おにぎり恋愛日和!!

おにぎり恋愛日和!!

last updateLast Updated : 2025-07-11
By:  岩瀬れんOngoing
Language: Japanese
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大人気アイドルグループ『voyage』のメンバーである天音光春が同じ学年にいるらしい。大学3年生になった青山三鈴は芸能人に興味も無く、どうせ関わることなんてないだろうと思っていた。しかしそんな矢先、偶然席が隣になった天音に話し掛けられる事態に発展した。驚いたのはその整った顔、よりもあまりに不健康そうな天音自身。下心無しの小さなお節介だけだったはずが、気付けば行動を共にするようになっていった。

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Chapter 1

第1話 第1章 アイドル『天音光春』との出会い

脳腫瘍と診断された後、白石紗季(しらいし さき)は二つの事実を知ることになった。

一つは黒川隼人(くろかわ はやと)との婚姻届が偽物だったこと。もう一つは実の息子――黒川陽向(くろかわ ひなた)もその事実を知っており、他人を母親として望んでいたこと。

この時紗季は自分の家族を捨て、全てを彼らに捧げた七年間が、まるで茶番だったことを悟った。

そこで紗季は三つのことを実行し、この薄情な父子の前から完全に姿を消すことにした。

一つ目は、一ヶ月前に予約していた結婚七周年記念のキャンドルディナーをキャンセルし、陽向の幼稚園のクラスLINEグループと、父子の健康のために入っていた数十の健康関連のグループから退会すること。

二つ目は、医師からストレステストを受け、特効薬を処方してもらい、海外まで移動できる体調を確保すること。

三つ目は、七年間連絡を絶っていた兄の白石隆之(しらいし たかゆき)に電話をかけ、遠くへ嫁いだことを後悔して、帰りたいと告げること。

――

「紗季さん、がん細胞が脳神経を圧迫しています。早急な決断が必要です」

消毒液の匂いが漂う病院の廊下で、医師の言葉が今も紗季の耳に響いていた。

全身を震わせながら、しわくちゃになった検査結果の用紙を握りしめた。

最近頭痛や嘔吐に悩まされ、時々鼻血も出ていた。

寝不足による単なる体調不良だと思っていたのに、検査結果は恐ろしい事実を突きつけてきた。

医師は治療方針を選択する必要があると言った。

手術をして五十パーセントの生存確率に賭けるか。

それとも保守的な治療を選び、投薬と化学療法で髪の毛は抜け落ちるが、あと数年の命を繋ぐか。

紗季はその五十パーセントという確率に賭けることが怖かった。

幼い頃から注射さえ怖がっていた彼女にとって、冷たい手術台の上で生死を分ける選択をすることは想像もできないほど怖かった。

しかし手術をしなければ、脳の腫瘍は大きくなり、苦しみながら死んでいくという残酷な現実が待っている。

紗季は目を閉じ、隼人のことを考えた。

彼女は隼人と結婚してもう七年になる。彼女は彼を愛していて、まだ長い間一緒に生活したいと思っている。

そして何より、二人は頭がよく、優秀な息子――陽向を一緒に育てている。

人生で最も大切な二人のことを考えると、勇気が湧いてきた。

彼女は立ち上がり、医師の診察室のドアを開けた。

「先生、決心しました。開頭手術の予約をお願いします」

医師は厳かな表情で言った。

「五十パーセントの確率です。怖くないのですか?」

紗季は微笑んだ。「怖くありません。夫と子供が私の側にいてくれると信じています。二人がいれば、何も怖くありません」

医師はゆっくり頷いた。

「分かりました。一ヶ月後の手術を予約しておきます」

紗季は病院を出て、急いで帰宅した。夫と子供の慰めと支えが欲しかった。

家政婦は隼人が会社に行ったと告げた。

紗季は急いで黒川グループへ向かい、社長室の前まで来た。

中に入る前に、男性の声が聞こえてきた。

「隼人、紗季にお前が美琴を秘書にしたことを知られたら、怒るんじゃないか?」

紗季は凍りつき、ドアの隙間から隼人の親友――青山翔太(あおやま しょうた)の姿をはっきりと見た。

美琴?

美琴!

