Share

遥かなる山を越えて、君を送らず
遥かなる山を越えて、君を送らず
Penulis: 枝々

第1話

Penulis: 枝々
超一流財閥の御曹司である一ノ瀬冬馬(いちのせ とうま)は、ある「宮殿」を持っており、そこに「12人の愛人」を住まわせていた。

毎年、妻・一ノ瀬夕凪(いちのせ ゆうなぎ)の誕生日になると、冬馬は決まって新しい女を連れ帰ってきた。夕凪の目の前でその女を抱くと、「躾けろ」と彼女に押し付けるのだった。

今年で十三人目。

満身にキスマークのある女を再び夕凪の前に放り投げたとき、夕凪は初めて「いや」と言った。

「今、何て言った?」

冬馬はベルトを締める手を止め、睫毛の陰から、冷えた光を帯びた眼差しを夕凪に向けた。やがて、まるで獲物を弄ぶ猫のような声でこう言った。

「ヤキモチ?無関心を装うその芝居、もうできないのか?」

夕凪は何も言わず唇をきゅっと結んだ。

彼女のカバンの奥には医師の診断書が入っていた。

余命一ヶ月――夕凪は死へと向かっていた。

最後の誕生日、彼女の願いは、ただひとつ。自由。

「冬馬……離婚しよう」

その言葉は本当に軽く、唇からそっと零れ落ちた。冬馬の体が一瞬強張る。

後ろのソファから、男たちの嘲笑が湧き上がる。

「夕凪、今回は大胆だな。まさか離婚なんて言い出すとは」

「冬馬の気を引き戻そうと必死だな。優しく行ってダメなら今度は強気で来るってわけか?あれだけペコペコしてたのに、急に態度でかくなるとか笑えるじゃないか」

「長年同じことの繰り返しで、もう飽き飽きだよ。誰だって知ってるだろ、冬馬のことを命懸けで愛してるって。愛人の世話まで嫌な顔せずやってきたんだからさ」

「本気で離婚できたら、俺が二十億円出すぞ?」

冬馬も微笑み、煙草に火をつけた。煙を深く吸い込むと、すべて夕凪の顔に吹きかける。

「成長したな。離婚なんて言えるようになったんだ。次は何?泣きわめいて『自分はもうすぐ死ぬ』ってでも言うのか?」

夕凪の瞳が揺れる。でもすぐに、死んだような静けさに戻る。

そう、自分は本当に死にかけている。

でも冬馬は気にかけてくれない。だから、伝える必要もない。

部屋の中の男たちは野次馬根性で盛り上がっていた。

「よし、賭けようぜ!十分以内に夕凪は離婚撤回するに一票。冬馬が優しくすればすぐ降参だって」

「俺は二千万!」

「俺は二千六百万!」

騒がしい中、夕凪だけがじっと冬馬の目を見つめていた。

「冬馬、答えて。離婚に同意するかどうか。それとも訴訟にする?」

冬馬は突然、夕凪の手首をつかんだ。狼のような光を宿した目で睨みつける。

「本当に離婚したいのか?もう一回言ってみろ、命が惜しくないのか」

場が凍りつく。さっきまで騒いでいた男たちもみんな驚いた顔で冬馬を見つめる。

夕凪も少し驚いた。

二人は二十年以上の付き合い、結婚して十三年。

彼のことは誰よりもよく知っている。

彼はこれまで一度も汚い言葉を吐いたことがなかった。どんなに憎んでいる時でも、彼の「紳士」な仮面は崩れなかった。

でも、今は違う。冬馬は本気で動揺している。

「そう、私は本気よ。協議で離婚できないなら訴訟にする。弁護士を頼むつもり」

言い終えると、夕凪は背を向けた。でもすぐに強い力で引き戻される。

固い胸板にぶつかって、思わず声が漏れる。涙がこぼれそうになる。

冬馬は夕凪をがっちりと押さえつける。

「夕凪、どこにそんな自信がある?お前の親を路頭に迷わせる気か?

お前の父はICUで毎日大金が飛んでる。俺がいなきゃ、あの老人はとっくに放り出されてる。

それにお前の母さんも、家が破産して何年にもなるのに、まだ貴婦人ぶって浪費してる。お前に面倒見られるのか?

