大人気アイドルグループ『voyage』のメンバーである天音光春が同じ学年にいるらしい。大学3年生になった青山三鈴は芸能人に興味も無く、どうせ関わることなんてないだろうと思っていた。しかしそんな矢先、偶然席が隣になった天音に話し掛けられる事態に発展した。驚いたのはその整った顔、よりもあまりに不健康そうな天音自身。下心無しの小さなお節介だけだったはずが、気付けば行動を共にするようになっていった。
Lihat lebih banyak寒空の下で膝を抱え込むようにして座り込む。「寒いなぁ」カラカラと地面の上をタップダンスしている枯葉。それをただ黙って眺めている私。だから何だって感じだが、問題がひとつ。私は今───千堂家の豪邸、つまり夏樹くんの家の前で居座っているのだ。なぜここに来てしまったのか、分からない。家を飛び出して、気付いたら千堂家の前にいたのだ。「うー・・・携帯も忘れてきちゃった」季節は晩秋。冷たい風が襲ってきて、身体を震わせる。携帯が無いと夏樹くんを呼ぶことも出来なければ、タクシーを呼ぶことも出来ない。ずぴっと鼻をすする。寒すぎて涙も出てきた。「光春くんのばーか、あーほ、人誑し」私が家出して路頭に迷っているのは全部光春くんのせいだ。そうだそうだ。絶対私は悪く無い。「───おや、何か不穏な匂いがするな」その時、頭上から知っている声が降ってきた。おもむろに顔を上げると、にっこりと笑みを浮かべた夏樹くんが立っていた。「珍しいね、1人で来たのかい?」現れた救世主。その優しい声色に安心して、溢れてくる涙。「なっ夏樹くん・・・・!ずぴっ」「え、泣いてる?!」***その後、何か事情を察した彼は「とにかく中に入ろう。身体を冷やすのは良くない」と私を屋敷に引き入れてくれた。暖炉の前にある椅子に私を座らせた夏樹くんは、ブランケットと一緒にハーブティーを持ってくる。「僕の家に来たこと、光春は知ってるの?」「・・・」何も言わない私に「ゆっくり休んで行くと良いよ」と言って、向かいの椅子に座った。
驚いて目を見開かせる彼女は起きたばかり。 息の仕方を忘れたのか、苦しそうに俺の胸を叩いた。 「おはよう」 「びっくり、した・・・」 「ごちそうさまでした」 まだ呆然としている三鈴の腕を引っ張って、隣に座らせる。 あんなに美味しそうだった赤い唇もさっきのキスで取れてしまって、いつもの可愛い桃色に戻っていた。 こっちの方が自然で可愛くて好きだけど。 見入っているとまた襲われると警戒したのか、彼女は顔をそらした。 機嫌を損ねてしまっただろうかと、その身体を後ろから抱き込んでみる。 「嫌だった?」 「嫌じゃないけれど」 「けど?」 「ちゅーするなら起こして欲しかった」と口を尖らせる三鈴にノックアウト。 何だその可愛い拗ね方は。このまま連れて帰ってもいいかな。早く囲ってしまわないと。 「俺の分も差し入れ持ってきてくれたんでしょ?ありがとう」 「スタッフさんが沢山くれたの。旦那さんの分もどうぞって」 帰ったら一緒に食べよう、ともたれかかってくる。 「明日撮影終わったら次の日オフだから。ゆっくりできるよ」 「良かったね。あ、私明後日から出張だからご飯自分で用意してね」 「は?」 「あれ、言ってなかったっけ?2泊3日で、京都に行くんだよ」 最近インバウンドの人多いからねぇと笑う三鈴。 撮影終わったらめいっぱいいちゃいちゃしようと考えていた俺は絶望。 「このケータリング。全部食べて太ったら明日の撮影なくなるかな」 「・・・あれ、光春くん?」 明日は今度のシングルのMV撮影。 太ったら撮影延期・・・? 彼女が持ってきたカロリーの塊たちをまじまじと見つめる。 「光春くん、やめた方が良いよ」 「・・・冗談だって」 半分は冗談。半分は。 それにしてもせっかくのオフなのに三鈴がいないなんて。 「無理」 「ねぇ、ちゃんと会話しようよ」 「俺も京都に行く」 彼女は「はい?」と声を発する。 「オフ明けは大阪でロケだから、一緒に京都まで行く」 仕事は午後からだから、午前中に移動したら十分間に合うはずだ。 スケジュールを伝えると彼女も「まぁ確かにアリかも」と頷く。 「明日仕事が終わったら京都に移動しない?」 「でも光春くん疲れてるのに、ゆっくり家で休まなくて良いの?」 「三鈴がいないなら一緒でしょ」 彼女は口を結ん