この名前は彼女にとってあまりにも馴染みがあった。隼人が十年もの間、心の奥底に秘めていた初恋の人だった。

机に向かって座る隼人は目を伏せ、袖をまくり上げた。黒いシャツの襟元は少し開いていて、どこか冷たい既婚者の雰囲気を醸し出していた。

彼はいらだって言った。

「会社のことに口を出すな」

翔太は首をすくめ、苦い顔をした。

「まあね、俺はこの何年もお前の面子を立てて、紗季のことを奥さんって呼んできたけど、周りの人はみんな、お前たちが偽装結婚だって知ってるよ。それに婚姻届は俺が偽造したんだ。ハハハハ!」

これを聞いた紗季は、顔が真っ白になり、その場で凍りついた。

彼女は......何を聞いたのだろう?

隼人との結婚は......偽装だったの?

隼人はオフィスのドアに背を向けて座り、ドアの外に人が立っていることに全く気付いていなかった。

翔太は好奇心に駆られて尋ねた。

「隼人、なんで黙ってるの?今美琴が戻ってきたんだから、早く紗季と別れればいいじゃん?当時紗季がしつこく迫って、お前が酔っ払ってた時に誘惑して妊娠したから、子供の戸籍のために仕方なく偽装結婚したんだろ。その結果、美琴が傷ついて出て行って、今やっと戻ってきたわけだし」

紗季は息を飲んだ。

激しい頭痛が襲ってきて、紗季は口を押さえ、必死に吐き気をこらえた。

あの夜、バーに翔太も確かにいたはずなのに!

自分は隼人にお酒を勧めてなどいなかったのに、隼人はビジネスライバルに薬を盛られていた。翔太はそれを分かっていたはずだ。

自ら「解毒剤」になろうとして、隼人とホテルへ行ったのだ。

なぜすべての責任を自分一人に押し付けるのか?

翔太は軽く笑い、からかうような口調で言った。

「お前はいつ美琴と結婚するつもりだ?当時彼女は重い心臓病にかかって、お前の足手纏いになるのを恐れて去った。紗季にその隙を突かれたんだろう?美琴はもともとお前の妻になるはずだったのに!」

隼人は鋭い視線で翔太を見つめた。

その目は氷のように冷たく、警告が伝わってくる。

「俺と紗季には陽向がいるんだ......」

紗季は全身を激しく震わせ、立っているのがやっとだった。

彼女は彼らの会話に吐き気を催した。聞き続けられなくなり、そのままトイレに駆け込んだ。

そのため隼人が言いかけていた言葉を聞き逃してしまった。

紗季は洗面所で激しく嘔吐した。

残酷な真実に吐き気を催したのか、脳腫瘍による生理反応なのか分からなかった。

女性社員が入ってきて驚き、急いでティッシュを差し出した。

紗季は目を赤くしてティッシュを受け取り、泣くよりも醜い笑顔を作って言った。

「ありがとうございます......隼人には私が来たことを言わないでください」

彼女は振り返り、よろめく足取りで会社を出て、まるで生ける屍のように街をさまよった。頭の中では、隼人との初めての出会いが思い返されていた。

7年前、彼女は海外でも有名なデザイナーで、兄――隆之のジュエリー会社で重要なポジションを担っていた。その頃、隼人とは何の接点もなかった。

ある出張の際、紗季がホテルを出たところで突然スカートが裂けてしまったのだ。

彼女が露出してしまいそうになり、ひどく恥ずかしく慌てていた時、隼人が高級車から降りてきて、彼女の前に歩み寄り、スーツの上着を差し出した。

「腰に巻いてください」

適切な援助が、見知らぬ環境での彼女の窮地と不安を一瞬で解消した。

彼女は顔を上げると、かっこいい顔に一目惚れした。

それ以来紗季は彼のことが忘れられず、隆之を通じてコネを作り、あらゆる手段を尽くして隼人との仕事上の接点を作り、積極的に追いかけた。

隼人の心の中に忘れられない初恋相手がいることを知りながらも、彼女は決して諦めなかった。

その後、酒の席で偶然会ったことがきっかけとなって二人は親しくなった。紗季が妊娠したことで、自然な流れで結婚することになったのだ。

紗季は新婚初夜のことを覚えていた。彼女は隼人に尋ねた。

「私は責任を取れとは言わなかったのに、なぜ私と結婚してくれたの?」

いつも冷淡な隼人が、初めてあんなに真剣に彼女を見つめ、ゆっくりと答えた。

「お前に、そして俺たちの子供に、家族を与えたいんだ」

この一言のために、紗季はこの結婚に全てを捧げた。彼女は隆之の強い反対を押し切って自身のキャリアを捨て、国内に留まり、妻として母として全力を尽くした。

しかし今、彼女が全てを捧げた結婚は最初から最後まで偽りだったのだ!

