เข้าสู่ระบบ楓もいる。会話もしている。なのに、目が合う時だけ空気が少し柔らかい。私は妙に落ち着かなくなる。「飲める」「甘くしましょうか」「子供扱い?」「疲れてる人扱い」その言い方が、軽いのに優しかった。ミルの音が部屋に広がる。豆の香り。翔太の手元。量る。挽く。カップを温める。迷いのない動き。私はぼんやり見ていた。懐かしい。五年前。朝のカフェ。カウンターの中にいた翔太。「今日は眠そうですね」なんて笑っていた人。「ちゃんとバリスタっぽいね」小さく言うと、翔太が少し笑った。「元なので」「懐かしい」その言葉に、翔太の手が少しだけ止まった。本当に、わずかに。でも、何も言わない。ミルの音が止み、部屋にコーヒーの香りだけが残った。「バスケ、好きなんですか?」楓が棚の一角を見る。そこには、バスケットボール関連の雑誌と、小さなチームロゴのグッズが並んでいた。「結構好きです」「チームどこ?」翔太が答えた瞬間、楓が顔を上げる。「え、俺も」「本当ですか」「子供の頃、西海岸住んで。親の仕事で」「あ、そうなんですね」「現地で試合見てから好きで」そこから、急に打ち解け始めた。試合。選手。プレーオフ。時差。現地観戦。不思議なほど会話が噛み合う。楓は基本的にテンションが高い。でも、スポーツの話になると、ただ騒ぐだけではなくなる。見てきたもの。好きなプレー。印象に残っている試合。そういうものを、ちゃんと言葉にする。翔太は楓の勢いに自然に合わせながら、必要なところだけ少し落ち着かせる。転がしている。大人だ。その横顔を見て、私は少しだけ感心してしまった。楓は扱いづらい。悪い人間ではないけれど、距離の詰め方が乱暴だし、テンションで押してくる。それなのに、翔太は変に引かない。近づきすぎもせず、突き放しもしない。自然に受け止めている。「砂糖いります?」翔太がこちらを見る。「疲れてそうだから、少し甘めにしたら?」目が合う。優しい。ちゃんと見ている。楓と話しながらでも、私の方を見ている。その視線に、少しだけどきっとする。なんでそんな顔をするんだろう。自然すぎる。正人の言葉がまた頭をよぎる。――まだ好き。違う。考えすぎ。私はコーヒーに視線を落とした。カップを受け取ると、手の
翔太からのメッセージを見て、私は少しだけ肩の力を抜いた。「疲れてるなら、一瞬こっちに逃げます?』『コーヒー入れるし』その言い方が、妙に翔太らしかった。心配しているのに、重くない。気遣っているのに、踏み込みすぎない。ただ、「逃げます?」という言葉。来ます? でも。話聞く? でもなく。逃げ場として部屋を開けてくれる感じが、今の私には少しだけありがたかった。一方で、正人の言葉が一瞬だけ頭をよぎる。――彼、多分まだ愛子のこと好きだよ。小さく眉を寄せる。違う。あれは正人の憶測。翔太はただ、優しいだけ。隣人として。昔付き合っていた相手として。気を遣ってくれているだけだ。変に意識する方がおかしい。向かいでは楓が、コンビニのチキンを食べながらソファに寝転がっていた。コンビニで買ってきた戦利品が、テーブルいっぱいに散らばっている。おにぎり。グミ。ポテチ。カップ麺。そして、なぜか大量のプリン。「弟が急に日本帰ってきてて、ほんと疲れてる……」小さく呟くと、楓が顔だけこちらに向けた。「なにその言い方」「事実」「久々なのに」「羽田なうで来る人に優しくする余裕ない」「サプライズじゃん」「迷惑」即答した。楓は笑う。悪びれない。本当に悪びれない。昔からこうだ。距離感が近い。愛情表現が重い。しかも本人に、シスコンの自覚が一ミリもない。私はテーブルに置いていた紙袋を見る。少し良いアラビカ豆。色サンプルのお礼に買ったもの。前に翔太が、家でもちゃんとコーヒーを淹れると言っていたから、なんとなく渡したかった。今なら口実になる。スマホを手に取る。『色サンプルのお礼で渡したいものあるから、少しだけ行ってもいい?』すぐ返信が来た。『どうぞ』『鍵開けときます』私は立ち上がった。「ちょっと隣行ってくる」楓がプリンを咥えたまま止まる。「隣?」「今日助けてもらったから、お礼」「男?」「隣人」「男?」「男だけど」楓の顔が一瞬で嫌そうになる。「え、嫌だよ一人にしないで」「は?」「俺も行く」深く息を吐いた。始まった。「来なくていい」「てか、一人で男の部屋に行くの?」「隣」「隣でも男の部屋でしょ」「コーヒー飲むだけ」「ご近所にしては近くない?」「楓」「はい」「ほんと面倒くさい」
