っていた。この街の片隅に身を潜め、ひとりで息をひそめていた。母さんが亡くなってからというもの、俺はずっとまともに休めていなかった。もうどうしようもなく疲れていて、まぶたを持ち上げることすらできず、ただ眠りたかった。気持ちを整理して、もう一度やり直せる道を探そうとした。けれど現実は、逃げ場のない網のように俺をがんじがらめにし、息すら詰まるほどだった。杏奈――かつてその名は、俺の人生でいちばん大切な存在だった。今では、俺にとって最も深い悪夢に変わってしまった。あれほど長いあいだ想い続けてきた相手が、俺があれほど多くを捧げてきた相手が、あの頃からずっと俺を騙していたなんて、夢にも思わなかった。俺が杏奈と出会ったのは、まだ何も持っていなかった頃だった。あの頃の彼女は起業したばかりで、意気盛んだった。そして俺もまた、大学を出たばかりの、夢と未来への憧れを胸に抱いた若造にすぎなかった。俺は彼女のために、自分の持つものをすべて差し出した。なのに思いもしなかった。彼女は一度たりとも俺を信じていなかったのだ。こんなにも長いあいだ、ずっと俺を試し続けていたなんて。彼女の借金を返すために、俺も母さんも食べるものまで切り詰めて耐えてきたのに、最後に待っていたのがこんな結末だなんて。もう涙すら、流れ尽くしてしまいそうだった。俺はずっと、このまま二人で歩いていけるのだと思っていた。

  • 貧乏を装う彼女のため、母は死んだ   第3話

    ただ、杏奈がくれたものだから。認めた未来の嫁がくれたものだから。それだけで、母さんは嬉しかったのだ。でも、それはもう昔の話だと思った。俺は箱のふたを閉じ、再び彼女に差し出した。「渡す機会があるなら、自分で渡してくれ」杏奈はわずかに眉をひそめた。これまでの俺は、いつだって彼女がいちばん望むほうを選んできた。なのに今の俺のこのよそよそしさが、彼女には少し見知らぬものに映ったのだろう。胸の奥にかすかな不安がよぎったのか、彼女は俺の手をつかみ、少し強く握った。「おばさまの体は……」そのとき、拓海が現れて杏奈の腕に自分の腕を絡めた。「杏奈、俺、この部屋に泊まりたい!」彼が指したのは、俺の部屋だった。「その部屋は使ってる人がいるの」杏奈はそう言うと、すぐに俺へ言い訳するように続けた。「彼は友達なの。仕事の都合で、しばらく泊めるだけ」そう言いながら、杏奈は俺をじっと見つめた。まるで、俺が断るのを待っているみたいだった。だが俺はうなずき、ためらいもなく受け入れた。「その部屋は彼に使ってもらえばいい。俺は母さんのところへ行くから」杏奈は一瞬、言葉を失った。拓海は俺に気が変わる隙を与えまいと、すぐさま部屋へ駆け込んでいった。そのときになってようやく、彼女は俺が手にしている荷物に気づいた。彼女は唇を引き結び、俺の手を強く握ったまま放そうとしなかった。目の中の後ろめたさはどんどん濃くなっていった。そして最後には、拓海に急かされるようにして口を開いた。「明日、おばさまに会いに行く」俺は荷物を持って、母さんの住んでいた場所へ戻った。母さんの遺品をすべて片づけるつもりだった。けれど部屋を見た途端、また涙がこぼれてきた。母さんの部屋は広かった。いろんな物を置けるだけの広さがあった。でも同時に、とても狭かった。そこにあるのは、俺と杏奈との思い出ばかりだったからだ。壁に掛かっていたのは、俺と杏奈のツーショット写真。机の上に置かれていたのは、俺と杏奈が贈った安っぽいアヒルのぬいぐるみ。部屋の隅には、俺が持ってきた牛乳が並んでいたが、一本たりとも飲まれていなかった。俺と杏奈のために取っておこうとしていたのだ。杏奈が贈った腕輪も、母さんは箱に大事にしまい、ぴかぴかに磨いていた。

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