隼人は最初から彼女を本当の妻とは見ていなかった!この7年間、彼の心には別の女性がいて、彼女とは夫婦のふりをしていただけだった!

紗季の心はまるで血を流すように痛んだ。最初から最後まで完全な笑い物だったことを痛感した。

彼女は決心した。

一ヶ月後、もし手術が成功して生き延びたら陽向を連れて出て行こう。

隼人は陽向のことを遠慮する必要はない。好きな人と結婚すればいい!

子供のことを考えると、紗季に少し力が戻ってきたような気がした。

彼女は家に駆け戻り、階段の入り口まで来たところで、陽向が執事――森下玲(もりした れい)と話しているのが聞こえた。

「パパとママの婚姻届が授与されてないって、ママが知ったらどうなると思う?」

陽向の幼い声が聞こえてきた。

紗季は目を見開き、その場に立ち尽くした。

玲は優しく笑って答えた。

「仕方がないですよ、坊ちゃま。ご主人様は奥様のことをお好きではないですからね、それはご存知でしょう」

陽向は子供らしく鼻を鳴らした。

「実は僕もママのこと、あんまり好きじゃないんだ。僕は美琴さんの方が好き!すっごく優しいんだよ。ママが僕をパパの会社に連れて行くたびに、美琴さんはいっぱいおいしいものとか、面白いものをくれるんだ。ママみたいに、お菓子を食べ過ぎちゃダメだとか、勉強しなさいとか言わないし。うるさくないんだよ!美琴さんがパパと結婚できたらいいのにな!」

