Masukさらに洗練されたメイクが加わり、紬は人間離れした美しさを放っていた。彼女はその衣装を身にまとい、三人の審査員の前まで進み出ると、堂々とポーズを決めた。美咲の瞳に驚嘆の色が浮かび、やがてそれは歓喜と興奮へと変わっていった。彼女には分かっていた。紬なら、絶対にやり遂げると。まさか最後に完成した衣装を披露するのが、デザイナー本人だとは思いもしなかったが。美咲が紬に向ける眼差しは、励ましと興奮に満ちていた。一方、信彦は眼鏡を押し上げる動作さえ途中で止め、口をわずかに開いたまま、ただ呆然と紬を見つめていた。いつもは饒舌なランディも、赤い唇を固く結び、一言も発しない。紬は口角を上げると、くるりと身を翻した。審査員たちの目に映る反応を見て、彼女は心から満足していた。この衣装は、ウエストラインから裾に向かって緩やかに広がるマーメイドラインのスカートを採用している。歩く姿は、まるで鳥が優雅に羽を広げるようで、衣装のテーマとも見事に調和していた。サイドのスリットは太ももの半ばまで深く入り、内側には同色の柔らかなチュールが重ねられている。その隙間から、紬の真っ直ぐな脚のラインがちらちらと透けて見えた。紬が一歩、また一歩と歩みを進めるたび、スポットライトが彼女の姿を追いかける。この瞬間、誰もが息をするのさえ忘れていた。その場にいる誰もが、ステージ上の紬の一挙手一投足に釘付けになっていた。とりわけ理玖は、灰色の瞳からいつもの冷ややかさが消え、代わりに深い陶酔と称賛の色が宿っていた。彼が愛する紬は、本来こうして眩いほどに輝くべき存在なのだ。静止している時は、羽を休める鳥のように優美であり、動けば、その一挙一動のすべてが物語を紡ぎ出す。振り返るたび、スカートの裾にあしらわれたリボンが冷たい光の軌跡を描き、スリットのチュールが波のように翻る。その姿は、「刹那」の瞬きにも似た美しさを見事に体現していた。紬の披露が終わっても、会場の興奮はしばらく冷めやらなかった。やがて、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。他の参加者たちでさえ、無意識のうちに拍手を送っていた。紬の素晴らしい作品に心から驚き、そして喜んでいたのだ。これほどまでに人の心を奪う作品を目にしたのは、誰にとっても初めてのことだった。ほどなくし
やはり、デザインの工夫をまともにせず、姑息な手段ばかり使っている連中だ。一方、ライブ配信のコメント欄では、「カオリ」を称賛する声で溢れ返っていた。【さっきの「カオリ」の服、本当に美しかった】【そうそう、前のプレタポルテの展示を見た時から素敵だと思ってたけど、実際に着た時のシルエットがこれほど素晴らしいなんて】【まさに神作。私に言わせれば、「カオリ」が『蓮』をテーマにしたモダン・コルセットは本当に大正解!テーマの解釈も大胆で力強いし】【調子に乗るんじゃないわよ。Nirvanaの作品はまだ出てないじゃない。モデルが着たら、絶対にNirvanaのほうが素敵なんだから】カナは憤慨しながら、そのコメントを打ち込んだ。彼女は病院で千鶴に付き添っていた。腰を下ろすなり、ライブ配信を開いたのだ。コメント欄が「カオリ」を称賛する言葉一色に染まっているのを見て、黙っていられるわけがなかった。スマホの画面の上で指を勢いよく滑らせ、意気揚々と先ほどの反論を書き込んだ。案の定、プロのアンチたちから一斉に攻撃を浴びる羽目になった。だが、カナも負けてはいない。あろうことか、怖いもの知らずにも「カオリ」のスレッドに乗り込み、Nirvanaの服のほうが優れているし、優勝する見込みすらあると言い放ったのだ。その一言が投下されるや否や、当然のごとく群衆の敵となった。しかしカナはまったく怯むことなく、病院にいながら、たった一人で彼らと激しいレスバトルを繰り広げた。病室のベッドに座る千鶴は、その光景を呆然と見つめていた。もし自分の足が怪我をしていなければ、確実にカナに巻き込まれて、一緒に戦わされていたに違いないと、本気で疑うほどだった。一方、紬はネット上の騒ぎには一切関心を示さなかった。彼女はただ静かに、ステージ上でモデルたちが披露する衣装を見つめていた。良い部分を吸収し、不要な部分を見極める。雅乃は紬の少しも動揺を見せない静かな眼差しに気づき、心底感心せずにはいられなかった。――さすがは紬先輩。メンタルが強いわ。こんな状況になっても、まだ貪欲に学ぼうとしているなんて。何があろうと、彼女のデザインに対する情熱を邪魔することは、誰にもできないんだ。やがて、司会者の声が会場に響き渡った。「続きまして、いよいよ最後のグ