本当に離婚したいなら、お前の母さんが真っ先に俺の前に土下座しに来るだろうな」

夕凪は呆然と冬馬を見つめる。

彼は本当に自分を憎んでいる。

かつて一番大切にしてくれていた両親のことさえ、今はこんなふうにしか言わない。

冬馬は昔は違った。

二人は幼い頃からの知り合いで、家同士も代々の付き合い。

両家の大人たちはいつも二人を「幼なじみの恋人」として見ていた。

けれど、当時の夕凪には好きな男の子がいた。学校一の人気者で、恋の相談まで冬馬に持ちかけていた。

自分がどれほど残酷なことをしていたか、ずっと後になってやっと気づいた。

冬馬はずっと、自分を好きだったのだ。

家が破産したときも、冬馬とその家族が支えになってくれた。借金を返してくれて、海外の学校にも通わせてくれた。

そして毎日を一緒に過ごすうちに、いつしか夕凪も冬馬を好きになっていった。

やがて、自然な流れで二人は結婚した。

だけど結婚式の日、不意に現れた「あの人」――昔好きだった学校の人気者が、みんなの前で膝をつき、泣きながら「俺が情けないせいで、夕凪を愛してもいない男のところに嫁がせてしまった。すまない!」と叫んだ。

冬馬の父はその場で心臓発作を起こし、亡くなった。

母もそのショックで正気を失い、今も施設で暮らしている。

あの日から、冬馬は別人になった。

父の後始末を冷静に終え、家業を継ぎ、わずか数年で会社を十倍の規模に成長させた。

同時に、夕凪への果てしない「復讐」も始まった。

「夕凪、好きでもないのになぜ俺と結婚した?俺は無理やりなんてしてないぞ」

酔うたびに、首を絞めるように問い詰めてきた。

最初は何度も説明した。「本当に愛してる、結婚もお金のためじゃない。昔の淡い恋なんてとっくに終わった。今は冬馬しかいない」――

でも、冬馬は信じてくれなかった。

父親は死んだ。母もおかしくなった。その全てが夕凪のせいだと、彼は思い込んだ。

愛していたぶん、今はとことん憎しみをぶつけてくる。

長い時間が過ぎ、夕凪ももう諦めた。

彼のあらゆる仕打ちを、黙って受け入れるようになった。

自分が悪いのだと思っていた。だから許していた。

でも、それももう十分に償ったつもりだった。

人生、残されたのはあと一ヶ月だけ。

せめて最後くらいは静かに、自由に生きたい。

夕凪は苦しみを胸にしまい、そっと顔を上げる。

「冬馬、確かにうちの両親はあなたに散々世話になった。感謝してる。でも……もうこれ以上、彼らに構わなくていいから」

自分ですらもうどうにもならないのに、他人の面倒を見るなんて。

冬馬の顔には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第23話

    冬馬は警察署に向かった。 取調室の中は、冷たい白色のライトが眩しすぎるほどだった。 彼はただ静かに椅子に腰かけ、まるで何か普通のビジネスを相談しているかのように落ち着いていた。 「柊木蓮斗は俺が殺した。あいつが俺の父親を死に追いやったからだ。 篠原天音の目は俺が奪った。彼女は篠原泰典の娘、復讐しただけだ。 細木加余子は風俗街に売り飛ばした。言うことを聞かなかったから、罰を与えただけだ。 全部、俺がやったことだ。どう裁かれようと、全部受け入れる」 その目に後悔の色は一切なく、むしろ口元にはどこか小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。 警官たちは彼の態度に怒り、いきなり拳を叩きつけた。 「偉そうにしてんじゃねえぞ!もう大富豪様じゃねえんだよ。おとなしく死刑判決でも待ってろ!」 冬馬は口から血を吐き、それでも笑みを深める。 ――死刑でいい。 彼は最初から、生きて帰るつもりなんてなかった。 仏様と約束した。 自分の命と引き換えに、夕凪の命を救うと。 今こそ、その約束を果たす時だ―― …… 冬馬が銃殺刑に処される日、空には雨が降っていた。 大きな囚人服に身を包み、刑場に立つ。 このところ、ほとんど何も口にしなかったせいで、すっかり痩せこけていた。 それでも、表情にはどこか安らかな静けさがあった。 冷たい銃口が後頭部に押し当てられる。 目を閉じた彼の脳裏に浮かぶのは―― 玄関先で優しく笑いかけてくれた、夕凪のあの顔だった。 あの人は、確かに俺を愛してくれた。 それだけで、十分だ。 ――バン。 銃声が響き、木の枝にいたカラスが一斉に飛び立つ。 遠く離れた病院のベッドの上で、夕凪がぱちりと目を覚ました。 「――どういうこと……?」 医者が最新の検査報告書を見て、声を震わせていた。 夕凪の難病が、まるで嘘みたいに消えていた。 身体の全ての数値が、奇跡のように正常値に戻っている。 「一ノ瀬さん、体調はいかがですか? こんなに長く眠っていましたが、何かやりたいことは?――そうだ、ご主人に会いたいですよね。 それが……このところ、ご主人がどこにもいなくて……」 看護師たちは嬉しそうに口々に話すが、夕凪はベッドの上で静かに聞いていた。 その表情に