紗季は掌を強く握りしめたが、気を失いそうになった。

育てた実の子供までもが、隼人と同じように、彼女にこれほど冷たく無情だとは予想していなかった。

紗季は過去の「母子の愛」「夫婦の睦まじさ」という温かな情景を思い出したが、今となってはそれが全て夢だったと感じた。

これは甘美に見えて、実は恐ろしい悪夢だった。

当時、隆之が結婚のことに強く反対したのは、彼女が苦労することを心配してのことだった。彼女は隆之の言葉に耳を傾けるべきだったのだ。

もし隆之が隼人のしたことと陽向の態度を知ったら、きっと怒り狂って刃物を持って殺しに来るだろう。

紗季は胸の痛みで目を瞬かせ、黙って階段を降りた。

彼女は夫と子供のために死を恐れずに、手術台に横たわることを決意したが、今ではその支えとなっていた希望も完全に粉々に砕けてしまった。

彼女はリビングに来て、電話をかけた。

「お兄ちゃん、隼人と離婚したい。家に帰ってもいいかな?」
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第1話 第1章 アイドル『天音光春』との出会い
同じ大学に芸能人が在籍していることは、噂話に疎い私でも知っていた。現在人気沸騰中の男性アイドルグループ『voyage』先日発表されたオリコン上半期ランキングでは、シングルとアルバムと共に首位を獲得。メンバーのひとりが出演している2月末に公開された映画は、大ヒットで興行収入100億円に迫っているという。また、メンバーのひとりが主演中のドラマは、初回から視聴率2ケタを維持し続けているそうだ。それぞれのラジオや番組のレギュラー出演も多く、グループのみならず個人としての活動も幅広い。デビューして数々の記録的数字を叩き出した結果、彼らは結成3年目にして『国民的アイドルグループ』と称されるようになった。そんな今を時めく大人気アイドルグループ『voyage』は、4人の男性で構成されている。そのうちのひとりである───"天音光春”が同学年に"なった"らしい。なった、というのはお察しの通り彼は留年したのだ。本来ならば今年度から4年生だったところを、彼は2度目の3年生をすることになるらしい。シンプルに出席日数が足りなかったのだろう。この大学の授業はテストで点数を取ることはもちろん、3分の1以上の出席が単位取得の必須項目になる。あれだけ毎日のようにメディアに出演するほど多忙な人間なのだから、少しは学校側が特別措置を設けたらいいのに。芸能人が在籍しているだけで、十分な宣伝効果はあるだろうに。なんて、私が主張したところでどうこうなる次元の話じゃないのは重々承知だ。 そもそも私自身が天音光春どころか、voyageについても知らなかった。知っている情報は留年した彼が同学年になると風の噂で知ってから、授業の合間に好奇心で調べたものである。兎にも角にも、周囲の学生たちは同学年になったことでアイドルと少しでもお近づきになりたいと目をギラギラと光らせているのである。まるで獲物を狙う肉食獣のように。いや、さすがに肉食獣は女の子に失礼だろう。せめてレッサーパンダと例えようか。あわよくば、とそんなドラマのような展開を望んでいるのだろう。夢を抱かせるのも、ある意味アイドルの仕事の一環かもしれないが。天音光春のプライベートと人権は何処へ。しかし新年度になって1週間。今か今かと学生らは期待を胸に待ち続けているけれど、やはり彼は多忙なようでなかなか講義室に顔を見せることはなかった。
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第2話
大学3年生になって、初めての応用統計学。 学籍番号順に指定された私の隣の席に、なんと天音光春が登場したのだ。 深々と帽子を被ってマスクをしているものの、その滲み出る芸能人オーラを隠しきれていない。 現に声を掛けられた瞬間、講義室にいた学生が皆揃って騒々しくなった。 私まで一緒に注目されていると勘違いするほどの向けられる熱い視線に、心の中でげっそりする。 何で座席指定の時に限って、天音光春が来てしまったのだろう。 自分の名字の『青山』に嫌悪感を抱いたのは人生でこの瞬間が初めてだ。 居心地の悪さに気が遠くなりそうな私。しかし、その隣で彼は視線なんか気にもしないといった飄々とした表情で某有名ブランドの鞄からルーズリーフと筆記具を取り出す。 完全に自分の世界に入り込んでいるというか、外部と完全にシャットダウンしている様子だった。 きっとそのペンケースすら、私の鞄より高価なものなのだろう。 アイドルが持つものは全部高価に見えてしまうのは不思議である。ファッションで例えるなら、何を着るかではなく誰が着るか、それと同じだ。 “アイドルと庶民の金銭感覚について”なんて、卒業論文のテーマにしたら面白いかもしれない。モノを購入する際の予算設定の違いとか、アイドルもバーゲンセールに行ったり割引券を使用するのかとか。部門ごとに年間の出費額を比較するとか。 そこまで考えて一旦思考を停止した。 そして我に返る。 私の需要にも満たない研究である、と。 