彼女が大学卒業後。海外に行った時なんて、正直毎日気が気じゃなかった。余裕ぶって送り出したものの、不安でいっぱいだった。「外でそんなにデレるの、珍しいね」「嫌なの?」自覚がないみたいだけど、三鈴は日に日に綺麗になっていった。本人が気づいていないだけで、向こうでアプローチされていたんじゃないかと思う。指輪をプレゼントしておいて心底良かったと過去の自分に感謝した。「ううん、嬉しい」「じゃあさっさと俺の楽屋に行って」「はーい」「じゃあまた後でね」と背中を向けていなくなる三鈴。出来たら直行して欲しいが、きっと彼女はケータリング現場に向かうだろう。差し入れで並んでいたあんドーナツに目を光らせていたから。「お待たせ。やっと休憩になって・・・三鈴?」楽屋に戻ると、静まり返った空気。あの後。我がお姫様はスタッフに薦められるまま、あんドーナツやおにぎり、シュークリームなど沢山持たされて楽屋に戻ったらしい。貴臣によるとその時に会場の男性スタッフに声を掛けられていたらしい。だから急いで戻ってきたというのに、楽屋の中は静まり返っている。「はァ、どこに浮気に行ったワケって、」小上がりになっている畳の上で眠っている三鈴を見つけた。ほっと胸を撫で下ろした俺は、起こさないように近づく。テーブルの上には貰ってきた食べ物が全て2個ずつ鎮座している。俺と一緒に食べようと持ってきてくれたのだろう。「ハイカロリーすぎる。明日MV撮影入ってるんだけど」その寝顔を見つめながら、隣に腰を下ろす。幸せそうな顔して眠っているのはいいとして、彼女の無防備さにはお灸を据えないとけない。鍵のかかっていない楽屋で寝入るなんて、俺の立場からすると気が気じゃない。「危機管理能力低すぎるんだけど、本当」綺麗にメイクされたその頬を親指の腹でなぞる。いつも肌馴染みする色のリップだから、今みたいに赤いリップで染められた唇は新鮮だ。リップの上から艶のあるグロスを重ねていることで、ぷるぷるしている唇。今、単純にお腹が空いていたからだと思う。「少しくらい味見しても起きないかな」美味しそう、そう思った時にはキスをしていた。「・・・あっま」熟れた果実のようで、甘くてとろける。このクセになる感じ。おかわりの意味でもう一回してみたけど、起きる様子はない。たまには寝込みを襲うのも悪くない。耳に息を吹き
最初の印象?それはもう"変な女"だった。「光春くん、見て見て!」 嬉々とした声色で俺の名前を呼ぶ彼女。大勢いるスタッフの間を小動物のようにすり抜けて駆け寄ってきた三鈴を見て、思わず息を呑んだ。「どうしたの、それ」「ふふ、メイクさんがしてくれたの」「どう?」とにこやかにほほえむ彼女・・・いや、俺の奥さんはとびきり可愛くなっていたのだ。今日はライブのリハーサル。家で暇そうにしていた三鈴を引き連れて会場にやって来た。演出の確認の為しばらく離れていた間に、打ち合わせで来ていたメイクさんに化粧を施してもらったらしい。さすがプロの腕。いや、ここは我が奥さんのポテンシャルの高さも大いに評価すべきだろう。「少しは雰囲気変わるかな?」「かなり。どこの売れっ子女優かと思ったよ」とにかく、とても可愛かった。今すぐその艶めかしい唇にかぶりつきたい。その華奢な身体をこの腕で抱き込みたい。現在、昂る気持ちを抑え込むのに必死である。「えへへ、髪の毛も軽く巻いてもらったんだ」「可愛い。とても似合ってる」「本当?光春くんにそう言われると照れちゃうな」恥ずかしそうに目線を逸らす三鈴がとてつもなく愛おしくて、内から込み上げてくる何かが思考回路を鈍らせた。大学時代、たまたま講義の席が隣だった三鈴。まさか彼女が今も自分の隣にいるなんて、あの頃の自分は想像もしていなかった。全く天音光春どころかvoyageすら知らなかった三鈴。芸能人に疎く媚を売ることもない彼女を利用してノートのコピーを貰うことにした。静かで騒ぐこともない三鈴は隣にいても煩わしくなかったから楽だった。が、少し変なところもあった。突然人の顔を見ては死神だと哀れんでくる。アイドルにその発言は失礼ではないかと思う。けれどその言葉の裏には心配してくれている彼女の優しさがあった。散々死神だとか顔が死んでいるだとか言われてきたが、実は嫌ではなかったりするのだ。そして一緒に過ごしていくうちに、三鈴はかなりのお人好しだと知った。絆されるまでに時間はかからなかったと思う。そのきっかけとなったのは三鈴特製のおにぎり。コンビニやロケ弁のおにぎりとは違って、人の温かさが詰まったおにぎり。料理が得意な彼女のおにぎりだから、味も申し分ない。色々なおにぎりを食べるたびに、青山三鈴といつ人間が紐解かれていく。ベタなフレーズだ
