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第2話

Author: 冬咲
悠人は拳を強く握りしめ、手の甲の血管が浮き上がっていた。今にもその拳が飛んできそうなほど、怒りを露わにしている。

沙羅は顔を真っ青にして、必死に頼んだ。「悠人、一度だけ私を信じて。お願い、お母さんはそんな人じゃないの。絶対に、そんなことするはずない。もう一度だけ、ちゃんと調べてくれない?お願い!」

母は何十年も真面目に生きてきた。沙羅には、どうしても母が人の家庭を壊すようなことをするとは思えなかった。

そんな沙羅の訴えを、悠人はまるで冗談でも聞いたかのように冷たい笑みで受け流す。

「この期に及んで、まだそんなことが言えるのか!あの事故のとき、お前の母親は俺の父さんと車の中で、みっともない格好で一緒にいたんだぞ!それでもまだ、無実だなんて言い張るつもりか?ふざけるな!」

「私……」沙羅には何の証拠もなく、唇を固く噛みしめることしかできなかった。

その時、外から紗希の叫び声が響いた。「どうしてあんたがお母さんのそばにいるのよ!」

紗希は部屋に飛び込んでくると、沙羅を力いっぱい突き飛ばした。「出てって!出て行きなさい、お母さんはあんたなんか見たくないの!」

そして、今度は悠人をにらみつける。

「お兄ちゃん、どうしてこんな女をまだ家に置いてるの!?それに、なんであの女の母親の治療費まで払ってやってるのよ!どうしてよ!なんでまだ生かしておくの!?本当に信じられない!」

楠本家であんな事件が起きて以来、紗希は沙羅を心底憎んでいた。

あんなに姉妹のように仲が良かったのに、沙羅は家族を壊した張本人だと思っている。

「死ねって?死ぬなんて生ぬるい。俺は沙羅と彼女の母親も生かして、一生かけて自分の犯した罪を償わせるつもりだ」悠人は冷たく言い放った。

「沙羅、お前は贅沢な暮らしがしたかったんだろ?その願い、叶えてやるよ」

沙羅はハッとして顔を上げた。胸の奥から嫌な予感が込み上げてくる。

悠人は一切の反論を許さず、沙羅を車に押し込めて、あるスタジオへと連れて行った。

「女優が足りないんだろ?こいつを使え」

そう言って、悠人は沙羅を監督の前に突き出した。

監督は沙羅をじろじろと値踏みするように見つめ、その目にはいやらしさがありありと浮かんでいる。

「さすが楠本さん、見る目がありますね。じゃあ、脱いでください」

沙羅は部屋いっぱいにいる男たちを見回し、恐怖におびえて服の襟をぎゅっと握りしめた。「私にはできません、演技なんてしたこともないんです。悠人、お願い、こんなことしないで……」

悠人は表情一つ変えず、片手で沙羅の顎を掴み、冷たい目で見下ろす。

「そうか。じゃあ、お前の母親に同じことをしてやる。今すぐ連絡して、酸素を止めさせるぞ」

「やめて!」

沙羅は必死で悠人の腕にしがみついた。

悠人は鼻で笑って言い放つ。「うちでお前たち親娘を引き取ってなかったら、お前なんて、とっくに伯父に売り飛ばされて、今ごろどこでどうなってたかも分からないんだぞ。今さらきれいごと並べやがって」

沙羅の唇は真っ青になり、過去の苦しい記憶がフラッシュバックしてきた。

楠本家の本家で召使いとして働かされていた時、他の使用人たちは沙羅の噂話をしていた。

「彼女のお母さんが旦那様を誘惑したせいで事件が起きたのよ。今度は彼女が坊ちゃんを誘惑しようとしてるなんて、みっともないわね」

「結局、顔と体だけが取り柄なんだから。ほんと、男を手玉に取るしか能がない女ね」

昼間は陰口を叩かれ、夜になると、電気が消えた隙に沙羅の服は無理やり剥ぎ取られ、身体はあちこち傷だらけにされた。何度も何度も物で叩かれ、その痣が消えることはなかった。

ここで死んでも、誰も自分の味方になってくれない――そんな絶望がいつも頭をよぎる。

「自分で脱がないなら、俺が手伝ってやろうか?」

悠人の声はもう完全に容赦がなかった。そう言って彼は沙羅の服を乱暴に引っ張り始める。沙羅は反射的に全身を震わせてしまう。

今では、誰かが少しでも近づくだけで身体が勝手に震えてしまうのだ。

「いい!自分で脱ぐ」沙羅は奥歯を噛みしめ、恥ずかしさに耐えながら言った。

――あと少し、もう少し我慢すれば、きっとここから逃げ出せる。

一つ、また一つとボタンを外し、上着が床に落ちる。痩せ細った身体を必死に両腕で隠し、沙羅は震えながら自分を抱きしめた。

監督が遠慮なく促す。

「それじゃダメだ、まだまだだよ」

こみ上げてくる涙を必死に堪えながら、沙羅は震える声で悠人に訴えた。「そこまでして私を辱めたいの?いつかお母さんの無実が証明されたら、きっとあなたは後悔することになる!」

悠人は何の迷いもなく言い返す。

「後悔?沙羅、俺がこの人生で一番後悔してることは、お前と出会ったことだ。お前たち親娘は、金のためなら何だってやるんだろ?

なら、もっと脱げよ。続けろ!」
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