我ながらつまらない考えだったと、気の抜いた顔で目前の黒板を見つめていた時。 左隣から「ねぇ」と少し強い口調で声を掛けられた。 反射的に顔を向けると、天音光春がこちらを見ていたのだ。さらに学生からの視線が背中に突き刺さる。 何故私に話し掛けるんだ。少々彼を恨みながらも、平静を装った口振りで返す。 「はい。何でしょうか」 「アジア経済論の授業、取ってる?」 「あっそれならさっき1限受けてきました」 天音光春───いや、もう天音さんでいこう。 天音さんが言っているのは、私が今朝の1限目で受けてきた授業のことである。 テストは配布されるレジュメから出題されるから楽単だとサークルの先輩から話を聞いて、私も授業を取っていたのだ。確かに去年の過去問と比較すると同じ内容のレジュメだった。 私がアジア経済論の授業
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第3話
彼が写真を撮り終わるまでの間、堂々とその綺麗な横顔を見ていた私は「さっすが芸能人」と心の中で呟いていた。 ニキビはもちろん毛穴なんて無いし、お肌もつるつるである。所謂“王道イケメン”と評される、整った顔のパーツの集合体だ。 美意識だって女の私よりあるのだろう。きっと庶民には手が届かないぐらいのお高いスキンケアを使っているに違いない。 しかし「でもなぁ」と、ため息を溢す。 「うーん、勿体ない」 「何が?」 「こんなに綺麗な顔してるのに、酷いクマだなって」 どうしても気になってしまう。 その美貌をぶち壊すほどの酷いクマが。 きっとファンデーションやコンシーラーで隠しているつもりだろう。 テレビなど画面越しでは見えないけれど、こうして近くで見るとくっきりとクマが見えてしまうのだ。 勿体無い、と私は机に頬杖をつく。 「労基は何してんだろうね。アイドルは身体が資本なのに、寝る間も与えてくれないだなんて」 アイドル事務所は労基が入らない、なんてことはないだろう。まぁ、寝る間も惜しんで働けるくらいに仕事がある事は、彼らのような世界では一種のステータスになるのだろうけれど。 天音光春は今をときめく大人気アイドル。でも、私から見ると目の前にいる天音光春はただの”不健康そうな人"でしかなかった。友達でもファンでもないけれど、こうして近くで見てしまったら私でも心配してしまう。 その時、タイミングが良かったのか悪かったのか、こちらを見ていた天音さんと目が合ってしまった。 待って、私今誰かと会話をしていたような。 背中にだらりと冷や汗が流れる。アイドル本人に私は何を言っているんだ。 酷いクマだとか、労基や事務所が何とか、とか。失礼にもほどがありすぎる発言の数々。 すぐに私は机上から肘を離して、姿勢を正した。 「・・・すみません。人の顔を見ながらぶつぶつ呟いちゃって」 「別に、」 「でも本当に死神のような顔してます。飴ちゃんでも何でも食べられる時は食べた方が良いですよ」 すると目の前でポカーン、と彼は意表を突かれたかのような顔になる。 何か私も死神とか何とかまた失礼な発言をした気がするが、本当にそろそろ周囲からの視線が鋭くなってきた。 私は何事も無かったかのようにして、前に向き直る。早くこの殺伐とした空気から逃げたい。その一心だった。 (
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第4話
学食やコンビニでお昼を済ませてもいいが、何だかんだ自分で作ったご飯が1番美味しく感じてしまうのだ。 その方が食費も浮くし、実際のところお昼ご飯を一緒に食べるような仲の良い友達がいないのが大きな要因だ。 決して一匹狼キャラを狙っているわけでは無いけれど。 「うん。今日も美味しくできた」 ひとりで寂しく黙々と食べていた時、講義室内に新しく響く足音が耳に入ってきた。 淡々と一定のリズムで歩くその音は、少しづつ大きくなっていく。 「あ。あの時の、」 おもむろに表を上げると、思ってもいなかった人物が私を見下ろしていた。 「あ、えっと・・・天音さん?」 足音の正体は天音光春だった。 何度か同じ講義室で授業を受けてはいたものの、実際に声を掛けられたのはあの日以来である。 (うわぁ・・・今日もアイドルらしからぬ物騒な顔) 彼は今日も今日とて一段と酷いクマさんを飼っている。きちんと休息が取れていないのだろう。授業受けるくらいなら少しでも寝たらいいのに。なんて、心配はするが所詮他人事で“相変わらず不健康そうな人だぁ”くらいの話である。 「まだ3限始まるまで時間ありますよ。少し仮眠でも取ったらどうですか」 「ひとり?アンタ、友達いないの?」 ワザとか知らないが、中々失礼な発言。 それに会話のキャッチボールが出来ていない。デリカシーという言葉は彼の辞書にないのだろうか。 痛いところを突いてくるなぁ、と口角が思わずヒクついた。 ムッとして「友達を作るタイミングが無かっただけです」と、ここは平静に返しておく。 大人な対応グッジョブ!と心の中で叫ぶも、彼は「ふーん」と尋ねた割には興味が無いようだった。どうも不完全燃焼感が拭えない。 確かにアイドルが一個人の交友関係などさほど興味もないだろう。でも、聞いてきた割にはあまりにドライで、私は少しばかりの仕返しの意味も込めて口を開く。 「天音さんは作らないんですか、友達」 「何が言いたいの?」 「・・・先週見たいな態度だったら、寄り付く人も寄り付かなくなりますよって事です」 そう告げると天音さんは顔を顰めて、私の右2人分あけた席に腰を下ろした。 まだ記憶に新しい先週の金曜日の3限目。 その時も自由席の授業で、バイトを終えてギリギリになった私が教室に入る頃には既に天音さんの周囲に人集りが出来ていた。
