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第440話

Author: ちょうもも
「名嘉真さんが用意しろって言ったのですが......」

男の視線がわずかに驚いたように彼女の顔へ向かう。

「俺が?」

「ええ......準備しておけって」

悠良は逆に不思議に思った。

お酒を飲んでいない柊哉の方が、酔っている自分より記憶力が悪いなんて。

それとも、自分が勘違いしたのだろうか?

いや、そんなはずない。

もし勘違いなら、彼がわざわざシャワーを浴びるはずない。

意味は十分すぎるほど明白だ。

だが男は彼女の言葉など耳に入っていないようで、手にしたコンドームの袋をじっと眺め、ぽつりと呟いた。

「サイズ、間違ってるな」

悠良は戸惑いながら顔を上げる。

「え?」

「小さい」

彼女の表情は一瞬で固まった。

そんな......サイズなんてあるの?

慌てて買って、そのまま会計を済ませてきただけだった。

経験がないわけじゃないけど、これまでは全部史弥が用意していた。

自分で買うのは初めてで、そんなこと知らなかった。

男は袋を軽く振りながら言う。

「まあ、これで我慢するしかないな」

悠良はもう逃げ場がないと悟り、意を決して口を開く。

「ベッドに行きますか?」

「君はどこがいい?」

男の声はやけに気楽そうだ。

悠良は心の中で即答した。

固いバルコニーの椅子より、柔らかなベッドの方がいい。

「......ベッドで」

男は彼女を支えてベッドへと導き、自分のジャケットを脱ぎ捨てる。

それから彼女の顎を指先で持ち上げ、唇に軽く二度触れた。

熱を帯びた唇が触れた瞬間、悠良の全身が沸き立つように震えた。

男のキスは驚くほど丁寧で、片手を彼女の腰に添え、酔いで体勢を崩さないよう支えてくれる。

顔がみるみる赤くなり、呼吸も乱れる。

キスが途切れると同時に、彼の長い腕が背中に回り、ドレスのジッパーを下ろした。

やがて彼女はベッドに仰向けに寝かされる。

頬が熱を帯び、天井のまぶしいライトを見上げながら、思わず口にする。

「......消してもいいですか?」

「一つだけ残しても?」

意外なほど紳士的だった。

最初は奔放な男に見えたが、こうしてみると意外と優しい。

彼に頼みごとをしている身でもあるし、これ以上わがままは言えない。

「ええ」

すべての流れを伶に握られ、彼のリードに従うしかない。

その時、彼が頭上で支
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