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第2話

作者: 渡船
細川グループ本社ビルの外では、夜空に次々と華やかな花火が打ち上がった。それは、かつて晴美が好きと口にした種類のものばかりだ。

次の瞬間、ポケットのスマホが突然バイブした。

画面には裕司からのメッセージと、高層階の大きな窓から撮られた花火の写真が添付されていた。

【晴美、今夜は花火大会だ。きれいだろ?】

【会社の仕事でまだ忙しいけど、お前に会いたい。今夜サプライズも用意したよ】

スマホを握る晴美の手に力がこもり、胸の奥がぎゅっと痛んだ。

この五年間、裕司はいつもこんなふうに、まめに連絡をくれて、彼女に安心を与えてくれていた。

もし今も何も知らないままだったなら――

きっと彼のこのメッセージだけで、一日中幸せな気持ちでいられるのだろう。

けれど今の彼女は、すべてを知っていた。

この五年間、裕司がかけてくれた甘い言葉のうち、いったいどれが本当で、どれが嘘だったのか。

考えることすら恐ろしい。

晴美はメッセージに返信はせず、代わりにスマホを持ち上げて一つの番号へ電話をかけた。

相手はほとんど瞬時に出て、低くて魅力のある声が受話器越しに響く。

「おやおや、伊佐山お嬢さん、自らご連絡とは。あの狂気じみた旦那に嫉妬されるのが怖くないのか?」

「冗談はいいから、一週間後、私の誕生日に、死を装うための段取りを頼む」

裕司の宿敵・平山圭司(ひらやま けいじ)は、明らかに一瞬言葉を失った。

「お前は裕司の最愛の人だろう?あの小山巧美って女はただの社長補佐に過ぎない。お前の細川夫人の立場を脅かす存在じゃない。そこまでして、なぜなんだ?」

彼の声には、さらにからかうような色が混じった。

「五年前、犯人からお前を助けたのは義理ってやつだ。だが今回はリスクが大きすぎる。俺にどんな得がある?」

晴美の声はかすれていたが、その口調は驚くほど冷静沈着で淡々としていた。

「あなたも知ってるでしょう。私は細川グループの二番目の株主よ。私名義の四十パーセントの株を、すべてあなたに譲るわ」

圭司は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに口元をゆるめて笑った。

「いいだろう。成約だ。七日後、迎えに行く」

電話を切ると、晴美は正面の大型スクリーンを見つめた。

そこに映っているのは、細川夫妻の結婚写真。だが、その花嫁は彼女ではない。

小山巧美(こやま たくみ)という女は、体つきも顔立ちも、あまりにも彼女に似すぎている。

裕司が以前、会社の話をしていたとき、確かにその名前を口にしていた。

あの夜もそうだった。深夜、接待を終えてお城に戻ってきた彼のシャツの襟にはファンデーションがつき、身体からはかすかに慣れない香水の匂いがした。

そのとき、晴美は初めて胸の奥に疑いを抱いた。

けれど裕司は、彼女の前にひざまずき、天に誓うように絶対に裏切らないと言い切った。怒って背を向けた彼女を、子どもをあやすように何度も抱きしめて宥めた。

彼の話では、新しく雇った社長補佐はとても有能で、簡単にはクビにできないそうだ。

二人はただの上司と部下の関係だと彼は言った。

晴美は心の底から、疑うことなく信じた。

この五年間、彼女の世界には裕司しかいなかった。

彼が浮気するなんて、一度も考えたことがなかった。

だが今から思えば、彼女はただの阿呆で、彼の思惑通りにいいように踊らされていたのだ。

「細川夫人、ご主人から五年間も違法に監禁されていたとの噂がありますが、本日こうしてご登場され、それについてどのようにお考えですか」

その時、突然、どこからともなく記者たちが押し寄せ、晴美をぐるりと取り囲んだ。

黒々としたカメラのレンズとマイクが一斉に彼女へ向けられ、マイクは今にも顔に触れそうなほど近い。

長い間外の世界と接していなかったせいか、晴美の喉はきゅっと詰まり、しばらく声が出なかった。

周囲には見物人がどんどん集まり、指を差しながらひそひそと囁く。

「細川社長は奥さんをお城に五年も閉じ込めてたんだってさ。名門がこっそり愛人を囲ってるのと何が違うんだ?もしかして外にも別の女がいるんじゃない?」

「しっ、声が大きい!前にそんなこと言った人、舌を切られたって噂だよ」

「そうそう、細川社長って業界でも清廉潔白で有名なのよ。あんなに一途な男が浮気なんてするわけないじゃない。ウェディングフォト見たか?細川夫人の首にキスマークがあったのよ。ファンデでも隠せないくらい濃いやつ……」

晴美は爪が掌に食い込むほど力を込めたが、痛みはまるで感じなかった。

裕司はやっぱり外では社長補佐を愛人扱いし、本当の妻を家に閉じ込めていたのだ。

他人には一目でわかる真実を、彼女は五年もかけてようやく見抜いた。

「細川グループの入り口で騒ぎ立てて……ここを市場と勘違いしているのか?」

その瞬間、ざわめいていた人々が一斉に息を呑み、道を開けた。

裕司が大股で歩み寄り、冷ややかな視線を記者たちに向けた。

その場にいた全員が冷や汗をかいた。妻を溺愛するあの男が激怒し、今すぐにも自分たちの口を縫い合わせるんじゃないかと恐れたのだ。

空気が一瞬で凍りつく。

安堵の感情が反射的にこみ上げ、晴美は思わず男に助けを求めるような視線を向けた。

だが次の瞬間、裕司の目は氷のように冷たく彼女を刺した。

「取材相手を間違えている。彼女は俺の妻じゃない」
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