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第5話
「別に友達作ったり、遊ぶ為に大学入ったんじゃないから」 「まぁ、天音さんがそれで良いなら別に良いんじゃないですか」 その結果、誰も彼に話し掛ける人は居なくなった。 同時に「天音光春は愛想が無くて性格が悪い」とレッテルを貼られてしまったけれど。 まぁ、本人がそれで良いのであれば私がとやかく言うことではない。天音くんの立場がどうなろうが、私個人には全く影響はないのだから。 すると神妙そうな面持ちで黙ってしまった天音さん。 それを目の前にして、突き放しすぎただろうかと少々良心が痛んだ。 「ま、私も友達って言える友達は居ないんですけどね」 自虐ネタを織り込んだフォローをして、適当に会話を締めくくる。 おにぎりを食べ終えた私は次の授業の準備を始めた。あと30分くらいで3限目が始まる為、そろそろ他の学生も教室に来る頃だろう。 「友達、出来なかったの?」 しかし、意外なことに天音さんがその手の話題に乗ってきた。 自分でひけらかしておいて何だが、ダイレクトに言われると心に刺さるものがある。でもこれは自分で蒔いてしまった種だ。大人しく口を開いては簡潔に経緯を説明た。 「いやぁ、ちょっと帰国が遅れて入学式とオリエンテーションに間に合わなくて」 「帰国?海外旅行でも行ってたの?」 天音さんの問いかけに、私はふるふると首を横に振る。 「海外の高校に行ってたんです。6月に卒業して、そのまま入学式まで向こうで遊んでいまして。いざ帰国って時に母親が間違えて福岡行きの飛行機を手配してたんですよ」 すると拍子抜けしたように目を丸くする天音さん。 「・・・福岡行き?」 「面白いですよね」 今思えば笑える話だが、当時は相当パニックになった。 うっかり屋さんの代表だと豪語できる母親が取っていたのは、なんと福岡直行便だった。 間違っていることに気付いたのはケネディ国際空港に着いてからで、その日の羽田行きのキャンセルを待っていたが運悪く取れなかったのだ。ステータスを持ってっいても全てが上手くいくとはとんだ馬鹿げた思考だっらしい。 「友達作りに出遅れて、行った時にはグループが出来ていたので、なんか、こう、混ざりにくくて」 翌日の朝イチの便を航空会社の人が手配してくれたが、もちろん入学式どころかオリエンテーションも欠席することになった。 故に同じ学部に友達が出
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第6話
アイドルと仲良くなるなんて一般人の私には1億年早い。 近付いてファンから血祭りにあげられるほど心臓に毛が生えているわけでもないし、全力で保身に走りたいところだ。 「でもアンタは五月蝿くないし媚び売ってこないし、そこらへんの奴よりも楽かな」 「まぁ・・・そんなにアイドル興味もないもので」 「は?」 褒めてくれたかと思いきや、そのイラナイひと言で天音さんはまた不機嫌そうに眉を潜めた。 「嘘です。ほら、CMの・・・なんちゃらっていう曲も、なんちゃらっていうドラマも、えっと」 「全然覚えてないじゃん。良いよ別に、無理に応援しなくても」 溜め息を吐く彼に「ごめんなさい」と謝る。 しかし素直に謝ったところで「普通お世辞だけでも応援してますって言わない?」と、また苛立ちを募らせる。 理不尽だと文句を言いたかったけれど、その綺麗な顔に免じて飲み込んであげた。 「タッタイマ、ファンニナッタカモ。ア〜カッコイイナ〜」 「片言すぎる。演技も下手」 「・・・」 何だこの人、プライドがエベレストかよ。素人に演技力求めるなよ。 今の私の顔はチベットスナギツネ状態である。 これ以上言い返せる雰囲気でもなく、話題を変えようと口を開いた。 「あまり私に話し掛けていると、そのうち刺されちゃいますよ」 大体、芸能人ともあろう人が特定の女子大生に話しかけてもいいのだろうか。しかも私のような平凡な一般人に、だ。 いや、話しかける話しかけないは彼の自由だけども。話しかけてはいけないなんてルール、アイドル界にはない筈だ。あったら早々と労基に訴えてやる。 「トラブルは御免です」 まぁ私如きでは噂のうの字にもならないだろうが。でも、特定の人物と仲良くなることで嫌に思うファンは絶対いる筈である。 誰かの幸せは、誰かの不幸を生み出しているのだ。どこかでそんな歌詞を見たような気がする。 「何で俺が刺されるの」 「いや、私が刺されるんです」  すると天音さんは「あぁ、なるほど」と納得がいった表情を見せる。 それに最近、過激なファンによる迷惑行為がニュースでも報道されているのも思い出した。 そんな過激派に嫉妬されようもんなら、刃物でぶっすり間違いなし。想像しただけでも身震いがする。 「あのさ、俺一応アイドルとしてのプライドはあるんだよね」 「・・・そうですね」
