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第31話
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離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第785話
悠良には律樹に説明している暇などなかった。「今はその場合じゃないでしょ。まずそれ持って動いて。できるだけ穏便に済ませるのが一番。でもどうしても無理なら、その時にあれを見せればいい」「了解です」律樹はすでに自信満々だった。このネタさえあれば、千景を清恵と電話で話させるどころか、磯崎を土下座させることだってできる。通話を切ると同時に、悠良はすぐさま上階へ駆け出した。だが入口に着いた途端、警察に行く手を塞がれた。悠良は身分を伝える。「彼女は私の知り合いです。行かせてください。止められるかもしれません」警官二人は目を合わせ、小さく頷いた。「わかりました」「ありがとうございます」悠良は足早に中へ進み、屋上に着いた瞬間、その高さを目にして膝がふわっと力を失った。清恵は千景に対して、ある意味ここまでよく尽くしたと言うべきだ。本来実の娘でもないのに、ここまでやるなんて。彼女が一歩踏み出そうとした時、不意に腕を掴まれた。振り返ると伶がいた。鷹のような鋭い瞳で信じられないという表情を浮かべ、押し殺した声で言う。「なんでここにいる」悠良は眉をひそめ、清恵の方を不安そうに一瞥する。彼女はすでに縁に腰掛けていて、他の者たちは少し離れた場所で固唾を飲んで見守り、誰ひとり軽はずみに近づこうとしない。刺激するのを恐れているのだ。「こんな大事、私に隠し通せるって思ったの？」「来ても意味がない。早く戻れ」伶は彼女の背を押し、下に戻そうとする。悠良は振り返って彼の手首を掴み、澄んだ瞳で真剣に向き合った。「信じて。私なら下ろせる。今は私のことなんて気にしてる場合じゃないでしょ。もしあの人が飛び降りたら、人命問題になるのよ。寒河江さんがどんな立場になるかわかってるの？」その結末は、とても誰か一人で背負えるものじゃない。会社を丸ごと失っても足りないくらいだ。伶はその目を見据えた。「本当に手があるのか？」「ある。だから信じて。私に声をかけさせて。説得できれば、全部解決するから」悠良の申し出に、伶は迷いを見せる。今の彼にとって最優先は悠良の安全だ。加えて、清恵は初めから悠良を嫌っていた。自分と千景が結ばれなかったのは悠良のせいだと思い込んでいる。この状態で姿を見せたら、恨
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第784話
伶はその言葉を聞いた瞬間、まるで何かがふっと解けたような表情を見せ、最後にこくりと頷いた。「ああ。早く寝よう。今夜はしっかり休んで、明日に備えて力を蓄えないと」悠良は手を上げて、また伶の胸をコツンと叩いた。「何それ」二人は抱き合ったまま眠りにつき、お互いとてもよく眠れた。伶にとっても、物語も歌も薬も頼らずに眠れた初めての夜となった。翌日。伶はけたたましい着信音に叩き起こされた。まだ誰からの電話かも確認していないまま、寝ぼけた目で声を低く落とす。「どうした」「社長、大変です！すぐ会社に来てください。社長の叔母が、今うちの会社のバルコニーに立って飛び降りようとしています！雲城中のメディアももう押しかけています。死人でも出たら大事になりますよ！」伶は一気に覚醒し、ガバッと目を見開いた。「今行く」電話を切ると同時に、急いでベッドから起き上がり、素早く上着を羽織る。動きで目を覚ました悠良が、まぶたを開き、少しかすれた声で訊いた。「何かあったの？」「大したことじゃない。ちょっと会社に行ってくる。君は寝てて」そう言いながら、もう服を着終えた伶はドアを開け、そのまま出て行った。悠良は、付き合っている期間こそ長くはないが、彼の性格はそれなりに理解している。彼がここまで慌てるということは、相当な事態に違いない。さっきの声に、明らかな動揺が混じっていた。何が起ころうとも冷静沈着な男が、あんなふうになるなんて、よほどのことだ。悠良もすぐにYKへ向かった。会社の建物に入るどころか、車を降りた瞬間に人だかりができているのが目に入る。皆が一斉に上の方を見上げている。彼女もすぐに視線を上階へ向け、うっすらと人影を認識した瞬間、瞳孔がきゅっと縮んだ。寒河江清恵――本当に会社に押しかけて大騒ぎして、しかも自殺未遂まで？正気？！何かを思い出したように、慌てて律樹に電話をかける。先日ついて来てもらった時は役に立てず、途中で帰らせていた。通話が繋がるなり、悠良は急いで言った。「律樹、何とかして、今すぐ漁野千景と連絡を取って」律樹は呆然とした声を返す。「悠良さん、忘れたんですか？彼女はとっくに送致しちゃいましたよ。今さらどうやって探せって言うんですか。あそこは普通の場所じ
