登入帰り道——
外に出ると、冷たい空気が頬に触れる。思わず肩をすくめた。 「……さむっ」 (こんな寒かったっけ?) さっきの視線が脳裏をよぎる。一瞬だったけど、あれは確かに俺の顔だった……。 でも、漫画じゃあるまいし、そんなはずあるわけがない。ただの見間違いだ。 やっぱり疲れてんのか俺? そんなことを考えていたら、急に腹が鳴った。 思わず口から言葉が出る。 「……腹減った」 ちらっと二人を見て、俺は言った。 「なんか食わねぇ?」 「いいな!」 大地が即答する。 コンビニで肉まんを買い、三人で並んで歩く。冷たい空気の中、手の中だけが少し温かい。 「うまっ」 夢中になって食べる俺。 「あったけぇ」 肉まんではなく何かを噛み締めている嬉しそうな大地。 「美味しい」 そんな俺らに付き合う白石。 「てかさー、紫音! なんでお前の分まで俺が払うんだよっ!」 「いいじゃん!たまには」 「この金欠野郎!」 「うっせぇ! お前も変わんねぇだろ!」 俺らのやり取りを見て、白石が困ったように微笑む。 「やっぱり私も出すよ?」 「大地! 気を遣わせんなよ?」 「し、白石、遠慮すんなって!」 「大地、お前、顔赤いぞ?」 「うるせぇ!!」 白石は、クスッと笑った。 ◇◇◇ 少し歩いたところで、白石が立ち止まる。 「……あの、私、こっちだから」 指さす先は、住宅街の方向。 「あ、そっか」 大地が少し慌てる。 「今日は誘ってくれてありがとう……」 白石が小さく頭を下げる。 「……また明日」 白石はそう言って少し微笑んだ。そして少し離れてから、振り返り小さく手を振った。 大地が慌てて振り返す。 「お、おう!」 そのまま白石の姿が見えなくなるまで。 少しだけ静かな空気。大地と二人で並んで歩く。大地が、そわそわと落ち着かない。 「紫音……」 「ん?」 「あのさ」 言いかけては止まり、視線が泳ぐ。その様子を見ながら、俺は小さく息を吐く。 「今日お前、部活サボっただろ? キャプテンのくせにさぁ?」 冷やかすように言う。 大地が一瞬固まる。 「さ、さぼってねぇよ! たまたま休みだっつーの!」 真っ赤な顔で何言ってんだか。揶揄うように俺は続けた。 「へー、昨日も休みだったのに?」 大地がさらに言葉に詰まる。 一瞬、視線が泳いだ後、 「……う、うるせぇ!」 大地が照れ臭そうに、こっちを向き、次の瞬間、勢いよく抱きついてきた。 「うわっ!」 思わぬ衝撃に、身体がよろける。 「今日はありがとう……紫音!」 ぎゅっと力がこもる。 「やめろ……!わかったから!」 手で大地の頭を剥がす。 「離れろって! 暑苦しいから!」 それでもしばらく大地は抱きつくのをやめなかった。俺はあきらめて親友《だいち》をじっと見つめていた。 ◇◇◇ ようやく大地が離れた後、小さく呟く。 「……白石、やっぱ可愛いよな」 「白石、白石とうるせぇな」 「わかんねぇかな? ポニーテールのあのうなじ、控えめな唇、くぅー」 「……キモいな、お前」 横目で呆れたように大地を見る。 「うるせぇ!」 照れ臭そうに笑う大地。 「てか、紫音!」 大地が顔をぐっと近づけてくる。 「いつの間に白石と仲良くなってたんだよ?」 「は? そんなの、たまたまだろ」 呆れながら呟く。 大地が肩を落とす。 「……はぁ、俺も購買行けばよかった」 「お前、声もかけれねーのに?」 図星をつかれ、大地が一瞬固まる。 顔が一気に赤くなる。 「うるせぇ!」 そう言って、視線を逸らす。 「でも……ありがと、な」 さっきより少しだけ、落ち着いた声。 