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第8話

Author: 月の影
再び死の淵から引き戻された泉が目を覚ますと、そこには変わらず寄り添う涼の姿があった。

泉は思わず自分の腕に目をやった。血を抜かれすぎたその場所は青あざになり、痛々しく腫れ上がっていた。

涼の視線も泉の腕に向けられ、その顔にすぐさま心配と申し訳なさそうな色が浮かんだ。

「泉、昨日急に倒れたんだよ。本当にびっくりした。すぐに検査を受けることにして、血を少し抜いたんだけど、何事もなくて本当によかった……」

検査のために少し血を抜いた、だって?

泉は涼が平気な顔で嘘をつくのを見つめた。以前の健康診断でほんの少し血を抜いたとき、彼はひどく心配してくれた。血を作るのは大変だからと、高級なサプリメントや栄養剤を山ほど買い込んできてくれたのだ……

しかし今では、命に関わるほどの血を抜かれているのを見ておきながら、「検査のために少し抜いた」と、平然と言えるのだ。

過ぎ去った日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、目の前の残酷な現実と対比され、泉は息をするのさえ苦しくなった。

彼女はただ黙って目を閉じた。

数日後、泉は無事退院することになった。

そして、涼が泉を迎えにきた。

車が途中に差し掛かったころ、涼のスマホが続けて何度も震えた。誰かからラインが届いたらしい。

信号待ちの合間に涼が画面を覗き込む。泉が視線の端でそれを見ると、そこには怜奈から送られてきた、かなり際どい可愛い服をまとった誘惑するような写真が映し出されていた。

涼は思わず生唾を飲み込み、ハンドルを握る指に力がこもった。

彼は数秒ほどためらった後、ゆっくりと車を道路の脇に寄せた。

涼が振り返ると、その表情はいつものように完璧で、いかにも申し訳なさそうだった。「泉、ごめん。急な会議が入っちゃって、どうしても会社に行かないといけないんだ。悪いけど、ここからタクシーで帰ってくれるかな?」

また急な会議。

泉は、もはや鼻で笑う気力さえ残っていなかった。

ただ静かに涼を見つめるだけで、うなずきもしなければ、首を横に振ることもなかった。

涼は泉が納得したのだと思い、ドアを開けた。泉が車を降りると、窓を下げて言った。「泉、またね。家に着いたら連絡して」

泉は黙って見送るだけで、お別れの言葉を口にはしなかった。

なぜなら、1時間前、すでに健一から連絡が届いていたのだ。

「泉ちゃん、準備はすべて整った。迎えの車がすぐに行くよ」

涼、別れの言葉は必要ないわ。

もう……二度と会うことはないから。

思った通り、涼の車が去って間もなく、何の飾り気もない黒い車が音もなく泉の前に停車した。

車から私服姿のきびきびとした人物が二人降りてきた。泉の身元を確認すると、二人は特別なスマホを1台差し出した。

「これは内部システム専用の端末です。最後の消去ボタンを押せば、一般にアクセスできる世の中のあらゆるシステムから、あなたに関する全てのデータが最高ランクの暗号で隠されます。

住民票、学歴、戸籍、婚姻関係、これまで生活してきた全ての跡も消えるのです。完全に存在が消え、普通の方法では誰もあなたを見つけ出せなくなります」

泉がスマホを受け取ると、画面には赤く、はっきりと「個人情報の消去確認」という選択ボタンが表示されていた。

顔を上げると、涼が消えた方向は、もう何もない。

20年間、涼と過ごした思い出のすべてが脳裏に浮かんだ。嬉しかったこと、悲しかったこと、幸せだったこと、辛かったこと……だが、最後に心に残ったのは、冷たい顔で「続けろ」と言い放った涼の冷酷な声だった。

泉は迷わなかった。わずかに震える、けれど強い意志がこもった指先で、画面の赤いボタンを強く押し込んだ。

暗くなった画面が再び光り、新たな通知が浮かび上がった。

【消去の手続きを完了しました。これまでのあなたの決断と、尽力してくれたすべてのことに心から感謝いたします。どうか、これからの道のりもお元気で】

泉はスマホを相手に返すと、車のドアを開けて中へと乗り込んだ。

車は滑らかに動き出し、涼が消えた場所とは正反対の方向へ、迷いなく走り去っていく。

振り返ることもなく、ここへ戻ってくることも二度とない。

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