Se connecter1年半後、私の検査結果は依然として安定していた。私の記憶が完全に元に戻ることはなかった。朝に見た映画の結末を忘れてしまうこともあったし、頭の中で木曜日が火曜日にすり替わってしまうこともあった。私はスマホのリマインダーに頼ることを恥じなくなり、些細な記憶が抜け落ちるたびに「自分が消えかけている」と絶望するのをやめた。6週間ごとの検査結果が、私たちの平穏な日常を左右するという現実に変わりはなかった。検査の日の朝、龍臣と私は一つのルールを決めた。待合室でこの先の不安を口にしないこと。私たちはくだらないテレビ番組について言い争い、病院の売店で買ったおにぎりやパンを品評し、まるで数時間後の検査結果になど、私たちの日常を支配する力はないのだと言わんばかりに、夕食のメニューについて真剣に話し合った。龍臣は、どうにか人に出せるレベルの朝食を3種類作れるようになった。そして、持ち前の「すべてを自分のコントロール下に置きたい」という衝動に駆られた時には、まずこう尋ねる術を身につけた。「アドバイスが欲しいか?それとも、ただ愚痴を聞いてほしいだけか?」詩音は、第七埠頭基金の顧問弁護士に就任した。瑛太が婚約した時、龍臣は25年物の高級スコッチを木箱ごと送りつけたが、未だに瑛太に嫉妬していることなど、彼は絶対に認めようとしなかった。私たちは、御影の本家では結婚式を挙げなかった。式場に選んだのは海沿いにある小さな植物園で、招待客は30人にも満たなかった。アネモネの花も、蜂蜜色のダイヤモンドも、頭上を旋回する警備のヘリコプターもなかった。私が手にしたのは、白い木蓮とローズマリーを束ねただけのブーケ。指輪は艶消しゴールドのシンプルなもので、その内側には短いメッセージが刻まれていた。——【明日、もし君が選んでくれるなら】私が祭壇にたどり着く前から、家政婦の野村はすでに泣き出していた。源治は海風のせいで目にゴミが入ったふりをしており、白石医師の隣に立つ詩音も微笑んでいた。瑛太は、「この新郎が俺に借りを作るのをどれほど嫌がっているか」を完全に理解しているような、得意げな笑みを龍臣に向けていた。誓いの言葉の前に、龍臣は参列者の前で私に一枚の書類を手渡した。それは婚約合意書でも資産目録でもなかった。両親が亡くなった後、彼が裁判所でサインした後
3ヶ月後、私は経過観察のMRI検査のために、龍臣と共に本国へ戻った。御影市の広大な敷地は様変わりしていた。東棟にあったクチナシの温室は再建されておらず、そこにはただ見晴らしの良い芝生が広がっていた。私の部屋も、ガラスケースに保存された少女の寝室のような気味の悪さは消えていた。壁にあった監視端末は取り外され、ドアには私しか暗証番号を知らない、ごく普通の電子ロックが取り付けられていた。出迎えてくれた家政婦の野村は、涙ぐみながら私を抱きしめたが、私の体を気遣うようにすぐにパッと離れた。源治は玄関の階段で、第七埠頭の新しい権利書を手に待っていた。龍臣は私の資産を返還しただけではなかった。両親が何年も前に手放すことを余儀なくされた、海運保険の権利までも取り戻していたのだ。「社長は『本来お前の手にあるべきものを、元の場所に戻しただけだ』と仰っていました」源治は私に告げた。「彼はどこにいるの?」「地下の会議室です。本日は、ご両親の偽装事故に関する最終的な処分が下される日ですので」私は地下へは降りなかった。昔の私なら、龍臣がすべてを解決してくれるのを待ち、周りがうっかり漏らす断片的な情報から、真相を推測するしかなかっただろう。だが今回、私は自分の弁護士と面会した。第七埠頭を独立した専門チームの管理下に置き、暴力事件の被害者のための神経リハビリテーション基金を設立する手続きを行った。夕暮れ時、龍臣が家に戻ると、私はキッチンでリンゴをウサギの形に剥いていた。「処分は下ったの?」私は尋ねた。「ああ。あの事故を仕組んだ幹部たちは、一族の最高幹部会によってグループから永久追放された。証拠はすべて特捜部に引き渡した」財閥の闇の処分というものは決して綺麗事では済まない。だが龍臣は、私へのラブレター代わりに彼らを「社会的に抹殺」するような真似はしなかった。彼はあの忌まわしい過去の事件を、私たちの生活から完全に切り離すことを選んだのだ。「私も今日、第七埠頭の件を片付けたわ」私は管理委託の契約と、リハビリ基金の設立について説明した。彼はたった一つだけ質問した。「俺のサインは必要か?」「ううん」「……なら、いい」その短い言葉は、彼がこれまでに私に買い与えてくれたどんな高価な贈り物よりも、深い敬意に満ちていた。