一方、コンペの現場。理玖と文人の二人は、控室の外で待っていた。出場者のヘアメイク中ということもあり、男の二人が中に入って見るのはさすがに場違いだからだ。理玖は二次審査の様子もネットで見ていた。そこで披露された衣装は、確かに目を見張るものだった。すべてにおいて、完璧なまでに計算し尽くされていた。特に紬の臨機応変な対応力には、彼もすっかり感心させられた。文人は、先ほどからずっと黙って自社の理玖の反応を観察していた。理玖の口元のカーブが、普段より十度ほど緩んでいることに気づいた。――どうやら社長も、紬さんのメイクや衣装の仕上がりを間違いなく楽しみにしているようだ。やはり、自分のような観察眼の鋭い人間でなければ、こんな些細な変化には気づけないだろう。「社長、もしかして紬さんの晴れ姿をすごく楽しみにしているんじゃないですか」文人は野次馬根性丸出しの顔で理玖を見つめ、その顔には好奇心が溢れていた。そして、思い切ってそんな言葉を口にしたのだ。理玖は何も答えず、ただ文人を軽く睨みつけ、余計なことを言うな、と目で制した。「できたわ」背後から、凛とした心地よい声がふわりと響いた。理玖が振り向いて紬と視線が交差した瞬間、彼の瞳がわずかに見開かれ、いつも冷静沈着なその表情に珍しく隙が生まれた。理玖は言葉を発することも忘れ、ただ呆然と紬を見つめていた。モダン・コルセットを身に纏った彼女は、ただそこに立っているだけで、まるで一枚の美しい絵画のようだった。紬は手を伸ばし、彼の目の前でひらひらと振った。「どうしたの?早く会場に行きましょう。このままじゃ時間に間に合わなくなっちゃうわ」理玖はそこでようやく我に返ったが、灰色の瞳の奥には仄暗くねっとりとした熱が密かに這い上がり、色気のある喉仏がゴクリと上下に動いた。こんな紬の姿を見るのは、彼にとっても初めてのことだった。雅乃は腕を組みながら言った。「神谷さん、もしかしてうちの紬さんに見惚れちゃったんですか」理玖の耳の裏が、ほんのりと赤く染まる。しかし紬は何事もなかったかのようにさりげなく話題を変えた。「もう、雅乃ったら。早く表に行きましょう」文人は、顔にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。紬の言葉を聞いて、彼は軽く咳払いをしてその野次馬
雅乃の視線を追ってみると、そこにいるのは紬だけだった。カナは頭を掻きながら言った。「紬さんが綺麗なのはわかってるけど、ずっと見つめてても問題は解決しないよ」カナの言葉を聞いて、雅乃は目の前が真っ暗になるような思いがした。雅乃は仕方なさそうに額を押さえた。「そういう意味じゃありません」その時、絶妙なタイミングで理玖が口を開いた。「君が言いたいのは、紬の体型が千鶴さんとだいたい同じだってことじゃないか」その言葉に、誰よりも先に紬がハッとした。カナはポンと自分の額を叩いた。「あっ、そうか!なんで私たち、そのことに気づかなかったんでしょう」彼女は興奮した様子で紬の周りをぐるぐると回り、千鶴の体型と見比べながら、瞳に喜びの色を浮かべた。嬉しそうに手をこすり合わせる。「確かにぴったりだね!ただ、紬さんのほうが少し腰が細いみたいだから、そこを微調整すれば完璧よ」紬は唇を噛み締めた。「でも、私には舞台の経験なんてないわ」雅乃は紬の背中を押し、着替えに行かせようとした。「大丈夫です!紬さんはそこに立っているだけで、もうオーラが際立っています。普段通りにしてくれればいいんですよ」紬が理玖のほうを振り返ると、彼も励ますような眼差しで見つめ返した。その理玖の視線は、紬にこの上ない勇気を与えてくれた。紬も気合を入れるように拳を握りしめた。「じゃあ、やってみる。みんなで一緒に頑張ろう」「頑張りましょう」カナと雅乃が声を揃えて応えた。千鶴は、紬が試着室に入っていくのを見届け、心の中でほっと息をついた。――よかった、まだ取り返しのつく方法があって。そうでなければ、罪悪感でどうにかなってしまいそうだった。雅乃の手助けのもと、紬は衣装に着替え、手早くメイクとヘアセットを済ませた。メイクが仕上がった瞬間、雅乃の目にハッとするような驚きの色が走った。雅乃は思わず感嘆の声を漏らした。「紬さん、本当に綺麗です」彼女は視線を逸らすことも、瞬きをすることも忘れたかのように、紬をじっと見つめた。紬は照れくさそうに雅乃を軽く睨んだ。「もう、早く会場に行きましょう。そろそろ私たちの番になるはずよ」一方、千鶴はすでにカナに付き添われ、治療のため近くの病院へ向かっていた。何といっても、彼女