いつも余裕そうに、少し斜めから見てくる翔太が。同じ階で楓を見て、私の部屋に入るところを見て、すぐにメッセージを送ってきた。その事実が、胸の奥を変なふうにくすぐった。「何笑ってんの」楓が袋からプリンを取り出しながら聞く。「別に」「さっきの男?」私は無言で楓を見る。楓はにやっと笑った。「やっぱ知り合いじゃん」「楓」「はい」「余計な詮索しない」「じゃあ質問を一個にする」「だめ」「昔の男?」「うるさい!!」即答だった。「なんでそうなるの!」「だって反応がそれ」「何でも茶化さないで」「茶化してない。観察」「もっと悪い」楓は笑いながら、ビールを一本開けた。「でもさ」「何」「正人さんといい、今の隣の男といい」嫌な予感がした。楓はコンビニの袋を漁りながら、何でもない顔で続ける。「愛子、趣味一貫してるね」「どういう意味」「背高くて、顔がよくて、ガタイが良くて、ちょっと落ち着いてて、でも中身に熱ある感じ」私は言葉に詰まった。当たっているようで、当たっていない。いや、当たっている部分があるからこそ、腹が立つ。「正人はそういうんじゃない」「そう?」楓はプリンの蓋を開ける。「でもあの人、愛子を見る時、めっちゃ大事そうだったよ」胸が少し揺れた。「……見すぎ」「見てなくても分かる。空気が違かったから」楓はスプーンを探しながら言う。「で、隣の人は?」「ただの隣人」言った瞬間、自分でも少し引っかかった。ただの隣人。何度この言葉を使えば、そうなるんだろう。楓は私の顔を見て、また笑った。「今の顔、ただの隣人じゃないね」「うるさい」「昔の男?」「しつこい」「図星なんだ」「楓」「はい」「本当に黙って。殺すよ」楓は両手を軽く上げた。「黙る」三秒後。「でも、あの人も愛子のこと気にしてたよ」私は返事をしなかった。スマホの画面をもう一度見る。翔太からの最後のメッセージ。『びっくりした』それだけ。たったそれだけなのに、いつもの翔太よりもずっと感情が見える気がした。私は少し迷って、返信を打った。『急に弟が帰国してきた』『今日ってか、しばらくソファに泊めることになってる』すぐ既読がつく。『仲良いんですね』いつもの軽さが少し戻ってきた。私は少し安心する。『いや本当にすごく迷惑
タクシーが夜の道路を滑っていく。窓の外に、東京の街明かりが流れる。隣に座る楓は、さっきからやたら機嫌がいい。久々の日本。久々の愛子。たぶん、それだけでテンションが上がっている。一方で、私は少し疲れていた。仕事終わり。ローンチ案件。突然帰国してきた弟対応。エネルギーをほぼ使い切っている。「で」楓がコンビニで買った缶コーヒーを指先で回しながら言った。「さっきの人」嫌な予感がした。「……何」「愛子に気あるね」即答だった。私は思わず顔をしかめた。「うるさい」「いや、絶対そう」楓は笑う。妙に自信がある顔。昔からこうだ。軽い。距離が近い。テンションが高い。でも、人を見る目だけは、なぜか鋭い。「見てた感じ、普通の同期じゃない」「同期」「でも好き」「うるさい」即答した。「しかも結構本気」「楓」「はい」「疲れてるから今その話したくない」楓は少し肩をすくめる。でも、楽しそうだ。「ふーん」その顔がまた腹立つ。「でも、愛子」楓が少しだけ真面目な声になる。「なんか、前より柔らかい顔してた」私は少しだけ黙った。正人のことを考えた。コンサート。広場のピアノ。タクシー。待つと言った顔。好きだから、と言った声。胸が少しざわつく。でも。今は考えたくなかった。「……うるさい」窓の外を見る。楓は少し笑った。「図星じゃん」本当に面倒くさい。部屋へ着く頃には、少しだけ現実感が戻っていた。玄関を開けると、楓が勝手に靴を脱ぎ始める。「うわ、ちゃんとしてる」「普通」「東京に住む、女の家って感じ」「どういう意味」「綺麗ってことじゃん」スーツのジャケットを脱ぎながら、小さくため息を吐く。「ソファね」楓が振り返る。「え?」「寝床」「久々なのに?」「三日したら実家帰ってよね」「冷たい」「普通」楓は荷物を置いて、勝手に冷蔵庫を開け始めた。「酒ある?」「勝手に見ない」「ビールしかないの?」「文句言わない」楓は笑う。私は呆れながらも、なんだかんだでブランケットを出す。枕も追加。充電器も。昔からこうだ。面倒くさい。でも、放っておけない。「まだ仕事するから」私はPCを開きながら言った。「鍵置いとく。なくさないでね」楓の目が少し明るくなる。「外出ていい?
