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第77話

Author: 桜夏
蓮司は唇を引き結び、数分間ためらった末、結局車を家路に向けた。

透子が電話に出ないのは、携帯を持っていないからなのか、それとも意図的に自分を着信拒否にしているのか?

携帯は買ってやったはずだ。もし家にないのなら、彼女が使っているということになる。

それなら自分を拒否している証拠だ。そうなれば、彼女と口論になったとしても、言い返されることはないだろう。

そして、もし彼女が使っていなかったとしたら……

だが、ここ数日、透子は病院でどうやって過ごしていたというのだ?ただぼんやりと、何かを見て時間を潰してでもいたのだろうか?

最後の望みを託し、確かめるため、蓮司は家に帰った。

エレベーターが上がり、ドアが開く。まっすぐ小さな客室へ向かった。

ドアに鍵はかかっていなかった。蓮司が押し開けると、ベッドの上からは布団も枕も消え失せ、マットレスだけが残されていた。

蓮司は一瞬にして凍りつき、心臓が早鐘を打ち始め、背筋がこわばり、わけもなく不安に襲われた。

どうしてこんなに何もないんだ?透子はどこへ行った?また家出か?

ベッドサイドテーブルの上に携帯があるのに気づき、蓮司はそれを手に取った。

表面にはうっすらと埃が積もり、プラスチックフィルムさえ剥がされていない。そこには、自分が叩きつけた時のわずかな凹みも残っていた。

蓮司は指に力を込め、こみ上げてくる不安を必死に抑えながら、自分に言い聞かせた。

「透子はきっと怪我の療養で入院してるんだ。

今回はもう少しでガス中毒で死ぬところだったのだから、しばらく入院が必要なのだろう。

それなら、家から布団や枕を持っていった方が快適に違いない」

そうだ、きっとそうだ。

それに、透子が電話に出なかったのは携帯がなかったからで、わざと出なかったわけじゃない。ましてやブロックしたわけでもない。

そう思うと、蓮司は新しい携帯を掴んで、飛ぶように部屋を飛び出した。

再び車で病院へ戻って、エレベーターを待つのがもどかしく、直接階段で八階まで駆け上がった。

階段三段飛ばしで、風のように駆け上がり、息は切れたが、それ以上に心の動揺は激しく、指先は痺れていた。

透子が布団を病院へ持っていったのだと自分に言い聞かせたものの、後になって思い返すと……

小さな客室はがらんとしていて、まるで何もかもが空っぽにされたかのようだっ
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Comments (2)
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睦子
はぁ…また課金ですか… 感想より……
goodnovel comment avatar
那由多
個人情報ザル過ぎん???流石としかいいようがない…
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