Chapter: 第40話:交錯翌日、会社にて。朝から空気が少し重い。樹の滞在、五日目。「伊藤」浅井さんの声。「はい」「午前中、役所の追加資料を見る」「分かりました」いつも通り。そのとき。ドアが開く。「おはようございます」樹。仕事の顔。一瞬だけ目が合う。でも。すぐ逸らされる。会議室。三人。資料を広げる。「昨日、親会社関連のルートを確認しました」樹が口を開く。「直接の指示書はありません」「ただし、請求タイミングの調整に関与した可能性のある担当がいます」「……どこですか」浅井さん。「TK Networkです」「……」その名前。耳に残る。聞き覚えはないはずなのに。妙に引っかかる。「……」資料に目を落とす。ロゴ。会社名。(なんか、嫌な感じがする)理由は分からない。でも。直感的に。良くない方向に繋がっている。「名前は?」浅井さん。「まだ確証がない」樹が答える。「だから出せません」「確証がないのに、関与可能性は出すんだ」浅井さん。静かに詰める。「必要な共有です」樹も引かない。「本社としては押さえておく必要があります」「……」会話としては正しい。でも。まただ。「……」私は資料を見る。承認日。請求日。業者。「ここ」指を置く。「この日だけ、承認前に業者側の準備が終わってます」「通常は逆です」浅井さんが頷く。「つまり」続ける。「事前に承認予定を知っていた人がいる」「……」樹の手が、ほんの少しだけ止まる。ほんの一瞬。「……そうですね」すぐに戻る。「その可能性はあります」可能性。また、濁す。「……」(やっぱり)隠してる。「……」頭の中で整理する。TK Network。親会社。請求のタイミング。承認前の動き。(あとで調べないと)(すぐに)確信に近づく。「……」会議が終わる。昼。休憩室。コーヒーを買う。「伊藤さん」山川さん。「はい」少し迷ったように。「……なんか」言葉を選ぶ。「距離、近いですよね」「……え?」「高山さんと」さらっと。でも。ちゃんと見ている言い方。「……」何も言えない。「あと」山川さんが続ける。「浅井さんも来てからずっと」少しだけ笑う。「伊藤さんに同行っていうか」「近いですよね」「……
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-07
Chapter: 第39話:残響そのまま、時は過ぎて。夜になり、会議室。紙の資料を閉じる音。「……今日はここまででいい」浅井さん。いつも通りのトーン。「……はい」そのまま頷いて、席を立つ。でも、足が止まる。「……あの」振り返る。浅井さんはまだ席にいる。言葉を探す。「浅井さんが言ってた」「頼れるときに頼れって」「……」「どういう意味ですか」静かに聞く。「……」少しだけ沈黙。視線は資料のまま。「……別に」短く返る。「一般論」「……」違う。分かる。「……」何も言わない。でも、引けない。「……」続ける言葉がすぐには思いつかない。それでも、私が何か言いたげなことは察したのか。浅井さんがゆっくり立ち上がる。「帰る?」「……はい」外。夜の空気。「……送る」自然に言う。「……」断らない。もう、断らなくなったのだ。正確には。なぜなら、断っても。いつも、浅井さんの車に乗ることになるから。最初は抵抗していたが。今は、諦めてそのまま乗るようになった。いつからだろう。この距離に、慣れてきたのは。車の中は、静か。「……」しばらく無言が続く。でも。その沈黙が嫌じゃない。「……」ふと。浅井さんが口を開く。「昔さ」「……」珍しい。自分から。「同じこと言ったことある」前を見たまま。「……」「ちゃんと頼れって」「……」「全部一人で抱えるなって」「……」少しだけ、間。「……」「でも」言葉が止まる。「……」「聞かなかった」短く。それだけ。「……」飲み込む。でも。聞かずにいられない。「……その」「言ったお相手は」「どうなったんですか」静かに。「……」一瞬。空気が止まる。それから。「……いなくなった」それだけ。淡々と。「……」何も言えない。その人のことが気になる。なぜなら、浅井さんが。少し寂しげな目をするのは。初めてだったから。でも、何も言わないのも違う気がして。「……それでも」小さく言葉が出る。自分でも驚くくらい自然に。「言うんですね」「……」浅井さんが少しだけこちらを見る。「……」「同じこと」続ける。「もう一回」「……」「違う人である、私に」「……」視線が合う。一瞬。何かが揺れる。でも。すぐに消える。「……」