「久々じゃん」「ここ会社!!」「知ってる」「知ってるならしないで!!」ほんとうに嫌だ。昔からこれだ。大学の頃、彼女に嫌味を言われた理由もこれ。お姉さんとの距離感おかしくない?いや。こっちだって困ってる。本気で楓を睨む。「ほんとやめて」「えー」「本気でやめて」「冷たい」「普通」楓は少ししゅんとした。でも、三秒で戻る。「痩せた?」「疲れてるだけ」「ちゃんと食べてる?」「親気取りしないで」「親が見てないから、俺が見るしかないでしょ」「その発想がまずおかしい」楓は笑った。屈託なく。でも、ただの軽い人ではない。人の変化には妙に敏感で、私の疲れや痩せたことにはすぐ気づく。そこがまた、面倒くさい。雑なのに、変なところだけ鋭い。その時。少し後ろから正人の声がした。「初めまして」楓が初めて顔を上げる。そして、一瞬だけ、人を見る目になった。さっきまでの無邪気な顔が、少しだけ引っ込む。明るさは消えない。でも、相手を測るような静かな視線が入った。少しだけ警戒。少しだけ観察。私は慌てて間に入った。「正人。会社の同期」楓の視線が少しだけ止まる。正人は穏やかに笑った。「同期の結城正人です。話は聞いてます」楓は少しだけ私を見る。それから、正人へ視線を戻した。「楓です」少しだけそっけない。でも、礼儀はある。私には甘い。他人には薄い。いつもの楓だ。「久々の帰国ですか?」正人が自然に聞く。「まあ」楓は短く答える。「帰国したら、とりあえず愛子なんで」私は即座に肘で小突いた。「余計なこと言わない」「事実じゃん」「事実でも言い方」正人が少し笑った。でも、その笑いの奥で、何かが納得したようにも見えた。ああ。これが。前に聞いていた“シスコン気味の弟”。たぶん、そう思っている。確かに。知らなかったら少し引く。でも、正人は引くというより、観察している顔をしていた。私がどんな家族の距離感の中で育ってきたのか。どんな相手に自然に甘えられ、どんな相手には強く出るのか。その一部を、今初めて見ているようだった。それが少し恥ずかしくて、落ち着かなかった。楓は正人をもう一度見た。「同期って、仕事の?」「そう」私が答える。「ふーん」またその“ふーん”。嫌な予感がする。「
午後二時過ぎ。 ようやく、少しだけ呼吸ができる時間だった。 ローンチ案件の色校正はぎりぎりで間に合い、クライアントとの確認もなんとか終えた。 修正指示は山積みだし、今日中にまとめなければいけないものもまだ多い。 でも、少なくとも今日最大の火事場は越えた。 私はコーヒーでも淹れようかと、スマホを手に取った。 その瞬間、通知が震える。 嫌な予感しかしない名前。 楓。 私は数秒見つめてから、開いた。 『羽田なう』 真顔になった。 そして、無言で閉じた。 知らん。 何その報告。 意味が分からない。 三十秒後。 また震える。 『実家、親2人とも今いないし』 『泊まり行く』 『今の住所教えて』 私は深く息を吐いた。 なんで。 なんで毎回こうなの。 事前に言うという概念がない。 普通は、来週帰るよ、とか。 空いてる? とか。 そういう段階がある。 楓にはない。 なぜなら。 会いたい、が、そのまま今になるからだ。 しかも昔から、海外から帰ったらまず愛子、という謎のルールがある。 恋人でもないのに。 いや、弟だから余計に怖い。 高校の時も。 大学の時も。 留学中も。 なぜか最初に会うのは私。 昔楓と付き合った彼女たちから、「お姉さんとの距離感おかしくない?」と何度も言われた。 しかもなぜか、私が八つ当たりされる。 知らない。 こっちも被害者だ。 むしろ本気で困っている。 諦めたように電話をかける。 数コールで出た。 『愛子ー』 機嫌が良すぎる。 本当に腹が立つ。 「なんで事前に言わないの」 『言ったじゃん。羽田なうって』 「それは事前じゃない。現在地報告」 『正確でしょ』 「そういう問題じゃない」 電話の向こうで、楓が笑っている。 絶対に笑っている。 昔からこうだ。 明るい。 悪気がない。 でも、悪気がなければ何をしてもいいわけではない。 『だって帰国したら、一番最初にキャッチアップしたいの愛子だし』 「普通じゃないから、それ」 『普通でしょ』 「普通じゃない」 即答した。 『とりあえず住所送って』 「送らない」 『なんで』