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第552話

Author: ちょうもも
気がつけば二人はすでに大広間に入っていた。

中では皆がまだ正雄と談笑していたが、誰も悠良と伶のことには触れない。

わかる者にはわかっている。

最後まで意地を張れば、正雄といえど伶には敵わない、と。

伶は子どもの頃から頑固で、もしその性格がなければ、白川社の実権を握っていたのは史弥ではなく、伶になっていたに違いない。

幸いにも彼には圧倒的な実力があったからよかったものの、そうでなければその頑なさはいつか大きな代償を払うことになっただろう。

「伶様と小林悠良様が来ましたよ」

誰かが声をかける。

正雄は二人の姿を認めた瞬間、顔がすっと曇った。

つい先ほどまで笑みを浮かべていたのに、その表情は氷のように冷たくなり、声色までも淡々としていた。

「もう時間だな。食事にしよう」

だが伶はその場で言い放つ。

「もう帰ります。彼女を連れてきたし、これから先はわざわざ見合いを段取りする必要もありません」

その言葉に、場は一瞬静まり返った。

伶は悠良の手を取り、そのまま立ち去ろうとする。

「待て!」

正雄が杖を床に強く叩きつけると、広間の空気が張りつめ、誰もが息を呑んだ。

それでも伶は平然と振り返り、淡々と問う。

「まだ何か?」

「せめて一緒に飯でも」

正雄は唇を固く結びながらもそう言った。

伶は鼻先を軽く触り、片眉を上げて苦笑する。

「本当に?思い返してみてください、今まで一度でも円満に食事が終わったことがありましたか。今日は誕生日だから、もう特別に顔を出しました。彼女も紹介し、贈り物も渡した、それで十分でしょう。なので食事は結構です」

そう言い捨てると、彼は振り返りもせず悠良を連れて出て行った。

正雄の気性も伶に負けず劣らず頑固で、互いに折れることをしない。

そばで見ていた松本には、正雄が本当は引き止めたいのだとわかっていたが、高齢者特有の意地が強すぎる。

二人が出て行こうとするのを見て、松本は焦り、正雄に必死に言う。

「正雄様、お気持ちを抑えていれば、二人もきっとわかってくれます......」

だが正雄は鼻を鳴らす。

「私は食わせたくないなんて言っていない。あいつが女に惑わされ、自分から出て行ったんだ。私にどうしろというんだ」

松本はそれ以上言葉を重ねられず、口をつぐんだ。

その時、泣きながら琴乃が駆け込んできた。

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