LOGIN担架から転げ落ちた蓮司を見て、大輔は慌てて助け起こそうとした。担架へ戻して治療を続けさせなければならない。だが、信じられないほどの力で抵抗され、どうしても動かせなかった。反対に雪の上へ突き飛ばされた大輔は、よろめきながら前へ進んでいく蓮司を信じられない思いで見つめた。いったいどうなっているんだ?愛とは、これほどまでに人間の潜在能力を引き出すものだとでもいうのか?大輔も立ち上がり、人を捜し続ける蓮司のあとを追おうとした。その時、スマホが鳴った。国内に残ったアシスタントからの緊急メッセージだった。電波が悪く、今になってようやく届いたのだ。内容を見た瞬間、大輔の表情が一気に明るくなった。よろめきながら進む蓮司へ向かって叫ぶ。「社長!栞お嬢様はこの便に乗っていませんでした!ご無事です!」だが蓮司は救助隊に交じって必死に雪を掘っており、大輔の声は耳に入っていなかった。大輔はそばまで走って伝えようとしたが、深い雪に何度も足を取られた。三度も転びながら、ようやく蓮司のもとへたどり着く。口を開こうとしたその時、視界の端に二つの人影が映った。大輔がそちらへ顔を向けると、帽子の下から覗く横顔が見え、驚いて目を見開いた。透子と理恵だった!二人は足を止め、少し離れた場所から蓮司を見つめていた。こちらへ背を向けた蓮司は、必死に雪を掘りながら、泣き叫んでいる。その悲痛な声は、聞く者の胸まで締めつけるようだった。「透子!透子!どこにいるんだ!?頼むから無事でいてくれ!生きていてくれ……頼む……透子……」取り乱して泣き叫ぶ蓮司の姿を見ても、理恵は珍しく皮肉を口にしなかった。ただ、何とも言えない複雑な表情を浮かべ、胸を打たれたように小さく息をついた。透子は蓮司の背中をじっと見つめ、二歩前へ出て彼の名を呼んだ。「新井」だが、悲しみに沈み、必死に人を捜す蓮司にはまるで聞こえていなかった。透子は彼のそばまで歩み寄り、しゃがみ込んだ。今度はさらに声を張り上げる。「あ・ら・い・れ・ん・じ!」その声は、今度こそ蓮司の耳に届いた。一瞬動きを止めたあと、勢いよく振り返る。透子の顔を見て視線が重なった途端、蓮司は驚きのあまり凍りついた。透子は帽子を取った。呆然と自分を見つめる蓮司に、もう一度告げた。「私は無事よ。この便には乗っていなか
蓮司は窓の外に広がる真っ白な雪と霧を見つめていた。視界はひどく悪い。透子に近づくほど、胸の内の不安と恐怖はますます膨らみ、一刻も早く彼女の無事をこの目で確かめたくてたまらなかった。それからヘリコプターでさらに一時間半飛び、ようやく緊急着陸の現場に到着した。蓮司はヘリコプターを降りるなり、焦るあまり雪の上に転倒した。「社長、慌てないでください。こちらでも救助要員を手配しています。栞お嬢様はきっとご無事です」大輔は蓮司を引き起こし、体を支えようとした。だが、蓮司はその手を振りほどき、力任せに前へ走っていった。現場にはすでに別の救助隊が到着していた。乗客が一人、また一人と担架で運ばれてくるたび、蓮司は駆け寄って顔を確かめ、透子の名を呼び続けた。だが、五、六人続けて確認しても透子ではなかった。新たに救出されてくる乗客の姿が見えるたび、蓮司は取り乱した様子で駆け寄り、必死に透子を捜した。「透子!透子!」焦りに満ちた声で何度呼んでも、運ばれてくる人々の中に透子の姿は見当たらなかった。大輔は蓮司のそばについて安全を確保しながら、自分たちが連れてきた救助要員にも捜索を指示した。全員に透子の写真も送っておいた。乗客は全部で百三十五人おり、すでに半数以上が救出されていた。三十分以上経っても透子が見つからない。すでに救出されて別の場所へ運ばれた可能性を考えた大輔は、先に到着していた救助隊に声をかけ、写真の女性を見なかったか尋ねた。だが、救助隊は人命救助に追われ、一人ひとりの顔を覚えている余裕などなかった。そこで大輔は自ら近くの救護所へ向かい、ほかの者たちには蓮司のそばについているよう命じた。大輔が救護所を往復する間に、さらに三十分が過ぎた。そこにも透子の姿はなく、雪に覆われた現場へ戻ると、今度は蓮司が担架に乗せられていた。「社長!」大輔は血相を変えて駆け寄った。「いったい何があったんですか!?」同行していた医師が説明した。「国内から急に国外の寒冷地へ来たことで、激しい気温差にさらされました。さらに、高高度での気圧の変化と高速飛行が心拍にも影響しています。ただ、通常ならそれだけで急に意識を失うことはありません。新井様には、何か持病がおありなのではありませんか?」大輔は心配そうに答えた。「はい、あります。社長は栄養不足と