「ああ」 ため息混じりに返す。 「てか、きっかけ作ったんだから、頑張れよな」 ぽん、と肩を叩く。 大地が少し見開き、「おう」と小さく頷いた。 ◇◇◇ 夕食を済ませて、風呂に入る。肩まで湯船に浸かった。じんわりと身体が温まっていく。 「ふぅ……」 ふと、腕を動かすと チャプン…… 「……ん?」 視線の先を見ると、腕時計が湯船に浸かっている。 「……あ」 慌ててすぐに引き上げる。 「やべっ」 軽く振って水を払った後、少し疑問が生まれる。 「……アレ?外さなかったっけ?」 じっと時計を見る。 「大丈夫か」 針は普通に動いている。 (……防水か、これ) 「ま、いっか」 気にせず、もう一度湯船に浸かった。 目を閉じると、ふと、大地の顔が浮かぶ。 「……あいつ、ほんとわかりやすいな」 自然と、口元が緩んだ。 ◇◇◇ 自室—— 風呂から上がり、部屋に戻る。ベッドに腰を下ろし、腕時計を見る。 軽く時計を振るが、針は普通に動いている。 「大丈夫か……」 そのままベッドに倒れ込む。 コンコン。ノック音。 「紫音」 じいちゃんの声。 「みかん、食うかの」 ドアが開く。 「もう寝るからいらねぇ」 「まあまあ」 勝手に入ってくる。 手には、みかん。 「甘いみかんじゃぞ」 「いや、だから……」 皮をむきながら、普通に横に座るじいちゃん。 「てか、ここで食うなよ!」 「はっは」 笑いながら、みかんを口に運ぶ。 じいちゃんがほんの一瞬だけ目を細め、こちらを見た。 視線の先には腕時計。 「……あ、この時計さ」 軽く腕を上げる。 「じいちゃんがくれたやつだったよな?」 「……ん?そうじゃったかなぁ」 俺は話を続けた。 「さっき風呂入った時さ、外すの忘れてて」 軽く笑う。 「これ、防水?」 ほんのわずかに、空気が止まる。 「……どうじゃろうな」 じいちゃんが、少しだけ視線を逸らす。 「……ん?」 俺は眉をひそめる。 「どうしたんだ?じいちゃん」 「いや」 何事もなかったように、みかんを口に運ぶ。 「そういえば、紫音」 「最近、身体の不調はないかの?」 「は?」 「別に、何もねぇけど」 じいちゃんが、じっと見る。少しだけ長い視線で。俺は思わず視線を逸らした。 「じいちゃんこそ寒いし縁側とかにいすぎだろ!風邪ひくから気をつけろよな」 「はっは」 軽く笑ってから、じいちゃんは立ち上がる。 「じゃあ、そろそろ寝るかのぅ」 「肌も荒れるしのぅ」 「てか、乙女かよ!」 「はっは」 ドアへ向かう。 「おやすみ、紫音」 「おう、おやすみ」 ドアが閉まり、部屋の中が静かになる。 ベッドの脇にみかんの皮。 「……ったく、捨ててけよ!」 小さく呟きながら、拾ってゴミ箱に捨てる。 ベッドに腰を下ろし、軽く肩を回す。 「……ねむ」 小さく呟く。なんか最近異様に眠い。 そのまま、ベッドに倒れ込む。 枕に顔を埋めて、そのまま目を閉じた。意識がゆっくりと沈み、眠りに落ちていった。 深夜―― ふと、目が覚める。 「……ん」 妙に静かだ……。音がない? いつもなら窓に当たる風の音がうるさいのに、今は家鳴りすらない。 ふとベッド脇に置いた腕時計を見る。 「……っ!」 秒針が……、逆回りに動いてる!? 「……は?」 眉をひそめる。 時計の音だけが妙にうるさい。 カチ、カチ、と、まるで時間が戻るみたいに。 「なんだよ、これ……」 コツ…… 廊下から小さな足音。 誰かがこちらに向けて歩いてきている。 「……じいちゃん?」 小さく呟く。 でも、どこか、何かがおかしい。 現実感が薄い。まるで夢の中みたいに。 