海原市から新浜市へ戻った日、それは天野紬(あまの つむぎ)と天野成哉(あまの せいや)の結婚三周年の記念日だった。紬は新浜へ着く前にインフルエンザにかかり、咳も決して軽くはなかった。それでも、成哉と息子、娘の三人とはすでに三か月も会っていない。会いたい気持ちが勝ち、無理を押して帰ってきたのだった。天野家は新浜の名家である。のちに事業を海原へと広げ、家族も海原へ移り住んだものの、本宅だけは変わらず新浜に残っていた。その本宅に足を踏み入れた瞬間、紬のスマホにニュースがポップアップで浮かび上がった。【天野の御曹司、気前よく大金を投じ、人気女優・橋本望美(はしもと のぞみ)のためにキャンプファイヤーを開催】紬の表情からすっと血の気が引いていく。天野家で働く家政婦、田中恵子(たなか けいこ)は海原出身で、ニュースを見るなり、慌てて紬に声をかけた。「メディアなんてデタラメを書くのが大好きなんですよ、奥様。どうかお気になさらないでください。旦那様は今夜、お仕事でお忙しいのですから」しかし紬は何も言わなかった。帰る前、紬はわざわざ成哉にメッセージを送っていた。ただ、そのメッセージはいまもスマホの中で静かに眠っている。返信は、ひとつもない。紬はくよくよする性格ではない。それでも考えてしまう。ピラミッドの頂点に立ち、新浜全体の経済の生命線を握るあの男は、一体どれほど忙しいのだろうか。妻からのたった一通のメッセージに返信する暇もないほどに。これ以上考えてはだめだ、と紬は自分に言い聞かせた。コートを脱ぎ、キッズスペースにいる息子と娘のもとへ向かう。三か月会わないうちに、二人はずいぶんと成長していた。紬はそっと笑みを浮かべ、おままごとに興じる双子の前でしゃがみ込んだ。二人は砂で小さな家をつくり、その中に二つの人形を置いていた。一目で、それがパパとママを表しているのだとわかる。紬は娘の天野芽依(あまの めい)に、からかうように尋ねた。「ねぇ、この二人は誰なの?」芽依は砂を盛りながら、顔も上げずに答えた。「パパと望美さん」「違うよ」息子の天野悠真(あまの ゆうま)が首を振る。「僕のおうちに住んでるのが望美さんで、芽依のおうちに住んでるのはママだよ」「でも私、望美さんにママになってほしいもん
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