第一クールのワクチン療法を終えた後、MRI検査の結果は、腫瘍の進行が抑えられていることを示していた。完治したわけではない。私たちはただ、いつ返却を迫られるか分からない時間を、死神から前借りしたに過ぎなかった。私は退院し、龍臣のマンションで暮らすことになった。私たちは別々の寝室を使い、彼は「夜9時以降はノックしない」という自分のルールを頑なに守り続けていた。毎朝、彼はキッチンのホワイトボードにその日の予定を書き込んだ。薬の時間、リハビリ、散歩、そしてがんとは全く関係のないささやかな日常のイベント。月曜日、私たちは湖畔で白鳥に餌をやった。火曜日、彼はまともな雑炊の作り方を習得した。水曜日、彼は私を路面電車に乗せ、あえてルートの案内を私に任せた。私は見事に降りる駅を間違えてしまった。達筆すぎて読めない手書きのお品書きしかない、昔ながらの定食屋を見つけた。そこで龍臣は適当に文字を指さして注文し、うっかり食後の甘味を3つも頼んでしまった。彼は自分のミスを認めるくらいならと、その3つの甘味をすべて平らげた。店員は明らかに彼が経済ニュースを騒がせた人物だと気づいており、存在しないSPを警戒して、しきりにドアの方を気にしていた。龍臣はそれを完全に無視し、ネクタイを緩めると、お皿の最後の一口を私に奪われるがままにしていた。それは、私の24年間の人生の中で、最も「普通の日常」に近い一日だった。その夜、私は彼の書斎で鍵のかかった金属製の箱を見つけた。龍臣は何も説明せず、その鍵を私の目の前に置いた。中には、私の人生に関する7年分の記録が詰まっていた。後見人の決定通知書、学費の領収書、ボディガードからの報告書、初めて一人旅をした時の旅程表、そして、すべての始まりとなったあの「愛してる」というメッセージのプリントアウト。その一番上には、宛先のない手紙が置かれていた。日付は半年前のものだった。【お前を愛しているからこそ、俺はお前から離れなければならない。だが、もし俺が離れることで、お前が『自分には愛される資格がないのだ』と思い詰めるのであれば、俺が掲げてきた『守る』という大義名分は、お前を傷つけているのとなんら変わりはないのだ】彼は、半年前にはすべてを理解していたのだ。ただ、それを正す勇気が持てなかっただけだった。「どうして、こんな
カンファレンスで、医師から二つの選択肢が提示された。一つは、標準治療を継続すること。副作用は予測可能だが、再発の確率は絶望的なほど高かった。もう一つは、初期段階にある患者個別のワクチン治験に参加すること。これには新たな組織サンプルの採取が必要であり、重篤な免疫反応を引き起こすリスクを伴っていた。「治験を受けます」私は答えた。私の右側に座っていた龍臣は、口を挟まなかった。白石医師が彼の方を向いた。「ご家族として、何かご意見はありますか?」「彼女は俺の所有物ではない」龍臣は静かに言った。「彼女の意志がすべてだ。俺はただ、彼女がすべてのリスクを正しく理解できているかを確認するためにここにいるだけだ」彼が私に問いかけたのは、二人きりでエレベーターに乗り込んだ後のことだった。「……怖いか?」「ええ」「俺もだ」そこには、「俺が何とかしてやる」というような偽りの約束も、世界の頂点に君臨する存在としての傲慢さもなかった。彼のその嘘偽りのない言葉は、どんな確信に満ちた保証よりも私を安心させた。……治療が3週目に入った頃、源治から連絡が入った。西園寺家の内部で、破談になった結婚式を口実にクーデターを起こそうとする動きがあり、反対派の幹部たちが私の両親の不審死に関連する過去の裏口座情報を掘り返したらしい。龍臣は、最低でも48時間は御影の本家に戻る必要があった。電話を切った後、彼は自分の決定を一方的に告げることはしなかった。代わりにこう尋ねた。「俺に、ここに残ってほしいか?」昔の龍臣なら、すべての手はずを整えた上で、その結果だけを私に突きつけていただろう。彼のパスポートとスマホはすでにテーブルの上に置かれていたが、彼はそれに手を伸ばそうとはしなかった。今この瞬間、どんな場所でも最大の権力を持つこの男が、私のたった一言のために、すべての不利益を被る覚悟を決めていたのだ。私が望めば、彼をこの部屋に留めておくことができた。その事実を知ったことで、私はより簡単に彼を手放すことができた。「行って。私を愛していると証明するために、あなたが自分の組織を火の海にする必要なんてないわ」彼はその夜、本国へと発った。彼がいない二日目のことだった。突然の高熱に襲われ、私はナースコールを押すのが精一杯だった。
