Share

第466話

Author: タロイモ団子
A国にいた頃、秋江は望美と治の情事を目撃していた。

表立って口にこそしなかったが、事あるごとに望美を呼びつけ、その弱みを暗に突いては小馬鹿にしてきたのだ。

望美は腹の底で煮えくり返る思いを抱えていた。

――絵美さんも愚かね。あんな見え透いた挑発に乗せられて、カードなんて作らせて。

ゴールドジュエリーなど、成金趣味で野暮ったいだけの代物だというのに。

絵美もまた、本来はゴールドにさほど興味はなかった。

これまでの価値観からすれば、装飾品を買うくらいなら資産価値のある金地金を買った方がましだと思っていたのだ。

だが、望美の手前、面子を保つために余裕ある口調で言ってみせる。

「望美、好きなものを選びなさい。私からのプレゼントよ。遠慮はいらないわ」

しかしショーケースに並ぶ七桁台の価格を目にした瞬間、内心では舌を巻いていた。

――ただの金でしょう?どうしてこんなに高いのよ……!

望美は甘えるように微笑む。

「ありがとうございます、絵美さん」

遠慮なく骨の髄までしゃぶり尽くすつもりで品定めを始めたその時、ふとショーケース越しに見覚えのある後ろ姿が目に入った。シルバーアク
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第727話

    「放っておけ。いつものことだ。それより、自分たちの仕事に集中しよう」そんな二人のやり取りが、ふわりと清彦の耳に届いた。清彦は黙り込む。――自分は普段、ここの従業員たちから一体どんな人間に見られているのだろうか。一方、電話を切った雅乃も、しばらくは高鳴る鼓動を落ち着かせることができずにいた。胸が激しく上下する。届いたメッセージ。そして、耳の奥にいつまでも残る彼の問いかけ。雅乃の瞳に、うっすらと影が差した。確かに清彦の言う通りだ。彼は何不自由なく恵まれた人だ。家柄も、育ちも、非の打ちどころがない。けれど、自分と彼とでは、あまりにも釣り合わない。――二次予選の日が、刻一刻と近づいていた。馨はその間も、ネット上の世論を注意深く見守っていた。投稿の大半が紬を支持する内容で占められていることは、誰の目にも明らかだった。馨は椅子に深く身を預け、気だるげに頬杖をつきながら、もう片方の手でリズムを刻むようにテーブルを指先で叩いていた。傍らに立つ哲夫は、この令嬢の機嫌を測りかねていた。今の状況は、どう見ても彼らに不利だ。このまま突き進めば、待っているのは火を見るよりも明らかな敗北だった。哲夫は意を決して口を開く。「馨様、ネットの反応はご覧の通りです。今の段階でNirvanaと真っ向から競り合うのは、あまりにも分が悪すぎます」馨も、そのことは十分理解していた。だが、理玖のあの凛とした佇まい、近寄りがたい高嶺の花のような気高さを思い出すたび、胸の奥で抑えきれない執着が激しく渦巻くのだった。彼女は鋭い視線を哲夫へ向けた。「何よ。紬なんかにできることが、この私にはできないとでも言いたいの?」「そのような意味では……」哲夫は彼女の圧に押され、冷や汗を流しながら言葉を探した。「じゃあ、どういう意味?私が紬より劣っているとでも言うつもり?」馨が声を荒らげると、哲夫は思わず身をすくませた。――本当に厄介なお嬢様だ。「滅相もございません!」哲夫は必死に言葉を紡ぐ。「ただ、向こうのスタジオと張り合う必要はないのではないか、と申し上げたかっただけです。私どもは自社ブランドに集中すべきではないでしょうか」何しろ、紬のデザイン画を目にした今となっては、その才能が並外れていることは疑