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第22話

    冬馬はまだ仏前に跪いていた。 色褪せた袈裟をまとった老住職が、身をかがめて彼を見下ろしている。 窓の外は、もう夕闇が迫っていた。 背中は冷たい汗でびっしょりだが、彼の手のひらには、いつのまにか赤い紐が巻かれた一枚の銅貨があった。 ほのかに白檀の香りが漂っている。 冬馬の視線が止まった。顔を上げ、住職に尋ねる。 「この銅貨、あなたがくれたんですか?」 住職は静かにため息をついた。 「銅貨はもともと施主のもの。老僧が差し上げるものではありませんよ」 住職がくれたのではない、なら、この銅貨はどこから……? 冬馬はふらつきながらも立ち上がった。 そのとき、スマホが震える。 医者からの電話だ。冬馬はすぐに出る。 「一ノ瀬さん!」 医者の声は、抑えきれない興奮に震えていた。 「良い知らせです!本当にすごいことなんです!奥さんに蘇生の兆候が現れました!」 「……なんだって?」 冬馬はその場で凍りつく。自分の耳を疑った。 ほんの数時間前、医者は夕凪の死を宣告していたはずだ。 それが今、蘇生の兆しだと……? 「詳しく教えてくれ。どういうことなんだ?」 「先ほど看護師が奥さんの包帯を替えていたとき、彼女の……指が動いたんです! 我々も驚いて、全身の精密検査を行いました。 なんと、彼女の全ての生命機能が、信じられないほど回復しているんです! まるで医学の奇跡です!」 冬馬はどうしようもなく鼻の奥が熱くなり、もう少しで涙がこぼれそうになった。 電話を切ると、すぐに病院へ向かって駆け出す。 途中で、ふと手のひらの銅貨に目を落とし、その場で動きを止めた。 この銅貨……住職からもらったものじゃない。 じゃあ、これは――仏様からの贈り物なのか? あの夢は…… 本当だったのか? ――きっとそうだ! 仏様は、俺の祈りを聞き入れてくれた。 その慈悲で、夕凪を救ってくれたのだ――! 冬馬は全力で病院へ走り、息を切らせながら病室のドアを押し開けた。 看護師が、嬉しそうに迎えてくる。 「一ノ瀬さん!さっき奥さんの指が動きました!しかも、一度だけじゃなく何度も……みんなでしっかり見届けました!」 冬馬は勢いよくベッドに駆け寄る。 ベッドの上の夕凪は、まだ目を

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第21話

    大広間は静まり返り、彼のかすかな祈りの声だけが響いていた。 一時間。 三時間。 五時間。 夜が明けていくにつれ、彫刻のような木の窓から朝日が差し込み、影が長く伸びていく。 一人の沙弥が香を足しに入ると、男が氷のような床に身を伏せ、額から血がにじみそうなほど頭を下げているのを見つけた。 「ご施主様、そんなことをなさらず……どうかお立ちください」 「…構わないでください」 男は顔を上げなかった。 沙弥は困ったように頭を振り、手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱える。 この寺では、執着を抱えて訪れる者を何人も見てきたが、ここまで必死な者は初めてだった。 冬馬は、夜明けから正午まで、膝が焼けるような痛みにも動かず、太陽が背中を炙っても、決して立ち上がろうとはしなかった。 「すべての罪は…この身が償います。仏様、どうか……どうか彼女だけはお救いください」 日が傾き、遠くの鐘楼から暮れの鐘が響き始める。 冬馬のシャツは汗でびっしょりと濡れ、背中に張り付いている。 「お願いいたします……夕凪を……どうかお助けください……」 この言葉を、もう何千回も繰り返していた。 一陣の風が殿に吹き込み、長明灯が一斉に揺らぎ、一瞬だけ暗くなる。 幻のような中で、冬馬は仏像の目が微かに瞬いた気がした。 その慈悲のまなざしが、自分に向けられている気がした。 「仏様!お願いいたします、夕凪を――」 その瞬間、視界が暗転し、冬馬の体はその場に倒れこんだ。 殿の外の古い柏の木の上で、一羽の夜鶯が美しい歌を奏でている。 通りすがりの老僧が顔を上げ、目を細めてつぶやいた。 「南無阿弥陀仏。因果応報、輪廻は必ず巡る――」 …… 冬馬は夢を見た。 夢の中、彼は雲の上に立ち、足元には白い霧がうねり、遠くには黄金の光があふれていた。 そして―― 一人の子どもが見える。 それは、三歳か四歳くらいの女の子。 顔立ちは彼に似ていて、どこか夕凪にも似ている。 子どもはぴょんぴょんと跳ね回り、はじけるように笑いながら、ひらひらと落ちてくる花びらを追いかけていた。 …… あれは……夕凪との子どもだ。 この世に生まれることができなかった、あの子―― 冬馬の身体が激しく震え、溢れる涙が止まらない