「社長、目的地のオーライ雪山へ向かう飛行ルートは、突発的な悪天候により閉鎖されています」蓮司は言った。「異常気象が起きているからこそ行くんだ!透子はまだそのルート上にいるんだぞ!」それを聞き、大輔はようやく、蓮司がなぜこれほど血相を変えて雪山へ行こうとしているのか、猛吹雪の危険を冒してまで急ぐ理由を理解した。大輔の顔に一瞬ためらいが浮かんだ。アシスタントである以上、社長の安全を守ることを最優先に考えなければならない。その表情から考えを読み取った蓮司は、大輔が何か言うより先に遮った。「叔父さんにも高橋にも絶対に知らせるな!早く手配を進めろ!一刻も早く向かうんだ!」大輔はすぐに表情を引き締め、承知したと頷いた。もう一瞬も無駄にせず、各所へ電話をかけ始めた。蓮司が焦燥に駆られながら待っていると、スマホにさらに警戒レベルが引き上げられたとの通知が表示された。すでに猛吹雪の渦が発生し、飛行ルート上を通過する見込みだという。蓮司はスマホを握り潰さんばかりに力を込め、再び航空会社へ電話をかけた。ところが、吹雪の影響で現地との通信が途絶えており、まだ最新情報を確認できていないと告げられた。蓮司の怒りは噴火寸前の火山のように膨れ上がった。だが、今は航空会社を責め立てている場合ではない。一刻も早く透子を助けに行かなければならなかった。大輔は迅速に手配を進め、アシスタントたちのオフィスから出てくると報告した。「社長、専用機を手配いたしました。ただ、猛吹雪がセイミ町の上空を通過しているため、現地まで直行することはできません。その先はヘリコプターで向かえるよう手配しております」蓮司は慌ただしく頷き、すぐに背を向けて階下へ向かった。大輔もそのあとを追った。社長の安全を最後まで守らなければならない。ヘリコプターの手配は残る二人のアシスタントへ任せ、医療チームと必要な物資も航空会社側に揃えさせていた。専用機は国内の空港を飛び立った。蓮司は窓の外に広がる夜景を見つめながら、激しい焦りと不安に苛まれていた。大輔はチーフパーサーと連絡を取り合いながら、透子が乗っているTK2580便の最新情報も受け取った。険しい表情を浮かべた大輔は、蓮司のそばへ歩み寄って報告した。「社長、栞お嬢様が搭乗している便は、突発的な悪天候の影響で緊急着陸を……」「な
通知を見た蓮司は目を見開き、すぐさま航空会社へ電話をかけた。カスタマーサービス部長が電話に出ると、蓮司は血相を変えて問いただした。「そちらのTK2580便は引き返したのか?航路に寒波が直撃すれば、事故につながるぞ!」「ただいま確認いたします。新井様、少々お待ちください」蓮司は焦燥を抑えながら待った。だが、数秒も経たないうちに我慢しきれず再び怒鳴った。「早く調べろ!」「はい、すぐに確認いたします」ほどなくして、ようやく回答が返ってきた。「新井様、現時点ではTK2580便が引き返したとの報告は入っておりません。大切なご親族がご搭乗なのでしょうか。どうかご安心ください。弊社では安全を最優先に……」相手が安心させるための言葉を最後まで口にする前に、蓮司は激しく怒鳴りつけた。「なぜ引き返さない!?猛吹雪に巻き込まれるかもしれないほど危険なんだぞ!人命に関わる事態になったら、お前たちに責任が取れるのか!!運航本部へ繋げ!責任者を出せ!」凄まじい怒声を浴びたカスタマーサービス部長は、慌てて上司へ電話を回した。事態を察知した責任者が、すぐに応対に出た。「新井様、お電話を代わりました。TK2580便が遭遇したのは突発的な天候の変化であり、出発前には予測できないものでございました。ご不安を招いておりますことを、深くお詫び申し上げます」だが、その謝罪で蓮司の怒りが収まるはずもなかった。責任逃れをしているとしか思えない。蓮司はどうにか怒りを抑え、わずかでも冷静さを取り戻そうとしながら問い詰めた。「突発的な異常気象を予測できなかったとしても、あらゆる事態を想定して安全対策を講じておくべきだろう!なぜすぐに引き返させないんだ!!」「申し訳ございません、新井様。飛行機を引き返させるのは、重大な自然災害など、運航を続けられないと判断された場合に限られます。今回の寒波は一時的なものでございますし、航路上には複数の代替着陸地点も確保しており……」電話の向こうから聞こえてくる無責任な言葉に、蓮司は腸が煮えくり返る思いだった。ふざけるな!警告には猛吹雪を引き起こす恐れがあると書かれていたのに、ただ一時的に流れ込んだ寒波だとでもいうのか!?蓮司は冷え切った声で言い放った。「いいか、乗客に万が一のことがあれば、お前たちの会社を法廷に引きずり出してやる