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第726話

    部屋を出た清彦は、ふうっと大きく息を吐いた。甘い恋なんてものは、一体いつになったら自分の番が回ってくるのだろう。ふと、雅乃の姿が脳裏をよぎる。あの穏やかな小顔。笑えば三日月のように細くなる目元。そして、怒ると少しだけ頬を膨らませる、あの愛らしい仕草。衝動に駆られた清彦は、そのまま彼女へLINEのメッセージを送った。【何してるの?】待てど暮らせど返信はない。清彦の胸の内には、名もない苛立ちがじわじわと募っていく。追い打ちをかけるように、彼はもう一通メッセージを送った。【返事をくれないなら、今すぐ君の家の前まで行くからね】ネット上の世論の動向や、デザインコンペに関する対応に追われていた雅乃は、最初のメッセージはそのまま流していた。だが、ほどなくして再び通知音が鳴る。二通目のメッセージを目にした瞬間、雅乃は思わず頭を抱えた。すぐに人を脅すこの悪い癖は、相変わらず何ひとつ治っていないらしい。【何のご用ですか。最近、本当に忙しいんです】そのメッセージを見た清彦の瞳が、わずかに曇る。彼は長い指を滑らせ、有無を言わせず通話ボタンを押した。スマートフォンの着信音が鳴り響く中、雅乃は慌ただしく仕事を続けていた。画面に表示された名前を見つめ、出るべきか、それとも無視するべきかと指先が迷う。そうして逡巡しているうちに、着信は自動的に切れた。雅乃がほっと胸をなで下ろしたのも束の間、清彦は間髪入れずに再び電話をかけてきた。もう逃げられないと悟った雅乃は、意を決して通話ボタンをスライドさせる。彼女が口を開くより早く、受話口からは清彦の不満げな声が飛んできた。「最近、一体何にそんなに忙しいんだ?電話にも出ないし、本当にそんなに時間がないのか?メッセージだってろくに返してくれないし、いい加減、俺から逃げるのはやめてくれないか」「逃げてなんかいません」雅乃は一瞬の迷いもなく、きっぱりと言い返した。そのあまりに迷いのない返答に、清彦は逆に言葉を失い、しばらく呆然としてしまう。ようやく状況を飲み込むと、奥歯を噛み締めながら吐き捨てた。「君、まさかまだあの男に未練があるんじゃないだろうな」「それは私自身の問題です」雅乃は淡々と切り返した。「他にご用がないなら、失礼します」雅乃が通

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第725話

    紬は、恩義と仇を履き違えるような人間ではなかった。理玖はメニューを受け取ると、わざと拗ねたような口調で言った。「君のことは俺のことだ。そんな他人行儀な言い方をするなんて、俺との間に線を引こうとしているのかい?」「違うわ」紬は苦笑を浮かべた。「本当に感謝しているの。今回『刹那』の名前がここまで広まったのも、デザイン画の件で私の潔白を証明できたからでしょう?そのために、あなたが果たしてくれた役割は本当に大きかったわ」理玖は目を伏せ、その灰色の瞳にかすかな陰りを宿した。「礼なんていらない。本来なら、俺がやるべきことだったんだ。俺と関わったせいで、君はこんなにも災難に巻き込まれてしまったんだから」紬の表情が曇った。顔を上げると、自責の念に囚われた理玖の姿が目に映り、胸が締めつけられた。彼女は優しく微笑みながら言った。「あなたのせいじゃないわ。あなたはあなた、喜久子さんは喜久子さん。私だって、そのくらいの区別はちゃんとつくもの。安心して。私は他人のしたことで、あなたを責めたりなんてしないから」紬の冗談めいた言い方に、張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。理玖は思わず紬の手を握り、真っ直ぐな眼差しで見つめた。「紬、安心してくれ。こんなことは二度と起こさせない」「でも、彼女はお母さんなんだもの。私に不満を持つのも無理はないわ」紬は、理玖が自分のために極端な行動へ走ることを案じ、静かに続けた。「心配しないで。これからは私も十分気をつけるわ。喜久子さんの手が、いつまでも好き勝手に伸びてくるとは思えないもの」「紬、前にも言ったはずだ」理玖はきっぱりと言い切った。「君が一方的に耐え続ける必要なんてない。たとえあの女が戸籍上の母親だったとしても、俺の大切な人に手を出すことだけは絶対に許さない」その言葉に、紬の胸は静かに揺れた。目の前の整った顔立ちの男から、これほど真っ直ぐな想いをぶつけられて、心が動かないはずがなかった。紬が何かを口にしようとした、その時だった。個室の扉が勢いよく開いた。紬は慌てて手を引っ込め、顔をそらして小さく咳払いをし、気恥ずかしさをごまかした。満面の笑みを浮かべた清彦が、ワゴンを押しながら入ってきた。「料理を持ってきたよ!」理玖の表情は一瞬で曇った。紬の

