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第251話

Author: ちょうもも
光紀は車のドアを閉め、書類を持ってマンションに入った。

書類を伶のデスクに差し出しながら言う。

「寒河江社長、こちらはご依頼の原稿です。明日には投稿できます」

伶はそれを数ページめくり、軽くうなずいた。

「今夜の十二時を過ぎたら投稿してくれ」

それは莉子との記事で、小林家と寒河江家の関係を取り持つような内容だった。

双方が接触しているが、関係を明言しているわけではない。

こうすることで、悠良への疑いを完全に晴らすことができる。

光紀は軽くうなずいた。

「では、先に失礼します。小林さんが外で待っています」

「ああ」

光紀はマンションを出ながら首をかしげる。

寒河江社長が本当に小林さんに好意を持っているなら、正直に伝えればいいのに。

どうしてこんな裏方の手間までかけるのか。

わざわざ書類を届ける名目で彼女を迎えに行かせるなんて。

寒河江社長は口には出さないが、長年そばに仕えていればわかる。

あの書類には電子版もあるのに、それを送るだけで済むところを、わざわざ自分を走らせた。

気持ちは明らかだった。

外に出た光紀は、悠良に軽く会釈する。

「お待たせしてすみません。行きましょう」

「ええ」

悠良は胸をなで下ろした。

光紀に会えたおかげで、帰る方法も見つかった。

車に乗ると、光紀はペットボトルの水を差し出した。

「どうぞ」

悠良は先ほどケーキを食べたせいで口の中が甘ったるかった。

伶の家では遠慮して言い出せなかったが、差し出された水はまさに恵みの雨のようだった。

手を伸ばして受け取る。

「ありがとうございます」

キャップをひねって二口ほど飲むと、乾いていた喉がようやく潤った。

光紀は彼女を市街地まで送り、スターライト広場には既に葉が待っていた。

悠良は車を降り、光紀に礼を言う。

「村雨さん、今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず」

冗談じゃない。

彼女を無事に送り届けなければ、何かあったとき寒河江社長が黙っているはずがない。

光紀を見送り、悠良は葉の方へ向き直った。

葉はLINEで少し聞いただけで、詳しい事情は知らない。

悠良は笑顔で駆け寄り、自然に彼女の腕に手を絡めた。

「行こう。葉の新しい家を見せてあげる」

「え、ほんと?本当に家を私に貸してくれるの?しかもあんな安い
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