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第7話
「別にいらないから。見返りを求めるような人間に見える?」 「?・・・まさか。プライベートの時くらい、損得で動かなくても良いじゃないですか」 だからノート見せて欲しいと言われたら、いつでも貸しますよ。私ので良ければ。そう告げると、天音さんは何も声を発さないまま写真を撮り続けていた。 「貸して」 「何を?」 「携帯」 そして最後に彼はなぜか、私の携帯を所望したのだ。 無言の圧に押されるがままに携帯を渡すと、天音さんは「パスワード、解除」とまた私の手に携帯電話を戻す。 何をされるのだろう。 パスワードを解除しておずおずと携帯を渡すと、彼は我が物顔で扱いだした。 変な汗がたらたら流れてくる。いや、変な写真とか保存していないはずだけど。 「はい、どうも」 暫くして、やっと手に戻ってきた携帯。 「?・・・何をしたんでしょうか」 特に変わり映えのしない画面に首を傾げる。 すると天音さんは衝撃的なひと言を放った。 「俺の連絡先、入れておいたから」 「は?何で?」 思わずアイドルの目の前で「は?」と声が漏れる。 メッセージアプリを開くと、確かに「天音光春」の名前が表示されていた。 「????」と分かりやすく頭に浮かべる私の反応がお気に召したのか、彼は面白そうに口角を上げる。 「授業の度に、ノートの写メ送れるでしょ」 「あっなるほど。そしたら直接会わなくて済みますもんね!」 だから2人で会う場面を誰かに見られることがなくなる。 つまり、私が刺し殺される可能性が無くなるのだ。 「そーいうこと。良かったね、寿命が延びて」 休講とか補講の連絡があった時も連絡して。ということだったので、私は2つ返事で了承した。芸能人はきっと掲示板に行くだけでもひと苦労だろう。 「あっでも私の名前、本名にしないで下さいよ」 「何で?」 「誰かに見られたら嫌なので」 その代わりに条件を提示する。もし天音さんのメッセージアプリに私の名前「青山三鈴」があって、万が一誰かに見られたらと思うと本名は避けたいところである。 彼は「そこまで徹底する必要ある?」と怪訝な表情をしていたが、するに越したことはないだろう。 「じゃあ何にしたらいいわけ?」 「えー・・・?おにぎり、とか?」 「おにぎり?」 なんでおにぎり?そう言われても、私も分からない。 ただ
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第8話 まごころ屋弁当のススメ
『voyage天音光春!繰り返す遅刻に大御所俳優も激怒!』 今朝。ふらっと本屋に寄った時に、視界に入ってきたその見出し。 ここ最近、メッセージアプリで常に上位にある名前が載っていた。 見なかったことにしたら良かったのだが、気にせずにはいられなくって、横並びに陳列されていたその週刊誌を手に取ってしまった。 記事の内容は、天音さんが寝坊による遅刻の常連で、大御所俳優Kの怒りを買ってしまったとのこと。 そのKさんが誰かなんて露ほど興味もないが、とにかく彼はお偉いさんを怒らせてしまったらしい。 これが事実かどうかは私には知る由もないが、世間は週刊誌の記事を鵜呑みにしているようである。SNSでは天音さんを批判する人々と、彼を擁護するファンで衝突していた。 自己管理の低さに注視する以前に、睡眠時間を脅かす周囲の環境にも視点を変えてみたらどうだろうか。 「大変だなぁ、天音さん」 大学に到着した私は、携帯でも同じニュースの記事を読み漁った。 ネットニュースからURLで飛ぶと、どうやら過去にも同じような内容の批判を受けているようだった。 堕落した私生活を送っているとか、愛想が無いとか、メンバーとの関係性を疑うようなものとか。愛想が無いのは大正解ですけども。 こんなに酷い荒波に揉まれてもアイドルを続けているなんて、よほど天音さんは強靭なメンタルの持ち主かもしれない。これが芸能界に身を置く者への宿命か。 「あれ、天音さんから連絡来てる」 その時、当の本人からタイミング良くメッセージが届いた。 「今どこ?」と、ただそれだけ。相変わらず淡白なメッセージである。 今は空コマの時間で、丁度サークルの部屋に入り浸っていた私は場所を伝えた。 返事はすぐに既読になって、向こうから返事が返ってくる。 「えっと、了解って・・・え?くるの?ここに?」 この"了解"はどんな意味が含まれているのだろう。百面相をしながら携帯を見つめていると、サークル部屋のドアが数回ノックされる音が聞こえてきた。 失礼なこと承知で言うが、ここに普段出入りする人の中にノックをするなんて礼儀を持った人はいないはずだ。  もしかして、本当に天音さんだったりして。 席を立って恐る恐るドアノブに手を掛ける。ギィと古びた音を立てながら開いたその先には、一