コツ、コツ……。 ゆっくり、近づいてくる。 足音が止まる。ドアの前で――。 「……」 息をひそめる。 カチャ……。 ドアノブが、わずかに動き、ゆっくりと開く。 暗闇の向こう。 白い影。その手首に、銀の光。 思考が追いつかない。 「夢……なのか?」 暗闇の中、その銀だけが異様に鮮明だった。そのまま俺の意識がふっと途切れた――。梅雨に入ってから毎日雨が続いている。茶髪でウェーブのかかった私の髪は、雨のせいでなかなか纏まらない。「もうっ最悪!」「早く用意しないと遅れるわよー」 奥からお母さんの声。「わかってるー」 鏡を見ながら、髪の毛をなんとか纏める。「うん!これでよし……」 傘を差し、バス停に向かう。 時刻は8時00分。少し遅れてバスが来る。 傘を畳んでバスに乗った。 学校までは15分。HRに間に合うかどうかのギリギリの時間。でも、このバスに乗るのは理由があった―― 今日もバスを降りると、後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。 無意識にその方向を見る。 黒川くん。私がバスを遅らせる理由。「お、おはよう」「おー!佐伯も遅刻ギリギリかよっ!」 校門に先生達が立ち、門を閉め始める。「やべぇ!おい!佐伯も走れ!」 子供みたいなイタズラっぽい笑顔が、朝から眩しい。(今日もキラキラしてる) 教室―― 無意識に目がそっちに向く。今日も黒川くんは机に突っ伏して寝ている。 ふふっと思わず笑みが漏れる。 寝ている黒川くん、友人達と話している黒川くん、そして―― たまに遠くを見ている彼の瞳が哀しそうに見えるのは何故だろう?気づくといつも目で追ってしまう自分がいる。 こんな風に黒川くんを意識し出したのは、いつからだったかな。 あれは、そう。去年の冬―― お母さんが入院した時だった。日々働き詰めだったお母さんは疲労で倒れた。お父さんと離婚してから、ずっと気を張っていたし、かなり無理をしていたんだと思う。 少しでも力になりたくて夜、コンビニでアルバイトを始めた。 疲れているのもあって、私は学校ではほぼ誰とも深く関わらなくなっていった。 そんな時、私に関する噂が流れた。 援交してるだとか、男に媚びてるだとか、根も葉もないそんな噂。 クラスメイトが私の話題を悪びれもせず、気軽に口に出した時、「やめろよ!」と声がした。 ハッと声がした方向に視線を向ける。「お前ら……うるせぇ」「……く、黒川、俺らは別に……」「別にってなんだよ?」「聞いてて胸糞悪いんだよ!」 そう言って教室を出ていく。私に何か言うわけでもなく、ただそう言って噂していた人たちを黙らせた。 それから私を噂する声はピタリと止まった。 嬉しかった、救われた、味方になってくれた。
翌朝。目を開けると、大地の顔が至近距離にあった。「……は?」 何だ、この状況? 起き上がろうとすると、大地の腕が俺の身体をがっちりと抱き込んでいる。 まだ夢を見ているのか、大地はゆっくりと顔を近づけてくる。「白石……好きだよ」「……!?」(いや、俺は白石じゃねぇ!)「お、おいっ!やめろ!」 力強く抱き寄せられる。腕を振り解こうとするがガッチリと掴まれていて逃れられない。「……っ!?」 唇が重なる寸前――俺は容赦なく大地に頭突きを食らわせた。「い、いってぇーー!」「……あれ?白石!?どこだ?」 まだ寝ぼけている大地。「どこだじゃねぇ!この変態野郎!」 額を押さえながら大地は俺の顔を見る。「紫音……?」「はぁ……夢かよ」「お前は寝ぼけすぎなんだよ!」