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第783話
「もっと『おかしい』ところがあるけど、試してみる？」伶の手が彼女の柔らかく細い腰に触れた瞬間、悠良の背筋はぴんと強張る。彼女は慌ててその手を押しのけた。「夜更かしは禁止。これ以上寝不足だと本当に倒れるよ。早く休んで」伶も、今日悠良が疲れているのはわかっていた。もしこのまま求め合えば自分は平気でも、彼女の体力がもたないかもしれない。自分の持久力には自信があるし、普段は自制心も強いはずなのに、悠良の前ではその感覚がどこかへ消えてしまう。彼女のすべてに溺れて、止まれなくなる。結局、彼は彼女を抱き寄せたまま横になる。悠良はスマホで適当な物語を見つけ、読み聞かせようとしたが、彼の指先がそっと唇に触れた。「いい。今夜は試してみたいことがある」その言葉に悠良は驚いて顔を上げる。「どうしたの？急に一人で眠ろうなんて。今までずっと薬に頼ってたのに、いきなり薬なしで一人で寝るって、本当に大丈夫？」彼女は昔から人の心の変化に敏感だ。幼い頃の経験がそうさせたのだろう。だからこそ、伶の一言で、彼の様子がおかしいとすぐに気づいた。悠良は彼の疲れが見えるのに整った顔を両手で包み、そっと囁く。「どこか具合悪いの？それとも、また嫌なこと思い出した？」伶は気まずそうに眉を上げた。「なんだ、心配してくれてるのか？」悠良はわざと強がって、握った拳で彼の胸を小突く。「誰が心配なんかするもんですか。その自惚れはいい加減治りなさいよ！」伶は目を上げ、まっすぐに彼女を見る。「こんなに素敵な子を見つけたんだ。自惚れてもいいだろ」悠良も、彼と出会えたことを感謝している。自分だけが感じられる変化があった。史弥と一緒にいたときには得られなかった偏愛も、公平さも、彼女の犠牲によらない関係も。伶のそばでは、無理に尽くす必要はない。彼は彼女に、自分のために時間と気力を使えと言ってくれる。他人を優先する必要はないと。たとえ切り離しづらい家族の問題があっても、彼は彼女を選んだ。理不尽を押しつけるのではなく、公平を与えてくれた。自分を犠牲にしてまで彼の事情に合わせる必要はないと言ってくれる人。彼自身の子ども時代は完璧とは言えなかったのに、それでも彼は立派な大人になった。悠良は彼の首元に顔をうずめ
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第782話
彼は前回のことを思い出したのか、苛立たしげに眉間を揉んだ。ユラも伶の言葉を理解したようで、床に座り込みながらしょんぼりと彼を見上げて小さく鼻を鳴らす。悠良はユラを抱き上げ、そのふわふわした顔を撫でながら言った。「うちのユラ、こんなに可愛いんだよ？今日は絶対おとなしくしてくれるよね？」ユラは悠良の言葉に応えるように「ワンワン」と二声吠える。悠良は額をユラの額にそっと当て、「いい子だね」と微笑んだ。それから伶を振り返る。「それにこの家、にはこの子しかいないし、たまには寂しい時もあるんじゃない？」その一言に伶はふと何かに気づいたように目を細めた。「つまり、もし相手をもう一匹用意すれば増やせば、この問題は完璧に解決できるってことかいいってこと？」「まあ、そんな感じ。少なくとも、私たちにずっと纏わりつくことは減るんじゃない？」悠良は軽く受け答えしただけで、本気で考えているわけではなかった。伶は布団をかけ直しながら悠良に向き直る。悠良は無意識に掛け布団の端をつかみ、止めた。「そんなにかけなくていいよ。寒くないから」伶が近づいたとき、ふっと何かの匂いに気づき、鼻を寄せて確かめる。「何を飲んだ？」「さっき下で大久保さんが新しくワインを仕込んだって言ってたから、ちょっと味見したの。すごく美味しかったよ。寒河江さんも飲んでみる？」ワインの余韻に浸っていた悠良は、伶の目つきには気づかない。「ああ。俺もどんな味か試してみたい気になる」「本当に美味しいんだよ。じゃあ言って伝えてくるね、ついでに私ももう一杯――」布団をめくって立ち上がろうとした瞬間、腕を引かれ、そのままベッドに戻された。伶は身を屈め、彼女の顎を指でつまんで上向かせる。声は低く擦れ、熱を帯びていた。「そんな手間はいらない」悠良が反応する間もなく、唇が深く重なる。彼女の口にはまだワインの淡い香りが残っていて、それが強い酒のように二人の感覚を揺さぶる。今までよりもずっと熱く、激しい。舌が歯を押し開き、繊細で長く、しかしどこか乱暴な口づけが続く。痛みを感じた悠良は、反射的に彼の舌先を軽く噛んだ。動きが一瞬止まり、代わりに彼は彼女の唇を甘く噛んでから離す。枕元の灯りに照らされたその瞳には光が宿り、尾を引くような声で