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第724話

    「わかりました」雅乃は新古典主義デザインコンペの公式サイトを開き、紬に画面を見せた。「そういえば、紬さん、コンペ公式から声明が発表されました。例のスタッフ、佐藤玲子は解雇されたそうです」紬は小さく呟いた。「ずいぶん対応が早いのね」おそらく、理玖が裏で手を回したのだろう。ネット上の騒ぎは、なおも勢いを増していた。コンペ公式アカウントのコメント欄は、完全な炎上状態となっている。喜久子が雇っていた工作員まがいの投稿者たちが排除された今、コメント欄を埋め尽くしているのは、紬の味方となった一般ユーザーたちの声ばかりだった。【これだけハイレベルなコンペなのに、こんな初歩的なミスをするなんて信じられない】【スタッフの質を疑うわ】【これって、誰かが意図的に紬さんのスタジオを陥れようとしたんじゃない?】【だとしたら悪質すぎる!】【こんなスタッフ、業界から追放されるべきだ。二度と表に出てくるな】【紬さんを狙う人がいるってことは、それだけ彼女のデザインが脅威ってことよね?ますます興味が湧いてきたわ!】【激しく同意。デザインがどうこう以前に、このブランドの名前はしっかり覚えたわ】【私も!】こうして、紬のサブブランド「刹那」は一気に注目を集めることとなった。皮肉なことに、今回の不祥事騒動が結果的に「刹那」というブランドの存在を、より多くの人々へ知らしめることになったのだ。人々は、紬が不当な濡れ衣を着せられていたことを悟った。理不尽な被害者を応援したいという心理が世論を動かし、多くの人がこのブランドを後押しする流れを生み出していった。雅乃はデータを示しながら、興奮を隠せない様子で報告した。「紬さん、『刹那』が完全に認知されました!」「詳しく教えてくれる?」紬は驚きながらも、興味深そうに尋ねた。ここまで大きな反響になるとは、彼女も予想していなかった。普段は冷静な雅乃も、この時ばかりは嬉しさを隠しきれず、タブレットを紬へ差し出した。「紬さん、見てください。これが『刹那』の公式アカウントです。フォロワー数が五万人を突破しました。それに、スタジオの公式アカウントも十万人近くフォロワーが増えています!」「そんなに?」紬も思わず目を見開いた。一次予選の段階で、ここまでの効果が出るとは思っ