「おっ!いつもの紫音に戻ってるじゃん!」「は?」「昨日の夜、何か様子おかしかったから心配してたんだよ」「風呂に一緒に入ろう?とかさ」「は?俺が?」(あの分身野郎め……)「紫音、もう一回言っていいか?」「何をだよ?」 制服に着替えようとして、俺は着ていたスウェットを脱ぐ。「俺は……お前の気持ちには応えられん!」「……は?」 思わず目が点になる。「だから諦めろ!俺は白石一筋だ!」「……まあ、お前のことも好きだけども」「……は?」 一瞬飛んでた意識が戻り、大地にツッコむ。「待て待て待て! 何を勘違いしてんだ!」「昨日、風呂一緒に入ろうって言ったじゃん!」「それ俺じゃねぇ!いや、風呂ぐらい入るだろ!別に変じゃねぇ!」「紫音、お前何で服脱いでんだよ……」 大地の顔が赤くなる。「は?何言ってんだ?お前っ!」 自分の姿を見る。パンツ姿に気づく。「……これは、着替えようとしただけじゃねぇか!てか、こっち見んな!変態っ!」「俺こそお前の気持ちには応えられねぇよ!」 少し間があった後、「ぷはっ」 大地が噴き出す。 その顔を見て、呆れながら俺も一緒に笑った。◻︎◻︎◻︎ 制服に着替え、階段を降りる。リビングから母さんが顔を出す。「二人ともおはよう!大地くん、よく眠れた?」「はい!めちゃくちゃ寝ました」「朝ごはん、冷めないうちに食べなさいね」 大地がいると母さんは張り切る。「朝から豪華だなー!すげー!」「うふふ、おばさん張り切
廃ビルの外に出た。夜風が頬の傷に染みる。 激戦があったとは思えないほど静まり返っている。でも頬や脇腹、下腹部に残る痛みが、あの戦いが現実だったことを実感させる。 俺は身体の痛みを我慢しながら、ビルからビルへ飛び、暗い闇の中を走り抜け家路に着いた。自宅前—— 静まり返った住宅地。既に自宅の明かりも消えていた。「今、一体何時なんだ……?」 一人ポツリと呟き、二階の屋根に登った。 窓から中をそっと覗くと大地と分身が布団に入っているのが見えた。「……無事みたいだな」 そう口にした瞬間、安心したのか全身の力が抜けた。倒れ込むように屋根に仰向けで寝転がると、夜空いっぱいに星が広がっていた。 「……力の差、か」 誰に聞かせるでもなく思わず口から出る。 起きたことを思い出すと手が自然と震える。震える手を抑えながら、俺は小さく「……revert」と呟く。 銀色の光が静かに身体を包み、俺はシルバーからいつもの制服姿へ戻った。「……寒っ」 制服に戻ると夜風がさっきより冷たく感じた。 そっと窓を開けて自室に入る。窓のそばにいつもの黒い腕時計が目に入る。時計を手に取り腕にはめる。そして小さく「ただいま」と呟いた。 二人を起こさないよう、そっと制服を脱ぎ、替えのスウェットに袖を通す。その瞬間、下腹部の傷がズキリと痛む。「……風呂入ったら沁みそうだな」 俺はそっと自室のドアを開け風呂場に向かった。風呂場の鏡に映る自分を見る。頬の傷、身体中の痣、下腹部の傷——改めて見ると思っていた以上に酷かった。 痛みを我慢しながら少し冷たくなった湯船に浸かった。傷口に湯が触れると痛みが走り、思わず歯を食いしばった。 風呂を出てから、身体と顔に傷バンを貼り部屋に戻った。 大地と分身が寝ている狭い布団にそっと潜り込み、そのまま深い眠りについた。◇◇◇ログチー、分身side(紫音が戻る少し前の時間枠)「大地が戻ってこないな」「大地くん、長風呂なんだね」「乙女かよ!シルバーなんて烏の行水だよ?」「シルバー様は面倒くさがりだから」「気になるなぁ……やっぱり見に行くぞ!偽シルバー!」 階段を降り、風呂場に向かうが、風呂場に人の気配はない。「いないね」「トイレかなぁ?」 トイレにも明かりは灯っていない。「まさか……攫われた?」「シルバーの家