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第20話

    「もう一度!」 執刀医が鋭く叫ぶ。 その声に合わせて、夕凪の細い体が再び電流で跳ね上がった。 病室の外で、冬馬の爪は深く掌に食い込み、血が指の隙間から滴っていた。 けれど、その痛みさえ感じなかった。 ピッ、ピッ、ピッ―― 微かな心拍の音が、再び響き始める。 医者は汗をぬぐい、「一応、安定しました」と言った。 冬馬の両膝は一気に力が抜け、ほとんどその場に崩れ落ちそうになった。 …… 丸一日と一晩、冬馬は病室に付きっきりで、眠ることもなく立ち尽くしていた。 まるで動かぬ彫像のように。 医者や看護師が心配して声をかけても、まるで聞こえていないかのようだった。 秘書が仕事の報告に来ても、すべて門前払い。 彼の世界には、もうベッドの上の彼女しか存在しなかった。 「夕凪、頼む……俺を置いていかないでくれ……」 自分が何度この言葉を呟いたか、もう覚えていなかった。 誰の前でも、彼は絶対的な存在だった。 だけど彼女の前だけは、こんなにも卑屈になれる。 午前一時、冬馬はふらつきながら病院を出て、コンビニへ水を買いに向かった。 無意識のまま歩く道。 冷たい雨混じりの風が顔を叩いても、何も感じなかった。 街角では、一人の老人が軒下で体を縮めて座っている。 ぼろぼろの服に、前には割れたお椀。 冬馬は足を止めた。 これまで、彼は人に同情なんてしたことがない。 むしろ冷血と呼ばれる男だった。 なのに、今だけは善いことをしてみたいと思った。 ――もし「善いこと」をすれば、夕凪が目覚めるかもしれない。 冬馬は老人の前に歩み寄り、財布から分厚い札束を取り出して、碗に入れる。 老人が驚いて顔を上げる。 その濁った目に、一瞬だけ驚きの光が宿った。 「これは……私に?」 「ああ、取っておけ。ちゃんと生きろよ」 そう言い残して、立ち去ろうとした。 だが背後から、老人の声が響く。 「若いの、何か心の中で拭いきれぬ悩みがあるのか?」 冬馬は眉をひそめた。 確かに――俺の心の悩みは、ただ一つ。 たった一人のことだけ。 無言で歩き続けると、老人の声が後ろからかすかに聞こえてきた。 「叶わぬ願いがあるのなら、仏様に頼んでみるがいい。仏は慈悲深い。混沌から救

