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第483話

Author: ちょうもも
悠良には、今日の伶が一体どうしてこんな機嫌なのか、さっぱり分からなかった。

まさか、さっき書斎を使うときに時間をオーバーしたから?

でも、たった十分ほど超過したくらいで、まさかそこまで小さい器じゃないはず......

とはいえ、葉に余計な心配をさせたくなかった悠良は、そっと首を振った。

「違うよ。きっと最近仕事が忙しくて、気分が良くないんだ。それか会社で何かあったのかも。夜になったら『変態の話』でもして、機嫌をとってみる」

「ゴホン、ゴホン......」

突然、伶が軽く咳払いをして、冷ややかに口を開いた。

「食事中に喋るな」

悠良は口を尖らせた。

今どき「食事中は喋るな」なんて時代錯誤もいいところ。

本当に葉が一緒に食べているのが気に食わないの?

でも、だからってこんな露骨に不機嫌な顔を見せなくてもいいじゃない。

これじゃ葉が気の毒だ。

とはいえ、悠良は自分に言い聞かせる。

今の彼は自分にとって「大事なクライアント」。

絶対に怒らせちゃいけない!

その後は誰も口を開かず、重たい沈黙が続いた。

悠良はもう慣れっこだったから平気だった。

伶に対しては、壁より厚い図太さで構えていないとやっていけない。

でも、葉は違う。

彼女は元々伶を恐れている上に、あの冷たい表情。

嫌でも悪い方向に考えてしまう。

悠良は「もう食べ終わった」と口実を作って席を立とうかと考えた。

どうせお腹が空けば、市街に戻ったあとで何か食べればいい。

ところが、口を開く前に伶が先に立ち上がった。

「ごちそうさま。君たちはごゆっくり」

悠良は、喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。

すぐに頷き、にこやかに言う。

「ええ。寒河江さんは先に休んでいて」

伶は手首の時計をちらりと見た。

「九時過ぎには部屋に戻れ。明日は朝一で会議がある」

「分かった」

悠良は内心で頭を抱えた。

夜に「変態の話」をするなんて、どうすればいいのよ......

伶が部屋を出ていく。

ドアが閉まる音を確認してから、悠良は一気に肩の力を抜き、袖をまくって葉に料理をどんどん取り分けた。

「やっと行ったわ。いっぱい食べて!さっき絶対ろくに食べられなかったでしょ?」

葉はまだ緊張の余韻が抜けず、胸を押さえて言った。

「ほんと、さっきは心臓止まるかと思った......寒河
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