「兄ちゃんがあの化け物倒したんやろ?」「……っ!」 久我が俺の反応を見て口角を上げる。「反応なくなったから見にきたんや。まあ、コイツらに回収させよう思てたけど……無駄足やったみたいやな」 久我はやれやれといった顔をする。 そして俺へ視線を向けながら言った。「でもまあ、ここに来たんは無駄やなかったけどな」 どこか嬉しそうにしながら久我は笑う。俺は久我を睨みながら尋ねる。「お前たち……ブラックカンパニーの奴か?」 その名前を出した瞬間、久我は露骨に嫌そうな顔をした。「やめてくれるか?」「は?」「そのダサい名前で呼ぶん」「は?」 思わず目が点になる。「く、久我さん!またそんなこと言ったら隊長が……」 丸谷が会話に入ってきた途端、久我がゆっくりと目を開き丸谷を見据えた。「誰が喋ってええ言うた?」「ひ、ひぃっ!」 丸谷は肩を震わせそのまま黙り込む。 あまりのビビり具合に俺は少し後ずさる。「今は兄ちゃんと話しとんねん。黙って聞いとき」 久我は再び俺へ視線を戻す。 「なあ、兄ちゃん?」 笑顔のまま、胸ポケットから一本のナイフを取り出し、指先でクルクルと回した次の瞬間―― シュッ。「……っ!」 咄嗟に避けるが、ナイフは頬をかすり後ろの柱へ深々と突き刺さる。 そっと頬を指でなぞると、赤い血が滲んでいた。「は?……お前!いきなり何すんだよっ!」 久我は楽しそうに笑いながら「兄ちゃん、何勘違いしとるん?」「俺は敵やで?」「怪我するかどうかなんて、知ったこっちゃないわ」 そう言ってこちらに向かって一歩踏み出してくる。「兄ちゃんの実力……俺にも見せてくれや」 糸目の目を見開き、ニヤリと久我は笑った。 その瞬間、二本目のナイフが一直線に飛んでくる。 キィン! 銀のチェーンで弾き飛ばすとナイフは床を滑り落ちた。「ほぉ……」 久我はまた少しだけ目を見開いて笑う。「そのチェーン、飾りとちゃうんやな」「試してんのか?」「そんなとこや」「兄ちゃんがホンマに噂通りか知りたかってん」「噂?」「怪盗シルバー」 俺は無言のまま睨み返す。「……返事せぇへんのか?」 久我はクスッと笑う。「兄ちゃん、気に入ったで」 そう言った後、久我の姿がふっと消える。「なっ!?」 真横に人の気配!?「遅いで?」 耳元で
アルジェントが去った後、廃ビルの中はさらに静けさを増していた。疲れがどっと押し寄せてくる。その場に座り込み、ふと息をついた。「その答えだけ覚えておけ……か」「……たく、雑な怪盗め!」 ブツブツ呟きながらビルの外を見る。満月が廃ビルを照らしていた。 手の中を見て、そのまま握りしめる。「なんとか生きてたな……俺」 そう呟いた後、自分の意思とは関係なく口角が勝手に上がるのを感じた。 少し違和感を感じながら立ち上がる。 廃ビルを見渡す。さっきと特に変わりはない。ビル内は静まり返っている。「あ……カード!!」 思い出したようにポケットから黒いカードを出す。 カードからはタイムリミットの時間も、書いていた文字も消えていた。「上手くいったんだよな……多分」 ホッとして胸を撫で下ろす。そう安心した、その時だった。 ガタンッ!! 廃ビルの奥から大きな物音が響く。 (なんだ……?) 警戒しながら、声のする方向へ視線を向けた。「うわっ!」「痛えよ、押すな!」「ちゃんと前見て下さいよ〜」「僕は僕の顔を見ていたい」「だから前見て下さいって!」 ……人の声? 俺は反射的に物陰へ身を隠す。足音が複数聞こえてくる。そのままゆっくりとこちらへ近づいてくる。 物陰からそっと様子を伺う。「隊長にバレたら絶対怒られるって……」 丸々とした短身の男が辺りをキョロキョロ見回している。「まだバレてないだろ!気合いだ!」 見るからに脳筋男が胸をドンと叩く。「僕の顔を見たら隊長も許してくれるさ」 長髪の男はいかにもナルシストっぽい。「静かにして下さいよ!」 細身で気の弱そうな男が諭す。 ……なんなんだ、あいつら。 敵……なのか?「俺ら、後始末ばっかじゃん?なんかもっと目立ちたいよなぁ?」 ナルシスト男が呟く。「成宮さん!もう鏡いいですから、早く探してくださいよ!」 細身の男が諭している。「もういっそのことなかった!って報告しようぜ!」 脳筋の男が適当に応える。「筋田さん、隊長に怒られますって!」 短身の男がぼやく。「だから僕の顔に免じて許してくれるさ」 成宮と呼ばれた男が鏡を見ながら髪を整えている。「三人ともいい加減、真面目にやって下さいよ!」 細身の男が困りながらオドオドしている。「細谷、お前うるさい!!」 三人
アルジェントはゆっくりとこちらへ歩いてくる。瓦礫を踏む足音だけが静かな廃ビルに響いた。 俺は肩で荒く息をしながら、その姿を睨みつける。「は?及第点?いたんなら助けろよ!」 思わず声を荒げる。「死ぬとこだったんだぞ!?」 アルジェントは表情一つ変えない。「だが、生きている」「それは結果論だろ!」 アルジェントへ詰め寄ろうと立ち上がるが、脇腹に激痛が走る。思わず顔をしかめ、その場に膝をついた。「……くっ」 アルジェントはそんな俺を見下ろし、小さく口元を緩める。「怪我をしたのか?」「うるせぇ! ただのかすり傷だ」「その割には苦しそうだが?」 からかうように微笑むアルジェント。 息を整えながら、俺はゆっくり立ち上がる。「何ともねぇって言ってんだろ」 そう強がってみても、全身の震えと額から流れる冷や汗は止まらない。 アルジェントは無言でジャケットの懐に手を入れる。「……?」 次の瞬間、小さな丸薬のようなものを俺の口へ放り込んだ。「んぐっ!?」 そのまま飲み込んでしまう。口の中に強烈な苦味と薬草のような臭いが広がる。「臭っ」 涙目になりながらアルジェントを睨みつける。「おい!何飲ませたんだよ!毒じゃねぇだろうな!?」 アルジェントは一言「痛みを和らげるものだ」と言い、仮面の男が倒れた場所へそのまま歩いていく。「ちょっ、待てよ!」 そう言ってアルジェントの後を追う。 さっきまで戦っていた仮面の男が目の前に倒れている。全くピクリともしない。アルジェントは仮面の男の仮面を確かめようと手を伸ばすが、その瞬間―― シュゥゥゥ…… 男の身体が黒い粒子となって崩れ始めた。「……は?」 肩が、腕が、胸が順番に崩れていく。まるで砂時計の砂が風にさらわれるように静かに消えていく……「……消えた?」 その光景に目を奪われる。 その後、そこには砕けた瓦礫だけが残った。 呆然となっている俺の横で、アルジェントは当然のようにその光景を見つめていた。「驚くことはない」「いや、驚くだろ!」 思わずツッコミを入れる。「いきなり消えたんだぞ!?」「てか、説明しろよ!色々雑なんだよっ!」 アルジェントは静かに俺へ視線を向ける。「な、なんだよ」 アルジェントは、ははっと笑う。「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな」「大丈夫