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Chapter: 第38話:綻び樹里が来てから、四日目。現場を浅井さんと2人で見にきた。「……あの」業者の男性が、少し距離を詰めてくる。周りを気にしている。「お伺い頂いた取引の件ですが」声を落とす。「……今回の請求タイミング」「少し、不自然だと感じてまして」「……どのあたりがですか」自然に返す。「……」言葉を選んでいる。「……通常より、承認が早すぎるんです」「それで」少しだけ、さらに声を落とす。「帳尻を合わせるように、請求のタイミングを調整しているように見えるというか」「……」完全に一致する。分析と。「それは、御社側の判断ですか?」踏み込む。「……いえ」即座に否定する。その速さ。「……」「……」一瞬、沈黙。それから。「……親会社の方から」小さく言う。「……」その言葉。空気が変わる。「……指示が?」「……」首を振る。「指示、というか」「……」「流れは決まってる、という感じで」曖昧に言う。「……」それ以上は言わない。言えない様子だった。そして、無言の圧を感じる。これ以上は答えられない。そう、言いたげな様子だ。「……」確信する。(関与してる)しかも。かなり上層部の人間が。この件には、関与している。「……」その日の夜。会議室。二人。資料を広げる。「今日の現場の件です」口を開く。「取引の請求タイミング、やっぱり調整されてます」「……」浅井さんは黙って聞く。「通常より承認が早くて」「その後に帳尻を合わせてる」「……」「あと」少し間。「親会社の方から、流れが決まってるって」「……」浅井さんの視線が一瞬だけ上がる。「……」「直接の指示ではないですけど」「関与してる可能性、高いです」「……」沈黙。それから。「樹も」言葉を続ける。「全部言ってないと思います」はっきり言う。「……」「今日の説明は」「綺麗すぎました」「……」「抜いてる部分がある」「わざと説明してないようにしか、見えません」「……」そのとき。「知ってる」浅井さん。即答。「……」一瞬、止まる。「……知ってるんですか」「うん」淡々と。「でも今は泳がせる」「……」「出し切らせた方が早い」「……」一言も迷わず。完全に、そう言い切る。「……」「親会社が絡んでる
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Chapter: 第37話:上書き樹があひるのに来て、3日目。会議室。最初の分析に着手してからも、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに。分析は、着実に進んでいた。「今日、高山さんが外部の人といらっしゃるんですよね?」山川さんが小声で言う。「役所の担当が来るって」田中さんが答える。「……」ドアが開く。「失礼します」入ってきたのは樹。その後ろに役所の担当者。「では、始めましょうか」もう慣れたかのように、いつもの会議室に入ると。樹が進行を取る。迷いがない。スクリーンに資料が映る。「今回の資金の流れですが」樹がポインターを動かす。「一度、外部業者に流れたあと、このルートで戻っています」矢印が繋がる。「この分析は――」一瞬だけ間を置く。「伊藤が作成しています」「……」視線が集まる。「現場ヒアリングと数値の突合で、この構造を特定しています」樹が淡々と説明する。「こちらが役所側の承認履歴です」次のスライド。「通常と異なり、同一担当で短期間に複数承認が通っている」役所の担当の顔色が変わる。「さらに」「業者側の請求タイミングと一致している」「したがって」一瞬、息をつくと。「この構造は意図的に作られている可能性が高い」言い切る。「……」静寂。「ご意見ありますか」樹。場を、完全に支配している。「……この承認については内部確認が必要です」役所の担当。「当然です」樹が即答する。「こちらも証拠を詰めます」「一ヶ月以内に」はっきりと。会議が進む。視線が外せない。(迷いがない)仕事になると。そして、この人が言うことには説得力がある。...いつも、そう言うところを尊敬していた。ふと、思い出す。そして、いくつか違う議題を話した上で、会議が終わった。人が散って、役所の人も帰路に着く。「愛海」呼ばれる。樹。「少し、いい?」「……仕事の話なら」「仕事だよ」今回は、迷わずに。はっきりと、廊下で伝えられる。「さっきの分析」「良かった」「……ありがとうございます」「構造の見せ方がいい。わかりやすくて助かった」具体的。ちゃんと見ている。「やっぱり」「お前とやると、話が早い」その言い方。昔と同じ。「……今は違います」はっきり言う。「立場も、関係も」「……」樹が少し笑う。柔らかく。「そ