「ありがとう、高橋。気を遣わせたな」執事は答えた。「若旦那様が少しでも多く召し上がってくだされば、それで十分でございます。そうすれば、お体も少しずつ元に戻りますから」蓮司はそれ以上何も言わず、茶碗を手に取って食事を始めた。それだけで十分に満たされていた。一口食べるたび、透子の料理の味に四割ほど似ていると感じた。まるで、これまでの二年間と同じように、透子の手料理を食べているような気がした。執事は傍らで、蓮司が昼食を取る様子を静かに見守っていた。自分の判断は正しかったようだ。蓮司の食欲は確かに戻りつつあり、完食こそしなかったものの、普段よりはるかに多く食べていた。食事を終えると、執事は透子の近況について何気なく話した。来週から仕事に復帰すること、海外へは行かず、国内に残るつもりでいることも伝えた。蓮司はその話を聞きながら、ぼんやりと物思いに沈んでいた。そんな彼に、執事が言った。「このお話をしたのは、若旦那様に執着を手放していただきたいからです。何も分からないまま、あれこれ想像して気持ちを押し殺し続けるより、事実を知ったほうが心が楽になることもございます」蓮司はうつむいた。「お前の言いたいことは分かっている。透子に付きまとうつもりはない。もう二度と、透子を困らせるようなことはしない」同じ街で、同じ空の下に暮らしている。運がよければ、いつか偶然すれ違い、ほんの一瞬だけ視線を交わすこともあるかもしれない……蓮司にとっては、それだけでも身に余るほどの幸せだった。これ以上を望まず、今あるものに満足することを覚えなければならない。執事は弁当箱を片付けながら、何気ない調子で話を続けた。「栞お嬢様は明日、理恵お嬢様とスキーへ行かれるそうです。お仕事が始まる前に、ゆっくり羽を伸ばされるのもよろしいでしょう」蓮司は何も答えなかった。執事が部屋を出ると、机へ戻って書類に目を通し始めた。だが、何分経っても次の行へ進めなかった。結局、蓮司は我慢できずにパソコンを開き、翌日のフライトを調べ始めた。便の一覧を見ただけでは、透子がどの飛行機に乗るのかまでは分からない。気づけば蓮司は電話をかけ、透子が利用する便を調べさせていた。ついていくつもりなどない。ただ、透子にまつわることを何もかも知りたかった。どの飛行機に乗り、どのホテルに泊まるのか
執事は二人を引き留めるように声をかけた。「栞お嬢様、本日はありがとうございました。理恵お嬢様もご一緒に、ぜひ昼食を召し上がっていかれませんか」透子は辞退した。「ありがとうございます。でも、理恵とはもう約束があって、レストランも予約してあるんです」理恵も続けた。「ええ。もう作り方も伝えたし、私たちはこれで失礼するわ」それを聞き、執事もそれ以上は引き留められなかった。改めて礼を述べ、謝礼を渡そうとした。透子が受け取るはずもなく、執事は自ら二人を玄関まで見送りながら、世間話を交わした。先ほど透子が明日は時間がないと言っていたことを思い出し、また仕事に復帰されるのかと尋ねると、透子は答えた。「仕事は来週からです。明日は理恵とスキーに行くんです」「そうでしたか」執事は頷き、さらに尋ねた。「これからは国内でお仕事をなさるのですか。それとも海外へ行かれるのでしょうか」透子は答えた。「国内に残るつもりです。友達もみんなこちらにいますし、新井のお爺様のお墓参りにも行きたいので」執事は胸を打たれた。「旦那様もそのお気持ちをお知りになれば、きっとあの世でお喜びになることでしょう」蓮司と離婚した今も、透子は変わらず新井のお爺さんを祖父として慕い、孝行を尽くしてくれているのだ。二人を見送ったあと、執事はキッチンへ戻り、料理人たちに透子の料理を再現させた。何度か味を調整させ、執事自身も味見をする。十分に近い味へ仕上がったところで、ようやく満足げに頷いた。昼時になると、執事は自ら保温弁当箱を提げ、蓮司へ食事を届けるため新井グループへ向かった。その頃、新井グループ最上階の社長室では、大輔がドアをノックして入ってきた。大輔はドアのそばから声をかけた。「新井社長、もう十一時半です。昼食のお時間ですよ」「まだ腹は減っていない。食べる気はない」蓮司は顔も上げずに答え、机上の書類に目を通し続けた。忙しさのあまり、今日に限って大輔が昼食のメニューを聞きに来なかったことすら、蓮司は気にも留めていなかった。そのため、直後に執事の声が聞こえた瞬間、ふと手を止めた。執事は社長室へ入り、保温弁当箱を机の上に置いた。「若旦那様、食事を抜かれてはいけません。ただでさえ働き詰めなのですから、お体が持ちませんよ」蓮司は顔を上げた。「高橋、どうしてここへ?」