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第19話

    冬馬はその場に二秒だけ立ち止まり、すぐに歩き出した。 「医者を手配しろ」 「はい、一ノ瀬様。ご安心ください、最高の産婦人科医をつけて、必ずお子さまを……」 「堕ろせ」 秘書は固まった。「……今、なんと?」 冬馬は眉をひそめる。「聞こえなかったのか、それとも理解できなかったのか?」 ちゃんと聞こえていたし、意味も分かっていた。 でも――信じられなかっただけだ。 秘書は今でも覚えている。 あのとき冬馬が、夕凪との子どもを失ったとき、どれだけ痛みで壊れそうだったかを。 普段は仕事で感情を見せない冬馬が、あの夜だけは会社で酒を煽っていた。 「一ノ瀬様……本当にこの子を堕ろすんですか?医者によれば、もう三ヶ月目だそうです」 「そうだ」 冬馬はそれだけを冷たく言い残し、歩き去った。 秘書は冷たい背中を見送ったまま、長い間動けなかった。 冬馬は車に乗り込み、煙草に火をつける。 煙を深く吸い込むと、五臓六腑が焼けるように痛んだ。 煙を吐き出すと、咳が止まらなくなる。 グローブボックスを開けて、奥から一枚の小さな写真を取り出す。 それは夕凪が流産したあの夜、手術室の中で撮ったエコー写真だった。 大出血で何も写っていなかったけど、あのとき無意識のまま、彼はスマホでシャッターを切った。 これが、彼と夕凪の子どもだ。 夕凪が彼に遺した、唯一の思い出。 指先が小刻みに震えるまま、写真をそっとなぞる。 子どもが欲しかった。でも、彼が欲しかったのは、夕凪との子どもだけだ。 本当は、ずっと宮殿の女たちには薬を飲ませていた。 彼女たちが妊娠するはずなんてなかった。 だけど、細木加余子(ほそぎ かよこ)はずる賢くて、普段から夕凪をいじめてばかりいた。 今回も、どうやったのか分からないけど、うまく妊娠にこぎつけたらしい。 冬馬は皮肉げに笑い、スマホを取り出して秘書にメッセージを送る。 【手術が終わったら、細木を風俗街に売り飛ばせ。 宮殿の残りの女たちも、全員解散させろ】 俺は誓ったんだ。 夕凪を傷つけた奴は、絶対に逃がさない。 スマホをしまい、エンジンをかけようとしたとき、携帯が鳴った。 ――医者からだ。 大事じゃなければ、直接電話なんてしてこない。 一瞬、

  • 遥かなる山を越えて、君を送らず   第18話

    蓮斗はただ静かに笑った。 「どうしても我慢できなくて、夕凪に会いに行ったんだ。謝りたかった、心から謝罪して、許してほしかった。 ……それで、もし彼女が望むなら、お前の前で真実を明かすつもりだった。 『本当に彼女が愛していたのはお前だ』って」 「でも、夕凪は首を横に振った。『もういいの』って。 彼女は、もう助からない病気だって言った。だから、今さら真実をお前に伝えたら、余計にお前を苦しめてしまうって―― 自分が死ぬまで、お前が誤解したままでいい、ずっと恨んでくれていい。そうすれば、お前は悲しまずに済むから……そう言ったんだ」 「一ノ瀬、あの子は本当に、お前を愛してたよ」 冬馬の胸が、何かで押し潰されたみたいに苦しかった。 息をするのさえつらい。 何も言わずに、乱暴にオフィスを出ていく。 一度も振り返らなかった。 蓮斗は、去っていく冬馬の背中をじっと見つめ、やがて自嘲気味に微笑んだ。 あれほど冬馬を羨んでいた自分が、「彼女は本当にお前を愛してた」なんて言える日が来るなんて。 人間、死を前にしたら、不思議と素直になれるものなんだろう。 冬馬は速足で廊下を歩き抜ける。 すれ違う人々がみな、驚いたように視線を向けた。 洗面所に駆け込み、扉を閉め、洗面台にしがみつく。 蛇口をひねると、水の音が全ての音を消してくれた。 その瞬間、こらえていた涙が一気にあふれ出した。 蓮斗の言葉が、鋭いナイフのように心に突き刺さって離れない。 夕凪は、ずっと俺を愛してた。 最初から、ずっと。 そうだ、もし愛してなかったら、あんなに長い間、どれだけ酷い仕打ちを受けても、絶対に俺のそばにい続けるわけがないじゃないか。 「……あああ!」 冬馬はその場で崩れ落ち、絶望の叫びをあげる。 蓮斗ですら分かっていた、夕凪の愛を――なぜ、俺だけが信じられなかったんだ。 なぜ、あんなに彼女を傷つけてしまったんだ。 「一ノ瀬様、大丈夫ですか!」 外から秘書の声が響く。 「……出て行け!」 喉が潰れそうなほど枯れた声が、ドアの向こうの全てを黙らせた。 冬馬は手をゆっくり離し、ふらりと後ろに下がった。 頭の中には、何度も何度も、夕凪のあの蒼白な顔が浮かんでくる。 ――俺は、今まで一度も、ち

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status