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第6話

Author: 渡船
その後の三日三晩、晴美は高熱にうなされ、意識が戻らなかった。

彼女は何度も十八歳だった頃の裕司の夢を見た。

土砂降りの中、いつも片方の肩を濡らしながら、車の流れの外側を歩く彼の姿。

そして、いつも自分の笑顔を映してくれたあの瞳……

だが夢の終わりには、すべての幸福が泡のように消えていった。

二十八歳の裕司。彼は何度も巧美のほうへ歩いていき、二人の手を取り合った背中は、どんどん遠ざかっていった。

晴美は声を張り上げて呼び止めようとするのに、喉からは何ひとつ音が出ない……

悪夢にうなされて目が覚めたとき、晴美の耳には裕司の怒鳴り声が響いていた。

「……どうしてまだ目を覚まさないんだ!」

ぼやけた視界の中、彼は病室の扉の前に立ち、真っ赤な目で院長に怒声を浴びせていた。

「彼女がこれ以上目を覚まさなかったら、この病院は閉めろ。あの無能な医者どもを連れて京西市から出ていけ!」

視界の隅で晴美のわずかな動きを捉え、裕司は矢のように病床へ駆けつけた。

「晴美、目が覚めたのか?」

彼の目の下には深い隈が刻まれ、声もかすれていた。「どうして緊急連絡先に電話しなかった?」

晴美の胸の奥が一瞬、震えた。

ぼんやりと、幼い頃に熱を出した時のことを思い出した。あの時も裕司はこうして傍にいて、焦りながらも優しく見守ってくれていた。

けれど、甘い記憶はすぐに意識を失う直前の光景にかき消された。

晴美は身を起こそうとしながら、急いで手話を打った。[巧美がボディーガードに命じて拉致したの。警察に通報しないと]

「わかってる」

裕司の瞳が、深く沈んだ光を宿した。

「でもこれは、巧美の子どもじみた悪ふざけにすぎないんだ。もう自分の過ちもわかって、お前に謝りたいって俺に頼んできた」

彼の口調は淡々としていて、それはまるで子供の取るに足らない喧嘩について話しているかのようだ。

晴美は怒りで目を真っ赤にし、手の動きがあまりに速くて点滴の針が抜けそうになる。血が逆流して点滴袋の中に入り込んだ。

[もし私がどうしても責任を追及すると言ったら?]

「もう彼女には罰を与えた」

裕司の眉間に不快の色が滲んだ。「あの子は度を越した。だから外出禁止にして、一日中家で反省させている」

晴美は一瞬、呆然としたかと思うと、次の瞬間には怒りに震えながら笑いをこぼした。その笑いの度に、全身の傷が疼いた。

[私は腐食性の液体に投げ込まれて、体中傷だらけになったのに――その張本人の罰は、たった一日の外出禁止?

あなたは本当に彼女を罰したの?それとも、私が彼女に手を出すのを恐れて、庇っているの?]

彼女の手話は速く、閉じ込められた蝶がもがくように羽ばたいた。

裕司の目の奥に、ほんのわずかなためらいがよぎった。思わず手を伸ばし、晴美の頭を撫でて慰めた。

「おとなしく入院してろ。余計なことはするな」

だがその声には、かすかな脅しが混じっていた。

「俺が一言圧力をかければ、この国中でお前の案件を引き受ける弁護士なんて一人もいなくなる」

晴美は拳をぎゅっと握りしめ、爪が掌に食い込み、血がにじんだ。

やっぱり。彼はいつだって、善悪も見ずにあの女の味方をする。

そのとき、裕司のスマホが振動した。

晴美の視線が、まだ光る画面に向けられた。そこにはメッセージがびっしりと並んでいる。差出人が誰かなんて、見るまでもなくおおよその見当がついていた。

「会社で急用ができた。少し遅れてまた来る」

裕司の声は淡々としていたが、背を向けた瞬間、その瞳の奥に隠しきれない欲の色が滲んだ。

カチリ――

病室のドアが閉まった瞬間、晴美は自嘲気味に笑った。

瞳の中の最後の光が、完全に消えた。

彼女はスマホを開いて時間を確認する。偽装死まで、残り三日。

巧美が3分前にSNSに上げた最新投稿は、9枚組みの写真だ。どうやら贈り物のようで、どれもこれも高級品ばかり。

添えられたコメントには――

【後ろ盾があるって最高。あなたの果てしない愛に感謝〜】

どの写真にも、彼女と男が指を絡めた手が写っていて、ペアの結婚指輪がいやに目立つ。

晴美は、その男が裕司だとわかっている。そして巧美が自分をフレンドに追加した理由も、見せつけるためだと理解していた。

それに、巧美の指には、彼女とまったく同じ指輪が光っていた。

晴美は写真の中のそのダイヤの指輪を、長い間じっと見つめていた。

この芝居を完璧に演じるために、裕司は結婚指輪まで同じものを二人分用意した。

そして彼の愛も、きっと同じように二つに分けられていたのだろう。

ただ、一方には多く、他方には少なく、それだけの違いだった。

ぼんやりとした意識の中で、晴美はあの日のプロポーズを思い出した。裕司が彼女の前に跪いて言った言葉。

「晴美、結婚しよう。これからの人生、全てをお前に捧げる」

けれど、彼の、これからの人生は、たった五年しか続かなかったのだ。

晴美は口角をかすかに引き上げ、ためらうことなく指から億単位の価値があるダイヤの指輪を外し、医療廃棄物のゴミ箱へと放り込んだ。

裕司、今度は私のほうからあなたを捨てるわ。
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