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第781話
太陽が西から昇ったのか？寒河江社長が人の脚を揉んであげるなんて、しかも文句ひとつ言わずに。光紀は信じられないと言わんばかりにまばたきを繰り返した。本当にあの、高嶺の存在で、常に王者のように他人を見下ろしていた人物なのか？光紀はこれまで、恋愛というものをそこまで不思議に思ったことはなかったが、悠良を見て初めて、愛情というものが人を変えるのだと実感した。悠良は光紀の驚いた表情に気づき、慌てて伶を押し離し、気恥ずかしそうに言った。「足はもう大丈夫だから......！」伶は周囲の視線など全く気にも留めず、今この瞬間、彼の目に映っているのは悠良ただひとり。「本当に？もう少し揉めてもいいんだよ？」悠良は首をぶんぶん振る。「いいってば。もう遅いし、お風呂入って、早く休んで」「風呂」「休む」と聞いた途端、彼はぱっと元気を取り戻した。「わかった」大久保は意気揚々とした伶の様子を横目で見た。以前は帰ってきても冷え冷えとしていて、近寄るなと言わんばかりの雰囲気をまとっていたのに、今は全く違う。彼の中に人間らしい温度が戻ってきている。それを見て大久保の胸もほっと温かくなった。やはり悠良は良い人だ。以前、正雄が色々とお見合い相手を用意していた時も、どの女性からもこの感じは全く伝わってこなかった。大久保自身も悠良が好きだ。彼女は近づいて尋ねた。「小林様、お腹は空いてませんか？何か作りましょうか？」「大丈夫よ。大久保さんも早く休んで」「では、もし何か食べたくなったら言ってください、すぐ作るので」悠良にとって大久保はまるで母親のようで、その優しさと気遣いが心に染みる。そっと抱きしめながら言った。「ありがとう、大久保さん」その温もりに、大久保も思わず嬉しそうに微笑んだ。「そういえば、旦那様と小林様が留守をしている間、ワインを少し仕込んでおきました。味見してみてはどうですか？」ワインと聞いた途端、悠良の目はぱっと輝いた。「本当？私、ワインが一番好きなの。それも手作りのが一番だと思ってるんだ！」そう言うなり、うきうきと大久保と一緒にキッチンへ向かう。蓋を開けた瞬間、濃厚なワインの香りがふわりと広がり、悠良は嬉しさを抑えきれずに手を擦り合わせた。大久保はコップに一杯注いで渡し
離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか！ 第780話
伶はそのまま体を傾けて寄りかかり、悠良は太ももにずしりとした重みがのしかかったのを感じ、思わず息を呑んだ。......本当に、ちょっと重い。とはいえ、彼の身長は190センチあるのだから当然とも言える。悠良はその重さを我慢しながらマンションの入口まで耐え抜いたが、伶が気持ちよさそうに眠っているのを見ると、それも報われた気がした。彼は睡眠障害を抱えており、普通の人より睡眠時間が半分は少ない上に、仕事で寝る時間もほとんどない。伶が目を覚ますと、悠良が彼を見つめていた。彼は上体を起こし深く息を吸うと、彼女の脚を軽くつまむように押した。悠良は本能的に身を引き、太ももの奥からじわりと痺れるような感覚が走り、思わず拳を握りこんだ。この痺れ......たまらない。平静を装ってはいたが、伶の観察眼は鋭く、悠良の小さなごまかしなど通用しない。彼は視線を彼女の脚に向けて言った。「痺れた？」悠良は気まずそうにこくりと頷く。「ちょっとだけ」伶は再び彼女を腕に抱き寄せた。「なんで起こしてくれなかった？」悠良は彼の胸に寄りかかりながら答える。「ぐっすり寝てたから」伶は顔を伏せ、温かな唇で彼女の頭頂にそっと口づける。「どんなことでも、自分を一番に考えてほしい」悠良は一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。「うん」伶は彼女の肩を軽く叩いた。「中まで抱えてやるよ」悠良は少しためらい、自分で歩けると言おうと手を振る。「いいよ、自分で歩けるから」しかし伶は構わず彼女を抱き上げた。光紀もすぐに車を降りてついてくる。「お荷物は私が」「頼む」伶に抱えられた悠良の頬はうっすら赤く染まり、付き合いは長くても彼女は根が慎ましい。まして人前でこんなことをされれば恥ずかしくもなる。頬を埋めて顔を隠し、ちらりと彼を見上げて小声で言う。「ちょっと、そろそろ降ろしてよ」「大丈夫だ。光紀が笑うわけない。もし笑ったらクビにする」伶はそのままマンションのドアを押し開けた。するとユラが勢いよく飛びついてきた。その体重も軽いとはいえず、彼一人なら支えられたが、今は悠良を抱えているため、踏ん張りきれずよろめき、転びかける。大久保が駆けつけて慌てて叫んだ。「ユラ、落ち着きなさい！旦那様が奥様抱え
