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第5話

Auteur: 渡船
晴美は涙をたたえた目で、自分の上に覆いかぶさる裕司を睨みつけた。

胸の奥から、復讐したいという衝動が一気にあふれ出す。

彼女は傷だらけの腕を持ち上げ、半乾きの血痕をわざと見せつけて真実を覆い隠した。

[私がどうして純潔を失ったのか、もう忘れたの?]

晴美の唇が自嘲めいた笑みを引きつらせた。彼女は自ら身体を引き離し、絶え間なく手話を打った。

[全部、あなたのせいよ]

裕司の身体がびくりと震えた。

脳裏にあった喜びは、一瞬で痛ましい記憶に覆われた。

「俺を責めてるのか?」

裕司の目が血走り、彼女の言葉に完全に怒りが引き出された。

「もし五年前、お前がこっそり俺に会いに来なければ、あんなふうに拉致されることも、他の男に汚されることもなかったんだ!」

寝室の明かりが強すぎて、彼の目に浮かぶ嫌悪の感情の微細な表情まではっきり浮かび上がった。

燃えるような二人の視線がぶつかり合い、空気が凍りつく。

晴美はその目の奥に、愛と憎しみが絡み合っているのをはっきりと見て取れた。

彼女は、かつて自分を守れなかった彼に後悔という罰を与えたい。

そして、今はもう自分をそれほど愛していない彼にも。

だが、鋭い言葉を吐き出した瞬間、麻痺していた心がなぜか再び激しく痛みだした。

しばらくして、晴美は震える手で手話を打ち、空気の中に壊れた弧を描いた。

[この五年間、あなたはずっと、私が汚れたと思っていたんでしょう?]

別荘の中は恐ろしいほど静まり返り、骨董品の掛け時計のカチカチという音だけが響いてる。

数秒の沈黙の後、裕司は声を柔らかくして答えた。

「……そんなつもりじゃない」

その話を聞くと、晴美は笑った。

あの数秒のためらいこそが、彼の本心だった。

彼女はもっと早く気づくべきだったのだ。

そのとき、場違いなタイミングでスマホの着信音が鳴り響く。

裕司が眉をひそめる。「巧美?」

スピーカー越しに、泣き声まじりの甘えた声が聞こえた。

「先生がね、足の骨まで傷ついたって……手術が怖いの……」

「すぐ病院へ行くから」

裕司の表情が一瞬で和らいだ。その目の奥に宿る焦りが、晴美の胸を鋭く刺した。かつてそれは、彼女だけのものだったのに。

しかし今、彼の心の中で最優先される人は、とっくに彼女ではなくなっていた。

裕司は素早く服を整え、冷静な声で言った。

「一緒に行こう。お前を家に一人にしておくのは心配だ」

その落ち着いた態度は、さっきまで彼女を押し倒し、狂ったように求めていた男とはまるで別人のようだ。

だが病院に着くなり、晴美は巧美のボディーガードへと放り出された。

「おとなしく待っててね。すぐ戻るから」

彼女はその場に立ち尽くし、裕司が病室のベッド脇にしゃがみ込み、巧美の足をためらいもなく手に取って傷を確かめているのを見つめた。

――彼の潔癖症は、自分にだけ向けられたものだった。あの根拠のない汚れを理由にして。

呆然としていたその瞬間、背後から誰かが晴美の口と鼻を塞いだ。

五年前の拉致の恐怖が、一瞬で理性を飲み込んだ。

体が強張り、彼女は暗い標本室へと引きずり込まれた。

扉の隙間から漏れる灯りの中で、晴美ははっきり見えた。

自分を拉致したのは、裕司が巧美につけたボディーガードだったのだ。

「これは巧美さんのご命令です」

その言葉と同時に、ボディーガードは晴美をホルマリン液槽へと放り込んだ。鼻を刺すような薬品臭が口と鼻に流れ込み、周囲には吐き気を催す人体標本が浮かんでいた。

両目は針で刺されるような鋭い痛みに襲われ、焼けるように熱く、血の涙が流れ出そうだ。

「今のあなた、本当にみじめね」

そのとき、本来なら手術室にいるはずの巧美がドアを押し開けて入ってきた。

足取りは軽く、まるで怪我などしていないかのようだった。

「細川社長は、私のために十キロも離れた街までケーキを買いに行ったの。あなたがいなくなったことすら気づいてないわ」

彼女は狡猾に笑い、寵愛を受けていることを鼻にかけたような得意顔を隠そうともしなかった。

「認めなさいよ。あなたの愛しい夫は、とっくに私に夢中なんだから。清潔で、ちゃんと話ができて、寄り添ってあげられる私に。

あなたのように大勢の汚らわしい男にやられた女が、とっくの昔に細川夫人の座を明け渡すべきだったんだ!」

巧美の整った顔が一瞬で歪み、険しい形相を浮かべた。

晴美の視界が何度も暗転した。

彼女は喉元にかけたルビーのネックレスを必死に握りしめる。そこには裕司が埋め込ませてもらった極小のカメラがあり、映像をリアルタイムでクラウドに送信できる。

あの時、「お前の生活をいつでも見てさえいれば安心だ」と彼は言った。

けれど今の裕司の心は、すっかり他の誰かに向いていて、もう長いことこの映像を開いてもいないのだろう。

「まさか本当に喋れないなんてね」

薬剤の中でもがく晴美を見て、巧美はつまらなそうに吐き捨て、ボディーガードを連れて出ていった。

重い扉が勢いよく閉まり、唯一の光が断たれた。

どれほどの時間が経ったのか分からない。

晴美の全身の皮膚は薬品に侵食され、赤く腫れあがり、灼熱の痛みがじっとうずいていた。

意識は次第に遠のいていく。意識が遠のきかけたその瞬間、誰かが勢いよく標本室の扉を蹴り開けた。

「晴美!」
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