20XX某日。voyageが日本人初となるニューヨークでの大規模イベントに出演を果たしたその数日後。とあるビッグニュースがメディアで大きく取り上げられ、voyageは再び国民を沸かせることとなった。『国民的アイドルグループ「voyage」の天音光春。以前噂になった一般人女性と遠距離を乗り越え見事ゴールイン!現在相手の女性は妊娠中との情報も───』青葉を揺らす初夏の風が清々しい今日この頃。私はコーヒーを片手にテレビ番組を眺めていた。目の前では「お相手は海外で専属通訳として働いていたMさん」「以前からvoyageのファンからは“推せる妻”として有名というファン公認の───」とどこから情報が漏れているのか自身のプライベートを暴かれていた。まぁその半分は根も葉もない噂である。かろうじて顔にモザイクはかかっているが姿を写真に撮られちゃったなぁと週刊誌を眺めていると、スマホから着信音が流れ出す。「はーい、どうしたの光春くん」電話の相手は旦那さんである。「午後の仕事なくなったから今から帰るよ」「本当?もうすぐお昼の準備するんだけど何食べたい?」「三鈴の握ったおにぎり」予想と同じだった回答に「ふふ」と思わず笑みが溢れる。「それと、一応あれは訂正しておいたから」彼のいう”アレ”とは私の“妊娠疑惑”の件である。結婚祝いと称して夏樹くんがベビー用品を持ってくるというぶっ飛んだ行動がどこかのメディアに伝わったのか、そんな噂が流れている。もちろん私は妊娠していない。「お仕事お疲れ様です、旦那様」「まだしばらくは可愛い奥さんと2人でいたい気分だからね」「パパになるのはもう少し先かな」とそう電話口で聞こえた次の瞬間、テレビの画面が切り替わる。映っているのはスーツを着た光春くんで、沢山のテレビ関係者の人に囲まれていた。“ご結婚おめでどうございます”“ありがとうございます””さらに奥様も妊娠ということで、パパになる気持ちは如何ですか”“その件ですが、その噂はでたらめです。まだパパになる予定はありません”そう光春くんが告げると「そうなんですか?!」と記者たちは一層盛り上がる。「やっぱりスーツ姿の光春くん、格好良いね」「あ、もしかしてテレビ見てる?」「うん」「もう着替えちゃったけど、一度事務所にスーツ取りに戻ろうかな」“後は事務所を通してお伝えしますので”“最後に
「光春くんも健康には気をつけてね」「言われなくても。三鈴こそ無理しすぎて倒れないでね」「すぐに会いに行ける距離じゃないんだから」と隣を歩く彼も大学を卒業したと同時に仕事へのアクセルが全開になり忙しくしているみたいだ。voyageのメンバー曰く以前よりも大人になった光春くんは、物事を俯瞰して見るようになったのだと言っていた。自分のことだけではなく周囲全体に気が回るようになったことで、ライブの演出を次回から彼が担当するらしい。確かにここ1年間はよく勉強のためにと様々なアーティストのライブを見に行っていたような気がする。そしてデビュー当時に比べてかなり性格が丸くなったことや、夏樹くんを筆頭とするvoyageが私と光春くんの話をメディアにリークし続けたことで「彼女に勝てない天音光春が可愛い」と彼の株が上がり続けているらしい。全部私のおかげだと彼らは言うけれど、それは光春くんの積み上げて来たものが結果となって返って来ているだけであって私は何もしていない。しいて言うならば、仕事の忙しい彼の家に足繁く通ってご飯の作り置きを作ったことくらいだ。光春くんがここ1年で風邪ひとつひいていないのは私の努力の賜物である。「私は健康だけが取り柄だから安心して良いよ」「それはどうかな。俺でも雨に降られて熱出したことないし」「うっ・・・」「でも風邪引いた時とか、辛いことがあったら言ってよ」心配くらいは出来るから。そう告げた光春くんは立ち止まる。どうやらここで、本当のお別れのようだ。「それじゃあ、行ってくるね」「うん。あっち着いたら連絡して」「うん。光春くんが嫌がるほどに写真送りつけちゃうからね」また光春くんの所に戻ってくると思っていても、寂しく思うのは当たり前である。最後に私たちはどちらからともなく身体を寄せ合って、抱きしめあった。ぎゅうっと隙間を無くすように力を込めれば、その倍の力で抱きしめ返してくれる。「ちゃんと俺のところに戻って来て」「うん。光春くん、大好きだよ」「俺も、愛してる」その言葉を合図に、光春くんは最後のキスを送る。数秒してお互いに顔を離した私たちは、一緒になって笑ってしまった。まるでドラマの1シーンを切り取ったようなベタなお別れである。光春くんからキャリーケースを受け取った私は前を向いて歩き出す。大丈夫。離れていても、私たちは同じ空の下にいるのだ。
Komen