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第9話
突然こんな場所までどうしたのかと尋ねると、午前中の撮影が予定よりも早く終わって、マネージャーさんに頼んでそのまま大学まで送ってもらったらしい。 しかし、ひとりで時間を潰すような場所も無く、私に連絡をしたというのだ。これじゃまるで私と天音さんが友達みたいだ。少しだけ胸の内がそわそわする。 「えっと、入りますか?』 「他の人、来たりしない?」 「先輩たちは就活で殆ど昼は大学に居ないので、多分誰も来ないかと」 そう告げると天音さんは少し気を緩めた顔になって「じゃあ少し休ませて」と欠伸を噛み締めていた。きっと朝も早かったのだろう。早く仕事が終わったのなら、自宅に寄って少しでも仮眠してきたら良かったのに。 「先輩たちが置いていったお菓子とか飲み物がありますけど、何かいりますか?」 「コーヒーある?」 「ありますよ。インスタントですけど」 「全然大丈夫」 了解でーす、と私はサークル部屋に常備されている電気ケトルの電源を入れて、紙コップを取り出す。 時々“活動報告会”と称して、ティータイムが行われる為、お湯で溶かすだけのスティック飲料は沢山あるのだ。 何種類かある中から無糖のブラックコーヒーを選んで、紙コップに入れる。そして温まったお湯を上から注ぎいれた。 この立ち昇ってくる独特な香りが私は大好きだ。それに飲むと苦味を感じるけれど、口の中がフラットになる感覚がする。 煎れたてのコーヒーと適当に摘んできた洋菓子も一緒にして天音さんのところへ持っていく。 「・・・割と良い感じだね、ここ」 「ありがとうございます。はいどうぞ。これも良かったら食べて下さい」 天音さんはソファに全体重を掛けるように沈んでいた。どうやらここが気に入ってくれたらしい。 サークル部屋には中央に配置されたテーブルを囲むようにソファが置かれている。 噂によると数代前のサークル長が卒業の時に贈呈してくれたらしい。それも革張りで上質なソファを。 古びたサークル部屋には正直浮きに浮きまくっているが、横になると絶好の仮眠スポットである。 身体を起こして姿勢を正した天音さんは部屋をぐるりと見回してから、コーヒーに口をつける。最初の一口を飲み込むと、今度は物珍しそうな口調で「こんな変なサークルもあるんだね」と言った。それは揶揄いではなく、興味からくるものだった。 そう言われて私も
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第10話
そう。私が所属しているのは新選組同好会なのだ。 熱狂的な先輩たち5人と私だけで、同期も後輩もひとりもいない不人気サークル。でもみんな良い人だし、可愛がって貰っているはずだし、何だかんだ居心地は抜群なのだ。 「ふーん。あんたも歴史好きなの?」 「好きっていうか、新選組を尊敬しているといいますか」 「尊敬?」 「生き様的な?例えば近藤や土方は武家出身じゃない人が武士になるという夢を叶えて、武士以上の武士というプライドを持って高みを目指すんですよ」 武士になっても、新選組の名を賜っても、全国にその名を馳せても。一切妥協せずに国の為に突き進み続ける。やがて刀から銃に移り変わり不利な状況になろうとも、立ち止まらずに前を見続ける。 夢を叶えるには家柄も何も関係ない。必要なのは信念と努力。これは先日行われた“活動報告会”で熱く語った内容だった。 そこまで言ったところで、私はへらりと顔を崩す。 「って、多分海外にいたせいか、逆に日本の歴史とか文化が好きになったところはありますね」 「へぇ」 「あーごめんなさい。こんな事言っても、天音さんは面白くないですよね」 随分長々と語ってしまったと謝ると、彼は「別にいいよ」とさほど気にしていないような口ぶりだった。私はほっと胸を撫で下ろす。彼の貴重な休息時間を私の趣味の話に割くのは申し訳ない。 天音さんは「あのさ」と口を開く。 「これ、まだ情報開示されていないんだけどさ。うちの夏樹が舞台するんだよね」 「夏樹、さん?・・・えっと、」 「俺と同じグループの」 慌てて私は「あぁ、千堂さんですね!」と同調したが、目が泳いでいたのだろう。 絶対に天音さんの目からしてバレている。私が未だにvoyageのメンバーすら把握しきれていないことを。 先日彼に「グループとメンバーの名前は日本の常識」だと刷り込まれたばかりだったのに。今日は帰ったら公式とまとめサイトを確認しようと心の中でメモをする。 「沖田総司役をするって言ってたんだよね」 その言葉に私は勢いよくその場から立ち上がる。勢いでテーブルを叩いてしまって、危うく天音さんのコーヒーが溢れるところだった。 「沖田総司?!本当ですか?!」 「うるさっ急に叫ばないでよ。鼓膜破れるでしょ」 「!すみません・・・あの、つまり新選組題材の舞台ですか?」 天音さんは頷
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