病理検査の結果は、誰もが予想していた以上に残酷なものだった。外科医は目視できる腫瘍を可能な限り摘出したが、がんはすでに神経線維に沿って広がっていたのだ。医師から治験段階のワクチン療法を受けられるかどうかの判断を下される前に、私はまず6週間に及ぶ放射線治療と化学療法を乗り越えなければならなかった。龍臣は、表舞台に立つ予定をすべてキャンセルし、九条グループの日常業務を源治に一任した。彼は病院の向かいにあるごく普通のマンションを借り、毎朝7時になると朝食を持って病室に現れた。そして夜の9時になると、私のプライベートな空間に足を踏み入れようとはせず、静かに帰っていくのだった。彼の手料理は、ひどい有様だった。初日は、塩と砂糖を間違えて雑炊を甘ったるくして台無しにした。二日目は、切られていない玉ねぎが丸ごと一個、味噌汁の中に浮かんでいた。三日目の朝、ついに耐えきれなくなった私は、看護師に頼んで「一階に食堂がある」と彼に伝えてもらった。翌日、彼は真新しい料理本を手に現れた。その表紙には、黄色い付箋が貼られていた。【家事苦手な総帥だって、努力次第でまともなメシくらい作れるようになる】私は、吹き出しそうになるのを必死で唇を噛んでこらえた。しかし、抗がん剤治療にロマンチックな要素など欠片もなかった。髪は手ぐしを通すだけでごっそりと抜け落ちた。口内炎のせいで水を飲むことすら苦痛になり、日常の些細な言葉が突然、頭の中から消え失せることもあった。ある日の午後、私は中庭から病室へ戻る道順が分からなくなってしまった。私は雪の中にうずくまり、喉が擦り切れるほど泣きじゃくった。龍臣が血相を変えて駆けつけてきた。だが彼は私を無理に引っ張ったりせず、「怖がらなくていい」などという安っぽい慰めの言葉も口にしなかった。2メートルほど離れた雪の上にしゃがみ込むと、衛星地図を表示したスマホを、私たちの間の雪面にそっと置いた。「どっちへ行くか、お前が決めろ。俺はついていく」私は3回、間違った道を選んだ。彼は何も訂正することなく、私の間違った道のりを3回とも黙ってついてきた。4回目の挑戦で、ようやく入院棟のガラス扉が視界に入った。「あなた、本当は正しい道を知っていたんでしょ」「正しい道を知っているからといって、お前をそこへ無理やり引きずり込む権利が俺に
午前4時、白石医師をはじめとする医療チームが手術の説明にやってきた。腫瘍は言語と記憶を司る神経回路に深く絡みついていた。機能を極力温存するため、腫瘍摘出の途中で私を覚醒させ、写真の名前を答えさせたり、見知った顔を認識できるか確認したりするという。もし出血が止められなかったり、脳の腫脹が激しくなれば、そのまま二度と目を覚まさない可能性もあった。「術後の緊急連絡先を記入してください」看護師がボードを差し出した。瑛太の名前を書こうとしたが、ペンが紙の上でぴたりと止まった。ドアの細いガラス窓越しに、廊下の硬いパイプ椅子に座る龍臣の姿が見えた。常に人を待たせる側だったはずの九条グループのトップが、仕事の連絡を一切絶ち、7時間もの間、ただひたすらそこで待ち続けているのだ。私は「白石直人」と書き込んだ。龍臣は提出された書類が病室から運び出されるのを見たはずだが、何も聞いてこなかった。手術室に運ばれる直前、彼は私の掌にある小さなものをそっと握らせた。指輪でも九条家の紋章でもなく、縁のすり減った、古い地下鉄の切符だった。「お前が18歳の時、SPの目を盗んで一人で地下鉄に乗ったことがあっただろう。家に帰ってきたお前は、これを俺のジャケットのポケットに押し込んで、『普通の人になる練習をしなきゃ』と言って笑ったんだ」私にはそんな記憶は、微塵も残っていなかった。「目が覚めて、俺のことをすべて忘れていたとしても構わない」と彼は言った。「ただ、かつてお前が『普通の生活』をどれほど望んでいたかということだけは、どうか思い出してくれ」静脈に冷たい麻酔が流し込まれていく中、扉の向こうで彼が、静かに祈りの言葉を呟いているのが聞こえた。手術は11時間にも及んだ。途中で覚醒させられた私に、白石医師が次々と写真を提示していく。りんご。橋。青い自転車。最初の二つは答えられたが、三つ目の言葉が唇からこぼれ落ちる前に、意識の彼方へと霞んで消え去ってしまった。次にモニターに映し出されたのは、龍臣の写真だった。彼の顔が、私にとって特別な意味を持つことだけは直感でわかった。胸の奥が締め付けられるように痛む。けれど、どうしても名前が出てこない。「この人は誰ですか?」白石医師が優しく尋ねる。「……私の……居場所」私は微かな声でそう呟いた。