紬の表情にも、少なからず苦悩の色が浮かんでいた。理玖の瞳の奥にも、深く複雑な感情が揺れている。「まずはメイクルームに戻ろう」紬と理玖がメイクルームへ戻ると、カナが千鶴のそばに付き添い、あれこれと声をかけながら気遣っているところだった。そこへ、コンペ専属の医師も診察のためにやって来る。医師は足首の状態を丁寧に確認した後、残念そうに首を横に振った。「足首の捻挫がかなりひどいですね。怪我をした足には、しばらく体重をかけられません。二日ほど入院して、安静にする必要があります」「そんなの絶対に嫌です!」千鶴は痛みに耐えながら無理やり立ち上がろうとした。その声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。すでにコンペは最後の大詰めを迎えている。これほど多くの人の期待を背負っている以上、ここで諦めるわけにはいかなかった。千鶴は青ざめた小さな顔に、無理やり笑顔を浮かべる。「私なら大丈夫です。ただのプレゼンテーションですし、足に気をつければすぐに終わりますから。皆さん、心配しないでください。本当に大したことじゃありませんから」みんなに信じてもらえないのではないかと不安になったのか、彼女は試すように前へ二歩ほど歩いてみせた。だが、次の瞬間。その体はぐらりと傾き、床へ倒れ込みそうになる。その姿を見た紬は、とっさに手を伸ばして千鶴を支え、どうにか転倒を防いだ。紬が無理をしないよう声をかけようとした、その時だった。千鶴の瞳に、大粒の涙が浮かんでいることに気づいた。その瞬間、紬は思わず言葉を失った。伝えようとしていた言葉がすべて喉につかえ、何も言えなくなってしまう。カナも千鶴の姿を見ていられず、そっと手を伸ばして彼女を抱き寄せた。「千鶴さん、もう無理するのはやめよう?たかがコンペなんだから、本当に気にしなくていいんだよ。一番大事なのは、千鶴さんの体なんだから」雅乃も同じ思いを口にする。「今回のコンペが大切なのは分かっています。でも、仲間を失うわけにはいきませんわ。本末転倒になってしまっては意味がありません」紬は場の空気を少しでも和らげようと、冗談めかして口を開いた。「千鶴、あなたの目には、私が自分の社員をこき使うような冷酷な上司に見えているの?」千鶴は胸の奥で大きく動揺した。そんなこと、思うは
大トリでの登場ともなれば、それはそれでコンペの話題性やアクセス数をさらに押し上げる結果につながるからだ。文人が電話を終えて戻ってくると、ちょうどそのタイミングで、紬と雅乃が痛みに顔を歪める千鶴の両脇を抱えながら、中から出てくるところだった。千鶴の足はひどく引きずられており、とても自力でまともに歩ける状態ではない。理玖の瞳の奥が、深く沈み込む。体の横に下ろされた手は、ゆっくりと強く握り締められていた。――母さん、今回の件もまたあなたの仕業なのか?文人は慌てて駆け寄ると、紬の手から怪我をした千鶴を引き取り、体を支える。「どうしてこんなことになったんですか!」順調にコンペへ臨むはずだった。それなのに、あまりにも災難が続きすぎている。紬と雅乃は肩にかかっていた重みが消え、ようやく文人の問いに答える余裕ができた。紬は険しい表情で眉をひそめた。「何が起きたのか、私にも分からないわ。私と雅乃が中に入った時には、もう千鶴は床に倒れていて、歩けない状態だったの」「他の人はどうだったんですか?誰一人として千鶴さんに気づかなかったとでも?」文人はそう口にしながらも、どうしても納得できない様子だった。化粧室の床に長い時間倒れていたはずなのに、なぜ誰も彼女の異変に気づかなかったのか。雅乃もまた、その点に強い違和感を抱いていた。「私たちが入った時、中には千鶴しかいませんでしたわ。それ以外の人は、誰も気づいていなかったみたいですね」理玖が冷静さを崩さず、落ち着いた声で尋ねる。「千鶴さん、何があったか?」紬と雅乃は、あまりにも気が動転していた。千鶴を連れ出すことだけで精一杯で、詳しい状況を聞く余裕すらなかったのだ。二人は理玖の言葉を聞き、同時に千鶴へ視線を向ける。だが、千鶴は困惑したように小さく首を横に振った。「実は、誰のせいで転んだのか、私にも分からないんです。個室の中にいた時、外で何かの気配は聞こえました。でも、他の選手だろうと思って、特に気に留めなかったんです。それで、外に出た瞬間、床に水たまりができていることに気づかず、足を滑らせて転んでしまいました。その後、不審に思って床の周辺をよく確認したんですけど、水が溢れていたのは、私がいた個室の前だけだったんです。絶対に誰かがわざとやったに決ま