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第723話

    翌日、スタジオ・Nirvanaに、一人の来客があった。紬は微笑みを浮かべる美咲を見上げると、立ち上がって彼女を抱きしめた。「美咲先輩、どうしてここに?」紬は驚きを隠せなかった。「コンペの時から、ずっと気になっていてね」美咲は穏やかに微笑んだ。「それで、様子を見に来たのよ」紬は彼女を椅子へ案内し、自分も向かいに腰を下ろした。そして、温かいお茶を淹れる。「先輩がこうして元気な姿を見せてくれて、本当に嬉しいわ」その声には、さまざまな思いが込められていた。美咲はお茶をひと口すすり、何事もなかったかのように過去の傷を胸の奥へしまい込んだ。「もう終わったことよ。これからは、自分のために生きるわ」「そうだね」紬も、それ以上その話には触れなかった。「そういえば、デザイン画の件は、主催者から説明があった?」美咲が思い出したように尋ねる。「私も審査員を務めていたけれど、まさかあんなことが起きるなんて思ってもみなかったわ。本来なら審査の流れはすべて透明なはずなのに、その隙を突く人間がいるなんてね」「説明はあったわ。お金欲しさに私のデザイン画をすり替えた、佐藤玲子(さとう れいこ)というスタッフの犯行だったらしい」紬はふわりと微笑んだ。「でも、そんなことで怒るだけ時間の無駄だわ」玲子という女が、喜久子に切り捨てられたトカゲの尻尾にすぎないことは、紬も分かっていた。だからこそ、相手にする価値などない。もっとも、そんな事情を美咲に話すつもりはなかった。余計な心配をかけたくなかったからだ。美咲が心から自分を案じてくれていることを、紬はよく分かっていた。「今回の件、辛かったでしょう」美咲の瞳には、労わるような優しさが宿っていた。「辛くなんてないよ」紬は穏やかに首を振った。「先輩、心配しなくていいわ。今回の騒動のおかげで、かえってサブブランドの露出が増えて、『刹那』に興味を持ってくださる方も増えたわ。だから、この先コンペがどんな結果になったとしても、私の目的はもう半分くらい達成できたようなものなの」その落ち着き払った様子を見て、美咲もようやく胸をなで下ろした。彼女は話題を変え、スタジオの中を見回した。「このスタジオ、本当に素敵ね。落ち着いた雰囲気があって、とても綺麗

  • 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした   第722話

    血の繋がりほど、断ち切りがたいものはない。そのことは、紬にも痛いほどよく分かっていた。だが、理玖はまるで気にした様子もなく言った。「紬、よく聞いてくれ。君が自分を犠牲にしてまで守らなければならないものなんて、この世には一つもない。たとえ、それが俺のことだったとしても」「でも……」紬の言葉を、理玖は静かに遮った。「この件は俺がきっちり片をつける。俺に任せてくれ」その揺るぎない決意を目にし、紬はそれ以上何も言わなかった。――ガシャン!激しい音とともに、喜久子は机の上にあったグラスをすべて床へ叩き落とした。「あのアマ――!」どうして毎回あんなに運がいいの!一体どんな手を使っているのか知らないけど、どうして毎回、誰かがあの女を助けるの?まさか……自分の息子の仕業じゃないでしょうね!執事は頭を垂れたまま、ひたすら息を潜めていた。奥様がここまで怒り狂っている以上、使用人である自分たちにまで火の粉が降りかかるのは目に見えていた。喜久子は何度か深呼吸をすると、部下へ電話をかけた。「あんた、どういう仕事をしてるのよ!どうして録音なんか残されてるの!」ネットにまでばら撒かれてしまった今となっては、一体どうやって収拾をつけるつもりなのか。「申し訳ありません、奥様。私の不手際です」電話の向こうの相手も、事態がなぜこんな展開になったのか、まるで理解できていないようだった。「お金は振り込んであげるから、さっさと国外へ逃げなさい!」喜久子は吐き捨てるように言った。この男が海原に一日でも長く留まれば、遅かれ早かれ捜査の手は自分にまで及ぶ。「ですが……」「もういい!あんたの無能さを責め立てないだけでも感謝しなさい。この役立たず、これ以上くだらない言い訳をするんじゃない!」喜久子は怒鳴りつけた。電話を切ると、彼女は激しく肩で息をした。「何をそんなに怒っているんですか」突然聞こえた理玖の声に、喜久子はビクッと肩を震わせた。慌てて立ち上がる。「理玖、どうして帰ってきたの」理玖は喜久子の狼狽など目にも入らないように、まっすぐソファへ腰を下ろした。会場を後にしたあとも、紬の言葉が頭から離れず、やはり戻って母親ときちんと話をつけるべきだと考えたのだ。理玖はテレビで流れている

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status