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Chapter: 第36話:定義夕方になり。「...愛海、今少し時間取れる?」会議が終わったタイミングで。周りが少しずつ帰宅の準備をしたり。資料の整理をしたりしている中。私の席に来た樹。「....今資料作っているので」「さっきの会議関連の?」「そう」「前の関連プロジェクトのやつ」「あれ俺が作ったから、手伝うよ」私の言い訳を奪うかのように、手伝うと提案してくる。...地味に、役に立つものだから断りにくい。そのまま私が断る間もなく黙っていると、パソコンから資料が送付されてきて。「ベースがあれば、10分くらいは省けるだろうし」「...駐車場裏で、少しでいいから」そう言って、机に手を置いて距離を詰めてくる。これは...言い訳をしても追ってくる。だから早めに、片付けなければならない。「...わかった」仕方なく、席を立って樹についていくことに。支社の裏。人気のない駐車場。「……コーヒーでいい?」「何も要らない」時間を少しでも縮めたくて。「要件は、何なの」一歩、引いて。距離を取りながら、目線を合わせる。「……仕事の話もあるんだけど」低い声。「仕事の話じゃないわけ?」「違う」即答。「……」分かってる。「……頼むから」「少しだけ、聞いてよ」短く、ただ切に伝えてくる。その言い方。昔と同じ。「……短くして」「……うん」一歩、近づく。距離が少し詰まる。「……」「……みゆとは」その名前。胸が揺れる。「ちゃんと付き合ってる」言い切る。でも。「でも」続ける。「そう言うしかなかった」「……」「会社とか、俺の家の事情とか」「色々あって」「結婚も、避けられない」「……」息が止まる。「でも」顔を上げる。まっすぐ。「好きなのは、愛海だけだ」「……」思考が止まる。「……は?」やっと出る。「どういうこと?」「……ずっと」「お前だけだった」「……」「じゃあ、みゆは?」「……」答えない。「……分かってるだろ」「……分かんないよ」強く言う。「意味分かんない」「婚約してて」「結婚もするって言ってて」「それで好きなのは私って」「何それ」「ふざけてるでしょ」「……」怒りが、収まらない。私は異動までさせられて。...それも、樹の希望からで。自分勝手すぎる。...人の人生、なん
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Chapter: 第35話:揺れ数日後。現場で業者に詳細を聞くための準備をしていた間。樹に話しかけられることが、増えた。仕事目的であるのは明確ではあるが、明らかに。まるで、全てが起きる前の距離に。何事もなかったかのように戻ったかのように。私と樹は、かつてと同じように作業を一緒にしていた。「ここのデータ、もう見た?」樹が声をかける。自然に、昔みたいに。「……はい」分析した資料を渡して、確認を促す。距離が近い。それでも、前とは違う距離。「わかりやすく分析できてる」さらっと言う。「こういう視点が自然に出せるところ」「変わってないね、愛海は」そのまま。少しだけ、口元が緩む。柔らかい笑い方で。作らない、優しい笑顔。昔、何度も見た表情。「……」胸が、きゅっとする。(こういうところ)好きだった。一瞬で、思い出す。何気ない仕草。何気ない声のトーン。「……」仕事中なのに、苦しい。今さら。こんなところで。なんで、こんな想いをしなければいけないのか。「データから導いた、ロジックと論理」樹が続けて。「相変わらず、わかりやすい」「愛海がいなくなって」「希少なスキルだったんだなって実感する」「……」分かってる。褒めている。でも。それだけじゃない。距離が近い。「……近いので離れてください」やっと言う。少しだけ強く。「……」樹が少しだけ笑う。「そんな近く感じるような距離だった?」「……」言葉が詰まる。「仕事として普通の距離だよ」淡々と。「評価とフィードバック出して」「直接伝えただけなんだけどな」「……」正しい。正しいから、余計に逃げ場がない。「意識してる?」畳み掛けるように、聞いてくる。「俺としては」「その方が、嬉しいけど」「……」なんと返すべきか、迷ってしまう。そのときだった。「伊藤」浅井さん。今日は外出があったはず。オフィスに戻り次第、私を呼ぶ。早い。少しだけ。不自然なくらい。そのまま、会議室の扉が開く。...ノックもせずに。一瞬樹の方を見て。すぐに、私を視線で捉える。「これ」資料が、そのまま渡される。自然に部屋に入って、扉を閉じて。私の隣で、樹との間の椅子に座る。樹との距離が、切れる。「……」助かった。そう思う。「ここの部分、どう思う」浅井さん。
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-03